侵攻編19話 引き算の皇帝、足し算の剣狼
クリスタルウィドウ、凛誠を除いたアスラ部隊が照京から出撃する日の朝、軍港では簡素な出陣式が行われた。出征する側の代表は司令、送り出す側の代表は姉さん、オレも帝の添え物として式に出席した。
龍の島最高の祭司である姉さんが必勝祈願の舞を披露した後、司令と固く手を取り合う。絵になる二人を写真に収めたチッチ少尉は司令に同行せずに、龍の島に残る予定だ。
大陸での戦いは敗戦処理、龍の島での戦いは列島の統一戦、子飼いの広報担当は華々しい成果の上がる方の取材にあたらせる、そういう意図なのだろう。
出陣式を終えた主賓が、添え物に近寄ってきて拳を差し出してきたので、握り締めた拳を合わせる。
「カナタ、うまくやれよ?」
「司令もご無事で。」
「フフッ、私を誰だと思っている。皆、行くぞ!」
背を向けて歩き出す司令の後に続く部隊長達。背丈は違うがどれも頼もしい背中だ。オレは戦地に向かう先輩達にエールを送った。
「ゴロツキども、ガーデンで会おうぜ!」
去りゆく
……皆わかっている。オレ達が再会するって事は、大切な誰かに会えなくなる敵兵を作るコトだと。だが殺しにくる以上は殺すだけ。戦場に感傷の入り込む余地はない。
「アタイらも仕事を始めようじゃないか。」 「うむ。軍監殿のお手並み拝見だ。」
里長と局長に促され、オレも踵を返す。これから首脳陣を集めて作戦会議だ。龍の島を統一する戦いが目前に迫っている。
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作戦会議は滞りなく終わり、オレは屋敷に戻って一息入れた。短い休息でリフレッシュしたオレは、濃い目の珈琲を啜りながら会議で決まった軍容を吟味してみる。
照京軍の主力20000名を率いるのは鯉沼登竜と犬飼軍太夫、地方都市から集まってもらった援軍10000名は二つに分けてマリカさんとシグレさんに預けた。神難軍10000名の指揮を執るのは錦城一威、そこにテムル師団10000名、オプケクル師団8000、さらにアレックス大佐の半個師団5000名を加えた総勢63000名もの親征軍で、龍の島の統一を目指す。
留守を預かるのは雲水代表だが、実際に防衛部隊を指揮するのは照京で爵位を得たカレルだ。これで後顧に憂いはない。御門グループ企業傭兵の一部は狼山に率いさせて、本作戦に参加させる。これだけの大軍を動員した以上は、本島東部に勢力を張る機構軍も、不穏な空気を感じ取っているだろう……
私室のドアがノックされ、寂助が入ってきた。
「お館様に小包が届いております。」
「そこに置いてくれ。」
小包をテーブルの上に置き、執事は一礼してから退出する。オレは包みを開封して中身の万華鏡を取り出し、所定の花柄に指を合わせて覗き込む。指紋と網膜を認証した万華鏡は、隠されたメッセージと地図を写し出してくれた。これはケリーが探り出してくれた、朧京の防衛計画図なのだ。
この日の夜、帝は尾羽刕攻略作戦を発令し、記者会見を開いた。
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「カナタさん、機構軍はどう出て来ると思いますか?」
照京を進発した親征軍、総大将はもちろん帝である姉さんだ。オレは煌龍に搭乗し、姉さんの相談相手を務めながら、軍の取りまとめを行っている。もちろん、機構軍の接近を察知したらすぐに眼旗魚に戻るのだが。
「大きく分けて二つのケースが想定されます。野戦に打って出てくるか、籠城に徹するか。」
「私なら籠城します。東部方面進駐軍で最も優れた将帥であったメルゲンドルファー卿の最後は見ているはずですから。」
「ええ。十中八九、籠城でしょう。尾羽刕が持ち堪えている間に、朧京や地方都市から援軍が駆け付ける。そうすれば街の内外から挟撃が可能。論理に裏打ちされた、王道の戦略ですね。」
本国の皇帝は朧京総督アードラーを通じて、そんな戦略を描くというのがオレの読みだ。そしてそれが、東部方面進駐軍の弱点でもある。現場裁量を認めないワンマンの下には、柔軟性を持った幹部が育たない。つまり、彼らは即応性に欠けている。
「ふふっ、王道を破る詭道は、カナタさんの得意とするところですね。」
「今回のハッタリは大仕掛けです。嘘つきの心得その三、嘘はバレるが大嘘はバレない。一見、荒唐無稽に思える埋蔵金詐欺の手口ですね。」
「その一と二は何ですか?」
「その一は"嘘を付く時はまず自分自身を騙せ"で、その二は"嘘には
その一は司令から、その二は親父から教わり、その三はこれまでの経験から学んだ。これら三つを"ペテン師三原則"とでも名付けるかな?
「本当にもう、なんと言ったらいいのか、姉さんは戸惑います。カナタさんはとっても悪いコですね。」
苦笑する姉さん。オレはしれっと顔で人の悪さを誇る。
「戦場は倫理の逆転する世界、悪徳こそが美徳なんです。ペテン師は埋蔵金詐欺に必要な見せ金も用意してきました。……おそらく皇帝は引き算を考えている、だからオレは、足し算にしてやろうと思っています。」
大量に持ってきたスパイダークラブがその見せ金で、虚実の"実"の部分。本物を見せておくコトで、偽物を本物だと錯覚させられる。
「足し算と引き算ですか。私には意味がわかりませんが、カナタさんの思うようにやってください。」
「はい。オレは皇帝に向かって"おまえは裸の王様だ"と言ってやるつもりです。」
ペテン師に引っ掛けられた王様は、金を巻き上げられて素っ裸にされた。皇帝にも同じ轍を踏ませてやるぜ。
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奇襲を警戒しながらの行軍だったが、機構軍は何も仕掛けてこなかった。この大軍に半端な戦力で攻撃しても返り討ちにされるだけ、という合理的判断なのだろう。だが、悪手に見えても陽動ぐらいはしておくべきだったな。最速で尾羽刕市に接近させたのは、結果として裏目に出る。
街の曲射砲の射程外にある台地にスパイダークラブを布陣させて、挨拶代わりの砲撃を仕掛ける。もちろん、親征軍が到着するまでに仕掛けられたであろう地雷原を吹き飛ばす為だ。地形を変えてしまうほどの猛砲撃は、本当に大量の移動式曲射砲を有していると伝える示威行動でもある。
こちらが持っている大量のスパイダークラブは、皇帝の計算に入っている。照京を奪還する際に既に見せているからだ。現実主義者の皇帝は最悪のケースとして、尾羽刕の陥落までは覚悟しているだろう。引き換えに曲射砲を使い潰させる。そうすれば他の都市に対して力攻めは出来なくなるからだ。
馬謖さんも"城を攻めるのは下策、心を攻めるのは上策"と言ってるからな。街亭でやらかしちまったせいで、イマイチ評価されない馬氏の五男だが、この言に関してはその通りだろう。だから尾羽刕は心を攻めて陥落させる。
皇帝にとって幸いなコトに、南エイジアでの大攻勢は順調に推移している。アスラ部隊を始めとした同盟軍主力は大陸に戻り、戦線を後退させながら落とし所を探る作業に忙殺されるはずだ。その間に、皇帝直属の先遣隊、次いで本隊を龍の島に送り、態勢の立て直しを図ろうと試みる。薔薇十字を除けば大攻勢に参加していない帝国には、余剰戦力があるからだ。
尾羽刕と引き換えにこちらの戦力とリソースを削る、それが皇帝の目論む引き算だ。だが、人間にはチェスの駒と違って感情がある。木彫りの駒なら何も言わずに捨て駒になってくれるが、生身の人間はそうはいかない。そこのところが特権階級のさらに上に君臨する皇帝陛下にはわかっていない。唯々諾々と皇帝の為に戦って死ねるメルゲンドルファーみたいな奴は、少数派なんだ。
「龍弟侯、尾羽刕市が我々宛に勧告文を送ってきました。」
眼旗魚のメインスクリーンに鯉沼准将の顔が映り、うやうやしく報告してくる。
「何と言ってきたんだ?」
「読み上げます。"今すぐ軍を引けば、追撃はしないでおいてやる。賢明な判断をせよ"、以上が全文です。尾羽刕総督
「バカな奴だ、そんな勧告は"怖いから来ないで!"と言っているに等しい。"ビビってるのをわざわざ教えてくれてありがとう"とでも返信しておけ。」
「ハッ!返信を受け取ったレーム大佐の顔を見てみたいものですな。」
本格的にビビるのは明日だ。楽しみに待ってな。
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翌日の朝、後発のテムル師団が大量のスパイダークラブ(自走能力しかないハリボテ)を引き連れて戦地に到着した。大陸にある御門グループと神難市の工場で作らせておいたハッタリの大道具だ。テムル師団には索敵要員のシュリ夫妻と、排除担当のラセンさんを帯同させて、斥候部隊を根刮ぎ潰してもらった。奴らは本隊の戦力は把握していただろうが、この後発部隊の詳しいデータは取れていない。
フフッ、大量のスパイダークラブが倍率ドンだ。さぞ機構軍は面食らっているだろう。もちろん、敵に冷静になる暇をくれてやるつもりはない。
「尾羽刕市に勧告せよ。"今から一時間後に総攻撃を開始する。降伏か抗戦か、好きな方を選べ"とな。」
朧京からの援軍は間に合わない。そして市内に抱えている不満分子も決起する。さあレーム大佐、どうするね?
オレの計算通りにコトが進めば、親征軍は戦力もリソースも削られずに、尾羽刕を手中にする。そうなれば尾羽刕の地元兵が親征軍に加わる。
親征軍と尾羽刕軍を戦わせ、引き算させるのが皇帝の戦略。親征軍に尾羽刕軍を足し算するのがオレの戦略だ。……どっちの計算が正しかったかは、一時間以内にわかる。
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