侵攻編37話 龍の島でのお約束



慰霊を済ませたオレは総督府に戻り、被害報告書に書類に目を通す。屍人兵のせいで、かなりの市民が犠牲になってしまった。制御不能の屍人兵は、動く者全てに襲い掛かる。動く者がいなければ、探し回す。殺戮本能と破壊衝動の権化と化した者達も、この戦争の犠牲者なんだ。


犠牲者の推定数と損壊した社会基盤インフラを把握したオレは、打つべき手を考えようとしたが、スタジアムで会った少年の記憶が、思考を阻害する。怒りを抱いた子供は他にもいるだろう。彼らが成長すれば、オレに復讐戦を挑んでくるかもしれない……


ガチャリと窓が開き、背後に誰かが立った。ピョンと跳ねて、机の上に片手で逆立ちした天使は、オレの顔を上目遣いに覗き込んでくる。


「やっほ!……その顔、まーたイジケポイントを探してるの?」


7階の窓から侵入してくるなんて、マリカさんかナツメに決まってるから驚きはない。


「イジケポイントってなんだよ。」


「そうやって気鬱のタネを探すの、カナタの良くない癖だよ。何かあったんだろうけど、カナタはやるべき事をやっただけ。その結果が気に食わない人間は、挑んでくればいいの。何も失わずに何かを得られるなんてご都合主義は、現実にはない。だからといって何もしない訳にはいかない。失ったものに鈍感ではいけないけど、カナタにはやらなきゃいけない事があるでしょ?」


ナツメに心配かけちゃいけないよな。戦争はまだ終わっていない。やった事への結果、恨み辛みを受け止めるのは、全てを終わらせてからだ。


「ありがとな。ナツメの言う通りだ。イジケタイムはここまでにして、やるべきコトをやりますかね。」


目下の懸案は二つ。アードラーの遺言の調査と、アシュレイ師団の動向だ。遺言の件はマリカさんに任せておけばいい。オレが考えるべきは、アシュレイ師団への対応だな。この街の防衛施設は壊滅状態で守備側の利はなく、ここで戦えば、また市民に犠牲者が出てしまう。


戦略的にも人道的にも、籠城策はない。アシュレイが出張ってくるなら、野戦で迎え撃つ。大軍が展開するのに向いた平原をピックアップしよう。


「思考の前にもぎたてレーズンをあげる。納豆菌には栄養が必要でしょ?」


もぎたて? 外したてだろ。またレーズンパンかレーズンクッキーから、せっせこレーズンさんを排除したのかよ。


貰ったレーズンをはみはみしながら、アシュレイ師団の進軍ルートと迎撃するポイントを考える。朧京以北の都市はまだ帝国の支配下にある。とはいえ、全てを攻略する必要なんてない。アシュレイ師団が敗北すれば、もうこの島に親征軍を倒せる戦力は存在しない。ほとんどの都市はどちらが勝つか、洞ヶ峠を決め込むはずだ。教授からの情報では、まだ健在な都市でもレジスタンス活動が活発化していて、帝国兵はその対処に手一杯。とてもアシュレイ師団に加勢出来る状態ではないらしいからな。


───────────────────


ナツメが残党捜索の助っ人に出掛け、一人になったオレは、黙々と仕事をこなす。一段落ついた時に、タイミングを計ったかのように、ソードフィッシュにいるノゾミから通信が入った。


「団長、泡路島のウタシロ大佐から通信が入っています。」


「繋いでくれ。」


卓上パソコンに通信が転送され、ディスプレイにウタシロ大佐の姿が映った。


「カナタ君、龍足大島の三つの都市で、クーデターが勃発した。いずれも成功を収め、発足した新体制は帝への帰順を申し出てきている。了承して構わないね?」


西部戦線を任せたウタシロ大佐からの報告は、親征軍にとって朗報だった。三つの中都市と付随する衛星街が労せず帝側の勢力となった。勢いは完全にこちらにある。


「はい。戦略的にもいい位置にある都市群が手に入ったものだ。ウタシロ大佐、軍を上陸させる準備にかかってください。」


御浜、朧京が陥落したコトによって、龍足大島への補給路は完全に断たれた。周囲が全て敵性勢力となり、早期に援軍がやって来る可能性もない。こうなれば、反体制派は勢いづく。龍足大島ではほとんど武力を行使する必要はないかもしれないな。


こういう時に動くのがカプランだ。今は自分の領地を守るのに手一杯だろうが、少し余裕が出れば、龍足大島の切り崩しを始めるに違いない。


「それから大佐、帝の名の下、布告を発してください。帝への帰順を求めるのに、他勢力の推挙、推薦は一切認めない。例えそれが同盟元帥であろうと、とね。」


「了解した。カプラン元帥の横槍は認めない。あくまで自分達で決めろ、という事だね。」


その通り。仲介の労を取って恩義を噛ませ、自分の勢力に囲い込む。それがカプランの得意技だ。だが、この島ではそんなやり方は通じない。ドラグラント連邦には、日和見野郎の影響力など及ばせないぞ。


「そうです。上陸後は帰順した都市の防衛にあたりながら、軍を再編してください。そして親征軍の来援を待たずに攻勢を掛けるフリをするのがいい。ワチャワチャしている都市は動揺し、新たなクーデターを誘発するかもしれません。」


アシュレイは"龍足大島はもうダメだ"と覚悟し、割り切っているだろうが、傘下の指揮官や兵士達はそこまで腹が据わっちゃいまい。敗北に次ぐ敗北に、龍足大島まで危ういとなれば、士気は確実に落ちる。


「キミは本当に人が悪いな。いついかなる場合も、ブラフをかけて相手を揺さぶる。どうせまたブラフだろうと高をくくれば、本命の手を打ってくるし……剣狼カナタが敵ではなくて、ホッとするよ。勝てる気がしないからね。」


「大佐に褒められるのは素直に嬉しいですね。」


オレが御礼を言うと、ウタシロ大佐はニヤリと笑った。


「褒めてはいない。性格が悪いと指摘しているのだよ。真面目な話、帝国軍が逆襲して来る可能性はあるかね?」


「龍足大島においては、まずありません。今の状況で友軍をまとめ上げ、逆襲に転じられるだけの器を持った指揮官がいれば、こんなコトにはなってない。散発的な攻撃は仕掛けてくるかもしれませんが、ウタシロ大佐なら問題にもならないでしょう。」


「なるほど。危機的状況が天才の覚醒を促さない限りは、本格的な逆襲はない。そう考えればいいのだね?」


唯一警戒すべき可能性はそれだろうな。とはいえ……


「そんな奇跡が起こっても、我々の勝ちは揺るがない。龍足大島は戦略的に詰んでいます。天才が相手だろうが、凡才が相手だろうが、ウタシロ大佐は防御に徹し、物資の枯渇を待てばいいだけだ。」


ハンニバルや義経は真の天才だったが、最終的には敗北した。いかに戦術に秀でようとも、戦略が伴わねば最終的な勝者にはなれない。例え天才が出現して龍足大島から同盟軍を追い払おうとも、巨大タマネギを擁する要害、泡路島は健在だ。その泡路島を奪取したところで、劣勢を覆すには至らない。あの島の戦略的価値は、本島東部からの海上補給を担保出来るコトにあった。東部地方が陥落した以上、龍足大島の孤立化は脱却不可能なんだ。つまり、親征軍が負けない限り、龍足大島は詰んでいる。


細かな打ち合わせを済ませ、泡路島との通信を終える。


「……ドアから入ってこいよ。なんで天井裏に潜むんだ?」


潜んでいるのには気付いていたが、打ち合わせが先だった。ナツメといい、ケリーといい、普通に登場出来ないのかよ?


「龍の島だから、気分を出してみた。気配を消しているのに気付くとは、なかなか出来るな?」


「まったくもう。壁に槍でも掛けてあれば、天井板を突くトコだぞ。」


「天井裏に潜むネズミを槍で仕留めた奉行や代官はいない。衣服を破るか、かすり傷を負わせるのが目一杯だろう。」


時代劇の様式美にケチをつけんなよ。


「そこで仕留められたら、話が成立しないだろ。天井裏だろうが床下だろうが、目の前に槍が突き出るのが、お約束だ。」


「フフッ、では受け取れ。これもお約束、だ。」


天井点検口がそっと開き、壁に風車が刺さる。弥七か、おまえは!


「気分を出し過ぎだ、ご苦労様。」


消えゆく気配に礼を言ってから、風車に結ばれた折り紙をほどいて目を通す。紙片には、次に蜂起が起こる都市の名が記されていた。戦略的に都合のいい場所でクーデターが起こったのは幸運ではなかった。教授が暗躍していたのだ。


この情報をウタシロ大佐に伝えるべきだろうか?……いや、謀は密を以てあたるべし、だ。変に動きを見せれば、蜂起を察知される可能性がある。


ん? ハンディコムがブルブル震えてる。


「アロー、カナタですが…」


「カナタさん、姉さんの話を聞いてください。」


「急ぎの案件でも生じましたか?」


煌龍はもう市内に入っている。一時間もしない内に直接話が出来るのに電話連絡とは、何があったんだ?


「薔薇十字総帥から公式電文を受け取りました。内容は"龍の島での停戦について協議したい"との事です。」


……そう来たか。


ゴッドハルトは自分がまるで信用されていないのを知っている。だが、娘のローゼ皇女は信義を守る総帥として、同盟でも評価されている。彼女が捕虜にした同盟兵士が帰国し、薔薇の聖女の寛大さと公正さを語ったからだ。広報部が黙殺しようとも、影響力のある異名兵士の口コミ情報までは止められない。



こりゃあ、さっそく幹部会合だな。皇帝も味な手を打ってくるじゃないか。その小賢しさは評価してやるぜ?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る