侵攻編14話 パパ狼は暗黒卿



「あなた、アイリ、ご飯の時間ですよ。ゲームはそこまでにしてください!」


エプロン姿の風美代に呼びかけられたが、私と娘の目と耳はゲーミングPCに釘付けだ。


「もうちょっと、もうちょっとだけ!後ちょっとでオゴレスが倒せるの!」


「アイリ、頑張れ!お父さんが見守っているぞ!」


「もう!親衛隊が邪魔!王の刃を受けてみろー!」


暴君を守る親衛隊に挑む王。ところが…王は二体目の親衛隊に敗北してしまった。ゲームオーバーだ。


「はい残念。諦めて食事にしなさい。」


「む~、もうちょっとだったのにぃ!」


可愛らしく地団太を踏むアイリの姿を、丙丸君がカメラに収めている。グッジョブだ。


「さあアイリ、ボコス〇ウォーズはここまでにして、ママの作ってくれた夕飯を頂こう。」


今夜のメニューは焼き肉か。家族四人と三羽烏は全員バイオメタルだから、皆よく食べる。大きな鉄網が二つあっても追いつかないぐらいだ。


「わーい、焼き肉だぁ!アイリはお肉が大好きなんだよ!いっぱい食べたら、もっかいオゴレスに挑んでみよっと!」


「そんなアイリにママからアドバイスよ。スレン王は強いけど、無理させちゃだめ。部下の少ない初期は仕方がないけど、中盤以降は"オゴレス絶対殺すマン"だと割り切って、下郎の相手は部下達に任せるの。ちなみに親衛隊は重兵卒に弱いのよ? 試してごらんなさい。」


絶対殺すマンに下郎……風美代もずいぶん物騒な物言いをするようになってきたな。ボコス〇ウォーズの攻略法まで知っているのには、今さらツッコむまい。


「教授、ボスは今どこに?」


乙村君はケリーの動向が気になるらしい。単独で敵性都市に侵入し、工作を行っているのだから、いくら彼が凄腕とはいえ心配にもなるか。


「尾羽刕での工作を終え、朧京へ向かっている。カナタが"朧京総督アードラーだけは徹底抗戦するだろう"と言っているから、防衛態勢を調べておく必要があるのだ。」


「ちょっと吉松、私の育てた肉を横取りしないでよ!」


「これは俺が育てた肉だ!小梅こそ国境を守れ!」


育てた肉の奪い合い、焼き肉には付き物の光景だな。乙村君は沈思黙考型だが、丙丸君と甲田君は積極行動型だ。アクティブな二人はよく口喧嘩をし、乙村君が仲裁に入るのが三羽烏のお約束。ところが今夜に限って乙村君に動く様子がない。仲裁役がいないので、丙丸君と甲田君は長箸を使ってチャンバラを始める。


「二人とも、お箸はチャンバラの道具じゃないから!お肉はいっぱいあるんだから、仲良く食べようよ!」


「お嬢様がそう仰るなら。」 「休戦しましょう。私とした事が、いささか大人げなかったわ。」


子供の説く正論に、大人二人は矛を収める。


「アイリ、肉ばかりではなく野菜もしっかり食べましょう。はい、キャベツとブロッコリー。」


バートがアイリの皿に野菜をどっちゃり載せる。


「う~、アイリがブロッコリー苦手なの知ってる癖にぃ!」


妻には内緒だが、アイリの一番の苦手はピーマンだ。言葉にするのもイヤがるぐらいに嫌っている。


「ハハハッ、カナタもブロッコリーとセロリが苦手だったな。兄妹で苦手な食材も一緒か。」


「お兄ちゃんもブロッコリーが苦手なんだね!だったらしょうがないよね!」


娘よ、仕方なくはない気がするぞ?


「アイリ、光平さんの話では、お兄ちゃんはピーマンが大好きみたいよ? 明日の昼ご飯は、肉詰めピーマンにしようかしら?」


彫像みたいに固まったアイリの姿が笑いを誘う。娘の天敵など、妻にはお見通しだったらしい。


──────────────────────


食事の後、念願叶ってオゴレスを打倒したアイリは三羽烏を家庭教師にお勉強を開始する。利発な娘だから、教えている内容もかなり高度だ。勉強する娘の傍で、私はゲーミングではないPCを相手に仕事に励む。


「コウメイ、忙しいのはわかりますが、娘の家庭教師を三羽烏に任せてしまっていいんですか? 名門大学を首席卒業したエリート官僚だったんでしょう?」


学校では教えてくれない非合法だが有用な知識を教えるのはバートの担当だが、今夜の授業はお休みらしい。


「アイリはファミリーみんなで育てる方針なのだよ。今の私は"ハートランド化が終了した後の龍の島のグランドデザイン"を構築する仕事がある。娘に勉強を教えるのは、この島でのゴタゴタが片付いてからだ。実に幸運だったのは、都に※蕭何しょうかがいる事だな。構想だけあれば、実務は彼がやってくれる。」


もちろん手助けはするつもりだが、表に出られない私がやれる事には限度がある。代表の能力を考えれば、影からのサポートで十分なはずだが。


「雲水議長が蕭何なら、あなたはさしずめ※張子房と言ったところかしら?」


妻の言葉に私は苦笑した。残念ながら天掛光平は、張良ではないのだ。


「だといいがね。カナタは※韓信とはちょっと違うような気もするが、役回りは同じだろう。」


奇策、奇略に通ずる点は同じだが、韓信と違ってカナタは裏切らない。まあ、韓信の叛逆には、疑心暗鬼の塊に成り果てた劉邦にも問題があるのだが……


「帝は幸運ですね。漢の高祖のように、三傑に恵まれた。教授はコウメイではなく、チョウリョウと名乗ればよかったのでは?」


読書家の乙村君は、地球から送ってもらった吾妻鏡に信長しんちょう公記や太閤記、史記に三国志などの歴史書を読破済みだ。もうそこらの地球人より、よほど地球の歴史に詳しいだろう。


「私がコウメイと名乗っている理由は、乙村君にはわかると思うが?」


「……なるほど。そういう事ですか。」


「おい竹山、どういう意味なんだ?」 「そうよ、張良も諸葛亮も稀代の軍師として知られている人物でしょう?」


尖った目の二人、乙村君、という言い方が、二人には気に入らなかったらしい。


「あなた達は、三国志演義しか読んでないからわからないのです。正史三国志を読めばすぐにわかりますよ。自分の不勉強を棚に上げて、私にあたらないでください。」


稀代の天才軍師・諸葛孔明、それは史実をベースに描かれたフィクション、三国志演義の作った虚像だ。歴史書である正史三国志に書き記された孔明の実像は天才軍師ではなく、天才政治家だった。軍略よりも政略に才を発揮し、国力に劣る蜀漢の基礎を築いた忠臣。彼がいなければ、劉備が皇帝を名乗る事など出来なかったのは、正史でも演義でも同じ事。私は完全無欠の演義の孔明より、優れてはいるが万能ではない、正史の孔明の方が好きだ。


「カナタのお陰で私は念願だった国家のグランドデザインを描く仕事が出来る。生き甲斐とやり甲斐に溢れた日々、地球で叶わなかった夢が、異世界で叶うとはな。」


龍の島の現状を考えれば、中央集権は現実的ではない。私の個人的な好みにも合わないしな。まず目指すべきなのは、帝を軸に据えた緩やかな連邦王国制度の確立だ。共通の理念を抱く都市国家が、理念存立のシンボルである帝を戴いて団結する。この基本路線に沿って、あるべきカタチをデザインしよう。


制度や法も大事だが、それよりも大事なのは運用する人間だ。東部領域における政府要人のデータは全て頭に入っている。誰が使えて誰が使えないのか、ふるい落としの作業から始めよう。


……網の目を小さめに取っても、見る見る人材がこぼれ落ちてゆくな。権力におもねるだけの廃材が、これほど多いとは……これでは政治犯収容所から登用する人材の方が多いなんて事になりかねん。それをやってはハレーションが大き過ぎて、統治がままならない。既得権益層を殺すのは、真綿で首を絞めるようにやるのが上策だ。糾弾必至の支配層から接収した資産だけで、当座の予算は十分賄える。


帝国の走狗に成り果てた人物は失脚させ、財産を没収。グレーゾーンにいる者は権益を削ぎつつ、政治生命だけは保たせる。だが、頃合いを見て生命維持装置を外す準備だけは、今の内に整えておかねばなるまい。


竜胆左近がいいサンプルになるな。グレーゾーン人材の判別は、彼を基準にすればいい。気位は高いが能力は低い老政治家は、生かしておいても脅威にならない政治家の典型例だ。


「お父さん、すっごく悪~い顔になってるよ?」


おっと!娘の前で見せるべき顔ではないな。


「フフッ、煙草が吸いたくなった事だし、書斎で仕事をするとしようか。」


ノートPCを畳んで席を立つ。仕事に集中する為にも一人になった方がいい。


「そうして頂戴。光平さんの暗黒面を見せるのは、アイリがもっと大きくなってからよ。」


「だそうだ。パダワン、しっかり勉強するんだぞ?」


「うん!アイリは立派なジェダイになるね!」


私みたいにやらかしてから改心しても、ベイダー卿にしかなれんからな。……そう言えば地球での親父の風貌は、和風のオビ=ワン・ケノービみたいだったな。いかんなぁ親父、弟子はちゃんと育てないと。



暗黒面に堕ちた責任を親父になすりつけた私は、書斎でシス顔負けの隠謀を練る。綺麗事だけでは世界が回らない事は、財務省でイヤというほど学んだからな。



※蕭何

漢の高祖、劉邦を支えた能吏で、主に兵站と内政を担当した。皇帝に即位した劉邦から、勲功の第一と称えられるその手腕で国をよく治め、前線の兵を飢えさせなかった。


※張子房

劉邦の軍師、張良の渾名。軍師としてだけではなく、政治家としても劉邦を支えた。


※韓信

劉邦に仕えた将軍で、国士無双の語源となった英雄。漢軍最強の名将で数多くの武功を上げ、楚漢戦争最後の決戦、"垓下の戦い"で項羽を破り、劉邦に天下を取らせた。背水の陣、四面楚歌といった諺も、韓信の戦法に由来する。韓信、張良、蕭何の三人は「漢の三傑」と呼ばれている。


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