侵攻編34話 火隠忍者は炎を尊ぶ



地球の近代戦では、兵士の士気が勝敗に与える影響は限定的だ。やる気満々の歩兵がいくらいようとも、大型爆撃機に勝つ事は出来ないから。


だがジェット戦闘機が封じられ、戦車を殴り倒す超人兵士が存在するこの世界では、兵士の士気が勝敗に直結する。やってる事は中世の戦争、リアル三国志演義だからな。


「どうした、こないのか? 帝の名代を討ち取るまたとない機会だぞ?」


オレの足元には三人の異名兵士が倒れている。もう息はしていない。


彼らを差し向けた帝国指揮官は、勝てないまでも手傷は与えてくれるはずと考えていたのだろう。アテが外れた無念さが、握り絞めた拳に現れている。


「三人がかりの異名兵士を歯牙にもかけんとは……これが完全適合者か……」


ダメージを負ったオレに総員で攻撃する。そうする為の陣形は整えていたのだから、この指揮官は無能ではない。ただ、入念な下準備が無為に終わっただけだ。


白狼衆20名を連れているとはいえ、今、オレが率いている兵士の大半は義勇兵。数と練度は向こうが上、本来ならじっくり戦いたいところだが、戦況がそれを許してくれない。ここを突破し、先の街区で孤立した部隊の元へ向かわねば、彼らが全滅してしまう。多数の戦死者か、少数の戦死者か、命の天秤を計る立場にオレはいる……


「総員オレに続け!孤立した仲間を救出するぞ!」


戦死者を出さずに済む方法がない以上、選ばなければならない。それが指揮官の背負う宿業だ。飛んでくる銃弾を磁力操作で跳ね返しながら、オレは敵陣目がけて身を躍らせた。


──────────────────


眼前の敵を敗走させたオレ達は、先の街区で孤立した部隊と合流。力を合わせて帝国軍の敷いた包囲網を瓦解させた。


「九郎兵衛、負傷兵を後衛に送り、連れてきた義勇兵と救出した部隊を再編成しろ!」


「ハッ!」


再編は九郎兵衛に任せ、戦術タブで周辺の戦況を確認。よし、右翼はケリーが率いるマスカレイダーズが、左翼はカレルが率いるレイブン隊が戦線を押し上げている。彼らにはこのまま戦線を維持してもらい、手駒が揃ったら本格的な逆擊を開始しよう。屍人兵はほとんど沈黙させた。一番苦しい局面は乗り切れたんだ。


「我々もここで戦線を維持する。……バリケードが必要だな。」


バリケードと聞いて、重装歩兵を率いる義勇兵がオレの傍まで走ってきた。


「お任せください!補充兵、予備の鉄盾を供出しろ。地面に固定して…」


「それは戦闘で使え。バリケードは手近な材料で作る。」


オレはコインパーキングに駐車してあった車を街路に積み上げて即席のバリケードを作り、義勇兵を配置する。


「……あの……重くないのですか?」


「装甲車なら重いかもしれんが、これは普通車だ。オレにとっては羽根ペンと変わりない。」


羽根ペンは言い過ぎだろうが、仲間を安心させる為には大言壮語も有効だ。強い兵士に率いられれば、弱兵も強兵になり得る。それがこの世界での戦場の理だ。


バリケードを利用して帝国軍の攻撃を数度に渡って凌ぐ。そして、いよいよ待ちに待った時が訪れた。シオン、シズル、リック、ビーチャム、ロブ、ギャバン、ピエール、屍人兵を沈黙させた仲間達が後方から駆け付けてきたのだ。


オレは整列した幹部達に、現状を報告をさせる。


「中隊長は損害を報告せよ。」


「シオン隊、欠員なし!」 「リック隊、戦死者ゼロ!負傷兵2名が眼旗魚で治療中だ。」 


「ロブ隊は5名が眼旗魚に戻った。死人は出てないぜ。」 「自分の隊は3名が負傷。葬儀屋はまだ必要ありません!」


「僕の隊に欠員はない。支援部隊だから当然だね。あと2度ぐらいなら全力支援が可能だよ。」


よし、案山子軍団から戦死者は出ていない。精鋭中の精鋭はこうでなくてはな。


「剣狼、俺の筋肉防御隊マッスルブロッカーズからは7名の戦死者が出ちまった。総員100名の内、戦闘可能なのは80名。戦力2割減だ、面目ねえ……」


広い肩幅を縮こませた"強堅"ピエールは、巻き毛の頭で天を仰いだ。


「突如出現した屍人兵に緊急対応したんだ、無理もない。ピエール、命知らずの腕自慢を募兵したんだろ?」


「ああ。死ぬ覚悟のある奴だけを仲間にしたつもりだ。」


「危険と引き換えの好待遇、死んだ連中だって覚悟はしていたさ。だから気に病むな。」


「でもよ!案山子軍団は全員無事じゃねえか!俺がしっかりしてりゃあ…」


「本物の精鋭は一度の戦闘で得られるもんじゃない。おまえも筋肉防御隊も貴重な経験を積んだんだ。この経験はきっと次に、いや、今に生きる。切り替えろ、まだ戦いは終わってない。」


ピエールもいい指揮官になってきた。部下の死を悼む気持ちがない奴に、頭を張る資格はない。


「……わかった。人間を冒涜した連中には、筋肉防御隊が天誅をくれてやる!兵士を薬漬けにして戦わせるなんて許せねえ!」


悲しみを怒りに変えた巨漢は、大戦斧グレートアックスを天に掲げた。しかし筋肉防御隊とは、ピエールのネーミングセンスもなかなかヒドいな。まあ、名が体ならぬ隊を表してはいるんだが……


(リリス、聞こえるか?)


旗艦にいる参謀に向かってテレパス通信を送る。


(バッチリ聞こえてるわ。総攻撃の合図ね?)


(ああ。屍人兵は始末した。もう帝国軍に手札は残ってない、オーラスだ)


(了解よ。シュリ隊が後詰めに向かってる。上手く使ってね)


シュリがこっちに向かってるのか。だったら戦法の幅が広がるな。……直接加勢してもらうより、いい手がある。スペシャリストらしい、搦め手がな。


─────────────────


案山子軍団と筋肉防御隊を中軸に据えた大部隊は、またたく間に3つの街区を制圧した。戦術タブで周辺状況を確認したギャバン少尉が、懸念を口にする。


「カナタ君、少し前に出すぎじゃないかな? 左右の部隊が僕達の進軍速度について来れてない。」


「敵が出てきたら、3つ前の街区まで後退する。予定通りにな。」


ここを突破されたら前線が崩壊する。戦術音痴のアードラーでも、そのぐらいは読めるだろう。最後の予備戦力は、全てここに投入してくるに違いない。


「何か策があるんだね?」


「策と呼ぶような代物じゃない。底なし沼に落ちたアードラーに、ロープを投げてやるだけさ。」


「でもその救命ロープで首を絞める。カナタ君は本当に人が悪いね。」


味方の死者を減らす為ならなんでもやる。悪かろうが、汚かろうが、知ったコトじゃない。


「隊長殿!ナツメ殿から通信あり、"まとまった部隊が接近して来る"との事であります!」


ビーチャムの報告を聞き、オレは戦術タブから部隊指揮官に向けて通信を飛ばした。案の定、アードラーは最後の予備戦力を注ぎ込んできたようだな。


「案山子軍団と筋肉防御隊が殿だ!後退するぞ!」


アードラー、少しだけいい夢を見せてやるよ。すぐに悪夢に変わるんだがな。


────────────────────


一つ目の街区まで部隊を後退させたオレは、すぐに反転迎撃の陣形を整えさせる。二つ目の街区には、シュリ隊が張った罠が待ち構えているのだ。


(カナタ、間抜けが間抜け罠ブービートラップにかかった。少しは警戒してもらわないと、罠の張り甲斐がないね)


人間は事実よりも、自分に都合のいい虚構を信じる生き物だ。帝国騎士団の奮戦によって、案山子軍団を後退させた。そんなありもしない虚構に彼らはすがった。一縷の望みが、罠への警戒を疎かにさせたんだ。


(ここが最後の勝負どころだと思ったんだろうさ。敗北が惨敗に変わるだけだってのに、ご苦労なこった)


全部隊に前進を命じたオレは、ブービートラップの品評会と化した街区に軍勢を進める。


「リック!どっちがより多くの戦果を上げるか競争しようぜ!」


大戦斧を構えたピエールの隣を走るリックが応じる。


「上等だ!案山子軍団の斬り込み隊長の実力を見せてやらぁ!」


超再生持ちの巨漢二人は、継戦能力が極めて高い。疲れ知らずのタフガイコンビは、トリモチに足を取られた帝国兵をスイカみたいに叩き潰してゆく。


「ギャバン隊はリック、ピエール隊を全力援護、ここで店仕舞いにしていい!シオンは高所に陣取って狙撃支援を!シズルは白狼衆を率いて右翼、ビーチャムは左翼に回れ!義勇兵は精鋭の切り開いた血路に斬り込むんだ!」


指示を出したオレは背負ったジェットパックで宙を舞う。目指すは敵陣のど真ん中。マンパワーで前後の連携を断ち切る!


空から敵兵が降ってくりゃあ、当然見ちまうよな? それは視線を合わせるってコトなんだぜ!


無数の悲鳴と斃れる敵兵。人間ドミノの中に着地したオレは、姉さんから借り受けた至宝刀で、群がる敵をなで斬りにする。


「背中は僕に任せてもらおうかな。」


近くのビルから飛び降りてきた友が、燃える刀で背後から迫る敵を斬り伏せた。


「シュリ、おまえいつの間にそんな能力を…」


パイロキネシスは持っていても、燃焼させる程の強度はなかったはず……


「最近ね、刀の囁きに気付いたんだ。マリカ様から下賜された極炎刀・紅蓮正宗には隠された能力があった。この刀さえあれば、僕でも炎が操れる!」


パイロキネシス強化、そんな力を秘めていたのか。そういやトゼンさんも"餓鬼丸を持ってると、鼻の利きが良くなる気がしやがる"とか言ってたし、至宝刀には使い手を強化する力があるのかもしれない。


「そりゃ良かったな。」


炎を尊ぶ火隠衆の上忍でありながら、炎を操るコトが出来ないのがシュリのコンプレックスだった。もしかしたらマリカさんは紅蓮正宗の秘めたる力に勘付いていて、愛刀をシュリに託したのかもしれない。いや、きっとそうだ。新たな愛刀、紅一文字も至宝刀だけど、紅蓮正宗は火隠宗家が代々継承してきた家伝の宝刀。わざわざ替えるには意味があるはず。


「うん。長い間夢見ていた力をとうとう手に入れたよ。今なら胸を張って言える。僕は火隠忍軍上忍、空蝉修理ノ助だ!」


背中を合わせて戦う盟友二人の前に敵兵は怯み、怖じ気づいた。狼の目と炎の嵐、範囲攻撃をかい潜って接近しても、光輪天舞と紅蓮正宗、二本の至宝刀でいとも容易く斬り伏せられてしまうんだから、ビビるなってのが無理だ。


「オレもパイロキネシスが欲しいねえ。」


渦巻く火炎を操る姿ってのは、実にカッコいいんだよな。戦場で見映みばを求めんのはどうかとも思うけど……


「特殊能力を山ほど持ってる癖に贅沢言わない!カナタ、"過ぎたるは猶及ばざるが如し"って言葉があるように…」


「小言こそ後にしろって。いくぜ、シュリ!」


細かい作戦を言う必要はない。オレとシュリの間には、阿吽の呼吸があるのだから。


「おう!僕達の力を見せてやる!」


シュリの放った十字手裏剣を睨み、金色に輝かせる。殺戮の力を付与された刃は、無数の敵兵を切り裂いてゆく。手裏剣の後に続くのは、疾風と化した剣客と忍者。



負ける訳がない、オレとシュリの行く道を阻む者には死が待っている。


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