侵攻編27話 朧京攻略戦、開幕



「無駄とは思うが降伏勧告を行え。」


アードラーにその気があれば、周辺都市をガラ空きにしてまで朧京に兵を集める必要はない。かき集められるだけの兵員を動員し、数的優位だけは確保したようだが、軍務官僚のおまえに統率が取れるかな?


「朧京からの返信を伝えます。"降伏するのはそちらだ。我が軍の総数は12万、たかだか6万の寡兵を持って、この街を攻略する事など不可能。攻城戦には籠城側の3倍の兵力を必要とする兵法の常識すら知らぬのか? 帝を偽称する賊軍総大将に、最後の機会を与えてやる。直ちに武装を解除せよ"だそうです。」


ノゾミからの報告を聞いて少し思案する。考えるのはもちろん、降伏するか否かではない。アードラーが強気に出てきた理由だ。数に勝る側が籠城するなら勝ち目はあると踏んだのか、それとも剣神アシュレイが朧京にやって来たのか……アシュレイの来援はないな。東部地方が完全に制圧された訳ではないのだから、危険ではあるが、剣神が空路を使って来援するコトは不可能ではない。


だが、皇帝がそんな賭けに出るとは思えない。もし何がなんでも朧京を死守するつもりなら、防御戦術に秀でた神盾も送り込んできているだろう。剣神は敗残兵を収容しながら元岳港まで進軍してきたが、未だ制海権を奪うに至っていない。オプケクル准将、アレックス大佐の率いる艦隊との海戦を優位に進めているのは流石だが、両将とも"負けなければいい"と割り切っているので、さしもの剣神も手を焼いている。


……もしここで、親征軍本隊を退けるコトが出来れば、進駐軍にもワンチャンあるよな。かき集めた兵を北陸に向かわせ、元岳港の救援軍と呼応させれば、別働隊を挟み撃ちに出来る。アードラーの狙っているのはそれだろう。兵路を繋げて態勢を立て直し、再度の侵略を試みる。御浜(元の世界でいうところの横浜)みたいな重工業都市まで放棄してこの一戦に賭けるアードラーには気の毒だが、おまえに負ける気はしない。合流したレームともども、叶わぬ夢を抱きながら戦場の露と消えろ。


「スパイダークラブの前進を開始せよ。第一陣は臨戦態勢、おそらく敵軍が曲射砲を叩きに出てくるぞ。」


リモートコントロールで前進する移動式曲射砲に、朧京から砲撃が飛んでくる。


「スパイダークラブ2機が大破!」


「所定の位置に着いた砲台から砲撃を開始しろ。3機潰される間に1台潰せばいい。」


なんせ朧京は照京に次ぐ巨大都市だ。タダで落とせるとは思ってない。無人のスパイダークラブぐらいくれてやるよ。


────────────────────


「街門が開きます!」


やはりスパイダークラブを叩きに出撃してきたな。そう来ると思っていたぞ。


「スパイダークラブ、左右に散開!第一陣、迎撃を開始せよ。第二陣は第一陣の援護!」


「あいよ!」 「心得た!」


奪還した都市の義勇兵は、再編してマリカさんとシグレさんに預けた。アスラの誇るベストコンビに迎撃された朧京軍はたちまち旗色が悪くなる。……!!……敵軍からの砲撃が再開されただと!?


「第一陣、第二陣、縦深陣形を敷きつつ後退!アードラーは友軍誤射に構わず砲撃してくるぞ!」


これが奴が強気になった理由か!数に優っているんだから、相打ちでもいいからこちらの数を減らす。同じ数だけ死ねば、残るのは数が多い方って寸法だ。


「アードラーのクズが!味方ごと撃とうってのかい!」 「マリカ、文句は後だ!射程外まで引くぞ!」


第一陣、第二陣は後退しながら痛撃を加え、射程外まで到達した。結構な数のスパイダークラブを叩いた朧京軍は、後衛のスパイダークラブからの砲撃を躱しながら市内に撤収する。


「これが奴めの狙いでしたか。お館様、いかがなされます?」


メインスクリーンに映されたスパイダークラブの残骸を見やりながら、シズルさんが問うてきた。


「アードラーは悦に入っているだろうが、初手に大悪手を打ったのに気付いているのか?」


下手の考え休むに似たり、とはよく言ったもんだ。こんな策なら打たない方がマシだった。


「悪手、でございまするか?」


「算盤を弾くのが得意なアードラーらしい戦法だが、戦術は算術ではない。戦っているのは血の通ってる人間なんだぞ。」


味方だろうがお構いなしに砲撃してくるってのに、誰が命を賭けて戦うかってんだ。愚かな下々は賢い我々の命令通りに動けばいい、これがエリートの一番悪いところだ。


「錦城大佐、スパイダークラブにダミーのスパイダークラブを混ぜて砲撃部隊を再編してください。一時間後に攻撃を再開します。」


「了解だ。しかしカナタ君、出撃してきた連中が"覚悟の上の決死隊"であれば、再度出撃してくるかもしれんぞ?」


「いえ。戦意の高さは感じましたが、覇人主体の編成でした。高額の報奨金や戦後の出世ぐらいは約束されていたでしょうが、味方から砲撃されるとは思っちゃいなかったはずです。アードラーはこの繰り返しでこちらの兵を減らすつもりでしょうが、上手くいくのは一度きりです。」


ダミーを混ぜた曲射砲部隊が砲撃を再開しても、街門は開かない。当たり前だ、誰が友軍誤射を覚悟してまで出撃してくるもんか。帝国の為なら死をも厭わずって騎士や兵士もいるだろうが、そんな忠誠心の塊はごく少数だ。おまえは算盤勘定で戦争に勝とうなんてアホさ加減で、味方の士気を削ぎ、疑心暗鬼のタネを植えちまったんだよ!


─────────────────────────


「朧京市の全曲射砲の沈黙を確認しました。我が軍のスパイダークラブは60%が大破もしくは中破。砲撃可能な状態にあるのは30%強です。」


ノゾミからの報告を受けて、砲撃の中止を命じる。損壊率60%……ま、想定の範囲内だな。市外に出撃してきた連中に壊された分が余計だったが、砲撃精度で巻き返せたか。


「朧京市から通信です。"市内の防衛陣地には帝国の為に戦う民間人もいる" 繰り返します! "市内の防衛陣地には帝国の為に戦う民間人もいる"、以上です!」


嘘つきやがれ!民間人を拉致って"人間の盾"にしたんだろうが!残ったスパイダークラブに防衛陣地を砲撃されたくないからって、無茶苦茶しやがる!


「アードラーに通告しろ!"民間人の戦闘利用は明確なパーム協定違反である。貴様は生かしておかない"とな!」


虫唾の走る野郎だ。メルゲンドルファーの同類だと思っていたが、大間違いだった。敗れはしたが、メルゲンドルファーは軍人だけで戦った。照京市民に犠牲者が出なかった訳じゃないが、それは彼が企図したものではない。市街戦の最中、運悪く巻き添えになってしまっただけなのだ。


「総軍、ポイントδまで後退し、陣形を整えろ。夜襲への警戒を怠るな。」


精鋭の怖さを知っているレームが合流した以上、軽々に夜襲はかけてこないだろうがな。いや、おそらくアードラーはレームの意見なんて聞いちゃいないんだ。レームなら、味方ごと敵兵を減らすだなんて目論見が上手くいく訳もないコトを知っている。二度目の出撃がなかったというコトは、レームの発言権が回復したと見做すべきだろう。


もし奴がオレの次の手を読めているのなら、必ず夜襲を仕掛けてくる。油断してはいけない、特に今夜はな。


────────────────────


ソードフィッシュの私室で、日付が変わるまで待機する。そろそろケリーから連絡が入る時間だな。


「アロー、カナタ。まさか寝酒なんざ飲んじゃいないだろうな?」


通信機から聞こえるケリーの声。当たり前だが、無事だったようだな。


「勝利の祝杯にはまだ早い。そっちはどんな塩梅だ?」


「大わらわに決まっている。出撃した連中からは"話が違う!"と突き上げを喰らい、市民を盾に使ったせいで、数少ないマトモな騎士にはそっぽを向かれ、アードラー閣下は事態の収拾に大忙しだ。」


そら見ろ、言わんコトじゃない。外道戦術は結局、自分の身に返ってくるんだよ。そんな状態じゃあ、夜襲はないと見ていいな。


「市民は本当に防衛陣地にいるのか?」


「ああ。数こそ減らしたが、女子供を中心に施設内に監禁されている。連中、よっぽど砲撃が怖いらしい。なんとか救出してやりたいが、俺一人ではな……」


「……そうか。ケリー、これからは曲射砲の修理状況だけに絞ってスパイ活動を続行してくれ。」


「時間の経過はアードラー有利に傾くんじゃないのか?」


「いや、オレらの有利に傾く。奴の必勝戦術が"味方ごと砲撃"だとは思わなかったが、数的に優位だろうがまずは籠城するであろうコトは読めていた。今回はな、あえて愚策を取ってみたんだ。」


「愚策だと?」


「そう、戦術のセオリーからは完全に外れている。アードラーやレームからすれば、"まさかそんなバカなコトを!"ってところかな。」


「……常道から完全に逸脱しているからこそ、敵の動揺を誘える、か。理外の理は、おまえさんの最も得意とする作戦だな。"剣狼カナタのペテン師戦術"とでも言うべきだろう。お手並み拝見といくか。」


通信を終えたオレは、長椅子を倒して陣羽織コートを布団代わりに仮眠を取る。




理外の理を目にしたアードラーやレームが、どんな反応を示すか考えるのは日が昇ってからでいい。アードラーが思った以上に阿呆で助かったぜ。


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