侵攻編33話 チープ・ジャスティス



「頼むぜ天使ちゃん、早いとこオジサン達を助けに来てくれ。」


26だが見た目は三十路過ぎの男、ロバート・ウォルスコットは戦いながらボヤいた。左手にリボルバーナックル、右手にはマグナムスチームの仕込み杖、両手利きのロブは左右の得物を器用に操り、屍人兵を始末してゆく。彼のボヤきは自身の身を案じてではない。


お尋ね者になる事を承知で濡れ衣を着せられた自分を救出し、ロードギャング稼業にまで付き合ってくれた部下達を、誰一人として死なせたくない。この局面を打開する為には駒が不足していた。個としての能力に秀でる兵士がどうしても必要なのだ。なんでも器用にこなす異名兵士"便利屋ユーティリティ"は、自分の欠点を知っている。それは爆発力のなさ、であった。


「うあぁぁぁ!」


身体能力の差を埋められず、押し切られた義勇兵が地面に引き倒された。ロブ隊の兵士ほどの練度を持たない一般兵では、屍人兵の相手は荷が重い。ロブは右手の杖を操作し、三節棍に変化させながら、先端部を投擲する。棍を繋ぐ伸縮自在の鎖で屍人兵を絡め取ったロブは、渾身の力で高く遠く投げ飛ばした。路駐していた車に叩きつけられ、ボンネットを派手にヘコませた屍人兵だが、何事もなかったかのように立ち上がってロブに向かってくる。


「ヤだねえ。おまえら無闇にタフ過ぎなんだよ。」


単純な物理戦闘しか出来ないからなのか、屍人兵はマグナムスチール製の鉤爪を装備していた。襲い来る鉄の爪を棍で受けたロブは、左手のリボルバーナックルに付けられた小銃剣で、屍人兵の首をかき斬る。ナイフ程度の長さしかない刃では首を刎ねるところまでいかなかったが、屍人兵は血飛沫を上げながら地面に転がった。しかし、半ば切断された首を片手で抑え、まだ這い寄ろうとしてくる。


「おいおい、俺は大将と違ってゾンビ映画は苦手なんだよ。夜中にトイレに行けなくなるんでね。」


左手の銃が火を噴き、屍人兵の眉間に三つの風穴を空ける。


ベアナックルの銃把グリップを持ち、銃口の先にナイフが取り付けられたリボルバー拳銃は、ロバート・ウォルスコット少尉専用兵装"リボルバーナックル"だ。殴る、刺す、撃つの三種盛りがこの武器の特性で、融通が利く反面、どの攻撃も決定力に欠けるのが短所である。持ち主と長短を同じくするこの珍兵器は、まこと便利屋らしい専用武器だと言えた。


「ウォルスコット少尉、ありがとうございます!」


命拾いした義勇兵の負傷度合いを見て取ったロブは、ハンドサインで後退を促す。しかし、少年兵は首を振った。


「自分はまだ戦えます!」


「お兄ちゃん、命は大切にしなよ。その傷じゃあ、足手纏いだ。」


(ヤバいぜ、ボス。新手のゾンビ大隊がそっちに向かってる。接敵までおよそ3分だ)


斥候役から報告を受けたロブは、義勇兵の遺体と疲労が滲みだした部下を見てため息をついた。


"こりゃお兄ちゃんだけじゃなく、全体を下がらせた方がいいな"、そう判断したロブは、その為に必要な戦術を指示する。


「義勇兵は全力防御!ロブ隊は全力攻撃だ。1分で始末をつけて、隣のブロックまで下がるぞ!」


残る屍人兵は30体、俺の隊の練度なら1対1で負ける事はない。問題は、コイツらが数の多い方に向かう習性があるって事だ。


ロブの予想通り、屍人兵は隊列を組んだ義勇兵に向かった。ほとんどはロブ隊の隊員がブロックしたが、1個中隊20名では全部をブロック仕切れない。ここが死力の奮いどころと定めたロブは、義勇兵を守りながら戦ったが、やはり未熟な兵士の中から戦死者が出てしまった。


死んだ戦友の遺体を肩に担ごうとする少年兵士、先ほど命拾いした若き義勇兵を、ロブは制止する。


「置いていけ。すぐに新手が来るぞ。」


「コイツは同郷の親友なんです!せめて亡骸だけは…」


いくら選抜に合格したからって十代のガキを義勇兵にすんなよ。リリスやナツメみたいな天才ちゃんじゃない限り、早すぎるんだって。ロブは少年兵を送り込んだ母都市に向かって独りごちる。それが18歳で初陣を迎えた凡人の、偽らざる本音であった。


「おまえまで亡骸になるって言ってんのさ。屍人兵は死体に興味はない、後から回収すりゃいいんだ!全員後退!ロブ隊が殿しんがりだ!」


新手に発見される前に姿を隠し、態勢を整え直す。動く者をとにかく攻撃してくる習性を利用して罠でも張ろうか。ロブの計算通りに事は進みそうであったが、悩ましい事態が生じた。


通りの陰に身を隠し、後方を確認したロブの目に一匹の子猫の姿が映った。"おい、よせよ"という願いも虚しく、リボンを付けた白猫の後を追って、ポニーテールの少女が通りに飛び出してくる。そこに、新手の屍人大隊がやってきた。


屍人兵の群れとロブ達が隠れている場所の中間地点に少女はいる。動く者、生きてる者を襲うように調整された屍人兵は、少女目がけて走り出した。


「きゃああぁぁぁ!!」


「俺があのコを連れて来る!隣のブロックで応戦準備しろ!」


「少尉だけじゃ…」


後に続こうとする部下に向かって、便利屋は叫んだ。


「いいから動くな!俺は上手くやるからよ!」


そう、上手くやる。今度こそ、今度こそ"安い正義"を貫くって決めたから。案山子軍団の中隊長の中で、唯一何の希少能力も持たない男は懸命に走った。今出来る事はそれしかなかったからだ。しかし、身体能力だけなら屍人兵もロブに引けを取らない。少女までの距離は、僅かに屍人兵側が近い。このままでは間に合わないと判断したロブは、大声で少女に呼びかける。


「お嬢ちゃん、こっちに向かって走るんだ!早く!」


……ダメか。ロブは奥歯を噛み締めながら、次の手を考える。無理もない事だが、少女は足が竦んで動けないのだ。大事そうに子猫を抱えたまま、街路にうずくまっている。子猫は飼い主の危機を救おうと懸命に牙を剥いて威嚇するが、屍人兵相手には意味がなかった。


希少能力は持たないロブであったが、技術とアイデアがある。袖から分銅を取り出したロブは、狙いを定めて投擲する。寸分違わず少女の脇をくぐった分銅で華奢な体を柔らく巻き取り、無事に手元に引き寄せた。コンマ1秒前まで少女の頭があった空間を、屍人兵の鉤爪が通過する。ポニーテールの毛先が数本、鉤爪に切り裂かれて宙を舞った。まさに危機一だ。


「おじさん、ありがと!」


自分は老け顔だと自覚しているロブは、おじさんと呼ばれてもめげない。そもそも、若く見られたいなら、無精髭ぐらいは剃っている。


「どういたしまして。お嬢ちゃん、おじさんがいいって言うまで目を瞑っててくれ。子猫ちゃんを絶対に離すなよ!」


小脇に少女を抱えたまま、飛び掛かってきた屍人兵に応戦する。いくらロブが異名兵士とはいえ、大事な荷物を庇いながらの戦闘はままならない。手傷を負いながら戦う便利屋は思考を巡らす。


安い正義を貫くってのは、どうやらお安くないらしいな。……さあ、どう切り抜ける? 


ロブと少女はすっかり取り囲まれていた。そして、歪な姿勢から高く跳躍した二体の屍人兵。しかし、その体は肉片と化して地面に落下する。救いの天使が空から舞い降りたのだ。


着地した殺戮天使は、風刃を纏った蹴りでさらに二体の屍人兵を仕留め、ロブに向かってウィンクする。


「やっほー、ロブちん。元気してた?」


「おかげさまでね。迷子の子猫ちゃんを見つけたんで、お家を探してるとこさ。」


個としての力なら中隊長以上と評される雪村ナツメは、もっと強い屍人兵との対戦経験がある。戦闘センスの塊は、ザハトとの戦いで屍人兵の対処法をマスターしていた。なので軽口も叩いたりする。


「……ロブちんもロリなの?」


「大将じゃあるまいし、勘弁してくれよ。俺はお色気お姉さんが好みだっての!」


「それってお水なお仕事の人? 素人童貞らしい嗜好なの。」


大将のキャバクラ訪問を阻止してんのは誰だっけな、余裕が出来たロブもいらぬ事を考えてしまった。もちろん、必要な事も考えてはいる。


「口の悪い天使ちゃん、この場を逃げ出す妙案とかないかな?」


「あるよ。ほいっと!」


地面に煙玉を叩きつけたナツメは、少女を抱えたロブを抱えて跳躍する。煙幕が晴れた頃には、ロブ達三人はビルの屋上まで到達していた。


「お嬢ちゃん、もう目を開けていいぜ。子猫ちゃんもよく頑張ったな。でも、もうご主人様を困らせちゃダメだぞ?」


ロブが小さな鼻面を指で擦ると、子猫は"にゃ~ん"と可愛く鳴いた。愛猫を抱きしめた少女は、ロブの頬に唇を寄せた。


「ありがとね、おじさん!」


「ふふっ、お安くないの。ロブちん、後は私がやっとくから、休んでていいよ。部下のみんなもね。」


「おいおい。いくらナツメでも一人であの数は…」


「一人でなんて言ってないよ。ほら。」


眼下で発した轟音。それは巨大なコンクリート片が舞い飛び、屍人兵をプレスしてゆく音だった。


「烈震様のお通りか。相変わらずイカれた破壊力だねえ。」


アレクサンドルヴィチ・ザラゾフ大佐とその直衛部隊が到着したなら問題ない。殲滅力が高いルシア兵部隊は、よその屍人兵をもう片付けて応援に回ってきたらしかった。


「サンドラパパを知ってるの?」


ナツメって誰にでも渾名を付けちまうよな。ま、それもご愛嬌だ。可愛いは正義って言うからねえ。ロブは苦笑しながら頷いた。


「以前にちょっとな。昔話は後にしようや。ナツメ、大将は大丈夫なんだろうな?」


屍人兵も危険だが、後方が混乱した状態で前線を支えるのはもっと危険である。敵は死力を尽くした攻勢に出てきているに違いないからだ。


「カナタをどうこう出来る兵士なんていない。世界最強の狼だもの。」


「確かにな。でも緋眼の姐さんならどうだ?」


ロリコンに素人童貞と揶揄されたお返しなのか、ロブは少し意地の悪い質問をした。


「言ったでしょ、カナタは世界最強だって。でも私生活では、姉さんのお尻に敷かれると思うの。」


「大将も大変だな。でもナツメはそれでいいのか? 緋眼の姐さんに大将を取られちまってよ。」


「相乗りするに決まってるでしょ!……確か姉妹丼って言うんだっけ?」


「おじさん、姉妹丼ってなに? カツ丼や牛丼と何が違うの?」


キョトンとした顔で訊いてくる少女、返答に窮したロブは微妙な顔で沈黙を守った。


「じゃあ暴れてくるね!……ロブちん、安い正義を守れてよかったね。」


風の翼を纏った天使は、ビルの屋上から戦場へとダイブする。その後ろ姿に敬礼したロブは、ポケットから取り出したチョコレートを半分に割り、少女と一緒にカロリーを補給する事にした。


「おじさん!このチョコレート、おいしいね!」


「だろう? そこいらに売ってるのとは訳が違うのさ。おじさんはこう見えて、甘いものにはうるさいんだ。」


甘いお菓子を齧りながら、ロブは少女に親の事を訊いてみた。彼女の父親は電力関係の技術者で、病院の非常電源を復旧させる為にやむなく娘を置いて出掛けたらしい。幼い娘を見捨てて逃げた訳ではないと知ったロブは安堵した。


「えらいパパだな。きっと多くの人が命を救われたはずだ。」


「うん!でもおじさんも私を助けてくれたよ!」


少女の笑顔に、兵士は笑顔で応じる。


久しぶりにいい気分だな。なるほど、8年前に止まった時間が動き始めたってところか。この高揚した気分は、あの時の後悔を少しだけ取り戻せたからだ、と便利屋は自分の心理を分析する。




脳に糖分を補給した男は、兵士の目に戻った。安っぽい男を自認し、安物の正義を追求する。それが異名兵士"便利屋"こと、ロバート・ウォルスコット少尉。彼の戦いは、失った心を取り戻す旅は、まだ終わっていないのだ。


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