第九章 成立編

成立編1話 子供じみた英雄



「シグレさん、十分に気をつけてください。」


復旧作業が進行中の軍港に停泊する陸上戦艦"五月雨"。オレは愛艦に搭乗しようとする師を見送る。シグレさんは軍使として神台市、日本で言えば仙台にあたる大都市へ赴くのだ。


「カナタ、弟子に心配されるようでは、師の威厳が台無しだ。大丈夫、私を信じろ。」


信じています。でも、万が一が起こったらと思うと恐ろしい。師は二人といないのだ。


「エッチ君、辛気臭い顔はやめにしとき。ウチが付いとるんやから、なんの問題もあらへんわ。」


戦場以外では何も考えてない神難女は能天気にのたまった。おまえ、任務の重要性を理解してんだろうな?


「だから余計に心配なんだよ。サクヤ、おまえマジで問題起こすなよ?」


「それどういう意味やねん!ウチは故郷の神難では"下町小町"で通っとったんやで!やろうと思えばお利口さんになれんねん!」


……実家の母ちゃんは"下町の問題児"と呼ばれてたって言ってたぞ。


「まあまあカナタはん。サクヤはん以外の幹部も同行するんやさかい、大丈夫どすえ。そちらこそあんじょうお気張りなんし。」


はんなり笑ったコトネは、扇子を広げて優雅に舞いを披露した。


「我々は神台で、カナタはカムランガムランで全力を尽くす。局長、行きましょう!」


凛誠副長、弩アブミが先頭に立ってタラップを昇り、幹部一同が後に続く。最後に乗艦したヒサメさんが、ハッチが閉まる前にウィンクしながら言った。


「カナタさん、ガーデンに戻ったら、私のお店で祝杯を上げましょう!」


「はい!焼き鳥パーティーを楽しみにしてますから!」


ここまで長くガーデンを離れたのは初めてだ。鳥玄の軍鶏鍋が無性に食いたい。


───────────────────


見送りを終えたオレは、軍司令部に戻って親征軍幹部や街の要人達と会合。夕方になったので、軍港の傍にある倉庫街にバイクで移動する。警護にあたるストレイドッグスの隊員とワンちゃん達に敬礼し、大型倉庫の中に入る。金銀財宝が山積みになった倉庫内では、各地から召集された鑑定士達が忙しそうに働いていた。案山子軍団からも、美術品に明るい二人を派遣したのだが……


「こう見えて僕は、美術品の目利きは得意なんだよ。大学に在学している時に、古美術品に関する本を書いた経験も…」


"こう見えて僕は~"シリーズの新作を口にしたギャバン少尉を、小悪魔が罵倒する。


「うっさい小デブ!能書きは後にしてキリキリ働きなさいよ!」


テーブルの上にずらっと並べられたダイヤの指輪、リリスは一つを摘まんで"偽物"と書かれた小箱にポイした。ま、こんだけあったらイミテーションだって混じってるわな。


「リリスちゃん、坊ちゃんは小デブじゃなくて、"動けるデブ"なんでやすよ。」


名画っぽい絵を掲げたギデオンが、額縁の影から主を弁護した。


「ギデオン、もう少し角度を上向きに。うん、それでいい。……年代鑑定機にかけるまでもないね、これは真作だ。」


ギャバン少尉は額縁に本物と書かれた付箋を貼り付けて、次の絵を侍従に持ってこさせる。そこにクリスタルウィドウの幹部一同がやってきた。


「ヒュウ♪ なかなか壮観だねえ。」


宝の山の前で口笛を吹くマリカさん。チャッカリマンは渋るシュリ夫妻の手を引っ張って、金塊の前で記念撮影の準備を始めた。田鼈源五郎は年寄りらしく、茶道具の集められた場所で髭を撫でている。


「のうカナタ、褒美の品として好きなのを一つ、もらってええんじゃろ?」


年代物の茶釜を手にして微笑む老人。こんなにお目々をキラキラさせたゲンさんを見るのは初めてだな。


「構いません。ですが、金額にして2千万Cr以下のモノに限りますからね。」


アードラーが書き残した座標は、やはり財宝を積んだ船団の位置を示していた。マリカさんは炎素エンジンが停止し、立ち往生した武装船団を速攻で無力化させて財宝を奪還した。戦闘らしい戦闘にはならなかった。なぜなら半分以上のクルーが、持てるだけの財宝を持って船団から逃げ出していたからだ。


戦争はアレだったが、内政においてはアードラーは有能だった。持ち逃げを警戒した官僚軍人は、輸送船団に軍用車どころか、小型バイクの積載すら許さなかったのだ。重い財宝を抱えて徒歩で逃亡したクルー達が、忍者と軍用犬から逃れられる訳もない。残らず捕縛され、強奪された財宝は全て取り戻された。


「カナタ、二人で合算するのはアリかい?」


シュリの質問にオレは頷く。


「ああいいよ。シュリ夫妻で一つを選ぶなら、4千万Crまでオーケーだ。」


「よし。ホタル、好きなのを選んでいいよ。このピンクダイヤモンドがあしらわれたネックレスなんかどうかな? 僕達も爵位を得たから、社交界に顔を出す機会が増えるだろうからね。」


「私にはちょっと派手じゃないかしら。あら、このカフスはシュリに似合いそう!ね、旦那さんこそ先に選んで。私は後でいいから。」


微笑ましい譲り合いをするのはいいが、ブラックな環境で酷使されてる一般鑑定士さん達が気の毒だぞ。彼らにも十分な対価を払う予定ではあるけどな。


「リリス、カムランガムランでローゼ皇女と停戦について協議するんだが、首尾良く交渉がまとまったら、それなりの贈呈品を交換する流れになる。贈る品物をチョイスしといてくれ。」


「いい度胸じゃない!儀礼の品とはいえ他の女への贈り物を、正妻の私に選ばせようって訳?」


「そーですね。……すみません。」


オレにはマジでデリカシーが足りないらしい。倉庫の壁に手を付いて反省しよう。


「そんなポーズじゃ誤魔化されないわよ!罰としてブロッコリー&セロリ祭りを開催するからね!」


「それはマジでやめれ!オレが嫌いな二大巨頭の共演するお祭りなんてイヤだー!」


倉庫内に響く絶叫、苦笑する鑑定士の皆さん。オレの威厳が大幅下落したのは間違いない。そんなものがあれば、の話ではあるが……


「カナタ、前々から言っているけど、緑黄色野菜はとても大事で…」


「そうよ!セロリもブロッコリーも、とても美味しいんだから。私が今度作ってあげるから…」


夫妻の小言に耳を塞ぎ、宝の入った木箱の影に逃げ込む。緋色の目を持つ蜘蛛の首領が、呆れ声で呟いた。


「……子供か。やれやれ、これが龍の島を解放した英雄ときてるンだから、英傑倉庫のストックは空っ穴なんだろうねえ。」


誰に何を言われようと、セロリとブロッコリーは嫌いなのだ。克服するつもりはない。他に美味しいものは一杯あるんだから。


後に判明したコトだが、幹部一同に授与された報奨品の中で、最も高額な品を選択したのはラセンさんだった。その価値は付加価値税(消費税みたいなもんだ)込みで、1998万円。リミットから-2万というギリギリチョイス。チャッカリマンの異名は伊達ではない。


ま、火隠の里で出産を控えた新妻に贈るティアラだってのが、可愛いけどな。漁火夫妻の授かった赤ちゃんの顔を早く見たい。チャッカリマンだのカレー教の最高司祭だの、散々な言われ方をしている火隠忍軍上忍筆頭だけど、一番隊にいた時には本当に世話になった。


里長のマリカさんが絶対的なナンバー1として力を振るえるのも、不動のナンバー2が脇をしっかり支えているからだ。案山子軍団のナンバー2である副長シオンも、ラセンさんの姿を理想としている。


……プライベートだけは見習わないで欲しいけど。


────────────────────


倉庫街を後にしたオレは総督府に戻って、街の再建計画に着手した雲水代表と会談する。


「……やはり朧京の損害が際立って大きいね。予想されていた事だが、事前に立てていたプランに修正を加える必要がありそうだ。」


オレと雲水代表では、執政官としての能力に天地の開きがある。内務に関しては何も助けられないのが歯痒い。


「復興事業は御堂財閥と協力して行ってください。オレに言えるのはそれだけです。」


街の住人にとっては最悪の戦災だけど、御門グループと御堂財閥にとっては巨大な利権なのだ。それはわかっている。でも……そんな現実がたまらなくイヤだ。


考えるのはよそう。オレは軍人、そもそもが人を殺してナンボの商売だろう。


「無論そうするとも。復興事業は私と教授に任せて、キミは少し休みたまえ。付き合いの浅い私でも、カナタ君が疲れているのがわかる。」


「そうですね。そろそろソードフィッシュに戻って酒でも飲みます。」


「それがいい。私の代わりはいくらでもいる、しかし帝を支える大黒柱に替えは利かない。八熾彼方はミコト政権の要なのだよ。それを忘れないでくれたまえ。」


「オレが大黒柱なら、雲水代表は屋台骨です。代表もご自愛ください。」


「私は半世紀の停滞を取り戻す。"御鏡雲水は愚鈍な前半生を送ったが、後半生は愚直に生きた"、後世の歴史家にそう評してもらえるように、励むばかりだよ。」


「最近の研究じゃあ、バイオメタル化の影響で平均寿命は100を超えるって話です。ってコトで後50年、姉さんに献身してくださいね。」


雲水代表は52歳、バイオメタル化もしてるから、現役を張るのに支障はない。


「おいおい、イナホが成人したらお役御免にしてくれないか。カナタ君、平均寿命が100を超えると言っても、それは天寿を全う出来た場合の話だ。……私が死んだら、帝と娘を頼む。」


「死なせない。全ての人を守るコトは出来ないけれど、オレの刃の届く範囲にいる人間は守ってみせる。それじゃあ代表、良い夜を。」


総督府の駐車場で待っていてくれたシオンと合流し、車は軍港へ走る。ヘッドライトが闇を切り裂き、進むべき道を照らし出した。


「人生ってのもこんな風に、行くべき道を照らす光がありゃいいんだがな。」


「隊長、光を探すのではなく、自分が光になるのはどうですか?」


オレの瞼に二つの顔が浮かぶ。八熾羚厳と天掛翔平、二つの顔を持つ、オレの偉大な祖父……


祖父が願い、出来なかったコトをオレがやる。世代を超えて引き継がれる意志を系譜と呼ぶ。オレは狼の系譜に連なる男だ。



フロントガラスに黄金の瞳が映る。強い決意を宿した時、天狼の目は黄金に輝くのだ。



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