第八章 侵攻編 龍の島の命運を賭けた戦いが始まる
侵攻編1話 堅苦しい祝勝会と、堅苦しくない祝勝会
トップが変われば国の在り様も変わる。右龍総督時代の法を採用した新生照京は、街の空気を一変させた。独裁者の気分一つで
奪還から3日後の今日、初の市議会が召集され、議員達はさらなる法の改正に着手した。
めでたしめでたし、と言いたいところだが、オレ個人は面倒なコトになった。まさか姉さんから無茶振りを喰らう日が来るとは……
「龍弟侯、照京防衛部隊の編成表に目を通して頂けましたかな?」
准将に昇進し、照京防衛師団のトップに立った鯉沼登竜は、部屋に入って来るなり仕事の話を始めた。
「防衛司令、二つばかり…」
「トウリュウです。」
「照京軍のトップをファーストネームで呼ぶのは…」
「トウリュウです。何と仰られても譲りませんぞ。私は確かに防衛司令を拝命致しましたが、照京軍軍監に就任された龍弟侯は、照京兵全員を管轄するお立場です。それがお嫌ならお引き受けにならねばよかった、違いますかな?」
「……あれが喜んで引き受けたように見えたのなら、眼科にでも行った方がいい。」
この世界に来てから女に振り回されっぱなしのオレだけど、今回がその最たるモノだ。軍監なんて役職は同盟軍には存在せず、法的裏付けはない。とはいえ、自由都市の有志で構成される同盟軍においては、都市総督にかなりの裁量が認められている。あくまで照京軍に対して、という名目であれば、無理が通る場合もあるのだ。
"カナタさんは、姉さん立っての頼みを聞けないと言うのですね。ああ、なんという事でしょう!愛する弟に見放されるだなんて!"
軍監就任を渋るオレに、姉さんは泣き落とし(目薬使用)で応戦してきた。鯉沼准将、犬飼大佐を始めとする照京軍高官連中に加え、シズルさんや天羽の爺様といった一族重鎮までもが姉さんに加勢し、包囲網は十重二十重。まさか身内全員に裏切られるとは思いもしなかったぜ。
結局、なんやかんやで軍監への就任を飲まされてしまい、オレは総督府別館で執務しているという訳だ。
「目も体も問題ナシ、私の健康状態は大変良好です。龍弟侯、二つの懸念とは何でしょう?」
「懸念じゃなくて要請だ。まず一つ、軍監なんてあやふやな立場にある人間の執務室を、正式な照京軍首脳である防衛司令が訪ねて来るのは良くない。要件がある場合は、オレを司令本部に呼び出すコト、いいね?」
「拒否します。もう一つの要請とは?」
……速攻で拒否りやがった。少しぐらい考えるフリをしてくれ。
「これは内密…いや、極秘事項だ。近い内に軍を動かす想定で再編作業にあたってくれ。」
「機構軍に再侵攻の動きがあるのですな!」
「いや、まだだ。トウリュウ、現在この街は機構軍との最前線に位置する。防備を強化するのはもちろんのコトだが、さらに安全にするにはどうすればいいと思う?」
「……!!……最前線でなくなればいい、ですな?」
「その通りだ。メルゲンドルファーはダミーには引っ掛からない。そこで、力押しの奪還だと見せかける為に、本物の移動式曲射砲を山ほど持って進軍してきたのは知っているだろう。その曲射砲だが、司令と話をつけてそのままこの街に置いておくコトにした。機構軍は、"防壁に大穴が空いている状態の照京が、防衛力を増強する為に残しておいた"と読むだろう。そう見えるように配置を工夫してくれ。」
奪回戦前から準備させておいた手はまだある。ヒンクリー、オプケクル師団が照京北部の港湾都市、
「決行はいつですか?」
「まだわからん。今は半身に構えている状態なんでな。決行するか否かは、
尾羽刕にはケリーが潜入し、情報収集にあたっている。凄腕諜報員のもたらす精度の高い情報が命綱だ。
「了解しました。龍弟侯、やはり貴方が照京軍を率いるべきです。奪還戦前から確信していましたが、今また確信が重なりました。編成表に正すべき点があれば、司令本部まで連絡を下さい。」
敬礼した鯉沼准将は、執務室から退出していった。
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オフィスワークは苦手なオレだけど、今日は頑張った。夜には、戒厳令が部分解除されるまで開催を待っていた祝勝会が催されるからだ。
総督府で開かれた、盛大で堅苦しい方の祝勝会を終えたオレは、くだけた方の祝勝会場へと急ぐ。場所は割烹料亭"磯銀"、同志磯吉が板前修行をした名店だ。
大座敷に陣取るのはアスラの部隊長連。掛け軸前の席には、オレより先に総督府の祝勝会を中座した司令が座っている。見事な虎の掛け軸からは、揮毫と家紋を隠す為に貼られていた和紙が外されていた。虎は叢雲一族の守護獣で、剣の家紋は宗家の証。姉さんが八熾、叢雲に対する仕打ちは暴挙であったと公式に認めたので、配慮する必要がなくなったのだろう。
「やっと来やがったな、お大尽。駆け付け三杯だ、呑め呑め!」
寺育ちの癖に、生臭い食い物とお酒が大好きなバクラさんが、杯と酒瓶をトスしてきた。バクラさんの隣では、ジョニーさんが涼しい顔で杯を傾けている。いつも通りの光景だ。
「前から思ってたんだけど、ジョニーさんは現役の住職でしょ? お酒を飲んじゃっていいんですか?」
「カナタさん、これは般若湯。そう、般若湯なのです。」
「出汁巻き玉子と、
「玉子と鱈だけに……
ジョニージョークにツッコミ代わりのお猪口や割り箸が飛んで来るが、達人坊主は器用に両手でキャッチする。
「ここは由緒ある老舗旅館ですので、器物は破壊しないように。」
ジョニーさんはキャッチした戦利品をそれぞれの席に投げ返した。
「だったらクソ寒いジョークを飛ばすんじゃねえ。おうカナタ、こっち来いよ!ノンビリ呑もうじゃねえの。」
リーゼントの上にチョンマゲのヅラを載っけたカーチスさんに手招きされる。どこで買ったのか知らないけど、ギンギラギンのラメ入り和服なんか着込んでやがるぞ。この人、根本的に覇人文化を勘違いしてるな……
「待ちな!カナタはアタイの隣だよ!」
「うむ。仲居殿、カナタの膳は私とマリカの間に置いてくれ。」
ススッと席の間を開けるマリカさんとシグレさん。
「少尉は私の隣でしょ!早く来なさいよ、グズ!」 「部隊長の隣は副長の席です!皆さんそうなさっているでしょう。」 「カナタの出汁巻き玉子もらうね♪ 老舗料亭の味を勉強するの!」
キミ達三人とはほとんど毎日、同じ食卓じゃん。こういう時ぐらい遠慮してくんないかなぁ……
「あの……龍弟侯のお料理はどこに配膳すればよろしいのでしょうか?」
膳を持ってきた仲居さんが困った顔をしてるので、マリカさんと三人娘の間を指差す。
「ではここに置かせて頂きますね。お酒はビールでよろしいですか?」
「ビールは麦芽100%の銘柄をお願いします。その後は悪代官大吟醸を温燗で。」
世話焼きのシオンがオレ好みのお酒を頼み、大皿の蟹足をほじくり始めた。なんだかいつも、蟹足をほじくってる印象があるな。とっても有難いけど、大抵ナツメに横取りされる……
「取りあえず全員に酌をして回るよ。みんなに協力してもらったから都を奪還出来たんだ。という訳でスットコさん、ビールをどうぞ。」
「俺のファーストネームはスコットだ!誰も呼ばないからって適当かましてんじゃねえぞ!」
隣の席に座っていたカーチスさんの右腕、キッドさんはトレードマークのテンガロンハットで顔を隠して爆笑してる。ここまでウケると芸人冥利に尽きるな。
「ハハハ!黄金の狼、上手い事言う。スットコ・カーチス、とてもいい名。ワハハハッ!」
ボボカ、笑うのはいいけど、殻ごと蟹足を食うなよ。そういや一緒にロブスターを食いに行った時も、殻ごと食ってたよな。ひょっとしてこれがネイティブアトラススタイルなんだろうか。……絶対違う。単にボボカが豪快さんなだけだ。
「笑い過ぎだ、ボボカ!アトラス大陸へ送還すんぞ、コラ!」
「スットコ、何かあったら、すぐ腕力。リーゼントの中、からっぽ。」
「上等だ!※アレスの新型アームをテストしてやんぞ!」
腕を掴むサイボーグアームに、丸太よりも太い腕で対抗する
「人呼んで すっとこどっこい リーゼント……うむ、我ながら上出来だ。」
「おい、壬生の親父よ。上出来も何も、いつもは句にも川柳にもなっちゃいねえだけだろうが!」
川柳を詠む大師匠にツッコむトゼンさん。川柳は詠むものではなく、吐くもんだったっけな?
トッドさんは仲居さんの電話番号を聞き出そうとしてるし、アビー姐さんはかやく御飯が気に入ったらしくておひつをお代わりしてるし、相変わらず無茶苦茶だ。みんな、静かに語らうイッカクさんとダミアンを見習ってくれ。
「カナタ、酌をするならまず最大協力者の私からだろう。」
司令にお呼ばれしたので上座の前に行き、ビールをクリスタルグラスに注ぐ。琥珀色の液体が注がれたグラスに口を付けた司令は、腕を伸ばしてガラスの芸術品を品定めする。
「……見事な鷹だ。流石は老舗料亭、切子グラスも良い物を所蔵しているようだな。」
二代目軍神は鷹をあしらった高級グラスを、いたく気に入ったらしい。修羅丸を溺愛しているだけに、司令は大の鷹好きなのだ。
「これは料亭の物ではありません。オレが都のガラス細工職人に頼んで作ってもらいました。司令への贈り物として、ね。」
「クランド、そういう事らしい。」
膳に置かれた鷲を模ったグラスは、同じ職人が精魂込めて作った逸品だ。満足げに顎髭を撫でた鷲羽クランドは皮肉を言った。
「ふん。入隊した時から小賢しい男じゃったが、小賢しさに磨きがかかったようじゃな。おおかた、"これでイスカ様の胸ぐらを掴んだ件はチャラにしろ"とでも言うんじゃろう?」
「クランド大佐の察しが良くて、助かりますよ。」
「手打ちに酒は必需品じゃな。カナタ、ワシにも一杯注げ。それで手打ちじゃ。」
「おっと、手打ちの作法ならアタシの出番だ。サンピン、鯛を持ってきな!」
女親分だった過去を持つウロコさんがススッと上座にやって来る。任侠の血が騒いだらしい。
「ガッテンだ。都合のいい事に鯛の塩焼きが運ばれてきやしたぜ。」
プライベートの装いだとチンピラにしか見えないサンピンさんだけど、流れ博徒としてその筋では有名な男だったらしい。
「※鯛合わせですね。仲居さん、こっちに鯛を二匹持ってきて!…あ!そうじゃない。背中合わせに置いてくれるかな。三宝がないから、足付きのお膳で代用しましょう。都合のいい事に天然の塩はあるな。」
手打ち式には塩もいる。天麩羅用の塩だけど、問題ないだろう。
「…カナタ、なんでお主がヤクザ社会のしきたりを知っておる……」
クランド大佐が呆れ気味に問うてきたけど、聞くまでもなく、答えはわかっていそうだ。
「オレはサンピンさんの弟子でもあるんで。マリカさん、媒酌人をお願いします。大師匠は…」
「立会人だね。心得た。」
席を立った達人は、手打ち杯の儀式がわからないマリカさんに媒酌人の作法を教え始めた。
「父上がなぜ、ヤクザの作法を知っているのです?」
「武者修行の旅を続ける為には、路銀が必要だったからね。博徒まがいの生活をしながら諸国を流浪するとは……いやはや、私も若かった。」
険しい目の娘に、しれっととんでもない過去を暴露する父。見切りの奥義を博打に利用するとは、破天荒が過ぎるだろ……
「……父上、後でお話があります。」
「う、うむ。だがシグレ、もう数十年も前の話だから、時効が…」
「刑法に時効があっても、心の有り様に時効はありません。」
……ん? 父娘の会話から目を逸らしたセイウンさんも、似たようなコトをやっていたな? 照京動乱の報を聞いて、武者修行の旅から帰って来たって話だから。
「では手打ち杯といきましょう。」
鯛を合わせて杯を交わし、部隊長と仲間達で三本締め。無事に手打ち式は完了だ。
「おうカナタ。ついでに胴でも引けや。久し振りに手本引きがやりたくなったぜ。」
無類の勘の良さを誇るトゼンさんとは、札の読み合い博打の手本引きでは負け越してる。よし、今夜その借りを返してやるか!
「受けて立つ!サンピンさん、札は持ってきてるんでしょ?」
「もちろんでさぁ。カナタさんはキツい胴を引きやすからねえ。覚悟のない奴ぁ、見学に回った方がよござんすよ?」
「……ほう? 凛誠局長の目の前で賭博を開帳しようとはな。」
脇に置いた刀に手をかけた師匠を、薄ら笑いを浮かべた司令が制止する。
「シグレ、今夜だけは目を瞑れ。サンピン、手本引きとやらのルールを教えろ。私も参加する。」
「イスカ様!闇賭博に興じる姿を元帥が見られたら、どんなにお嘆きになられるか!ご自分のお立場を考えて自重してくだされ!」
懸命に主を止めようとする老僕だったが、その試みが成功した事例は皆無だ。司令がワガママを言い出したら、誰にも止められない。
「叔父上の話では、父も大概だったらしいぞ。"候補生時代のアスラ元帥は、教室よりも雀荘にいた時間の方が長かっただろうね。指導教官に頼まれて、何度探しに行った事やら……"と嘆いていた。」
東雲中将……ホントに昔っから御堂親子に振り回されてたんだなぁ。
「……ワシの目の届かんところで好き勝手されておったのか。マリー、黙って見ておらんで、一緒にイスカ様を止めんか!」
「私、無駄な努力は嫌いですの。大佐お一人で頑張ってくださいな。」
金髪縦ロールをイジりながら、マリーさんは悠然と拒否した。博打もいいけど、小腹が空いてるな。まさかいきなりこんな流れになるとは思わなかったから、堅苦しい方の祝勝会では控え目にしか食べてきてない。
「仲居さん、鉄火巻きを持ってきて。賭場には付き物だからね!」
鉄火場で供されていたから、鉄火巻きと呼ばれる。こっちの世界でも一緒だろう。
さあ、張り方のゴロツキが出揃ったな。ご期待に応えて、キツい胴を引いてやんぜ!
※アレス重工
同盟最大の軍需企業。カーチスの義体やカナタの旗艦の製造元です。
※鯛合わせ
ヤクザの手打ち杯に使われます。背中合わせに置かれた鯛を、腹を合わせるように置き換え、割く事で手打ちとします。他にも細かい作法が色々あります。
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