侵攻編18話 聖女と智将



※今回はサイラス視点のエピソードです。次回からカナタ視点に戻ります


情報共有も提携するメリットだ。私は照京陥落の戦闘記録をローゼ姫に見せてもらった。メルゲンドルファーと戦っても負ける気はしなかったが、剣狼ほど楽にはいかなかっただろう。最前線に立って戦える頑強な身体が羨ましい。その上、誰が相手であろうと互角以上に勝負出来る強さまであるとは、造物主も不公平だな。


「もし公爵がメルゲンドルファー卿の立場であれば、どう戦いましたか?」


「私なら戦っていませんね。曲射砲を乗っ取られた時点で、全軍に退却を命じていたでしょう。」


知的探究心が旺盛なローゼ姫の質問に、自分ならどうしたかを教える。腹の内を隠す局面もあるかもしれないが、答えられる質問には正直に答える。それが提携相手への礼儀というものだ。


「なるほど、戦わずに撤退ですか。」


「ええ。損切りは早めにしないと、大火傷を負います。冷静に戦況を俯瞰し、希望的観測を持たない。将の役割とはそういうものだと思っています。」


私よりはマシだろうが、ローゼ姫も同じタイプだ。決して武勇に秀でている訳ではない。匹夫の勇さえ持たない人間は、知を磨かねばならないのだ。


「勉強になります。公爵が現在の状況をどんな風に捉えておられるかも、お教えください。」


「機構軍にとっては痛手ですが、私個人には不利益ではない、ですかね。」


機構軍の痛手というより、皇帝の痛手と言う方が正確だろうが……


「その意図は?」


「同盟の精鋭部隊が龍の島に集結してくれたお陰で、こうして失地回復の機会が得られました。それに照京奪還作戦を指揮、コーディネートした剣狼……彼が強ければ強いほど、賢ければ賢いほどいい。私の株の下がり幅が小さくなる。」


台詞の後半は強がりかな。とはいえ、凡将に負けた訳ではない事は証明されたはずだ。


「公爵は剣狼をどう評価しているんだ?」


私が羨む武勇を誇る参謀役にも質問される。さっきは危うく虎の尾を踏みかけた、この男との会話には細心の注意が必要だ。戦闘にも暗闘にも強い猛虎は、私が把握しているだけで27名の刺客を返り討ちにし、闇に葬っている。スペック社と全面提携するローゼ姫はトロン社にとって不都合極まりない存在だろうが、だからと言って暗殺を目論むとは、愚劣さも極まりない。


刺客を送ったトロン社幹部の自宅には、ホルマリン漬けにされた生首が10個、配達された。夫からの誕生日祝いだと思って包みを開封した奥方は卒倒し、そのまま病院に担ぎ込まれたらしい。


"こ・れ・は・警・告・だ・次・は・殺・す"、生首の額に刻まれた10文字のメッセージに幹部夫妻は震え上がっただろう。人喰い虎の尻尾を踏めばどうなるか、骨身に染みたはずだ。


「剣狼が天才である事を疑う余地はありません。しかし違和感も感じますね。私達とは背景が違うとでも言うか……ある種の異質な強さだ。」


「同感だ。いっそ"別の世界から来た"とでも言われたら、納得出来るんだがな。」


この男も違和感を感じていたらしい。剣狼の背景にあるものはなんだろう? 別の世界から来た異邦人など、あり得ないファンタジーだが、私達の知らない戦史、戦術、兵法の研鑽でも行っているのならば、納得出来なくもない……


「機会があれば彼と、兵法について語り合ってみたいものです。もちろん、貴方ともね。」


仮面で顔を隠しても、正体までは隠せない。馬がバイクに変わっただけで、この男が得意とする機動戦術は叢雲一族の騎馬兵法……その改良版だ。古今東西、あらゆる兵法書を諳んじている私の目に狂いはない。


「今、語るべきは戦術ではなく戦略だな。どいつを"勝ち馬"にするか、具体的に相談するとしようか。」


やはり薔薇十字の頭脳は死神だったか。この男は虎、万夫不当の神虎であり、稀代の戦略家なのだ。


……龍の島が戦国の世だった頃、帝の狼虎と称えられた二人の侍がいた。一騎当千の勇士・八熾牙ノ助と、万夫不当の荒武者・叢雲豪魔。史家でもあった祖父の入手した古文書によれば、同じ時代に生まれてしまった最強の侍二人は、血みどろの争いを繰り広げる好敵手だったが、命を賭した帝の仲裁に感銘を受け、矛を収めて盟友となった。帝の腹心だった御鏡翔鷹の"天狼、神虎のいずれかを手に入れれば天下を取れましょう"という助言、だが欲張りな帝は、虎も狼も手に入れたのだ。


歴史は繰り返すと言うが……神虎に剣と盾、辺境伯に鉄拳、戦鬼……多士済々な有為の士が聖女の下に集まりつつある。フフッ、聖女だけに女神の加護でもあるのかな?


「ブランドン、リストを出してくれ。」


私の背後に佇立したままの忠良な騎士は、ハンディコムをテーブルの上に立てて画面を操作する。鏡のように磨かれた盤面に映る人名リスト。死神も同様にリストをテーブルに投影させる。


「ふふっ、ほとんど同じ名前が連なっていますね。」


二つのリストを見比べ、微笑する聖女。あっさり断られてしまったが、本当に妻に迎えたかったものだ。


……子供の頃、まだ元気だった父に釣りに連れて行ってもらった事がある。ビギナーズラックなのか、大物が針に掛かり、もう少しで釣り上げるところまでいったものの、寸差で逃げられてしまった。湖のほとりで涙ぐむ私に、父は笑顔でこう言った。


"サイラス、悔しがる必要などない。大魚を逸したのではなく、さらなる大魚を得る機会を得たのだから。さあ、もう一度挑戦だ"


何度逃げられても諦めずに釣り続けた私は、最後に見事な大ニジマスを釣り上げた。夕餉の席でマスのパイ皮包みを食しながらウィスキーを嗜む父の嬉しそうな顔を、今でも鮮明に覚えている。


一度や二度の失敗で挫けるものか!……私は今、あの湖畔に立っているのだ。


「公爵、どうかされましたか?」


逸した大魚の声で我に返る。


「いえ、なんでもありません。話し合いを始めましょう。」


嘆くな、惜しむな。ノルドの民は粒揃い、ローゼ姫に負けぬ器量をもつ女性が必ずいる。ノルド王国を再興し、素敵な妃を迎えるとしよう。


──────────────────────


有意義な話し合いは終わり、姫は天窓から入ってきた子猿と戯れる。背中に刀を背負っているとは驚きだな。世界最小のボディガードといったところか。


着信音が鳴り、ハンディコムに耳をあてた死神が席を立った。


「バーツからだ。少し離席する。」


バーツ……辺境伯の孫、バーツネッド・バーンスタインの事か。


「マウタウで何か起こったのでしょうか?……まさか同盟軍が侵略してきたとか!」


「それはない。理由は公爵に聞いてみるといい。」


退出間際に死神はそう言い、ドアの向こうに姿を消した。


「公爵、理由のご説明をお願いします。」


学ぶ事に貧欲な姫君は、頭も身体も成長期らしい。ここで理路整然と戦略を説けなければ、軽く見られてしまうかな?


「マウタウに侵攻しない理由はいくつか上げられます。一つ目の理由は、基地司令である"不屈の闘将"ヒンクリーと、彼の師団が龍の島から戻っていない事。闘将と幹部だけなら空路を使えば帰投出来るでしょうが、師団はそうはいきません。陸の海賊ランドパイレーツ抜きでマウタウを攻めるのは、愚策でしょう。」


「ふむふむ。」


「二つ目の理由は、防衛計画が一新されたマウタウの堅牢さです。いくら主力が出払っているとはいっても、最低限の戦力は残っている。"火砕流"バーツが指揮を執れば、そうそう落とせるものではありません。」


バーンスタイン大尉はまだ21、キャリアの浅さが不安材料になるかもしれない……だが剣狼の例が示す通り、若さ=未熟の図式は成立しない。老練な辺境伯が留守を任せた以上、火砕流バーツに若者特有の無謀さはないのだろう。


「はい。バーツは火山のボルケニックバーンズの孫で直弟子、高名な祖父に恥じない実力者です。それに火炎と重力、二つの系統を持ったサイキッカーでもあるんですよ。」


祖父と同じ二系統能力者か。岩を飛ばし火炎を纏わせる。ゆえに火山であり、火砕流なのだ。


「三つ目の理由、これが同盟にとって最大のネックになるのですが、"現状ではマウタウを落とす意味がない"のですよ。」


「え!?」


「南エイジアで苦戦中の同盟は、こちらに戦力を持ってこなければいけません。とても別方面で大規模侵攻を仕掛ける余裕はない。ですから例えマウタウを落とせても、その先へは進めないのです。となればどうなるか? 巨大列車砲"八岐大蛇"と湾曲防壁を持つフォートミラーは難攻不落の要塞。防衛力を高めたマウタウといえど、どちらが守り易いかは明白でしょう。」


「そっか!マウタウだけ取れても"防衛力に劣る拠点が最前線に出来るだけ"なんだ!」


「そういう事です。現状では難攻不落のフォートミラーで機構軍を阻む方が遥かに楽なのだから、無理をしてマウタウを攻める意味がない。龍の島から陸の海賊が帰投し、さらに戦力を増強する気配がない限り、マウタウは安全です。陽動ぐらいは仕掛けてくるかもしれませんがね。」


「そういう事だ。バーツには陽動だから相手にするなと言っておいた。多分、軍神あたりが若いバーツに揺さぶりをかけてきたんだろう。動揺すれば儲けものって算段だな。」


戻ってきた死神は、酒瓶を手にしていた。


「では解説も終わった事ですし、祝杯でもあげましょうか。」


未成年の聖女さんは、相伴には預かれませんけどね。


──────────────────────


「しかしあの男、自分が少佐風情だとわかっておるのか。少将閣下のサイラス様に、敬語も使わず気安過ぎる。」


帰りの車中で、ブランドンが不満を口にする。


「ブランドン、勘違いしてはいけない。猫が虎の真似をすれば滑稽だが、虎が虎として振る舞うのは当然の事だ。正直に言えば、提携相手にローゼ姫を選んだのは、彼女があの超人を抱えていたからなのだよ。」


とはいえ、そこのところはいい意味で計算違いだった。実際に何度か会ってみると、ローゼ姫の傑物ぶりに驚かされる。個としては脅威ではないが、彼女の真価は別にあるのだ。


「し、しかしですな。いくら超人であろうと、氏素性の知れぬ…」


「彼の正体はわかっている。身分から言っても、私と釣り合う男だ。」


元、ではあっても侯爵家に生まれた男なのだからな。


「桐馬刀屍郎の正体をご存知なのですか!?」


「予想だがね。だがおそらく当たっている。」


正体はわかっているが、何を考えているかがわからない。剣狼カナタもしれっと大嘘をつく男だが、死神トーマも同類だ。天狼と神虎、いずれかを手に入れた者が天下を制する、か。確かに剣狼か死神を陣営に迎えられれば、私も天下を狙えそうだが……


だが、私は自分を知っている。サイラス・アリングハムの器は我が同胞達の王、それが目一杯なのだと。例え自分が未曾有の大器であっても、天下を望むつもりはない。



故郷の地で※ノルデッシュウィスキーを嗜みながら、自由になった同胞達の奏でるバグパイプの音色を楽しむ。私の望みはただそれだけだ。


※ノルデッシュウィスキー

スコッチのようなものだと思ってください。ネヴィルがイングランド、サイラスがスコットランドにあたる地の出身です。もちろんロンダル人がノルド人を搾取する社会構造は架空世界の話で、現実のユナイテッドキングダム(イギリス)とは無関係です。スコットランドの民族衣装、キルトスカートに相当するノルドスカートも存在し、サイラスの親衛隊が着用しています。タータンコマンドと呼ばれる彼らは軍楽隊の奏でるバグパイプの音色と共に戦う精鋭です。


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