侵攻編5話 弱さを否定すれば、弱さが見えなくなる



6人の騎士と共にエントランスまで降りると、執事の寂助が待っていた。


「寂助、迎えに来てくれたのか。」


「ミコト様の命により、お迎えに上がりました。ヘンライン卿、私は貝ノ音寂助。八熾家の眷族で、帝の執事を務めておりまする。お見知りおきを。」


「レオナ・ヘンラインです、よろしく。どうかレオナとお呼びください。」


馬鹿丁寧な挨拶を交わす二人を見てると、どうしても茶化したくなってくる。


「レオナさん、寂助はいい年なのにまだ彼女がいないんだ。どこかにいい女性ひとがいたら紹介してやってよ。」


「お館様!控え目に申し上げても、大きなお世話でございますぞ!」


双子と言っても性格は違う。手先が器用な双子執事だけど、寂助は性格的には不器用な方だ。兄貴の侘助には将来を誓った恋人がいるらしいが、誰なんだろうな?


「龍弟…」


トウリュウやグンタにやられてるコトを、レオナさんにやってやろうっと。


「カナタだってば。」


「はい。ではカナタさん、お家中の方をからかってはいけません。」


「八熾家はフランクな家風でね。昔からこんな感じなんだよ。」


「お館様、嘘はよろしく…嘘でもないのか。父は羚厳様も剽軽…ゴホン!洒脱なお方だったと申しておりましたし……」


剽軽でいいんだよ。実際、ご近所さんでも評判の剽軽ジジイだったんだから。


「立ち話もなんだから、親好を深めるのは総督府への道中でやろう。」


黒塗り、胴長のお車に乗り込んだ一行は、総督府へと向かう。レオナさんの趣味はティンパニで、陣太鼓が得意な寂助と打楽器のよもやま話をして楽しそうだった。仲良き事は良き事かな。


──────────────────


総督府に入り、本館へ続く屋外通路を歩く。中庭には数匹の犬達の姿があり、衛兵を相手に対人訓練に勤しんでいた。若犬の指導を行っていた虎柄の大型犬がこちらに首を向け、尻尾を振りながら駆け寄ってくる。グンタの相棒、茶虎だ。


「ガウ!(殿様!)」


「茶虎、御庭番役、ご苦労様。」


「ガウ、ガウガウ!(身辺警護はそれがしにお任せあれ!)」


猛犬軍団は各隊員が相棒の軍用犬を連れているが、この茶虎が軍団最強の犬だ。戦闘能力、嗅覚、速力、全てにおいてトップを誇る。その能力は火隠衆最強の忍犬、雪風に匹敵するかもしれない。


「ああ、頼んだぞ。しかし相棒がいなくては、グンタが不便をしているだろう。」


「ガウ!ガウガウ!(心配ご無用!倅の小虎がご主人に付き従っております!)」


茶虎は既婚者…既婚犬だったか。


「そうか。しかし茶虎の息子なら、立派な体格をしているだろう。小虎ではちと名前が負けているのではないか?」


「ガウガウ、ガウ!(成犬となったあかつきには、帝から名前を下賜されるとの事!感服至極にございまする!)」


侍犬だけに元服の儀式があるのか。実に照京らしい話だ。姉さんは巫女だけに易姓にも明るいから、きっといい名を付けてくれるだろう。


「それはよかった。茶虎、新しい仲間を紹介しておこう。レオナさんと5人の騎士だ。今日から龍姫親衛隊に加わる。」


「ガウ!(委細承知!)アオーン!(聞いたな!皆、参れ!)」


茶虎が遠吠えすると、御庭番犬達が集合してきて新しい仲間の匂いを嗅ぎ始める。


「なるほど。いかに巧みに変装しようと、番犬衆が嗅ぎ逃さないという訳ですね。」


クンクン匂いを嗅ぐ犬達の頭を撫でるレオナさん。犬好きみたいでよかった。


「その通りだ。レオナさん、後からアニマルエンパアプリを支給するから、インストールしておいてくれ。自己紹介は意思疎通が出来るようになってからの方がいい。」


匂いを覚えた番犬達は中庭へ駆けてゆき、衛兵相手の訓練に戻った。


─────────────────


「あら、カナタさん。おかえりなさい。」


本館に入るとメイドさんに出迎えられた。ふりふりフリルの可愛い衣装を着てはいるが、立ち振る舞いには一分の隙もない。冥土ヶ原メイは鏡水次元流の高弟で、あの達人トキサダが自ら鍛えた凄腕剣客なのだ。レオナさんもメイさんの腕の程は感じ取ったらしく、その表情に緊張が走った。


「メイさん、話していた通り、副隊長を連れてきたよ。」


「それはそれは、祝着至極にございますね。」


ゆるやか~に一礼するかに見えたメイさんは、電光石火の動きでレオナさんの間近に立っていた。次元流剣客特有の緩急をつけた体裁き、羽身雷霆うしんらいてい。オレの師であるシグレさんは"雷霆"の異名を持っているが、この技がその由縁だ。メイさん曰く、"現継承者ほどこの技を極めた者はいません。シグレさんの羽身雷霆は、お師匠さえも超えているのです"との事だ。


「……これが東洋剣術……自分の未熟さを恥じ入るばかりです。」


腰の剣に手をかけるコトも出来ずに間合いに入られたレオナさんの額から一筋の汗が流れる。剣神アシュレイから手解てほどきを受け、オレとも戦ったレオナさんだが、こんなカタチで間合いに踏み込まれた経験はなかったのだろう。


「うふふ。最低でも二人、私の上がいますのよ? この技においてだけでも、ね。……挨拶が遅れましたね。私は冥土ヶ原メイ、龍姫親衛隊の隊長を務めていますのよ。」


「元帝国騎士、レオナ・ヘンラインと申します。冥土ヶ原隊長、私には何が足りないのでしょうか?」


レオナさんは多少の手練れ程度なら、まるで寄せ付けない腕を持っている。だが世界は広く、上には上がいる。看守長の話では、囚われの女騎士は毎日、鏡の前で体幹の動きを隠す訓練をしていたそうだ。無為に終わるかもしれないのに鍛錬を欠かさない。たゆまぬ努力と高い向上心が、レオナさんを抜擢する気になった理由の一つだ。


「柔らかさですわ。レオナさんがひたむきで真っ直ぐな人間である事はよくわかりました。ですが、剣の理合は融通無碍。愚直に芯を通しつつ、遊びも揺らぎも楽しみましょう。それは人生にも通ずる事です。」


オレもシグレさんから同じコトを教わったな。嵐の日、強風に揺らぐ柳と折れた白樺を指差しながら師は言った。


"いいかカナタ、曲がり揺らぐ者こそ、折れない者だ。真の強者になりたければ、心にしなりを持てばよい"


うん。確かにレオナさんに足りないのは、しなる心だ。


「遊び、揺らぎを楽しめ……ですか。」


当惑するレオナさん。彼女に剣を教えた剣神アシュレイは"迷いは弱さ"と捉えるタイプなのだろう。確かに"揺らぎのない強さ"を追求するのも強者への道だが、レオナさんには合ってない。


「遊び心は、心を柔らかく持つ事に繋がります。弱い心は揺らぎ、迷う。だからこそよりよき道を見つけられる。そうは思いませんか?」


「迷いを捨てて、真っ直ぐに歩むのが強者への道だと信じていました。弱いからこそ、迷いが生じるのだと……」


オレも自分の哲学を開陳しておこうかな。


「弱さを否定すれば、弱さが見えなくなる。見えないモノを克服するコトは出来ないよ。強くなる為には、自分の弱さを知り、認めなければならない。」


「弱さを知り、認める……」


「そうさ。レオナさん、オレ達は弱い人間なんだ。だからこそお互いを必要としている。」


まだ道半ばだけど、オレ一人では絶対ここまで来れなかった。先輩達に導かれ、同期と肩を寄せ合い、後輩達が背中を押してくれた。オレは孤高の強者になれるタイプじゃない。仲間の助けが必要なんだ。


「カナタさんは良い事を仰いますね。そこで、遊び心を知る第一歩を用意させました。」


メイさんがパンパンと手を叩くと、メイド服と執事服を持ったメイド部隊が現れた。


「さあさあ皆さん、着替えましょう。サイズは合ってるはずですから!」


当惑する6人の騎士達の背中を押すメイド部隊。おいおい、元帝国騎士にメイド服や執事服を着せようってのかよ!


「メイさん、それはいくらなんでも遊び過ぎなんじゃ…」


レオナさん達にはそれらしいユニフォームが用意されてるって思ってたぞ。って言うか、メイさん達のユニフォームも当初のデザインとは違うよな!古式ゆかしいメイド服のはずが、秋葉原のカフェにいそうな、あざといデザインになってんじゃん!


「遊びに限度はないのです。人生は楽しんだ者の勝ちですから!」


ノリノリですやん。これは名誉関西人だな。……メイさんは神難出身だから、ガチ関西人か。


「レオナさん、メイド服=遊び心じゃないからね? イヤなら別なのを…」


助け船を出そうとしたが、女騎士は救命ボートを拒否した。


「いいえ!強くなる為、遊び心を極めてみせます!今日より私は"メイド騎士"です!」


メイド騎士……またヤベー言霊ことだまが誕生したな。


そして待つコトしばし、着替えを終えた3人のメイドと3人の執事が本館ホールに戻ってきた。メイド騎士と執事騎士、爆誕の瞬間である。うむうむ、凛々しくて可愛い。


「さあ、帝にご挨拶にゆきましょう!」


腕の包帯と共に何かを振り切ってしまったレオナさんに促され、姉さんの執務室に向かう。露出はないが、おっぱいが強調されてるこのメイド服を考案した奴は天才だな。


「ういうい。ところでメイさん、このメイド服って誰がデザインしたの?」


「私ですが、それがどうかしましたか?」


どんだけお茶目さんなんだ。レジスタンス活動(エンジョイ勢)をやってただけのコトはあるな。




冥土ヶ原メイとレオナ・ヘンラインが率いるメイド部隊(執事も含む)、姉さんを守る刀と剣は揃った。ツバキさんには悪いけど、もう出番はない。彼女の顔が立つだけのポジションを考えておかないとな。


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