侵攻編30話 人獣の宴



白兵戦の最中に、ホタルからもたらされた通信解析によると、郊外戦の指揮を執っているのはレーム大佐で間違いないとのコトだった。


戦場での情報分析だけでも有用だけど、放たれた帝国索敵部隊をことごとく発見したのも親友の嫁だ。今回の親征でオレの立てた作戦は、ホタルの索敵能力がその前提となっている。敵の目を潰し、情報を与えない。増援艦隊の動向を察知されていれば、動揺も誘えないし、伏勢にも使えなかった。


先鋒部隊を叩き終えたオレはソードフィッシュに戻り、師団級の戦術を再構築する。


「レームはいい意味でも悪い意味でもメルゲンドルファーの直弟子だ。堅将の副官を長く務めたせいか、その戦術を上手く真似られる。だが、決して師を超える弟子ではない。つまり、攻防ともに堅実なのが長所であり、柔軟性に欠けるのが短所だ。」


この手のタイプは、戦況に応じて平均点以上の選択は出来ても、局面を一変させる奇策は打ってこない。これは帝国軍人全体に言えるコトだが、彼らの重んずるのはスタンダードな戦術であって、トリッキーな戦術ではないのだ。勝利するのに面白味など要らぬ、量と質で相手を凌駕し、淡々と勝てばいいってコトなんだろうが、あいにく今回は質で劣っている。その差を埋める手腕がレームにあるかどうかだが……ないだろう。


高速機動戦術においてはアスラコマンド随一の名手、緋眼のマリカを使ってレームの意識を右翼に振り、錦城大佐率いる神難軍を正面から押し出す。狙いは正面突破だと看破したレームは、攻勢に備えて兵の厚みを増した。その様子を観察しつつ、敵軍が陣容を整える直前に、左翼からアドリブ戦術が得意なアレックス大佐に後先を考えない攻撃をかけてもらった。


「隊長、いくらアレックス大佐でも、あの勢いをそう長くは維持出来ません。息切れすれば逆擊を受けます!」


オレと一緒にメインスクリーンの戦況図を見ていたシオンから忠告されたが、問題はない。息切れすれば逆擊される、だったら息切れする前に状況を変化させてやればいい。その変化の材料は……


「錦城大佐!今です!」


「腕の見せ所だな!世界第二の高速機動を見せてやろう!」


同じ戦地にマリカさんがいるからなあ。一番にはなれないよね。


宣言通り、マリカさんに次ぐ速さで神難軍を左右に展開した錦城大佐。開いた進路を縫うように、後衛に控えていたテムル総督率いる騎馬軍団が敵陣目がけて突進する。アレックス隊の息切れより、テムル師団の正面突破の方が早い。長続きしない攻勢への逆擊を狙うのではなく、正面に備えておくべきだったな!


「トリッキーな戦術で意識を右翼に振っておいて正面攻勢、敵が攻勢に備えたら左翼から無謀とも言える猛撃、でも正解はやっぱり正面、ですか。」


矢型陣形を敷いた騎馬軍団が、鋭い錐のように防御陣を突き破る様子を見たシオンが唸った。


「変幻自在の"緋眼"、適当戦術の名手"烈震"、兎に角そつがない"麒麟児"、直線突破力に秀でた"蒼狼"、これだけタレントが揃っていたら、戦術は自由自在さ。レームも決して悪くない指揮官だが、これには対処不能だろう。」


そしてそつがない指揮官は錦城大佐だけじゃない。帝国軍が混乱したのを見て取り、そそっと横擊を加えるべく動いた部隊がいる。凛誠局長、壬生シグレだ。剣術においても先読みの名手だが、戦術もそうらしい。絶妙な位置に布陣して、派手さはないが、効果的な攻勢で敵の戦力を削りにかかる。これぞ業師の戦術、だな。


「カナタ、これでいいのだろう?」


「はい、ベストな動きです。指示を出す前に動くとは流石は師匠。」


「師をおだてるものではない。しかし……我ながら地味そのものの戦術だな。」


白兵戦をこなしながらボヤく師匠。全員が主役をやりたがったら、部隊という舞台は成立しない。主役が輝く為には、名脇役が必須なんだ。シグレさんは主演女優賞は獲れないが、数多くの助演女優賞を獲得するタイプだと言える。


「地味ではなく効果的、ですよ。このダメージは後々効いてくるはずです。」


師匠の削った戦力は、この後に控える市街戦を有利にしてくれるだろう。シグレさんの積み重ねたボディブローで鈍った相手を、マリカさんが必殺のアッパーカットで仕留める。シグマリが"アスラ部隊のベストコンビ"と呼ばれる由縁だ。


────────────────────


郊外戦で順当な負けを喫したレームは、軍を市内に引き上げ街門を固く閉じた。


僅かに復活した曲射砲も再度沈黙させられたのだから、街に接近する親征軍の艦隊を阻めるものはない。陸上戦艦の主砲が火を噴き、放たれた砲弾が分厚く巨大な扉に着弾する。


「街門α、β、σの破壊を確認。市内へ突入可能です!」


「防壁上に展開する帝国兵を砲撃。その後に壁上に選抜兵を展開しろ。先に街門近くで待機している敵艦隊を始末する。」


大扉をぶち壊したからってノコノコ侵入したんじゃ、待ち構えてる艦隊から集中砲火をもらっちまうからな。


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スパイダークラブの砲撃で待ち受ける敵艦隊を街門際から追い払った親征軍は、壊れた壁を乗り越えて市内に侵入した選抜兵を先手に進軍する。


後退して市街地に防衛ラインを敷いた帝国軍は徹底抗戦の構えか。道義的にも、今後の統治を考えても、市街地に砲撃する訳にはいかない。スパイダークラブはここでお役御免だ。


「防衛陣地、及び詰め所には民間人が捕らえられている!制圧の際には誤射に注意しろ!攻撃前に"民間人の戦闘利用はパーム協定違反であり、解放しないならロードギャングと同じ扱いになる"と警告するんだ!警告を無視する連中は人の皮を被った獣、駆除を許可する!」


女子供を人質に取る輩に、降伏など認めない。テロリストとして始末する。同じ手を使う奴が出てこないようにな!全軍に命令を下した後に、案山子軍団を率いてソードフィッシュから出撃し、市街に降り立つ。全体の戦況を見ながら、人質を手放さない防衛拠点を自ら攻略しよう。精鋭で対応した方が、民間人の犠牲は少なく済むはずだ。


騎士の矜持があったのか、それとも投降する権利を得たいが為なのか、警告に応じて人質を解放した防衛拠点もかなりあった。あくまで人質を取ったままの人獣どもが立て籠もる防衛拠点には、異名兵士を軸に据えた部隊を投入し、被害を最小限に抑える。オレも人質救出作戦に参戦するつもりだったが、それはマリカさんに止められた。


"そっちはアタイに任せて、総大将は市街戦の指揮に専念しろ。民間人の命も大事だが、アタイらについてきた兵士の命も大事だ。この戦い、まだ勝った訳じゃないんだよ?"


忸怩たる思いはあったが、マリカさんの言うコトが正論だ。市街各地で激しい戦闘が続いていて、状況は刻々と変化する。デリケートな人質救出作戦の指揮を執りながら、市街戦を勝利に導くのは難しい。人質救出作戦はマリカさんに任せて、オレは卑劣な作戦を実行した連中を追い詰めるコトに集中すべきだろう。


強い兵士、時には自分を前面に出して戦場に点を作り、点と点を繋いで線にする。戦線を構築したらまた前面に点を作っての繰り返し作業。人質を取られていなければもっと早い前進が可能だったが、どうしても時間を食ってしまう。しかし勝負の天秤は確実にこちらへ傾いている、焦る必要はない。


「さすがはお館様です。我が軍は順調に市街を制圧しつつありますね。」


返り血を浴びた襷を締め直しながら、オレの戦術タブレットを覗き込むシズル。


「敵軍は明確な目標を持って動いているのではなく、泥縄式に状況に対応しているだけだ。それで勝てるほど、戦争は甘くないさ。」


……市街戦の指揮を執っているのはレームではなくアードラーだな。戦術の巧みさで言えば、郊外での戦いの方がマシだった。郊外戦で敗北したレームは、また発言権を失ったってところか。アードラーがいかに凡庸な将帥でも、このまま戦況が推移すれば、敗北するとわかったはず。何か手を打ってくるなら、今のはずだが……


…!!…ソードフィッシュに残した小悪魔参謀から、緊急連絡!


「少尉!市街各地にゾンビソルジャーが出現!敵も味方も関係なく殺戮をやらかしてるって!」


ゾンビソルジャーだと!? アードラーのド外道め!


「数と位置は!」


「正確な数は不明だけど、それぞれで大隊を組めるぐらいはいるみたい!出現位置はタブに送ったわ!至急対処して!」


タブレットに表示される赤いマーカー。その数は20カ所以上、10個大隊で1個連隊だから2個連隊、2000を超える屍人兵がいる計算……


クソッ!かなりの数だな。おそらくゾンビソルジャーの生産工場が朧京にあったんだ。


「大将、俺は近くの出現ポイントに急行する!ナツメを援護に送ってくれ!」


案山子軍団本隊とは離れて行動していたロブが、いち早く行動に移った。


「わかった!ナツメはロブ隊に合流!シズルはビーチャム、シオンはリックを連れて、手近なポイントに向かえ!オレは他の部隊に指示を出してから…」


「合流ですね!了解です!」


部下を率いて走り出したシオンに敵の狙いを告げる。


「いや、オレは敵軍の攻勢を支える!アードラーは、この混乱に乗じて戦線を押し返すつもりなんだ!」


意識はしてないのに瞳が黄金に輝く。あの野郎は、オレの殺意に火を点けたのだ。




人質作戦の次はゾンビソルジャーだと? ヘルマン・アードラー、おまえは世界に害悪を撒き散らす人獣だ。……オレの手で駆除してやる。今ここで、必ずな!


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