奪還編32話 戴冠式
レイブン隊を率いるカレルの栄冠は、補佐する
「狼山、我が事のように嬉しそうだな。」
「副団長への爵位授与にあたっては、お館様のお口添えがあったはず。ありがとうございます。」
「礼には及ばない。高貴さに生じる義務を果たせる者を推薦しただけだ。」
「この照京でも血筋のみに重きを置く貴族は多いと聞きます。お館様の理念を理解するのに時間が掛かる者もおりましょう……」
譜代の連中からは貧民街の孤児だった過去を持ち、肌の色も違うカレルを照京貴族に迎えるコトに異論が出たが、オレは強引に押し切った。貴族制を廃止しようとまでは思わないが、精神に高貴さを持たない者は貴族とは認めない。逆に言えば、高潔であれば出自に関係なく貴族に迎え入れる。制度を改革するのに必要なのは、まず人間だ。適切な人材が集まれば、おのずと法はついてくる。貴族の在り様においても照京モデルを確立させ、確固たる地盤を起点に他の巨大都市へも制度を波及させれば、同盟全体の綱紀粛正になるはずだ。
"あるべき理想を見据え、手順を省かず、一歩一歩進め。成果を焦って段飛ばしに駆け上がろうとする急進的改革者が成功した事例は少ない。希少な成功例は大胆かつ鮮やかだから、史家がこぞって取り上げたがるだけで、そういう事例もある程度に捉えておくのがいい。真に学ぶべきは歴史の失敗例だ。頓挫を余儀なくされた改革を学べば、「冷水の満ちたプールにいきなり飛び込むのは、賢者の振る舞いではない」と気付くだろう"
……わかってるよ、親父。オレは改革を焦らない。特権意識は頭蓋骨の内側にへばり付く
ま、高潔さを貴族の条件とするならば、いの一番に失格するのはオレのような気もするがな……
「ところでレイブン隊の再編作業は進んでいるか?」
照京兵が正規軍に帰参するコトになり、レイブン隊は大幅にメンバーが入れ替わる。大再編に伴い、白狼衆から送り込んだ狼山は副長に昇進、カレル・ドネの片腕として隊を支えるコトになった。
「現在進行中です。コアメンバーの多くが転属する訳ですから、戦力ダウンは避けられませんな。一朝一夕に精鋭は育ちません。」
「だろうな。テコ入れ策として、ガラクとトシゾーに若手隊員をつけて、レイブン隊に派遣するつもりだ。若手と言っても白狼衆候補生だからな、そこいらの熟練兵など敵ではない。無駄飯を食って、在軍期間が長いだけの連中とは訳が違う。」
「小天狗も少しはモノになったようですな。御老体も安心なされたでしょう。」
「ガラトシコンビは泡路、照京で十分な戦果を上げて見せた。ガラクのけれん味をトシゾーが上手く抑えた結果とも言えるが。」
「とはいえ、トシゾーは分別があり過ぎて、積極性に欠ける。人間とは難しいものですな。」
その難しさを理解している狼山だからこそ、二人を預けるんだ。トシゾーはオレやシズルさんの下にいる限り、どうしてもその影に隠れようとしてしまう。さらなる成長と自立を促す為には、レイブン隊に配属した方がいい。
「狼山、ガラクが天羽の爺様の孫といっても、遠慮や斟酌は一切無用。わかっているな?」
「一族切ってのうるさ型と煙たがれる私だから預ける気になった、という訳ですな。」
「ああ。狼山マガクが白狼分遣隊の長だ。しっかり頼むぞ。」
「お任せを。白狼分遣隊……レイブン隊の軍服も悪くないですが、やはり白地の軍服を纏えるのは嬉しいものです。」
部隊強化の為にやむなく白狼衆から送り出した人材だからな。機会を見て白狼分遣隊のリーダーに任命するつもりだったんだ。
「龍弟侯、弟の姿が見えないようですが……」
犬のエンブレムが入ったネクタイを締めた紳士に声をかけられた。高級っぽいスーツの胸には、太陽を模った議員バッジが輝いている。
「グンタなら茶虎と一緒に議事堂周辺の警戒にあたっている。主従ともに"帝の番犬"を自認するだけあって、仕事熱心なコトだよ。」
死んだと思われていた犬飼群太夫の義兄、犬飼群平は生きていた。照京動乱の際、屋敷に踏み込んできた青年将校を喝破した犬飼群志郎は、親子ともども銃弾の雨を浴びせられて落命したが、息子の群平は奇跡的に命を取り留めていたのだ。身柄の拘束を命じただけの榛少将は青年将校の先走りを苦々しく思ったらしいが、やってしまったコトは取り返しがつかない。瀕死の群平は軍病院に緊急搬送され、容態が安定すると医療刑務所へ送られた。
快癒した群平は榛少将から革命政府への参加を命令されたが、"父母を殺されて協力する馬鹿がいるとでも? 寝言は寝てから言えばいい"と拒否し、政治犯収容所に収監されるコトになった。護送される彼を次元流門弟という名のレジスタンスが救出し、そのまま地下活動のリーダーに据えた。非業の死を遂げた実業家・犬飼群志郎は、次元流本部道場の有力な支援者でもあったから、息子さんに恩返しという訳だ。青年実業家から地下活動のリーダーへ転身し、今は照京市議会議員。グンタの兄貴もなかなか波瀾万丈な人生を送っているな。オレも人のコトは言えないけど……
「茶虎は御庭番、いえ、御庭番犬を拝命したようですね。あれは我が家の犬衆の中でも飛び抜けた力がありますから、きっとお役に立つでしょう。」
グンタの愛犬にして相棒の茶虎は、犬好きな犬飼家の家族の中で、最も優れた能力を持っている。茶色の虎柄の毛並みを持つ軍用犬は、総督公邸の庭を守るだけではなく、姉さんの公務にも随行する予定だ。曲者がどんなに巧みに変装しようがその嗅覚で暴き出し、野生動物をも超える勘で危険を事前に察知する名犬は、姉さんをより安全にしてくれる。雪風先輩と同等の体躯をもつ大型犬だけに、いざとなったら姉さんを乗せて逃げるコトだって出来るしな。
「姉さんも茶虎を大層気に入っているみたいだ。オレは火隠の忍犬、雪風こそ最高最強だと思っていたが、ライバル出現だな。」
「弟と茶虎に加えて、レジスタンス活動(エンジョイ勢)から要人警護任務(ガチ勢)へ転身したメイさんもいますし、帝の警護は万全ですね。」
大師匠の高弟、冥土ヶ原冥は風来坊ならぬ風来嬢を止めて、照京メイド部隊のメイド長に就任した。現在は姉で神難メイド部隊を率いる霊さんのご指導の元、メイドの作法を特訓している。
"セイウン君の気性は雷雲の如し、好敵手のメイ君は澄んだ湖面のような心を持つ剣客。剛と柔を体現する二人は、本部道場で数々の名勝負を繰り広げたものだ。いささか天然な彼女だが、勘の鋭さと剣の腕は私が保証するよ"
メイさんの勘働きと剣腕は、大師匠からお墨付きを得ている。これならオレが都を離れていても、姉さんの安全は万全なはずだ。
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「御来賓の皆様、これより龍の島唯一の王位である"帝"を襲名される御門命龍様が入場されます。」
司会役のチッチ少尉が口上を述べると、軍楽隊が荘厳な曲の演奏を開始した。
セレモニー会場の中央に敷かれたレッドカーペットの真ん中を歩む姉さん。日輪の模様が施された礼装用ドレスを纏った姿は、まさに地上に舞い降りた龍だ。
雛壇へ上る階段の左右に分かれて待機していたオレと雲水代表は、階段前まで歩んで来た姉さんの左右の手を取り、玉座へと
拍手が鳴り止むと、桐の箱を携えた八熾家筆頭家人頭の八乙女静流と、御鏡家筆頭家老の設楽原永久が現れ、壇上に上がってくる。片膝を着いてうやうやしく桐箱を差し上げる二人。永久の掲げる長い桐箱の中身は総督杖、静流の掲げる正方形の桐箱の中身は龍冠だ。
まず雲水代表が総督杖を姉さんに捧げた。次はオレが龍冠を捧げる番だな。小市民にこんな大それた式典は荷が重いけど、大切な姉さんの為だ。深呼吸してから、龍を戴冠させよう。歴代の帝の頭上に輝いた冠を載せてと……
司会進行から戦場取材まで何でもこなせるマスメディアの申し子、チッチ少尉が完璧なタイミングと口調で宣言する。
「御門命龍様が、新たな帝として戴冠されました!御来賓の皆様、今一度大きな拍手を!」
戴冠した姉さんは総督杖を掲げ、来賓席に笑顔を向けた。拍手の雨が降り注ぐ中、セレモニー会場の天窓から陽光が差し込む。雲に覆われていたはずの太陽が、戴冠と同時に姿を現したのだ。……照京の主神にして太陽神、アマテラス様も姉さんの戴冠を祝福しているのだろう。
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八熾と御鏡を左右に従えた新帝は、議事堂のバルコニーに出て、大広場に駆け付けた市民達に戴冠した姿を披露する。広いバルコニーの壇上と階下で縦列を組み、新帝の警護にあたっているのは白狼衆だ。左近は旧親衛隊が警護にあたるべきだと雲水代表に詰め寄ったらしいが、雲水代表はすげなく却下した。
その場に居合わせたシズルさんの話では、"ツバキ隊も都の奪還に奮闘したが、貢献度も部隊の練度も白狼衆が上だ。左近君、そうでなくとも我々は、冤罪で辺境に放逐された八熾一族に、最高の栄誉で報いるべきではないかね?"ってな感じで、バッサリ切り捨てたらしい。
「カナタさん、雲水、一緒に市民にご挨拶しましょう。」
手摺の傍に立って手を振る姉さんの左右で、オレと代表も手を振る。大観衆の中には、空路で都にやってきた八熾一族の姿もあった。孫の晴れ姿に目を細める天羽の爺様の隣には、父・七郎と息子・十郎佐の遺影を手にする八重がいる。血気盛んな若者達は歓喜の声を上げ、涙腺の緩くなった老人達は一様に、目に涙を浮かべていた。今日は戴冠の日であると同時に、半世紀に渡る苦難に耐えてきた八熾一族が都に帰還した記念日でもあるのだ。
視線を真下に向けると、階下を守る白き狼達の姿が目に映った。隊列の中央に立つのは熊狼九郎兵衛。……弟の十郎佐をこの場に立たせてやれなかったコトが、
「市民の皆さん、私の戴冠を祝ってくださり、ありがとうございます。私は帝の名において誓います。皆さんの受けた傷を癒し…」
姉さんの演説が始まったので、襟を正して拝聴する。
傷を癒し、死者を弔い、共に未来を築く。祖父と父の暴政への謝罪と決別、市民と共に歩んでゆく未来を語る姉さんの姿を、オレは誰よりも誇りに思う。
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