侵攻編3話 この人と生きてゆきます
※前回に引き続き、シオン視点になります
森の手前でハンマーシャークから降り、荷物を積んだカブトGXに搭乗する。目的地までの道はお世辞にも整備されているとは言い難いので、オフロードモードも搭載した最新鋭バイクが移動に適しているだろう。隊長の腕ならサイドカーを付けていても、さほど苦労はないはずだ。アスラ部隊には実用、趣味を問わず、様々な道のエキスパートがいて、隊長はその知識と技術を学んでいる。もちろん、バイクの師匠はアクセルさんだ。
木立の合間から洩れる陽光が、舗装されていない山道を照らしている。今日は絶好のツーリング日和ね。隊長も気分が良いようで、含み笑いを漏らしている。
「荒廃した世界でも、まだこんな緑が残っているんですよ。いい森でしょう?」
サイドカーから見上げる隊長の笑顔は、苦笑に変わった。
「いや、風景に感動してたんじゃなくて、司令が胴を引く姿を思い出しちまったんだ。サラシを巻いて札を繰る司令と、それを眺めるクランド大佐の渋面もね。」
先輩達から学んだ知識と技術の中には、品行方正ではないモノも混じっている。サンピンさんから学んだ博打はその最たるモノだろう。博徒道を教えた
"飲む、打つ、買う、は男の甲斐性でさぁ。でもシオンさん、アッシは「買う」に関しちゃあ、何も教えちゃいやせんからね。そこんとこは無実ってもんで"
悪い仲間から悪い遊びを教わる隊長だけど、色町に行った事はない。"クラブまではオーケー、キャバクラはダメ"が私達の合言葉。サンピンさんもそれは弁えてくれているらしい。
「司令の負けず嫌いにも困ったものだわ。何も胴元までやらなくてもいいでしょうに。」
祝宴の余興で始まった博打。高い知力ですぐさま手本引きのルールと所作を覚えてしまった司令は、"私が胴を引く。全員まとめてかかってこい!"なんて言い出したのだ。はだけた和服にサラシを巻いて再登場した司令の艶姿をこっそり隠し撮りしていたのはキーナム中尉。撮られた写真は隊長が幹事長を務めるイヤらしい組織の目玉アイテムとして披露されるのだろう……
「司令は元々、胴元なんだよ。ドレイクヒルと双璧を為すシャングリラホテルグループは御堂財閥の傘下だからな。」
「ホテルのオーナーとカジノの支配人は違うのでは?」
胴元の元締めは、胴元みたいなモノかもしれないけれど。
「司令は凄腕のディーラーでもある。百発百中で狙ったポケットに落とせるのさ。もちろん一人前のディーラーなら、
隊長がそう言うのなら、そうなのだろう。司令にはディーラーの才能もあるのか。"天は二物を与えず"という言葉を、根本から否定する天才ね。まあ、天が二物も三物も与える事があるのは、リリスが証明済みだけど。
「でも、最後の勝負に勝ったのは、トゼン隊長でしたね。」
余興の最後を飾ったのは軍神と人斬りのサシ勝負だった。
「オレが※胴を洗った後の勝負はどれも見物だったな。でもあれに関しちゃ司令が迂闊だ。トゼンさんをわかっちゃいない。」
「迂闊、ですか? 札を見ずに賭けるなんて無茶苦茶です。」
ポーカーで言えば、配られた手札を伏せたままオールインするようなものだ。あれで手が入ってるなんて奇跡としか言い様がない。
「しかも一番分の悪い※スイチでだ。トゼンさんらしいぜ。」
「百に一度もない奇跡がたまたま起こった。司令に瑕疵はないと思います。」
常軌を逸した狂気の沙汰が、奇跡の大逆転を呼び込んだだけ。運の絡む勝負を、読みと駆け引きで巧みにコントロールしていた司令に落ち度はないはず。
「……オレならああいう流れにはしない。トゼンさんを絶体絶命の窮地に追い込むのは危険過ぎるんだ。あの人に勝ちたいのなら、勝負の熱を上げちゃいけないのさ。ピンチになればなるほど、底力を出すのが人斬りトゼンだ。」
「狂気の沙汰こそ羅刹の本領、という事ですか?」
"我ら
暗黒街の人斬りは、招聘に赴いた司令にそう嘯いたと聞いた。4番隊の別名、"羅候"はそれが由来だとも。
「そうさ。伸るか反るかの局面に、あんなに強い人はいない。"この1点に賭ける!"、それしかない状況になってしまえば、悪運は人斬りに微笑む。そういう人なんだ。」
狂気の兇刃を誇る男に、狂乱の場を与えてはならない、か。常識や理論を超える勝負師の
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"この先は徒歩でしか上がれない"、私がそう告げると隊長はバイクを止め、私が持ってきた背嚢を背負った。上背は私の方があるのに、いつの間にかパワーでも上を行かれてしまった。もっとも隊長は、出逢った頃から私に荷物を持たせた事はないのだけれど。手さえ足りていれば、荷物は自分が運ぶ人なのだ。
……心の荷物、私が抱え込んだ復讐の重荷まで背負おうとする頼もしい背中。私はいつも甘えてばかりだ。
「隊長、荷物は私が運びます。私が持ってきたんですから。」
「筋トレも兼ねてるんだ。トレーニングを邪魔しちゃダメ。」
女の子に荷物は持たせたくないのが本音でも、直裁的な言い方を隊長は嫌う。照京人だったグランマも直裁的な物言いは避ける傾向があった。お転婆だった私が泥だらけになって帰ってきた時も、"早く服を着替えなさい!"と叱責するのではなく、"あらあらお転婆さんね。丁度、洗濯をしようと思っていたのよ?"って笑っていたわね。
優しかったグランマの愛した場所に、隊長を連れてゆく。それは私にとって、とても大切な儀式だ。
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険しい山道を登った先にある目的地、
「おー!綺麗な滝だなぁ!」
「心が洗われるでしょう? ここは"氷垂の滝"と呼ばれているんですよ。真冬に来れば、氷の滝を見る事が出来ます。」
氷垂の滝さん、博打の胴を洗う博徒にして、キーナム中尉にサラシ姿の写真を横流しするように頼むおっぱいマニアでもある隊長の邪な心を洗ってあげてください。隊長が好きなのは私の胸だけでいいんですから!
「じゃあお弁当でも広げようか。あそこに滝を見下ろせるアーチ岩がある。」
「お弁当を食べる前にする事があります。行きましょう。」
隊長の手を引いて橋状の岩へ向かう。滝を見渡せる場所は少し広くなっていて、そこには墓標が立っている。……私が作った十字架が。
「十字架……誰かのお墓みたいだな。」
仇を討つまでここには来ないつもりだった。でも、仇討ちよりも大切な事が出来た。パーパは復讐の成就よりも、私の選んだ未来を見たがるはずだ。
「……この十字架は、パーパのお墓です。義父はジェダス教の信者でした。」
血を分けた両親と祖父母のお墓はガーデンに移したけれど、パーパのお墓はここから動かせない。義父が安住の地に選んだのは、ここなのだから。
「……そうか。シオンの親父さんの……」
実の両親とパーパは戦友で親友。家族ぐるみの付き合いのあったパーパは、友の祖父母と一緒に何度もこの滝を訪れ、誰よりもこの場所を気に入っていた。戦死した親友夫妻の娘を引き取ってからも、親子で何度もこの地を訪れた。この滝は、私にとってもお気に入りで、思い出の場所なのだ。
「はい。パーパの遺言でここにお墓を作りました。"ワシが死んだら氷垂の滝に葬ってくれ。その為の遺髪を残しておく"と私宛の遺書があったんです。」
背嚢に入れてきたプリザーブドフラワーを取り出して、墓前に手向ける。作り方はパーパに教わった。パーパは、私の作ったプリザーブドフラワーを、いつも身近に置いていたわね。
三年前、軍学校を卒業し、念願叶ってスノーラビッツ中隊に配属される事になった私を、パーパはここに連れてきた。そして、軍人になる私にこう言った。
"見ろシオン。凍てつく滝も、木漏れ日と流水に溶かされ、暖かな清流となる。戦場ではクールに、氷のような心を保て。だが胸の奥に流れる暖かい血を捨ててはならん。心の奥底まで凍りついた兵士は、もはや人間ではなく殺戮の兵器だ。娘よ、ワシの言葉を決して忘れるな"
……ごめんなさい、パーパ。かけがえのない家族を二度も失った悲しみで、私は心を凍らせていたの。でも凍てついた心を溶かしてくれる人に出逢いました。
瞑目して十字架に手を合わせる隊長の背中から、そっと手を回して抱き寄せる。
「……嬉しいけど、親父さんに殴られそうだな。」
「ふふっ。眉間に鉛玉を打ち込まれるよりはマシだと思ってください。」
"狙撃の
隊長の背中の温もりを感じながら目を閉じて、パーパに私の選んだ未来を告げる。
……パーパ、私はこの人と生きてゆきます。私だけを見て欲しい気持ちもあるのだけれど、一緒に暮らす妹みたいな二人も大切で、切り離すなんて出来ないの。世間一般の常識からは外れていても、私達は家族です。愛するパーパ、
※胴を洗う
胴が交代する事。"これにて胴を洗わせて頂きます"と声を掛けてから代わるのが作法。
※スイチ
素一、手本引きにおける1点張り。最も配当がいいが、一番当てにくい。
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