侵攻編10話 過去から伸びた糸は、未来に結びつく
「では質問だ。ゼロ・オリジンを持っていたのは誰だ?」
最初に質問したのは司令だった。
「儀龍様、トワ様、ミレイ様、残る一つは誰が持っていたのかわかりません。」
「ふむ。叡智の双璧の師である百目鬼兼近博士かもしれんが、予測の域を出ないな……」
いや、残る一つのユニットってのはたぶん……
「御堂司令、最後の一つを持っていたのは私です。トワ様から"貴方の最も信頼する
発案者(儀龍)の姪である姉さんも昇華計画の関係者だ。もっとも、計画の内容は何も知らされちゃいなかったが。儀龍を超える龍眼を持っていた姉さんは、叔父に頼まれて念真力の研究に協力していた。
「そう言えばミコト姫も関係者だったな。それで、そのユニットは今どこにあるのだ?」
姉さんは隣に座るオレの手を握りながら答えた。
「トワ様の言いつけ通りに、"私が最も信頼する兵"に託しました。」
「……なるほど。ゼロ・オリジンはブラックボックス以外は零式と同じ、カナタ
おそらく零式は、"選ばれし兵を率いる指揮官"が搭載する予定だったんだろうな。もしくは始祖の四人の子孫に対する"上書き用"だったのかもしれない。バイオメタル化した人間から生まれた子は例外なくバイオメタルだが、"休眠細胞"と呼ばれる細胞が混じっていて、親より能力が低い場合が多い。特に片親が生身であれば、顕著にそうなる。
でも、"より上位のバイオメタルユニット"があれば、上書きが可能だ。システム設計として"オリジンブラックボックスは上書き不可な仕様"になってるはずだから、零式さえあれば親に近付ける。
ま、今はそんなコトよりも…
「も、というコトは、司令もそうなんですね?」
「ああ。私のユニットは父から授かった。"このユニットをおまえに託す。もっと大きくなった時に、全てを話そう"と言われてな。父は事情を話す前に死んでしまったが……話とは世界昇華計画の事だったのだろう。」
叡智の双璧の一人、白鷺ミレイは御堂アスラの妻だ。儀龍の父、右龍総督は同盟設立の後見人だから、アスラ元帥とは昵懇の間柄。当然、息子の儀龍とも面識以上の関係はあっただろう。つまり、アスラ元帥は早い段階から世界昇華計画の存在を知っていた可能性が高い。こんなヤバい計画を知っていたなら、阻止しといてくれよ。……いや、昇華計画は難病に冒されていた御堂ミレイの延命計画でもあった。だったら愛妻家の元帥に阻止出来る訳もない。発案者の儀龍は恩人の息子だしな。
"私は儀龍やミレイほど、人間の善性を信じていないの"、叢雲トワはそう言った。逆に言えば、儀龍とミレイは人間の善性を、昇華計画の正統性を信じていた訳だ。計画に懐疑的だった叢雲トワは、暴走への抑止力として姉さんに最後のゼロ・オリジンを託したように思える。機構軍の支配に反旗を翻し、自由を求めて戦ったアスラ元帥も
そして今、問題なのは…
「もう一つは朧月セツナが持っている。これは確定事項でしょう。」
じゃなきゃヤツの野心の説明が付かない。自分が統治の血族になれる目算がなければ、照京奪取に拘る必要がないからな。ま、奴は計画の全貌を知らなくて、それを知る為に照京を手に入れたかったって可能性はあるが。
世界を支配出来るかもしれないドえらい計画がある、でも全貌がわかんねえ。よっしゃ、照京奪って根掘り葉掘り調べてみたろ!……こんな理由であんな騒ぎを起こされたんじゃ、たまったもんじゃねえんだが……
「トワ氏が儀龍暗殺は朧月家の仕業だろうと睨んでいた事、竜宮の建設に関わった技術者が軒並み姿を消している事、煉獄が真っ先に龍石を奪い、他の宝物には目もくれなかった事、これらを考えれば、彼が昇華計画の存在を知っていて、利用しようとしている事は明らかだ。当然、ゼロ・オリジンも入手済みと考えるべきだね。」
東雲中将の言葉に全員が頷く。九曜技師長からの情報にはなかったが、おそらく龍石も昇華計画に必要なパーツなんだ。だから朧月セツナは、龍石の奪取にだけは拘った。
「残る一つは……やはりトーマ様が持っているのでしょうね……」
姉さんの呟きに、驚く九曜技師長。
「えっ!? トーマ様とは宗家嫡男のあの討魔様ですか!生きておられたのですね!」
あっ!という顔になった姉さんだったが、別に問題はない。九曜技師長は今後、市井に生きる訳にはいかないんだから。研究職に復帰するか否かは彼次第だが、とにかく厳重な警護態勢の中で暮らしてもらう必要がある。つまり、叢雲討魔の生存を知っているのが五人(当然、教授も知っている)から六人に増えただけさ。技師長には彼の生存を暴露する動機もないし、元から外に漏らしてはいけない情報を抱えてる人なんだから、ノープロブレム。
「しぶとく生きていたらしい。ミコト姫から"死神の正体は、叢雲トーマなのです"と聞かされた時は私もビックリしたがな。普通に考えれば、叢雲トワの息子である死神が、ゼロ・オリジンを持っていると考えるべきだろう。御堂、朧月、叢雲、八熾……設楽ヶ原で相見えた四家がゼロ・オリジンを有しているとは、天も小憎たらしい真似をするではないか。」
司令には御鏡家の血も入ってますけどね。つーか、聖鏡を宿してんだから、本来だったら御鏡家の当主になってるべきなのかもしんないけどさ。しかし、面倒なコトになってきやがったなぁ……
「ゼロ・オリジンを持つ者は殺人許可証を発効する権利がある、か。……いらんわ、そんな権利。」
いらんからといっても、捨てる方法がねえんだけどよ。捨てられないなら、使わせない方法を考えるしかない。司令、なんでそんな悪党笑いを浮かべてんだよ!
「いやいや、せっかくもらった権利なのだ。行使するのも一興かもしれん。どうだカナタ、私と一緒に世界を支配してみないか?」
……おい、マジで言ってんじゃねーだろうな?
「イスカ!!冗談でもそんな事を言ってはならん!殺意だとて、怒りから湧き出る感情なのだ!強制的に感情に枷を嵌める世界など、もはや人の世ではない!それに統治の血族が揃って野心に目覚めたらどうする!そうなったら誰にも止められないだろう!"絶対平和と完全支配の混在化"、昇華計画は人類にとって、甘美な猛毒なのだ!」
席から身を乗り出して司令を叱りつける中将。叱責よりも激昂に近い声音と声量だ。東雲刑部は温厚な人格者で、激昂どころか声を荒げる場面さえ稀な御仁。血相を変えた後見人の姿に、さすがの司令も面食らったみたいだな。
……なんだ、この違和感は……何かが……引っ掛かる……珍しい光景を見たせいだろうか?
「……フフッ、怒った顔を見るのは久しぶりだ。叔父上、機嫌を直してください。昇華計画の危険性は十分認識しています。名君の築いた王朝は、暴君の手によって崩壊する。倒せない暴君の存在を許してはならない事ぐらいはわかっていますから。」
「わかってくれているならいい。……怒鳴ったりしてすまなかった。御堂イスカは娘も同然だが、立派に成長したからには、"盟主と腹心"という立場を弁えねば…」
「叔父上、今度は私が怒る番です!東雲刑部は※亜父で恩人、そんな他人行儀は許さない。」
うん。実の娘でも司令みたいに甘えません。中将がどんだけ、司令の"俺様路線"にお付き合いしてるのか、自覚はあるようだな。
「そうですよ。中将が弁えてしまったら、司令に説教出来る人間がいなくなります。親代わり兼、御意見番として司令を見守ってください。」
これはマジでそうだ。爺のクランド大佐は、完全なるイエスマンだからな。司令に意見出来るのは東雲刑部、唯一人だ。
「ふふっ、では弁えずにいるとしよう。しかし御意見番というなら、最近のカナタ君は"耳に痛い事を言う"そうじゃないか。」
「見解を訊かれたから述べただけです。司令が痛痒を感じているようには見えませんでしたね。」
「イスカは案外デリケートな面もあるのだよ。とてもそうは見えないだろうが……」
「バリ…」
「バリケードじゃないんですか?、なんてベタな返しをしたら、張り倒す。それから叔父上、"とてもそうは見えない"は聞き捨てなりません。」
指をポキポキ鳴らしながら、司令が台詞を遮る。話が脱線してきたな。本線に合流させるか。
「九曜技師長、叢雲トーマも昇華計画に関わっていたんですか?」
姉さんよりは年上だが、叢雲トーマも昇華計画が進められていた頃は年端もいかない少年だったはず。計画の根幹に関わっていたとは思えないが、リリス級の超早熟児だった可能性はある。
「研究所で何度かお見かけしたが、関わっていたかはわからない。彼専用のバイオメタルユニットの開発はされていたようだが……」
「
「やっぱりそうか、とはどういう意味かね、カナタ君?」
中将の質問には司令が答えた。
「薔薇十字に参戦するまでの死神は、"作戦におけるコーディネーターであって、実戦要員ではない"が、我々の分析だったのです。ロクに実戦経験のない死神が、完全適合者になれた理由が解明された。戦闘細胞の開発者である叢雲トワが、息子専用に調整したユニットを搭載したから、バイオメタル化と同時に戦闘細胞100%の超人になれたのです。」
「そう、おそらく奴が
(カナタさん、トーマ様を"奴"呼ばわりしないでください。姉さんは悲しいです。)
テレパス通信で姉さんに怒られる。叢雲トーマをどう思っているかを、司令達には知られたくないのだろう。
(姉さん、オレが叢雲トーマに敬意を持っていると知られない方がいいんです。変に勘ぐられても困りますから。)
(……なるほど。でも心の中では"奴"を"彼"に言語変換してくださいね。)
こりゃ真面目に"トーマ義兄さん"の誕生を覚悟しといた方がいいな。口惜しいけど、姉さんは一途な
コーチの余命が僅かと知りながらも、一途な愛を貫いた
「龍弟侯、生体金属兵の第一号は"
あらら、カッコつけて予想したのに覆っちまったぞ。
「鬼助? どんな男なんだ?」
「先行試作体に志願した叢雲家の侍従です。"プロトゼロ"と呼ばれる試作ユニットが彼に搭載されました。」
エヴァンゲリオン零号機みたいなもんか。死神は初号機って訳だ。暴走したらヤベーとこまで初号機と一緒だな。
「鬼助の所在はわかるか?」
「いえ。顔を見てもわからないでしょう。バイオメタル化前に整形すると言っていましたから。ですが鬼助は叢雲家から大恩を受け、その恩義に報いるべく絶対の臣従を誓った男だとトワ様が仰っていました。トーマ様が健在なら、彼に付き従っているのではないでしょうか?」
司令が頬杖を突きながら思案し、見解を述べる。
「だとすれば、亡霊戦団の一員になっているセンが濃厚だが……いや、そうとも言い切れんな。」
「ですね。プロトゼロは叢雲トワが自ら製作したバイオメタルユニットで、搭載者に合わせて調整されている。完成型の死神ほどではないにせよ、相当な力を秘めているはずです。亡霊戦団は強者揃いですが、死神に迫る実力者となると……」
鬼助は部隊長級の力を持っていると考えるべきだ。土雷衆を除外した亡霊戦団にそこまでの実力者は……いない。
その後もいくつかの質疑応答がなされ、会談は終了した。司令と中将が退出した後、三人で技師長の今後を話し合い、サワタリ研究所の副所長に収まるコトで話はついた。若き天才が率いるラボに、失われた技術を知る男が加わり、研究所をさらに発展させていくだろう。
帰りの道すがら、色々と考えを巡らせる。世界昇華計画、朧月セツナの野望、叢雲トーマと鬼助……答えが出たコトもあれば、出なかったコトもある。会談中に感じた違和感も、継続審議の議題の一つだ。
あの違和感……何か、何かをオレは見落としている。心に小骨が刺さってるみたいで、どうにもスッキリしねえな。
※亜父とは
父に次いで尊敬する人。父のごとく尊ぶ人。
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