侵攻編13話 獅子髪の美学



店の名刺がピンクっぽいからキャバクラかと思ったのは、早とちりだった。"倶楽部・桜花"という店名にあやかって、桜色の名刺(金箔入り)を刷っていただけだったのだ。


案内された個室には、ガーデン3バカこと、バクラさん、カーチスさん、トッドさんが待っていた。……待ってはいないか、もう結構飲んでる。


「3バカがお揃いですか。仲がいいですね。」


「誰が3バカだ!超絶ハンサムと、ポンコツリーゼント&イカレ歌舞伎だろうが!」


自称ハンサムの首に念真髪が巻き付き、脇腹に義手の肘打ちが入る。


「まあ座れや。最初はビールか?」


ガーデンには酒豪が多いが、カーチスさんは徹底したビール党で知られる。中でも特に、黒ビールが好きなようだ。


「ええ。カーチスさん、また口髭に泡がついてますよ?」


「そんぐれえで下がる男振りじゃねえから気にすんな。モテる男ってのは、何やっててもモテるのさ。」


「……主にキャバ嬢にな。」


ボソッとツッコむトッドさん。なかなか手厳しい。


「カナタもよぉ、せっかく金も身分もこさえたってのに、なんでキャバクラにでも行かねえのよ?」


ガーデンにいる時は夜ごとキャバクラに通うバクラさんだけど、キャバ嬢からの人気は高いらしい。気前もよければ、面倒見もいいからだろう。


「行こうとはしたんですが、なぜかいつも阻止されるんです。」


柔らかいソファーに背を預けたトッドさんが大笑いする。


「ハハハッ、そりゃシグマリ&三人娘に徹底マークされてりゃあ、そうなるわな。今朝もよ、シグレに"カナタと飲みに行くのはいいが、キャバクラ及び、それに近い店に連れて行ったらタダでは済まさん!"って脅されたんだぜ?」


大笑いに苦笑いで応じるカーチスさん。


「それでランパブに行く予定が、ここに変更になったのかよ。相変わらずシグレはお堅い事だぜ。」


ランパブとはランジェリーなパブ……ちょっと行ってみたかった……


「おいカナタ、照京は大都市だけに"おっパブ"もあるんだぜ?」


おっパブ……おっぱいなパブのコトか!? 確認しないと!


「バクラさん!おっパブって、おっぱいなパブのコトですか!」


「おうよ。ちゅ~とお触りまではオーケーだ。そんなに遠かねえから、後でちょっくら寄ってみっか?」


「是非!ここから近いんなら…ん?」


ハンディコムが鳴ってる。誰からだろ……マ、マリカさんからだ!


「アロー、カナタですが…」


「……死にたいのかい?」


ドスの利いた声が、本物の短刀ドスより冷え冷えしてる。これは人を殺せる声音ですわ。たぶん、声帯模写のプロ、琴鳥コトネさんでも真似出来まい。


「ひょっとして、盗聴器でも仕掛けました?」


謀略の真っ只中にいる身として、その手の小細工には万全の注意を払っていたんだが……


「女の勘だ。ムカつく波動を感じたから、電話をかけた。」


……恐ろしい。なんて勘の鋭さ、ほとんど予知能力のレベルだ。


「野郎と飲んだら大人しく帰ります、マム。」


「そうするンだね。アタイら以外とイチャついたら、宦官になれるようにしてやンよ?」


ンまい棒の安全を守る為に、おっパブは諦めよう。嫁小隊(正確には嫁候補小隊)よりいい女がいるとも思えないし。


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酒と女が大好きな先輩方は、可愛い後輩を置いてけぼりにしてでも、やらしいお店に行くつもりらしい。予約の電話を入れたトッドさんは、髪型を直す為に化粧室へ向かい、テカテカリーゼントのカーチスさんも後に続く。サイボーグ兵士の完成型と評される鉄腕カーチスだけど、四肢と骨格の一部を除けば生身なのだ。つまり、トイレは普通に行かねばならない。


オレはバクラさんと差し向かいで酒を飲みながら、二人の帰りを待つ。


「やれやれ、こうも遠征が長引くとガーデンが恋しくなってきやがる。スネークアイズの変人バーテンも退屈してるだろう。」


泡路攻略戦から始まった今回の作戦、もう結構な日数が経っている。バクラさんは無頼の楽園が恋しくなってきたみたいだな。


「バクラさん考案のオリジナルカクテルは、アンフレンドリーダミアンを除いてどれもいい出来ですよね。オレはマスタートキサダが大のお気に入りです。」


「クレイジーポエマーは、我ながらなかなかの完成度だったな。けどな、イスカマイラブにゃ及ばねえぞ?」


イスカマイラブは司令とバクラさんしかオーダー出来ないカクテルだ。スネークアイズのお品書きにも載ってない。


「みんな飲みたがってますよ。どんなカクテルなんですか?」


「溢れんばかりの愛が詰まってる、なんてな。」


やれやれ、どこまで本気なのやら。そのあたりを、ちょっと聞いてみようかな。


「まさか本気で司令を狙ってたりします?」


「おうとも。とはいえ、目的はもう達成されてる。今は余禄を愉しむ状態だな。」


なんだって!? 司令とバクラさんが……ラブラブだとぅ!?


「嘘でしょ!そんな素振りは全然…」


「素振りなんざある訳ねえ。赤い鬣を持つ人獅子は軍神イスカに心底惚れてる、手前テメエの心が確信出来たらそれでいいだろ。それ以上なにが必要だってんだ?」


「いやいや、お付き合いしたいとか、ゆくゆくは一緒になりたいとか、色々あるでしょ!」


「カナタ……男ってのはな、心底惚れた女から見返りなんざ求めねえ。おめえだって、三人娘の為なら死ねるだろ?」


「もちろんです。」


「死人とは乳繰りあえねえし、所帯も持てねえ。けどよぉ、命を捨てる覚悟がねえなら、女に惚れちゃいけねえのよ。ジェダス教には"無償の愛アガペー"なんて概念があるが、俺に言わせりゃんでもない勘違いなんだ。」


「神は人間に恩寵をもたらすが、見返りは求めない。ゆえに神の愛こそ無償の愛である、とかいう概念でしたっけ。それがとんでもない勘違いなんですか?」


「おおよ。だいたいだな、"無償の愛"なんて言葉が矛盾してる。"善良な泥棒"みたいなもんだ。考えてもみろよ、見返りを求めた時点で愛とは言えねえ。どんな定食にも味噌汁なり小うどんなり、汁物がついてるだろ? それと同じで愛と無償はワンセット、そもそもが一体なんだよ。」


さすがガーデンきっての傾き者、スゲー恋愛観だぜ。惚れた時点で恋愛終了、見返りがあろうがなかろうが、ただ尽くすのみとは……でも……


「本当にそれで、それだけでいいんですか?」


オレ達は兵士だ。兵士とは明日をも知れぬ存在。だけどオレは仲間を誰ひとり失いたくないし、無事に終戦まで生き残って、"目に見える幸せ"を掴んで欲しい。もちろんバクラさんにもだ。


"惚れた女には何も求めない、俺が尽くせればそれでいい"、獅子髪らしい美学だと思うけど……切な過ぎる。


「言いたい事はわかる。おめえはいい奴だな。……真面目な話をすればな、この戦争にどういうケリがつくかはわからねえが、無事に終戦を迎えたところで、イスカは戦後の政争を戦わにゃならん。アイツの人生は闘争の連続なのさ。俺は槍働きは出来ても、言葉の戦争はからきしだ。直裁的なドンパチが終わったら、もうアイツの役には立てねえのよ。例えイスカが酔狂を起こしたとしても、門前に捨てられた孤児で無頼のいくさ人が亭主じゃあ、足を引っ張るばかりだ。」


「政争が苦手だったら、誰にも文句をつけられないほどの武功を立てればいい!バクラさんなら出来るはずだ!」


「自分の器はよくわかってらぁ。俺はおめえとは違うんだよ。」


「違わない!獅子髪バクラの武勇なら、きっと…」


武骨な手でオレの体を引き寄せたバクラさんは、じっと目を覗き込んできた。一拍の間を置いて、なんとも言えない顔で笑う。


「カナタ、これが俺の生き方なんだ。俺は俺の、おめえはおめえの生き方、信念を貫く。……そうだろ?」


「……はい。司令はバクラさんの気持ちを知ってるんですか?」


「ああ。"おまえの気持ちには応えられんが、死んでからなら一緒の墓に入ってやろう"だとよ。結構結構、それなら"死に甲斐"があるってもんだ。男冥利に尽きるねえ。」


生きがいならぬ、死にがいか。大の男で一流のいくさ人が出した答えに、これ以上ああだこうだ言うのは、真心ではなく侮辱だ。もう四の五のは言うまい。


「男の本懐を遂げるのは、100年ばかり先になりますよ? 司令もバクラさんも天寿を全うするんですからね。」


「ハハッ、そうだな。カナタの支離滅裂な女関係が、どんな結末を迎えるのかは是非拝みてえ。たぶん、このピザみてえな有り様だろうがよ。」


テーブルの上に置かれているのは四種類クォーターミックスだ。なぜだかオレは、ピーチフィズのカクテルをピザの傍に引き寄せてしまった。



……わかった、これは願掛けだ。まったく、オレときたら"桃尻プリンセスも嫁に出来ないか"なんて思ってやがるな? 我ながらどうしようもない気の多さだぜ。


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