侵攻編38話 緊急会合



ローゼから受けた停戦の申し出、これはオレの一存でどうこうしていい議題ではない。姉さんは親征軍幹部に召集をかけ、緊急会合を開くコトにした。


皆より後に会議室に到着してはいけない。オレは一番乗りを目指して大会議室に急ぐ。残念ながら既に会議室にはアレックス大佐の姿があった。


「お早いお着きですね、大佐。」


「剣狼、おまえは鋼にならねばならんぞ?」


「なんのコトです?」


「スタジアムでの一件は聞いた。誤解しないように言っておくが、絶対零度シオンから相談された訳ではない。いい女が心配顔をしていれば、声をかける主義でな。同郷の美人とあれば、なおさらだ。」


「彼にとっては厄災としか言い様がないでしょう。恨まれるのはやむを得ません。」


アレックス大佐の表情は、鋼ではなく氷のようだった。


「その少年を危険人物リストに載せて、監視対象にしたんだろうな?」


「…えっ!?」


「当然の処置だろう。そのガキは金を持っている。自分が非力でも、金で人は雇えるんだ。」


「しかし……まだ十代半ばの子供です。」


「一昔前の龍の島では15で元服し、一人前の男として扱われたと聞く。情けは無用だ。根本的なところを勘違いした小僧は、何をしでかすかわかったものではないぞ?」


「彼が何を勘違いしてるってんです?」


「母親が屍人兵に殺された。なるほど、確かに悲劇だ。だが悲劇が起こった時、そのガキは何をしていたんだ? 腰の刀はお飾りか? この街が戦場になる事はどんな馬鹿でもわかっていたはずだ。ならば大切な母親を、どうして自分で守らなかった。他人を恨む前に、まず自分の非力を恨むべきだろう。」


「彼の腕では屍人兵の相手は出来ない。母子揃って殺されていただけです。」


「だから逃げた。母親を置いてな。俺だったら、例え殺されようが立ち向かっただろう。男の矜持を曲げるぐらいなら、死んだ方がマシだ!」


吐き捨てるように言葉を発する烈震。二人しかいない会議室の空気が震撼する。十代半ばだろうが、烈震アレックスなら屍人兵など返り討ちにしていただろう。でもそれは……強者の論理だ。


「誰もが強者として生まれる訳じゃない。年端もゆかない子供の弱さを責めるのは酷だ。」


「強さとは腕っぷしだけではない。もうじき街は戦場になる、何が起こるかわからない。幸いな事に金はある、自分と母の安全を期する為に打つべき手はいくらでもあった。事実、シェルターに逃げ込んだ富裕層は全員無事だったのだからな。その母子は、力も知恵も足りなかった。非力と阿呆は早死する、それだけの事だ。」


この非情さは、元帥閣下と同じだな。やっぱり親子なんだろう。戦場では非力と阿呆は早死にする。でも……市民を兵士と同列には扱えない。オレのルールに抵触する。


「ザラゾフドクトリンは拝聴しました。ですが同意は出来ません。」


「同意は求めてない。だが了承はしてもらう。そのガキは俺が引き取った。」


少しだけだけど共に戦ってみてわかった。烈震アレックスが本気の時は、一人称が"俺"に変わる。"私"なんてよそ行きの言葉を使わせるようじゃ、この男の戦友ではない。


「アレックス大佐が引き取ったんですか!?」


「助けた手前、責任があるからな。シオンから話を聞いて、すぐに身元を確認した。宝石入りの護身刀なんぞ持ったガキがゴロゴロいるとは思えん。案の定、俺が助けたガキだったよ。正確に言えば助けようとした訳じゃなく、屍人兵をへし潰した後に、ゴミ箱に隠れていたのを発見したんだがな。」


「そうですか。……ありがとうございます。」


「礼には及ばん。俺と一緒に来る方が、昆布坂こぶさかには地獄のはずだ。」


あの少年は昆布坂という名らしい。


「悪運強く、死なずに一流にまで育ったら、剣狼と生き死にを賭けて勝負させてやると約束した。だからその時が来たら、尋常に勝負してやれ。無論、殺して構わん。」


これを本気で言うあたりが、ザラゾフクォリティだ。考え方に賛同は出来ないが、決して嫌いではない。ザラゾフ親子とオレの関係は、ずっとそんな感じなのだろう。でも、大佐はオレの甘さの尻拭いをしてくれた。このコトは忘れてはならない。


──────────────────────


急遽開かれた会合、幹部達の意見は二つに割れた。協議など無用、断固戦うべしという主戦派と、話ぐらいは聞いてやってもいいだろうという穏健派だ。


主戦派の主立った面子は、テムル総督とアレックス大佐、トウリュウ&グンタの照京コンビに、作戦途上から通信参加のマリカさんだ。


対する穏健派の面子は、威鶴港から通信参加のケクル准将に士羽総督、錦城大佐とシグレさん。姉さんとオレは、まだ持論を開陳していない。


他にも幹部会に出席している軍人、文官はいるが、それぞれの上官にあたる人間と意見を同じくしているから、主要なメンバーの意向が議論を拮抗させている。この天秤をどちらに傾けるかは、姉さん次第だな。


事前に司令と相談はしておいたが、姉さんにはそのコトを伝えていない。今後を考えれば、帝の決断に他者を介入させるのはよろしくないと思ったからだ。


「議論百出じゃのう。ここいらで帝のご意見を賜りたい。」


幹部の中では最年長のケクル准将が、姉さんに水を向けた。


「その前に、弟の意見を聞いてみましょう。カナタさん、思うところを述べてください。」


まあ、こうなるわな。まず大前提として、だ。


「決定するのはあくまで帝、その前提で持論を述べます。よろしいですね?」


幹部連が頷いたのを確認してから、オレの考えを口にする。


「結論から先に言えば、停戦協議には応じるべきだと考えています。理由は二つ、まず、我々が望むのは龍の島の安寧であって、報復ではないと知らしめられるコト。もう一つは親征軍の戦力と、朧京以北の街の損害を抑えられるコトです。」


「友よ、帝国はまだ維持している植民都市の領有権を要求してくるかもしれんぞ?」


テムル総督の言葉に、主戦派が頷く。


「そんな条件を出してきたら、即座に交渉を打ち切るまでです。」


ローゼは賢い。そんな条件で話がまとまる訳がないコトぐらい、先刻承知だ。彼女なりの成算がなければ、交渉役など引き受けないだろう。


「帝を護衛しながら、交渉における相談役をも務められるのは、剣狼をおいて他あるまい。厄介な狼を龍の島から引き離しておいて、アシュレイ師団を動かす算段なのかもしれん。そうなったらどうする?」


アレックス大佐の意見にも一理ある。


「オレがいなければ親征軍に勝てるとか甘いコトを考えてるなら、挑んでこさせればいい。その場合はケクル准将を総大将にして…」


「ワシは当然、持久戦を強いてやるわい。間違っても、真っ正面から戦ってなぞやらん。剣狼が帰ってくるまで、戦いを引き延ばしてやりゃええんじゃからの。」


人喰い熊は言い終えてからプッとオナラをしたが、どれだけ高性能な通信機器でも、屁の臭いまでは伝えてくれない。実に都合の良い不便さだ。


「ガセ交渉への対応はそれでいいとして、協議に応じるにも条件をつけます。交渉はこちらが指定した中立都市で行うコトと、交渉はオレとローゼ姫の間で行うコトです。そして両者が交渉の舞台となる都市に到着するまでは双方が軍使を差し向けて、軍が街に留まっているかを確認する。こちらが疑っているように、アシュレイも親征軍が約定を違えて北上してくるコトを警戒しているはずだから、軍使の派遣には同意するでしょう。もし軍使派遣を断ってくるなら、二心ありと見ていい。」


ガセ交渉の可能性は限りなく低いがな。もしそんなコトをしたら、薔薇十字総帥の顔に泥を塗ってしまう。以前の皇帝なら出来たかもしれないが、の皇帝にそれは出来まい。ローゼは機構軍内の誰もが無視出来ない勢力を築いているからな。


困難な交渉を買って出たのに、顔に泥を塗られたとあれば、独立する格好の名分が出来る。子飼いの将官二人が死に、東方における植民都市を失った上に、薔薇十字の離反まで招けば、皇帝の権威は地に落ちる。ゴッドハルトにそんな真似が出来る訳がない。


「軍使の派遣、か。カナタ、私が敵地に赴こう。」


「シグレさん、軍使は違約があれば命を落とすコトになります。師を派遣する訳には…」


信用出来て眼力のある者でなければ軍使は務まらない。雷霆シグレなら申し分ないが、万が一、しくじった時に払う犠牲が大きすぎる。


「だからこそ私だ。剣狼の師である私が赴けば、親征軍は約束を守ると剣神は判断するだろう。彼女が馬鹿でなければ、アスラの部隊長に見合う軍使を派遣するはず。それが交渉の第一歩だからな。」


「わかりました。交渉するとなったら、軍使に推挙します。」


最終結論を出すのは、あくまで姉さんだ。


「うむ。帝には私の軍使役任命も、吟味して頂こう。」


交渉が不調に終わっても、剣神は約束を守るだろう。例え皇帝が違約を命じても、彼女は応じない。魔女の森でローゼから聞いた剣神の人となり、"アシュレイは何があっても騎士としての誇りを捨てない。クエスターにずっと騎士道を説いてきた彼女だけは"……その言葉をオレは信じる。


「カナタ君が帝の名代として交渉に赴く。それはいいとして、薔薇十字が応じるかな? ローゼ姫は帝に交渉を持ちかけてきたんだろう?……ああ、なるほど。皇女は約束が履行されるなら交渉相手は帝でなくてもいい。しかし、皇帝の目論見は外れる、そういう事か。」


幹部の中でも政治センスに長けた錦城大佐は、皇帝の目論見を看破した。


「おい、永遠の二番。どういう事か説明しなよ。」


マリカさんにせっつかれた錦城大佐は、解説を始めた。


「簡単な話だ。交渉がまとまれば、皇帝は高々と宣言するだろう。"余のと帝の間で交渉が成立した"とね。」


そう。それがゴッドハルトの狙いだ。自分を帝より一段高い位置に置いておきたい。下降しつつある権威に歯止めをかける為にな。


「そんな訳で、帝を交渉の場に出す訳にはいきません。向こうが娘を代理人に立てるなら、こっちも義弟が代理で交渉する。龍の島の王、大龍君と交渉したいなら、皇帝自ら出てくりゃいいんだ。」


帝を守護する狼の意地にかけて、姉さんは誰の下風にも立たせない。ゴッドハルトは世界皇帝を気取りたいんだろうが、おまえの思惑なんざ知ったコトか!


「弟の意見に皆が納得したようですね。では私の決断を聞いてください。龍弟侯・八熾彼方を名代として、ローゼ皇女と停戦交渉を行います。もちろん、先ほど弟が述べた前提条件を薔薇十字が飲むのならば、ですが。」


幹部達は帝に向かって一礼した。結論は出されたのだ。



交渉には第三者の立会が不可欠だ。まずはパーチ副会長に連絡だな。彼が懇意にしてる通貨安定基金の幹部にも参加してもらって、功績を上げてもらうのがいいだろう。酸供連と通安基が立会人となれば、皇帝も約定を反故にするのは難しいはずだ。


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