侵攻編32話 断罪する者、される者



「龍弟侯!我々はどうすれば!」


白狼衆ほど修羅場をくぐっていない義勇兵は、浮き足立っている。こんな状態で応戦させれば、少なからず戦死者が出てしまうな。ゾンビソルジャーの厄介なところは、異様な風貌と動作で、慣れない相手を威嚇出来るコトにもある。


「下がって防御に専念しろ!数が数だけにオレ一人では抑え切れん。白狼衆は※4マンセルで、義勇兵を援護だ。屍人兵への対処法は覚えているな!」


速いだけで技巧の欠片もない刃を何本も受け止めながら、指揮中隊に指示を出す。


「ハッ!速いしタフだがフェイントに弱い。皆、落ち着いて戦えば我らの敵ではない!風貌に誤魔化されるな!」


九郎兵衛が白衣の軍団を叱咤し、義勇兵を守るように配置を変える。


「ギシャアアァァァーーー」


涎を垂らした屍人兵が、下がらせた兵士達にも迫る。九郎兵衛はあえて口にしなかったが、屍人兵への対処法はまだある。それはコイツらを"薬漬けにされた人間"だと思わないコトだ。


過剰投与された薬物によって、その人格は破壊されている。生け捕りにしたところで廃人からの復活は絶望的。ケリーだけがその例外だが、彼の場合は薬漬けにされてからの日が浅く、類い稀な精神力と、並外れた強靭さを持つ肉体に助けられた。あんな奇跡はまず起きない。


"完全適合者でもない限り、屍人化からの復活は不可能。生け捕りにしても延命すら出来ません。過剰投与で崩壊しつつある肉体を、さらなる投与で無理矢理持たせている状態なのです"


それが御門グループ医療チームの見解だった。不都合な現実には何度も遭遇してきたが、屍人兵は救えないという事実は、その最たるものだ。麻薬が蔓延していない国で育ったオレは、元々違法薬物には強い嫌悪感を持っていたが、この世界に来て、嫌悪感は憎悪に変わった。


売る奴もクズだが、買う奴もクズ。だが、目の前の男達に落ち度はない。彼らは……被害者なのだ。


「元がどっちの陣営の人間だったのかは知らぬが、哀れな。これ以上、尊厳を冒させない為にオレが葬ってやろう。せめて魂だけは安寧であれ。」


どんなにドーピングを重ねようが、身体能力は完全適合者であるオレのが上だ。屍人兵は手足が千切れ、臓物が飛び出そうとも戦い続けられる、だが首を刎ね飛ばしてやれば即死するのもゾンビと同じ。


「せいやっ!とうっ!おりゃあ!」


オレはシグレさんから習ったカウンター剣術で、群がる屍人兵の首を片っ端から刎ねまくった。"あなた達をこんな姿に変えた奴らは楽には死なせん"と、心の内で詫びながら……


──────────────────


「化け物め!屍人兵をものともせんとは……」


精神だけではなく、肉体まで崩壊するレベルの過剰投与で、その身体能力を飛躍的に向上させているゾンビ達を歯牙にもかけない戦いぶりは、屋上から様子を窺っていたレームを驚愕させた。白刃を交えながらも、離れたゾンビは狼眼で仕留めるあたり、とても初めてとは思えない。


「あの手慣れた動き、どうやら剣狼はゾンビソルジャーとの対戦経験があったようだな。おい、少し早いが私のライフルを出せ。」


レームとしては、もっと消耗してから狙いたかったのだが、そんな余裕はなさそうであった。あの調子では、剣狼が消耗する前にゾンビソルジャーは壊滅する。


「ハッ!」 「大佐の銃で狼を狩ってください!」


二人の護衛兵は上官愛用の武器をケースから取り出し、特注の弾丸も手渡した。レームの本職は狙撃兵なのだ。それもかなり腕利きの、である。裏切り者の伊織の奇襲に反応出来なかったのは、レームが接近戦に慣れていなかったからだ。寄せられる前に仕留めてきた腕前が、あの時は裏目に出た。しかし、今回は功を奏するはずである。


湿度、温度、風向きを確認したレームは、観測手でもある二人に仕事を命じた。普通、スナイパーをサポートするスポッターは一人であるが、レームは二人の観測手を連れている。他者評価が辛口のレームは、一人に絶対的な信頼を置かず、同等の二人を常に競わせるカタチを取っていた。意見が一致すれば良し、一致しなければ正しい意見を自分が採用すれば良い、そういう考えである。


「距離210、風向きは北から5mです。」 「同じく。」


「わかった。※試作型ZCSを搭載した連中に包囲命令を出せ。好機が来たら即座に撃つ。」


狙うのはゾンビの体で視界と射線が塞がった瞬間だ。その為に技術班に命じて、最高の貫通力を持つ弾丸を作らせておいた。猛牛リンツを捨て駒にして時間を稼ぎ、希少な使役可能ゾンビを召集した。そして、そのゾンビもろとも剣狼を射殺する。


レームは深呼吸してからスコープを覗き、引き金にそっと指を添える。必ず……必ず一発で仕留めなければならない。もし仕損じれば剣狼は警戒し、狙撃のチャンスはなくなる。義勇兵を守っている指揮中隊の連中も、上官を守る為に持ち場を捨てて屋上へ向かってくるだろう。


「おい!包囲命令は出したのか? ゾンビの動きに変化がないぞ!」


「ゾンビ? コイツらはタダの死体だ。命令なんぞ出せる訳がない。」


スコープに映る護衛兵の死に顔。咄嗟に転がって距離を取り、立ち上がったレームに、もう一人の死体が投げ付けられた。絞殺された部下の口から、鉄の砂粒が零れ落ちる。


「そ、その声……どこかで……」


仮面の暗殺者の声には聞き覚えがあった。いや、そんな事よりも、私はこの男に勝てるだろうか? いくら標的に集中していたとはいえ、すぐ後ろに立っていた二人の護衛を気取らせずに始末してのけたのだ。サイレントキルの達人は、正面から戦っても強い。本職がいくら狙撃兵でも、レームもそのぐらいは知っている。


「随分前だが、リリージェンで開催された佐官級会議で同席したはずだ。」


「佐官級会議だと?」


首都開催の佐官級会議……ではこの男は機構軍の軍人なのか?……!!……戦死してからその能力が公表されたが、機構軍で砂鉄を操る男は一人しかいない!ならば、この男は!……この男は死んだはずの……


「ケリコフ・クルーガー!!……い、生きていたのか!」


「見ての通り、生きていたのさ。おまえが狙撃しようとした男が、命の恩人だ。」


「貴様は機構軍の高官だろう!なぜ裏切った!」


「細かい経緯まで説明する気はないが、味方の裏切りに遭って薬漬けにされた俺を、剣狼が救ってくれた。九死に一生を得た時にな、一つ誓いを立てたんだ。……屍人兵を使う輩は、俺が抹殺すると。」


処刑人の足元に転がる死体、その口に詰め込まれた砂鉄が、手にする剣に集約される。長さを増した砂鉄の剣の切っ先は、レームに向けられた。


処刑宣告を受けたレームは、腰の軍刀を抜こうとしたが、ビクリとも動かない。


「クッ!なぜ抜けん!」


「俺の能力の射程内だからだ。この程度の磁力でサーベルが抜けんとは笑わせる。おまえ、身体能力は大した事ないな。そして部下にテレパス通信を命じるぐらいだから、念真強度も低い。」


レームの念真強度が平均以下なのは事実であったが、身体能力は特段低い訳でもない。ケリコフの磁力操作に抗う為には、水準を遥かに上回る力が必要なのである。


「クルーガー大佐、落ち着け。どんな裏切りに遭ったか知らんが、私が陛下に掛け合って貴官の立場を保証して頂く。だ、だから…」


「レーム、帝国で皇帝に直談判出来るのは、将官以上の地位を持つ者に限られると聞いたぞ? 第一、俺がいつ取りなしなんぞ頼んだ。屍人兵を使い、俺の恩人に銃口を向けたおまえには、死、あるのみだ。」


もう一歩、もう一歩だけ踏み込んでこい。レームにはまだ希望が残されていた。転がり際に投げ捨てたライフルの銃口は、幸運な事にケリコフの方に向いていた。後一歩距離が詰まれば、裏切り者の足を撃つ事が出来る。


念真強度は平均以下のレームだったが、実は微弱なサイコキネシスを持っていた。あまりにも微弱であるが故、一度も戦闘で使用した事はなく、保有者である事も隠してきた。だが、フェザータッチで発射出来るように調整されたスナイパーライフルの引き金を引く事は可能である。


切り札を悟られてはならない、レームは新兵時代に習った格闘術の構えを取り、手招きする。


「かかってこい!私の特技が狙撃だけだと思ったら大間違いだぞ。」


特注の弾丸ならケリコフの足を撃ち抜き、その隙に逃げる事が出来る。接近戦に絶対の自信を持つ処刑人なら、自らの手で私に制裁を下そうとするはずだ。成算はある、背中に流れる冷たい汗を感じながら、レームは懸命な演技を続けた。


「構えを見る限り、大した腕ではなさそうだがな。自縄自縛にならん事を祈ってやろう。」


一歩踏み出すケリコフ。レームは満面の笑みを浮かべた。


「バカめ!かかったな!」


「ああ、がな。」


放たれた銃弾は、レームの腹に命中していた。ケリコフは磁力でライフルを操作し、一瞬で銃口を持ち主に向けてみせたのだ。ケリコフとレームの反射神経と反応速度の差は、燕と象亀に等しかった。


「おまえの考えそうな事などお見通しだ。能力を隠し持ってる奴なんざ、今まで散々相手をしてきた。」


貫通力を高めた特注弾は、レームの体を貫通していた。膝を着いて傷口を抑えるレームの肩をケリコフは蹴飛ばし、仰向けになった傷口を軍靴で踏み付ける。


「ぐああぁぁぁ!き、貴様ぁ!」


「冥土の土産に教えてやろう。おまえが屍人兵をオトリに狙撃してくる事をカナタは読んでいた。だから俺をここへ呼んだんだ。おまえを確実に始末する為にな。」


砂鉄の剣を振りかぶる処刑人。それがレームが最後に見る光景となった。振り下ろされた剣は速すぎて、彼の目には止まらなかったのだ。断罪の一撃を見届けずにこと切れた男を冷笑で見送り、処刑人は自前の狙撃銃で援護射撃を開始する。




あの世へ送られたレームが知る事はなかったが、ケリコフ・クルーガーは狙撃においてもレーム以上の腕を有していた。異名兵士"処刑人"は、おおよそ全ての戦闘技術をマスターした男なのである。


※4マンセル

4人一組、小隊での作戦行動を指します。フォーマン(4人)、セル(細胞、組織)の意。


※試作型ZCS

ゾンビコントロールシステムの略。ザハトの固有能力を研究して開発されました。ザハトほど大量の屍人兵を使役出来ませんが、素養のある兵士なら搭載可能なようです。


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