侵攻編11話 酸素供給連盟副会長、バルトロメオ・パーチ



大規模侵攻作戦を控えているとはいっても、オレ自身はそう忙しい訳でもない。なぜなら、オレには実務処理能力が不足しているからだ。勤勉な無能は組織の害悪、つまりオレは指示を出した後は何もしないコトこそ、最大の貢献である。社畜ならぬ軍畜のオレは軍への貢献を惜しむコトはない。


そういう意味ではオレの同類であるバクラさんが屋敷に遊びに来たので、二人でお庭で遊ぶコトにする。ちょっと物騒なお遊びをだ。


アスラの部隊長はそれぞれに得意武器があるが、武器などなくても十分に強い。徒手格闘が専門のイッカクさんはもちろん、同盟最強のキッカーマリカさん、合気柔術の達人シグレさん、念真髪闘法の第一人者であるバクラさんも、素手喧嘩ゴロは大の得意だ。


「挨拶代わりだ、そりゃあ!」


槍のような突きを躱しても、次にはカメレオンの舌みたいな巻き付き攻撃が待っている。関節のない髪での攻撃ってのは、軌道が自由自在でホント厄介だぜ!リーチも滅茶苦茶長いしな!


「ととっ!はいっと!」


アクロバティックに髪を躱しながら距離を詰める。オレも砂鉄を使えば似たようなコトは出来るんだが、徒手格闘でそれは大人げない。ここは純粋に五体のみで勝負しよう。


「速えな!あっという間に距離を潰してきやがった!」


距離を潰したからといって油断は出来ない。バクラさんはパワー、スピード、テクニックを備えたトータルファイター。ガーデン3バカと揶揄される三人の中でも、もっともバランスがいい。つまり、弱点らしきものはないんだ。


「せいっ!」


一呼吸で繰り出した正中線三連擊は、二本の腕と固めた髪でガードされる。そこらの重量級じゃ及びもつかないパワーを持つバクラさんだが、完全適合者になったオレの拳打を連続で受けると、仰け反らざるを得ない。そこに狙いすました足払いがヒット、しかし追撃は不可能だった。両手の構えは維持したまま、髪を使って転倒を防がれたからだ。……念真髪にはそんな使い方もあるのか。


「ガチマジで洒落にならねえ兵になりやがって!もう手加減の必要なんざねえな!」


矢継ぎ早に放たれる手刀の雨を、利き手のジャブで払い落とす。徒手での攻撃的防御はパイソンさんから習ったものだ。


「古武術だけかと思ったら、ボクシングまで使うのかよ!流石はコピー狼だな!」


「合気柔術も使います。……こんな風にね。」


手刀を掴んで引っ張り、態勢を崩す。つんのめった後頭部に肘を落とそうと試みたが、念真髪が腕に巻き付いて阻止された。なので髪を掴んで振り回し、そのまま投げ捨てる。


宙を舞ったバクラさんは空中で回転しながら態勢を立て直し、華麗に着地。追ってこないオレを見て舌打ちした。


「チッ!……なんで追撃してこねえんだ?」


「罠に飛び込んでこいって言うんですか?」


追撃の為に走るであろう位置には、念真髪の足取り罠が仕掛けられている。あの攻防の最中に、張り巡らした布石だ。髪の一、二本で仕掛けようが、バクラさんの髪強度があればすっ転がすには十分だろう。念の入ったコトに、髪の色を芝生と同色に変えて、見え辛くしてるのか。愛弟子のビーチャムには無理な芸当だな。


「おまえホントに面倒な野郎に育ちやがったなぁ。……弟分の成長を喜ぶべきなんだろうが、正直、怖くなってきやがったぜ……」


「ダミアン以外の先輩方が、惜しげもなく技術を教えてくれましたので。おかげ様で可愛げもなく、ここまで成長しました。」


「おう。ダミアン以外は皆、兄貴分、姉貴分だな。兄弟に遠慮はいらねえ、存分にかかってこい!」


不発に終わった罠を回収し、髪を千手観音のように伸ばすバクラさん。どうやら本気モードになったらしいな。素手とはいえ獅子髪のストロングスタイルは初めて経験する。貴重な経験は、きっと今後の糧となってくれるだろう。


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「いやはや、兄貴分の面目丸潰れだわ。邪眼も希少能力も封印した弟分を仕留め切れねえとは……」


格闘訓練を終えたバクラさんは、無精髭を擦りながらボヤいた。


「やっぱ邪眼か磁力操作がないと決め手に欠けますね。」


仕留め切れなかったのは、オレも同じである。バクラさんの格闘技術は、想定よりもかなり高かった。武道家として獅子髪を超える者が、はたして何人いるコトか……


徒手格闘の専門家、豪拳イッカクや鉄拳バクスウが相手でも、勝負出来るのかもしれない。


「ギャラリーさんも満足したかい?」


オレが声を掛けると、車庫の影から様子を窺っていた紳士が姿を現し、拍手した。


「ブラボーなバッターリア(バトル)でした。流石はアスラコマンド、世界最高峰の戦闘技術でございます。」


大仰に一礼する姿がいかにもオーバーアクションなマリノマリア人らしいな。この男の顔はどこかで見た覚えがあるんだが……


「おい、覗き見野郎。見物料を寄越せとは言わんが、名を名乗んな。」


気配に気付かなかったバクラさんは不機嫌そうだ。獅子のような鋭い目付きで男を睨みつける。


「これは失礼。私はバルトロメオ・パーチ、酸素供給連盟から参りました。」


「酸供連だと? 見た感じじゃ使いっ走りって訳じゃなさそうだが、一体何の用だってんだ?」


「Mr.鬼道院、街の為政者が変わった際には、連盟から使者を遣わすしきたりなのです。照京のような巨大都市であればなおさら、ね?」


……思い出した。バルトロメオ・パーチ、酸素供給連盟の副会長だ。気配の殺し方といい、隙のない佇まいといい、軟弱な文官って訳じゃなさそうだな……


「なるほど。パーチ副会長、ようこそお出でくださいました。客間に案内しますからついて来てください。お茶でも用意させますから。」


「ありがとうございます、侯爵。よく出来た執事殿をお持ちで、実に羨ましいですよ。」


屋敷の入り口で客を待つ寂助を見やりながら、パーチ副会長は満足げに頷いた。


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"面倒臭い話は嫌いだ。今夜飲みに行くから必ずこいよ"、バクラさんは店の名前が刷られた名刺をオレのポケットに突っ込んでから屋敷を後にした。ピンクっぽい名刺だったけど、まさかキャバクラじゃねえだろうな……


客間には既にお茶の準備が整っていて、着座した客人の前で、すぐに紅茶が淹れられる。香りを楽しんでからティーカップに口をつけたパーチ氏は、名人芸を見せた執事に感嘆の言葉を贈った。


「ブラボー!銘柄といい淹れ方といいペルフェット(完璧)です!」


「拙い芸をお見せしました。それでは何か御用向きがあれば、遠慮なくお呼びつけくださいませ。」


微笑みながら執事は退出し、オレとパーチ氏が客間に残される。


「さて副会長、挨拶に見えたとのコトですが、私には挨拶だけとは思えない。本題に入りましょうか。」


街の支配者が変わった時には、酸供連への変わらぬ支援を要請する為に使者が赴くとは聞いていたが、武官のオレに会いに来たのはどうにも引っ掛かる。為政者への挨拶ならば、都市総督の姉さんに会いに行くべきだし、内政の責任者と会見したいなら、宰相の雲水代表が該当する。本来、カウンターパートではない相手にわざわざ会いにきた以上は、支援要請以外の思惑があるはずだ。


「左様、挨拶だけではありません。もちろん、帝にも議長にもご挨拶には参りますが、龍弟候には少し踏み込んだ話をしたいのです。言うまでもありませんが、ここで話した事は内密に願います。」


「どこにどう踏み込むのかはわかりませんが、それは帝にお話しになるべきだ。手順が逆、と申し上げておきましょう。」


「いかにも。しかし話の内容を聞いてからご判断頂きたい。伝えるべきだと思われたなら、帝や議長にご相談してもらって構いません。龍弟候は帝の最側近であると見込んでの話なのです。"将を射んとすれば、まず馬から"、という言葉が龍の島にはございますでしょう? 龍を動かしたければ、まず狼から、私はそう考えているのです。」


「なるほど。ではご用件を伺いましょう。帝と宰相の耳には入るという前提で、お話しください。」


ベーネはい。酸素供給連盟は新たな為政者が就任された場合、友好の証として珍しい鳥や動物をお贈りする事になっております。今回は王立動物園に、孔雀のつがいとキリンを寄贈させて頂こうかと。キリンではなく麒麟を送りたいところなのですが、流石に幻獣の持ち合わせはありません。」


「ほう。古来より"邪気を祓う"と言われる孔雀、きっと市民も歓迎するでしょう。……キリンは映像でしか見たコトがない者も多いでしょうから、皆驚くでしょうね。」


孔雀も希少だが、キリンは希少どころじゃない。野生種はもう絶滅したはずだ。


プレーゴどういたしまして。ですが少々、妙だと思われていませんか? なぜ我々酸素供給連盟が、希少な動植物を有しているのか、とね?」


ゴッドハルトが皇帝に即位した時には、数頭のセムリカ水牛を贈ったとも聞いた。酸供連は絶滅したとされる動植物を保護しているらしいな。


「噂通り、酸供連は絶滅種を保護している、というコトですね。」


「その通り、ではどうやって保護しているのか。簡単な話です。これをご覧ください。」


テーブルの上に載せられたハンディコムからホログラムが投影される。こ、これは……


「コールドスリープ!……し、しかしコールドスリープ技術が確立されたのは数年前のはず!第一次バイオハザードが起こったのは、世界統一機構軍の発足前なのに……」


象、キリン、虎、ライオン、大鷲等々……様々な鳥獣が冷凍ポッドの中で長い眠りについている光景は、壮観の一言だった。


「酸素供給連盟の母体、世界環境保全連盟は、第一次バイオハザードの前にコールドスリープ技術を確立していたのです。絶滅に瀕した動植物を未来に残す為に、ね。この分野にかけては、我々が先駆者だった。ただそれだけの事ですよ。この手の秘密施設は世界中に点在し、動物達は目覚めの時を待っています。我々は緑乏しい惑星に酸素を供給しながら、絶滅したはずの鳥獣、植物の種子も保全している。」


「……驚いたな。でも良かった。人間のエゴで絶滅してしまった動植物に、再生の可能性が残されているのか。」


「我々は、このプロジェクトを"方舟計画"と呼んでおります。」


ジェダス教にもノアの方舟みたいな逸話がある。それに倣って命名されたのだろう。



しかし方舟計画だの昇華計画だの、みんなして秘密計画が好きだねえ。


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