侵攻編26話 狙撃手は不可能犯罪に挑む



ハンドルを握ったシオンは、オレの話を聞いてため息をついた。


「……そうですか。ギャバン少尉が母の仇である剣神アシュレイを討ちたいと思っているのは知っていましたが、戦略的観点を無視してまでとは思いませんでした。」


また一つ、前衛都市を陥落させた親征軍、オレは副長のシオンと共に占領した街の視察に出ている。


「ギャバン少尉には内緒にしておいて欲しいんだが、正直、剣神アシュレイをどうしても討とうという気持ちにはなれない。劣勢を挽回するべく一騎打ちを挑んだのはビロン夫人で、剣神は応戦して勝ったに過ぎないんだ。」


敗れたとはいえあの剣神とマトモに戦えたってのは凄い話だが。ギャバン少尉の高い念真力と優れた頭脳は、母譲りなのだろう。


「わかります。隊長は事の道理を重んじる人ですから。」


「そんな立派なものじゃない。オリガみたいな外道が相手なら、法の埒外にはみ出ようが殺すだけだ。」


法がオリガを裁いてくれるならそれでいい。だが、法が裁けないならオレとシオンが裁く。あのド外道だけは、生かしておけない。


「……難しいですね。ギャバン少尉にとってはかけがえのない母親だった訳ですから。」


「戦争の罪悪はそこに集約される。剣神からすれば降り掛かる火の粉を払ったまでだが、火の粉の身内からすれば立派な仇だ。オレも相当な数の人間から恨まれているだろうさ。……また、恨みの数が増えるな。」


「え!?」


万が一に備え、シオンの美しい金髪に手を添えて頭を下げさせる。オレの頭を狙った銃弾は、フロントガラスの直前で静止していた。磁力操作能力様々だ。


「狙撃手!隊長、申し訳…」


「陽動の可能性もある!すぐ詰め所に戻って仲間と合流しろ!オレのコトは心配するな!」


ドアを蹴っ飛ばして車外に躍り出たオレは、ビルの屋上へ向かってワイヤー弾を放ち、逃げた狙撃手を追う。


──────────────────────


狙撃手はオレを暗殺しようというだけあってなかなかの手練れだった。ワイヤー弾を巧みに操り、ビルの谷間を高速で移動する。スパイダーマンを彷彿させるワイヤーアクションの合間に対戦車ライフルを撃ってくるあたりからして、この手の任務に慣れてやがるな。


とはいえ、オレの相手をするにはオツムが足りない。狙うのはオレじゃあない。狙うべきだったのは…


「!?……しまった!」


振り子運動の途中で地面に落下する狙撃手。狙撃銃並みの精度を誇るグリフィンmkⅡの弾丸が、ワイヤーを断ち切ったのだ。


教導ビデオに収録していいレベルの五点着地で、見事に衝撃を殺しながら立ち上がった狙撃手は、そのまま脚力頼みの逃亡を開始、信号機に砂鉄のワイヤーフックを引っ掛けて着地したオレは後を追う。


……ほう。まあまあの速さと評価してやってもいいが、同盟二位の快足を持つオレからは逃れられないぜ?


「よお。慌ててるみたいが、便所にでも行きたいのか?」


併走しながらジョークを飛ばしてやったが、返事の代わりに返ってきたのは回し蹴りだった。


「五点着地ほど見事とは言えんな。鋭さが足りん。」


蹴り足を掴んで水平方向に投げ捨ててやる。路駐してあった車のドアに叩き付けられた狙撃手は、手放さずにいた対戦車ライフルの銃口をオレに向けた。


「覚悟しろ、剣狼!この距離なら外さん!」


「無駄だ。鉛玉ではオレは殺せんよ。嘘だと思うなら試してみるがいい。」


「言われずともやってやる!死ねえ!」


飛んでくるライフル弾は、オレの額の前で止まった。指先でデカい弾丸をトントンと叩きながら、哀れな暗殺者に嘯いてやる。


「対戦車ライフルは弾速が遅い。知らなかったのか?」


本職の狙撃手ならそんなコトは知っている。知った上でも、オレの防御能力とタフさを考慮すれば、対戦車ライフルを使わざるを得なかったのだろう。


「ば、化け物め……」


次弾を装填しようにも、この距離でボルトアクションなどしようものなら、首が胴から飛んでいる。それを理解している暗殺者は、腰のサーベルに手をかけた。


「その化け物相手に戦うつもりか? その前に、なぜオレを狙ったかを聞いておこう。」


「理由を話す義理などない。俺の死体に聞いてみろ。」


黒魔術師じゃあるまいし、死人と話す術の心得なんかない。魔術が使えないなら、詐術でも使うか。オレは左手でポケットからハンディコムを取り出し、会話を始める。


「ああ、こっちは片付いた。オーケー、そっちも観測手スポッターは捕らえたんだな。ブソビルコルアミノデチベルを使った拷問を許可する。狙撃手の方は強情そうでね。口を割りそうにない。」


「待てっ!妹に手を出すな!」


はい、一丁上がりっと。得たばかりの情報をさも知ったげに話すのは、大得意なんだぜ?


「観測手の女は妹だったのか。……理由を話せ。」


「父の遺言だ。自分が戻らなかったら、俺達兄妹で貴様に天誅を下せとな。」


「そんなところだろうと思っていたよ。おまえの父親は四方ヶ原に出撃した帝国軍人だったんだな?」


「……そうだ。俺は極東進駐師団・第十七大隊所属の狙撃兵、ライモント・ケストナー曹長。父は同大隊の指揮官だったヨハン・ケストナー大尉。妹のティリーは俺の命令に従っただけだ。手荒な真似をするな。」


「音声認識機能オン。コール、シオン・イグナチェフ。……ああシオンか。狙撃手のライモント・ケストナーは捕まえたが、妹のティリーとやらが周辺に潜んでいる。まだそのブロックから出てはいないはずだ。至急ブロックを封鎖し…もう封鎖は済んでんのか。いやいや、シオンならそのぐらいは当然だよな。」


「貴様ぁ!妹を捕まえたというのはハッタリだったのか!」


「通話中はお静かに。兄貴の方はなかなかの手練れだったが、妹の方は兄貴より劣ると推察される。身体能力の高い兵士がオトリになって相棒を逃がす、よくある手さ。」


ビルの屋上に駆け上がる前に、塔屋のドアが閉まる音が聞こえた。ロングスナイプには観測手が付くコトも多いから、相棒がいると予想がついていた。こういう場合のセオリーとして、追うべきなのはより大きな脅威。つまりあの距離からでも狙撃に成功する腕を持つ兵士、だ。


シオンとの会話を隙と捉えたケストナーは、袖に仕込んだ隠し銃でワイヤー弾を放ったが、巻き取り前にオレが投げた刀がワイヤーを切断する。サイコキネシスに誘導され、弧を描きながら手元に戻った刀の切っ先をケストナーに向けて、訊いてみた。


「隠し芸大会を続けるか?」


「クソッ!どうして神はこんな悪魔に力を与えたんだ!神の恩寵は栄えある帝国軍人にだけあればいいのに!」


地面を叩いて悔しがるケストナー。なかなか言いたい放題言ってくれるじゃないか。


「さっきから聞いていれば、天誅だの悪魔だの、帝国軍人ってのは神の御使いなのか? この島でおまえらがやったコトこそが悪魔の所業だろう。」


「なんだと!」


「縁もゆかりもない土地にやってきて、武力で脅し、搾取する。戦で負けたら天誅と称するテロ行為、オレに言わせりゃおまえらの方がよっぽど悪魔なんだよ。」


「黙れ!それは貴様ら覇人が秩序を破壊し、帝国に刃を向けたから…」


言い募る暗殺者に近付いて胸ぐらを掴み、反論する。


「だから搾取していいってのか? 占領後に公平な統治をする道だってあっただろうが!」


「この戦争を始めたのは御堂アスラだぞ!仕掛けてきておいて、何を抜かす!」


「戦争してでも独立したいと思うような統治をしてたのはどこの誰だ? ほとんどの人間はな、どうにも我慢ならない状態に追い込まれなきゃ、命を張ってまで戦いたかねえんだよ!周りを見てみろ、この独善バカ!」


罵り合うオレ達を遠巻きに見つめる市民達。こんだけ騒いでりゃ群衆も集まる。


「アイツ、龍弟侯を暗殺しようとしたらしいぜ。」 「卑怯よね。搾取するだけしといて、その上暗殺まで企むだなんて……」 「帝国の略奪者どもはこの島から出ていけよ!」 「泥棒はお国にお帰り!」


憎しみに満ちた人々の視線と罵声が、ケストナーを怯ませる。


「なあお若いの、一つ聞いてもええかな?」


群衆の中から杖をついた老人が歩み出て、ケストナーに問いかけた。


「何が聞きたい。言ってみろ。」


「これこの通り、ワシらにも目と耳と鼻に口がついておる。手も足も二本づつ、生えておるじゃろ?」


「だからどうした?……そんな事は当たり前だろう。」


「そう、当たり前じゃ。そこで聞きたいのじゃが、ワシらとおまえさんらで何が違うのじゃろうな? 肌の色か、話す言葉か、それがそんなに大層な事なのかね?」


「……正義を重んじ、大義に死ねる心を持っているかだ。大義に殉じた親の仇を討つのは正義、違うか?」


「なるほどのう。身内の仇を討つのは正義ときたか。……ワシの倅は帝国兵に殺されたんじゃ。八熾の殿様、この老いぼれに代わって正義とやらを執行してくだされ。此奴の妹も含めてのう。」


「黙れ爺ぃ!妹に手出しはさせんぞ!」


「おまえさんが家族を想うように、ワシらも家族を想うておる。どうしてそれがわからんかな。」


「…………」


「倅が殺されたという話は嘘じゃ。嫁と一緒に営んでおる居酒屋で、飲み代を踏み倒そうとした帝国兵を咎めて、こっぴどく痛めつけられたが、生きておる。おまえさんらの正義には、食い逃げも含まれるのじゃろう。」


杖を持った老人は、悲しげに首を振った。……ん? ハンディコムに情報が入ったぞ。


「ケストナー曹長、いいニュースと悪いニュースがあるが、どっちから聞きたい?」


「……悪いニュースからだ。」


「妹を拘束した。腕は折れたが、死んではいない。」


「クソッ!……いいニュースとはなんだ? 妹は生きてるとか抜かすなよ?」


「似たようなものだな。生きてるのは妹だけじゃなかった。」


「親父が……生きているのか!?」


「両脚に重傷を負って投降したみたいで、今は集中治療室でオネンネしてる。おまえも親父の隣でオネンネしてみるか?」


「……やめておく。おい爺さん、踏み倒された飲み代は俺が代理弁済しておこう。いくらだ?」


どうせ武器と一緒に財布も取り上げられるもんだから、気前がよくもなるか。


「確か三万八千クレジットになりましたかな。大衆居酒屋でよく呑んだもので。」


「三十万クレジットある、受け取れ。」


サバサバした顔のケストナー曹長は、財布から抜き出した紙幣の束を爺さんに手渡した。


「多過ぎませんかな?」


「飲み代+治療費と慰謝料さ。三十万でも安いが、あいにく今はそれだけしか持ち合わせがない。剣狼、そろそろ行こうか。留置場の冷や飯が食いたい気分だ。」


脛のベルトに差した小型拳銃と、腰のサーベルを街路に投げ捨てたケストナー曹長は、両手を揃えておどけてみせた。


「要人暗殺は未遂であろうと銃殺刑もあり得ると知っているのか?」


「知ってるさ。妹にだけは寛大な処分を望むが、俺や親父はどうなってもいい。親父め、俺達兄妹には"死んでも投降するな"なんて言っておきながら、自分は投降したのかよ!……なんだか全てがどうでもよくなってきたぜ。」


「ケストナー大尉はガチの重傷を負ってるんだぞ。投降もやむなしだろう。」


「だが喋れるし、腕も無事なんだろう?」


「ああ、深刻なのは両脚の傷だけだ。完治しなけりゃ義足のお世話になるかもしれんな。」


「だったら言行不一致なのは明白だ。俺達がガキの頃からずっと、"囚われの身になるぐらいなら、潔く自決しろ。それが真の帝国軍人だ"とか抜かしてたんだからな。……真に受けた俺がバカだった。」


ハンディコムの位置情報から居場所を察知したのだろう。憲兵隊の車がこちらに走ってきた。


「ケストナー曹長、帰国したらローゼ姫を頼ると約束出来るか?」


親指で軍用車両を指差してながら、そう聞いてみる。


「帰れるんならどんな約束でもするさ。だがそれにどんな意味があるんだ?」


「意味は薔薇の聖女に聞け。幸い、市民には死人も怪我人も出なかった。オレを狙撃したコトは不問にしてやるよ。」


「……いいのか? 俺達兄妹はおま…侯爵を殺そうとしたんだぞ?」


「成功確率は0%だった。不可能犯罪に挑むのは、これで最後にしておくんだな。」


「それが大言壮語ではなく事実だってのが、始末に悪い。親父はしらんが、俺と妹は必ずローゼ様を頼ると約束する。ティリーは以前から薔薇十字に加わりたがっていたから、喜ぶだろう。」


「賢い妹さんじゃないか。」


「そうらしい。もう弁護の必要もないんだが、ティリーはこの作戦に反対していた。勝てる訳がないし、万が一上手くいっても、怒り狂った剣狼の部下に殺されるだけだってな。体の出来は俺のが上だが、オツムの出来は妹が上だった。これからはティリーの忠告を素直に聞く事にするさ。」


そう言ってから、ケストナー曹長は傍付けされた軍用車両に乗り込んだ。



帰国後に親子で揉めそうだが、そこまではオレの知ったコトじゃない。ただ言えるのは、これからのライモント・ケストナー曹長は、妹のティリーと力を合わせ、自分の頭で考えて生きていくであろうってコトかね。


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