侵攻編9話 統治の血族と選ばれし兵



密談を二つこなした翌日、オレは一人で総督府に参内し、姉さんに作戦概要を伝える。


「……また戦ですか。必要な事とはいえ、悲しいですね。」


「龍の島の安寧の為です、姉さん。」


「はい。カナタさん、その戦には私も出陣します。照京の事は雲水に任せておけば、問題ありません。」


「しかし…」


「しかしも案山子もありませ…ふふっ、案山子スケアクロウはありますわね。とにかく、私も参戦しますから。私が直接、"投降すれば公正な扱いを約束する"と諭した方がいいはずです。」


姉さんの言う通りだな。戦わずして勝つ、を実現させたいなら、姉さんが帯陣している方がいい。


「そうですね。その方が説得力があるでしょう。オレの"ペテン師振り"はもう有名みたいですから。」


「そこは"知謀に長けた"と、言語変換しておきましょう。戦場に出る事に恐れはありません。カナタさんが私を守ってくれますから。」


「はい。姉さんはオレが必ず守ってみせます、ご安心ください。」


執務机の上の卓上電話が鳴り、来客を告げる。執務室前の秘書室にいるメイさんの声だ。


「ミコト様、東雲中将と御堂司令、それにお客様一人がお見えですわ。」


来たか。東雲中将と司令は準備が整い次第、大陸に向かわねばならない。その前に話しておくべきコトがある。聞いておくべきコトと言うべきかもしれないが……


─────────────────────


オレと姉さんが右側のソファー、司令と中将は左側のソファーに着座し、ゲストに椅子を勧める。ソファーの中間あたりに置いてある肘掛け椅子に腰掛けた九曜公丈氏は、どこか落ち着かな気だった。


「九曜技師長、我々は貴公を糾弾するつもりはないし、これは取り調べでもない。世界昇華計画について、貴公が知っている事を話してもらいたいだけなのだ。」


硬軟交えた交渉を得意とする司令、まずは軟の札を出して様子を窺うつもりのようだ。


「話の前に先だっての作戦に強制的に参加させたコトを詫びておくよ。オトリに使ったりして悪かった。」


オレの台詞は、姉さんを驚かせたようだ。


「まあ、カナタさん!九曜技師長をオトリに使ったのですか!」


「黒騎士と魔術師を都に居残らせる手が他になかったので。暗部を使って逃亡の手筈は万全にしたつもりですが、相手が兵団だけに、絶対安全とは言い切れなかったでしょう。」


逃げているのがド素人だと思っていたからこそ、逃げおおせた。黒騎士はともかく魔術師は、九曜公丈の発見が罠であったコトにもう気付いているだろう。


「九曜技師長は罪人ではありません。一般市民をオトリに使う作戦は今後…」


「大龍君、私は罪人です。ついこの間まで、偽造身分証を使って都に潜伏していました。昇華計画そのものも、当時の法に触れる部分が多々あります。」


そりゃそうだ。御法に触れない秘密計画なんてないわな。政府絡みの案件でも大体アウトだってのに、昇華計画には公の関与もない。


「知っている事を全て話して頂ければ、罪を免責しましょう。また研究職に復帰したいのであれば、雲水に頼んでしかるべきポストを用意させます。もちろん、新しい身分証と一緒に。」


証人保護プログラムの対象者扱いか。彼の安全を考えれば、そうするしかなかろう。


「私の処遇は大龍君にお任せします。小さかったお姫様が、本当に立派になられた。頓挫した計画の全貌を知りたいという事は、誰かがあの計画を悪用しようとしていると理解してよろしいですか?」


九曜技師長は落ち着きを取り戻したらしい。少なくとも裏の事情に気が回る程度には。


口を閉じたまま腕組みしていた中将が、初めて発言した。


「うむ。断定は出来ないが、機構軍の朧月セツナが昇華計画の悪用を企んでいるフシがある。どんな計画であったかを知らねば、阻止する事は困難だ。話してくれるかね?」


「はい。ですが私も昇華計画の全てを知っている訳ではありません。順を追って話します。まず、昇華計画の発案者は御門儀龍様です。絶対平和を希求されていた儀龍様は、叡智の双璧と呼ばれる二人の科学者の共同研究に着目されました。その共同研究の眼目は"人類を新たなステージに引き揚げる新細胞の開発"、現在の世界で戦闘細胞コンバットセル抑制細胞エリクサーセルと呼ばれている…」


九曜技師長の話に聞き入る四人。皆、十数年前に進められていた極秘計画の存在が、直ちに現在の情勢に影響するとは思っていない。とはいえ、朧月セツナの照京侵攻の裏に昇華計画の存在があったコトは明白だ。世界の趨勢を変えかねない案件である以上、その概要は掴んでおかねばならない。


───────────────────────


「…以上が私の知っている事です。質問がお有りでしたら御随意に。」


長い話を聞き終えたオレ達は、誰も言葉を発しなかった。質問がなかった訳ではない。思った以上に壮大で、事前の想像を遥かに超えるヤバい計画だったので、頭を整理する必要があったからだ。


とりあえず、考えをまとめる前に、九曜技師長の話を要約してみよう。


① 世界昇華計画の発案者は、御門儀龍である。計画の協力者は叡智の双璧と謳われた天才科学者、叢雲トワ(旧姓・鷺宮)と御堂ミレイ(旧姓・白鷺)に、儀龍が集めた研究者100人、九曜公丈もその一人だった。叡智の双璧ほどではなかったが、学者畑を歩んできた儀龍自身も優れた科学者だったらしい。


② 叡智の双璧は儀龍から提供された"生命の輝石"をベースに、ゼロ・オリジンと呼ばれる始祖ユニットの開発に成功した。ゼロ・オリジンは全部で四つ、コンバットセルもエリクサーセルも、ゼロ・オリジンから派生して生まれたものである。


③ 全ての開発ユニットには、"ブラックボックス"と呼ばれる細胞装置が組み込まれている。これは細胞を動かすコアユニットを兼ねていて、切り離しは不可能である。ゼロ・オリジンに組み込まれているブラックボックスと、派生したユニットのブラックボックスは中身が異なる。


④ 派生型ブラックボックスのコピー方法は後に公開されたが、ゼロ・オリジンの製法と、あらゆるブラックボックスの解読法は叡智の双璧しか知らない。また、オリジンブラックボックスを搭載していない(生命の輝石ベースの)高性能ユニットも開発され、それがゼクスゼロ(零式)と呼ばれる最上位バイオメタルユニットである。零式はユニットとしてはゼロ・オリジンと同等だが、ブラックボックスは派生型と同一のモノが使用されている。


④ ブラックボックス内には"強制的に殺人を抑制する機能"が搭載されているが、強力な封印がかかっている。その封印を解く方法は儀龍と叡智の双璧しか知らない。九曜技師長は、封印解除には"竜宮"に行く必要があると考えている。


⑤ 竜宮とは、東海沖で海洋資源の開発を名目に建造されていた巨大な人工島である。島の基幹部分の設計に携わった九曜技師長の話では、竜宮には海中深くに潜れる機能が搭載されているらしい。また、収納式の巨大なアンテナも多数装備されており、世界中に電波を発信可能な造りになっている。おそらく、封印解除のパルスをそのアンテナで発信するのであろう。


⑥ 世界昇華計画の骨子とは、"あらゆる殺人が封印された世界の実現"である。実現された理想郷は"統治の血族キングシップルーラー"が管理する。統治の血族とは、ゼロ・オリジンを搭載した者が当主を務める四つの家である。


⑦ ゼロ・オリジンを搭載した者、及びその血を受け継ぐ血族は、"選ばれし兵シード・ソルジャー"を任命出来る。シードソルジャーとはルーラーの命を受けて、殺人を許可された者である。人が人を殺せない世界では民衆の蜂起は容易であるが、選ばれし兵が不満分子の排除を遂行する。また、ユニット非搭載の過激派や犯罪者も彼らが処断する。


⑧ 御門儀龍は志半ばで何者かに暗殺された。既に御堂ミレイは病没していて、残った叢雲トワは昇華計画の中止を決定した。どうやら叢雲トワは最初から昇華計画に懐疑的であったようだ。九曜技師長は彼女から"私は儀龍やミレイほど、人間の善性を信じていないの。九曜技師長、貴方も昇華計画の事は忘れた方がいいわ。儀龍みたいに殺されたくなければ、ね"と、言われたらしい。また叢雲トワは、儀龍の暗殺は没落した朧月家の差し金ではないかと考えていたようだ。計画の途中で失踪した開発チームの同僚が、後に朧月家に賓客待遇で迎えられた事を知った九曜技師長は、叢雲トワの推察は正しかったと思っている。


⑨ 竜宮は儀龍の死の直後、クルーや作業員を乗せたまま海中へ消えたらしい。食料や水の在庫は一ヶ月分であった事から、これは竜宮を管理するAIの判断(竜宮のAIは人工知能の研究者だった儀龍が開発した)だと思われる。もしくは儀龍が、自分の死を契機に発動する仕掛けを施しておいたのかもしれない。照京政府が海中を捜索したが、竜宮は発見出来なかった。おそらく、違う海域に移動したと思われる。政府は竜宮の失踪を、海洋開発用の人工島が事故で崩落し、水没したと発表。事件を揉み消した。


⑩ 人工島の建造にあたっていたゼネコンは、現在は存在していない。しかし建造に直接関与し、同業他社に就職していた幹部技術者(業界紙に顔が載る程度の地位にある者)が全て、照京動乱後に行方不明になっている。開発チームの同僚や部下とは計画の中止後から一切連絡を取っていないので、どうなったかはわからない。


こんなもんか。ヤバい情報が盛り沢山だねえ……


なによりヤバいのは御門儀龍の思想だ。人が人を殺せない世界を創り、一部の殺人許可証を持った人間がそれを管理するとか……夢想家にもほどがある。そんな世界、殺人許可証を発効する"統治の血族"とやらがトチ狂ったら、誰にも止められねーじゃん。


あーあー言いたいコトはわかるよ。そうならないように始祖の四人(おそらく一人は儀龍自身だろう)を厳選し、次の世代にも徹底した平和教育を叩き込むってんだろ? もし一つの家が覇権主義に目覚めても、残った三家がそれを抑え込むって制度設計なんだよな?


そりゃ100年ぐらいは上手くいくかもしんねーけどさぁ、ちょっと人間の善性に寄っ掛かり過ぎじゃね? 二つの家が共謀して世界の支配を目論むコトだってあり得るし、天才的な覇権主義者を輩出した家を、凡人三家で迎え撃つとかもあるかもよ? そんな危なっかしい計画、頓挫して良かったぜ。


んでヤバさに磨きがかかってんのが、これが超特大のゲームチェンジャーでもあるってコトなんだよな。正確な統計が出てないから実態を把握出来ないが、バイオメタルユニットとエリクサーセルは加速度的に世界中に広がっている。なんせ、片方の親でもバイオメタル化してるか、エリクサーセルを投与されたコトがありゃあ、生まれた子にもそれが遺伝するんだから。


まだどっちも経験してない人間もいるだろうが、少なくともほぼ全ての兵士はバイオメタル化済みだ。つまり、昇華計画を発動すれば、戦争は終わる。勝つのは"殺人許可証を発効出来る勢力"だ。リバーシ(オセロ)で言えば、真っ白な盤面が一手で真っ黒に変わるみたいなもんか。


朧月セツナの狙いはそれだ。奴は昇華計画を利用し、絶対不可侵の帝王として世界に君臨するつもりなんだ。……待てよ? 教授が心転移の術を悪用すれば"不老のサイクル"が可能かもしれないって話してくれたよな……大して強くもない癖に扱いづらいザハトを飼っているのは……まさか!!



世界を支配し、老いず、殺せない存在。あの野郎、神になろうってのか!……だが、そうはいかねえぞ。オレが"人間の分際"ってヤツを、朧月セツナに教えてやるぜ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る