侵攻編36話 信念を剣で貫くなら、己が命を織り込め



「龍弟侯、こちらです。」


茶虎を連れたグンタの案内で、司令部最奥にあるアードラーの私室に向かう。ミッテンハイムが指揮を執っているコトが判明した時点で、アードラーの自害は予想していたが……


「やはりアードラーは死んでいたか。ミッテンハイムが指揮を執っていた理由はわかったな。」


オレが始末してやるつもりでいたが、まあよかろう。手間が省けたと考えるさ。オレの後ろを歩くマリカさんが、アードラーの後任の末路を告げてくる。


「カナタ、そのミッテンハイムも戦死したみたいだよ。テムル師団に追い回された挙げ句、烈震に背擊されてな。味方をオトリに単独離脱しようとしたところに集中砲火を食らって、乗艦もろとも爆死した、だとさ。」


「テムル総督はおかんむりでしょうね。同期生に美味しいところを取られたって。」


「仲良く喧嘩させときゃいいさ。ここだな、アードラーの私室ってのは。」


他はスチール製のドアだってのに、ここだけ天然木だからな。じきにわかる。


「茶虎、ここには誰も入れるな。」


「ガウ!(お任せあれ!)」


虎毛の兵士に見張りを任せて、三人で室内に入る。


絨毯の上に転がる土気色の遺体よりも、机の上のメモが気になるな。何が書いてあるんだ?


「どうやら座標みたいだね。しかし……いったいなンの座標だってんだ?」


メモを手に取ったオレの隣で、マリカさんが首を捻る。


「マリカ、グンタ、すぐに足の速い艦を集めて、この座標の位置に向かってくれ。」


「この座標に何があるのですかな?」


グンタの質問には抽象的に答えるしかない。おおよその予想はついているが、あくまで予想だ。


「帝国にとって都合の悪い何か、だな。詳しい説明は後でする。急いでくれ。」


「あいよ。アタイはホタルを連れてきゃいいんだね?」


「ああ。グンタは自慢の四つ足部隊を連れてゆけ。おそらく、探索能力が鍵を握るはずだ。無論、アードラーの仕掛けた罠である可能性もある、警戒を怠るな。」


「任せときな。超特急で座標に向かう。……ところでカナタ、出発前に報酬を先払いしてもらおうじゃないのさ。」


「報酬? 金なら後で…」


「そんなもんいらん。もっかい、"マリカ"って呼んでみな。」


「え、え~と……」


さっきは気が昂ぶってたから、うっかりマリカって呼んじまったな。


「早く!出発が遅れちまうよ?」


我に返ると面映ゆい気分だが、一刻を争う状況だ。逡巡している暇はない。


「マリカ、調査を頼む。」


「了解だ。犬飼大佐、行こうか。」


「心得た。指揮は緋眼殿が執ってくだされ。」


座標が記されたメモをアイカメラで撮影したマリカさんは、グンタと一緒に室外へ出た。


────────────────────


一人になったオレは絨毯に片膝を着いて、仰向けに倒れているアードラーの遺体を調べる。この顔色、服毒死したようだな。ガルム人にしては小柄な体を持ち上げてソファーに移し、クロゼットにあった軍用ケープを遺体にかけてやった。生かしておくつもりはなかったが、潔く自害した男を辱めるのは主義に反する。


遺体に軽く手を合わせてから、ポケットに入れたメモを取りだし、黙考する。


……この座標はおそらく秘密船団の位置を示している。その積荷は周辺都市からかき集めた金品だろう。帝国軍が放棄した都市からは、あるはずの金塊、美術品が根刮ぎ消えていたからだ。ここに来る前に、朧京市営美術館の収蔵品がなくなっているとの報告も受けた。大打撃を受けた帝国は、軍の再建に莫大な資金が要る。だから持ち逃げ出来る富は、残らず持ってゆく。火事場泥棒は騎士道に云々なんて言ってる余裕はあるまい。


問題は、なぜアードラーがその船団の座標を書き残したかだ。逃亡ではなく自害を選ぶ帝国の忠臣が、帝国に不利益なコトをする理由はなんだ?……やはり罠だろうか?


いや、罠にしては稚拙過ぎる。戦下手のアードラーだが、頭が悪い訳ではない。能吏として評価された老軍人なら、卓上に残された走り書きより、もっともらしいメッセージの伝達法は考えつくだろう。自分のハンディコムに解読可能なレベルの暗号文を残す、とかな。


第一、ダイイングメッセージなんて危険過ぎる。二時間サスペンスじゃよくある手法だが、現実では書き終える前に死んじまうかもしれないんだ。実際、座標の最後の部分はミミズがのたくったみたいな筆跡になってて、数字でなければ読み取れたかも怪しい。メモには吐血したと思われる血痕が残っているから、死に際のメッセージに見せかけた可能性も薄い。オレは筆跡鑑定の専門家ではないが、血痕の上からインクが滲んでいるのはわかる。つまり、このメッセージは吐血した後に書かれたものだ。


……考えられる可能性は人生の最後の最後で、アードラーは上に立つ誰か……おそらく皇帝と仲違いした、だな。


植民都市群をまとめて失った皇帝は、さぞかしご立腹だろう。だから服毒したアードラーが死ぬ前に、手厳しい言葉を投げかけた。そしてプライドを傷つけられたアードラーは最後の力を振り絞って、皇帝に不利益な情報を書き記した、と。……あり得ない話じゃないな。


オレはハンディコムを取り出して、頼りになる親友を呼び出す。


「シュリ、鑑識班を連れてアードラーの私室に来てくれ。絨毯に染み込んだ毒物の推定量が知りたい。」


「わかった。すぐに行く。」


アードラーはブランデーに毒を混ぜて飲み干した。その時に手が震え、毒入りブランデーを床にこぼしてしまったのかもしれない。絨毯に残ったシミがそれだ。皇帝が卓上型パソコンでアードラーとやりとりしたのなら、床に敷かれた絨毯は見えない。見えるのは、机の上に置かれている毒の空瓶だけ。毒が即死量に達していないとは知らない皇帝は、最後のあがきをする時間が残っていると思わなかったのではないか?


オレは伝聞でしか皇帝を知らない。だが、オレの推測が当たっているのなら、ゴッドハルト・リングヴォルトは偉大な皇帝という皮を被った俗人だ。メルゲンドルファーやアードラーに自決を選ばせるぐらいだから、偉大な王を装うのには長けているのだろう。しかし、決して本物ではない。真の王者ならば、内心はどう思っていようとも、自分に殉じて死を選ぶ者に腹いせじみた真似などやらない。


帝国で喧伝される風聞と、ゴッドハルトの娘であるローゼが見せた王者の片鱗が、実像を誤認させる迷彩になっていたのかもしれない。一度、心をリセットして、皇帝の人物像を捉え直そう。その作業は、アードラーの遺言が本物であってからでいい。座標が金品の在りかを示していれば、皇帝の人物像は下方修正だな。


─────────────────────


シュリと入れ替わりに私室を出たオレは、市内の治安回復にあたっているシグレさんと打ち合わせを済ませ、姉さんを迎え入れる準備にかかった。


帝の入城に関する大枠を指示してから副長のシオンを伴って、市内のスタジアムを訪れる。ここには身元不明の犠牲者が収容されているのだ。


屍人兵が街に解き放たれたせいで、想定よりも多くの市民が犠牲になってしまった。オレは身元確認に奔走する兵士達を激励してから、スタジアムに並べられた遺体に手を合わせて回る。


「母さん!目を開けてよ、母さん!」


10代半ばと思われる少年が、母親の遺体にすがりついて慟哭している。


……目を逸らすな。龍の島を統一すると決めたのはこのオレだ。オレの決断が、この死体の山を生んだんだ。


「この方はキミの母親か。気の毒なコトをした。」


「気の毒だって? おまえが始めた戦争だろ!」


涙を拭った少年は母親の傍から立ち上がり、オレの胸ぐらを両手で掴んだ。動こうとするシオンを手で制して、少年の目を真っ直ぐ見つめる。


「その通り、オレが始めた戦争だ。」


「おまえが母さんを殺したんだ!親征軍が攻めて来なければ、ゾンビが街に湧いたりしなかったんだぞ!」


涙で充血した瞳、悲嘆に暮れていた少年の怒りは治まらない。手が出せないシオンが、口を出して弁護してくれる。


「お母さんには気の毒だったけれど、この街を解放する為には避けられない戦いだったわ。」


「大きなお世話だ!誰が解放してくれって頼んだよ!街の支配者が帝国だろうが、俺と母さんは幸せに暮らせていたんだ!それをおまえらが!」


母親の遺体は高価そうな衣服を纏い、胸元からは純金の鎖にプラチナがあしらわれたネックレスが覗いている。銀の髪飾りには大粒のダイヤモンドが散りばめられているし、この街の富裕層だったのだろう。少年の何不自由ない生活は、今日失われたのだ。


「あなたは豊かで幸せだったかもしれないけれど、大多数の人は搾取に喘いでいたのよ。」


「シオン、よせ。少年、文句があるのはよくわかった。帝は"市民が体制を批判する自由"を保証する。その怒りは言葉で……言論で戦ってみるがいい。」


「自分は武力を行使しておいて、俺には言葉で戦えだって? 勝手な事を言うな!言葉なんかで済ませるもんか!剣を磨いていつかおまえに挑んでやる!」


少年の腰には宝石で彩られた刀が提げられている。帝国の支配下にあっても、士分を認められた家の人間らしい。


「よかろう。だが剣で挑んでくるなら覚悟がいるぞ?……戦う意志を持ってオレの前に立つ者には一切容赦しない。」


おまえの怒りや悲しみは理解出来る。その責任がオレにあるコトも認めよう。しかし少年、おまえも理解しろ。信念と信念がぶつかり合い、その解決に剣を用いるならば、自分の命を織り込まなければならないと!


交錯する視線、先に目を逸らしたのは少年だった。剣の心得があるだけに"勝てない"と悟ったようだな。体と剣腕が成長すれば考えが変わるかもしれんが、そうならないコトを祈っている。


「……くそっ!どうしてこんな事に!」


白地の軍服から手を離した少年は、ガックリと膝をついて頭を抱えた。この少年にオレの言葉は届かず、姿があれば苦しませるだけ。静かに去ってやるコトだけが、唯一出来るコトだろう。


「行くぞ、シオン。」


ダーはい。」


オレ達は遺体の列の端尾にいる。出来うる限り、手を合わせて回ろう。亡くなった市民は取り戻せないが、遺族に報いる道はある。新体制を恨む者がいるのは仕方がないが、武力蜂起に走らせてはいけない。強奪された金品の奪取は、その一助となるだろう。



当事者のオレには残された者達が抱く怒りと悲しみは癒せないが、自制を促す施策を採る責任があるのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る