侵攻編7話 二正面作戦



照京シャングリラホテルの屋上にあるペントハウスでは、司令とクランド大佐がオレを待っていた。屋内プール際のテーブルに着いたオレに、大佐が缶ビールを投げてくれる。


「カナタ、大陸で動きがあった。」


灰皿には数本の煙草の吸い殻がある。司令はオレが来るまでに色々と思考を巡らせていたようだ。


「やっぱりか。同盟の主力師団が龍の島に集結している状況を、指を咥えて見ているはずはないと思っていたが……」


「想定の範囲内、と言いたいところだが、想定外の点もある。クランド、データの入力は終わったか?」


「はい。カナタ、これが今の状況じゃ。」


卓上に置かれた戦術タブレットには、大陸の勢力図が表示されている。赤かったマーカーの一つが、青に変わっているな。これが想定外、か。


「電撃戦で都市を一つ、落とされましたか。動いたのは兵団ですね。」


「主犯は兵団、共犯は薔薇十字、だが妙な事に、ゴッドハルトとネヴィルに動いた形跡がない。機構軍が大きく動く場合には、どちらかの関与があるものなのだが……」


「ネヴィルはザインジャルガで喫した痛手から立ち直れていない。ゴッドハルトも腹心の一人、メルゲンドルファーが戦死している。この島の敗残兵を本国に引き揚げさせるのに手一杯ってところじゃないですか?」


「では誰が侵攻の音頭を取ったのか?……考えるまでもないな。」


機構軍には同盟以上の派閥争いがある。その内実は、ガルム閥とロンダル閥が抜けていて、後は中小の派閥が群雄割拠の状態のはず……


「朧月セツナが台頭し始めている。あまり面白い事態じゃありませんね。」


「全くだ。さて、我々はどうしたものかな。」


「やられてるのはトガの勢力圏ですから、ウサギ面は慌てて大陸に引き返す、と。カプランは…」


「トガと同じだ。このままいけば、次にやられるのはカプランの領地だからな。両元帥とも、龍足大島に構っている場合ではあるまい。占領した鳴瀧に防衛師団を残して、大陸にとって返すだろうよ。」


朧月セツナがザラゾフ元帥との交戦を避けるのは当然だな。得るモノが同じなら、わざわざ強い奴と戦う必要はない。


「気は進みませんが、援護の必要がありますね。」


最悪、薔薇十字との交戦もあり得る状況だ。そうはならないように戦いをコントロールしないと。


「そうなるな。叔父上が既に海を渡る準備を開始している。カナタ、マリカとシグレを残せば、予定通りに事を進められそうか?」


「マリカさんはエースです。ここに残すのは…」


予定通りにやるのなら、オレもこの島に残る必要がある。クリスタルウィドウ、凛誠、スケアクロウはアスラの主戦力。いくら司令が戦巧者でも、相手は兵団だ。戦力は多い方がいい。


「侵攻軍を撃破する必要はない。一定のところで歯止めをかけさえすればよいのだ。もちろん、この島での作戦が成功する前提での話だがな。それを話し合いたくて、おまえを呼んだ。どうだ、出来るか?」


大陸で機構軍が少々伸長しようが、龍の島を制圧すればお釣りがくる。司令はそう読んでいるのか。オレも同感だな。


「尾羽刕総督の出方次第ですが、八割方、成功するだろうと読んでいます。」


「……八割か。分のいい賭けだな。目論見通りにいけば、ゴッドハルトの力は大幅に削ぎ落とされる。やる価値はあるな。」


「ロンダル閥のナンバー2、サイラスも独自の動きを見せているようです。ガルム閥の皇帝ゴッドハルト、ロンダル閥の王ネヴィル、両巨頭が弱体化すれば、停戦も夢ではないでしょう。」


「後腐れがないように、丸ごと叩き潰すのが上策とは思うがな。ま、それは弱体化させてから考えればいい話だ。」


「兵団が一気呵成に押して出て来るようなら、予定を変更しましょう。部隊に大打撃を受け、自分も大怪我を負った黒騎士はしばらく動けないでしょうが、他の連中はそうではない。」


「剣狼、緋眼抜きのアスラなら叩き潰せると思うかもしれんな。だが、それなりの戦果を、それは防げるだろうと考えている。」


……朧月セツナは機構軍内の第三勢力として、地歩を固めつつある。侵攻で果実を得たのなら、一か八かの決戦を挑む必要はない。仮に勝てたとしても兵団が大打撃を受ければ、奴の力の源泉が失われてしまう。今は中小派閥をまとめ切り、ガルム、ロンダル閥に対抗出来る立場の構築を優先させるはずだ。


「半ば出来レースの戦いですか。しかし、朧月セツナにしても、オレ達が龍の島の完全制圧を目論んでいるとは思ってないでしょうね。」


「尾羽刕を落とせばこちらの狙いに気付くだろうがな。とはいえ、それでも奴は動かないと見ている。なぜならガルム閥の弱体化は、奴にとっては都合がいいからだ。」


本島東部とガルム地方のほぼ全土、日本の関東とドイツにあたる地域を掌握する皇帝は、工業生産力において比類なき存在だ。龍の島の生産拠点を失うコトは、皇帝にとって大きな痛手となる。アスラ元帥の死に動揺する同盟軍の隙を突き、遮二無二攻勢をかけて龍の島に領土を得たのは、皇帝の先見性を表している。規律と勤勉、ガルム人同様の美点を持つ覇人の特性を皇帝は見抜いていたのだ。戦術家としてはどうだかわからんが、政治家としては一流と言えるだろう。


「敵軍と戦いながら、自軍のライバルとの蹴落とし合いに終始する。戦争が終わらない訳だ。」


「他人事のように論評するのはどうかな? トガとカプランの領土が削られようが構わんと考えている私達とて、似たようなものだろう。」


……確かに。そこで命を落とす友軍兵だっているのだ。でも、トガやカプランに天下を取らせる訳にはいかない。我意と我欲を優先させる両元帥は、天下を取ったら好き放題に政治を弄ぶだろう。反乱が起きるまでは、だが。そして反乱とは、新たな戦争の勃発を意味する。それは最悪のイタチごっこだ。


「そうですね。大陸の情勢を窺いながら、こちらの作戦を遂行しましょう。」


「うむ。龍の島全土が同盟領となれば、彼我の国力の差は大幅に縮まる。少なくともガルム閥は、今までのような物量頼みの作戦は取れなくなるだろう。」


「ええ。となれば、龍足大島は放っておいていい。本島東部が制圧されれば、完全に補給が途絶えるんだから、降伏以外の道はなくなる。」


鳴瀧に精鋭を置いて守備に徹してればいい。泡路島にいるウタシロ大佐を向かわせるのがいいだろう。


「おまえの事だから、龍の島を制覇した後のプランも考えているのだろう。取らぬ狸の皮算用を聞いておきたいものだな。」


デキる女は先の先まで考えているな。司令の辞書に泥縄の二文字はない、か。


「司令、龍の島を制覇したあかつきには、姉さんには総督総代に就任してもらいます。いいですね?」


「……内容によるな。総督総代とはどのような立場なのだ?」


即答せずに含みを持たせるのは政治家の常套手段。司令が欲しがっているのは名誉ではなく、実利だ。それを踏まえて考えてきている。問題ないはずだ。


「読んで字の如し、龍の島の各都市を統治する総督達を統べる立場です。基本的に他都市の内政には干渉しませんが、同盟憲章から逸脱した施政を行う都市には是正勧告を発する権利を持たせて頂きましょうか。」


「なるほど。勧告に従わない都市はどうなるのだ?」


「経済制裁で締め付け、なおも施政を改めないなら武力行使。経済制裁も武力行使も、極東総督会議で決定されます。姉さんが議長で、司令は…」


「特別顧問といったところか。そうすれば、私が総督会議のハンドリングを握れるからな。」


相談役が幅を利かせ過ぎれば会議の形骸化を招く。だけど、司令はそこのところは弁えている。十分な根回しを行ってから、会議に臨むはずだ。


「はい。総督会議にアドバイザー機関を設け、司令にはそのトップに就いて欲しいんです。」


極東総督会議は龍の島限定の意志決定機関だが、いずれは同盟全域に広げ、憲章を遵守させる。それは司令の抱く志でもあるはずだ。


「おまえは本当に政治家になってきたな。武勲を背景に上手く立ち回って、ミコト姫には名を、私には実を取らせる。……いいだろう。阿南総督と神楼総督、それに龍尾大島の総督達には私から話を通してやる。」


龍頭大島の総督達にはオプケクル少将を通じて交渉が出来る。本島東部と龍足大島の総督は予定通りにコトが進めば敗残の身だ、発言権はない。


「神楼総督には気をつけてください。彼は傀儡の身に不満を募らせているようです。」


司令は形式的には神楼総督で同盟侯爵、隥伊玅心さこいみょうじんの臣下なのだ。神楼の有力貴族(当時は伯爵)だったアスラ元帥は同盟軍を設立し、実質上、総督の位を超えてしまった。侯爵(隥伊家)の統べる街に侯爵位を持つ貴族(御堂家)が存在するという歪な構造はこうして生まれた。


元帥は隥伊総督の地位までは剥奪しなかったが、彼の有していた施政権は有名無実化し、同盟憲章に従った統治を実現させた。元帥の急死によって隥伊家は息を吹き返したが、成長した司令が権力を再度奪還し、また傀儡の身に戻されてしまったのだ。


「知っているさ。総督閣下の近況は、彼のから逐次、報告を受けているからな。ミコト姫の総代就任に合わせて、放逐するのも一興かもしれん。」


総督閣下は籠の中の小鳥らしい。彼が側近だと思っている人間ですら、司令の息がかかっているとは。


「じゃあ、オレは烈震に会いに行きます。我々の描く極東構想実現の為には、ザラゾフ元帥の賛意があった方がいい。」


「よかろう。賛意の見返りについてはおまえに一任しよう。カナタ、これは今までにない大仕事になる。しっかり頼むぞ。」


「了解。司令はアスラの先輩方を頼みます。」


「フッ、やはり十二神将が心配か?」


「博打のカモは大事にしないとね。」


余興の博打大会で胴を張ったオレと司令は、トゼンさん以外の部隊長からは勝ち越したのだ。


「ハハハッ、カモにならないトゼンは死んでもいいという意味か?」


「あの"悪運の塊"が死ぬなんて状況は、ちょっと想像出来ないですね。」


「なぜ死にたがりの大元締めが死なないのか、それは至極簡単な話だ。地獄の閻魔もトゼンには会いたくないのだよ。閻魔がどれほどのモノかは知らんが、トゼンの方がよっぽど"地獄の王様"らしいからな。」


「違いないですね。それでは。」


差し出された拳に拳を合わせてから、ペントハウスを後にする。司令とオレは、同じ方向を見ている。今のところは、だが。



同盟優位の状況を作り出せたら、停戦を持ちかけるつもりのオレと、根刮ぎ叩き潰した方が後腐れがないと考えている司令。でもそのぐらいの齟齬は埋められなくはない。そもそも薔薇十字以外の機構軍は、停戦に応じない可能性だってあるんだしな。


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