奪還編31話 "烈震"アレックス



「大物同士の話し合いは終わったかい?」 「政界での撤退戦って思ったより大変だわ。」


親友夫妻もセレモニーには招かれている。名士に囲まれて大変だったろうな。この夫妻とお近づきになっておきたい有力者は多いのだ。なにせ爵位を得た有望株なのだから。急騰するとわかってる銘柄には、投資家が殺到するものだ。


「おやおや、男爵に男爵夫人ではありませんか。ご機嫌いかが?」


「あのな!爵位はカナタのせいだろう!」 「そうよ!シュリも私も、貴族なんてガラじゃないのに!」


「忍者なんだから、里長の命に逆らっちゃいけない。マリカさんも喜んでたじゃん。」


動乱と奪還を経て、照京の貴族はごっそり減った。クーデターに加わったり、榛政権崩壊後に機構軍にすり寄った貴族は精査され、行状が悪質だった者は、軒並み爵位を失ったからだ。弁明しようとする者もいたが、体制が変わってから自己弁護に走る者の言葉より、教授が行っていた事前調査の方が重い。欠員が発生しても領地そのものが無くなった訳ではなく、管理をする人間は必要だ。そこで地方郷士の忍者夫妻に白羽の矢が立ち、めでたく男爵バロン男爵夫人バロネスが誕生した訳である。


もちろん戦前に約束されていた通り、犬飼群太夫にも爵位が授与されたし、レイブン隊の副長、カレル・ドネも照京貴族の仲間入りを果たした。他にも爵位を得た者はいるが、全員が八熾、御鏡家ゆかりの者や、そのシンパだ。露骨な論功行賞と陰口を叩かれそうだが、悪びれるつもりはない。席は十分に残してあるんだから、これから功績を上げれば、誰でも貴族にはなれる。まあ、照京貴族には他の街ほどの旨味はない。議会が新法を定めるまでは、右龍総督時代の法が適用されるからだ。右龍総督の進めた貴族中心社会からの脱却は、ミコト政権でさらに促進される。貴族が支配階級ではなく、ちょっとした特権を持つ名士になるまでは時間がかかるだろうが……


白の下着を好むらしいが、社交用ドレスは緑が好きなホタルさんがセレモニー会場の入り口に目をやり、男二人を促した。


「来賓の方々がお見えになったみたいよ。挨拶に行きましょう。」


会場に続々と入ってくる貴賓達の姿。司令はもちろん、その後見人の東雲中将に、遊牧民の伝統衣装を纏ったテムル総督、薔薇の髪飾りを付けた月花総督、カレルの主君で妻のドネ夫人、やっぱり軍服を着てきたヒンクリー少将、アイヌっぽい出で立ちのオプケクル准将……貴賓の中に知った顔が一杯いるな。


顔見知りに挨拶していると、かなり背丈のある偉丈夫が近付いてきた。ルシア人のようだが……この男は!


「やあ。会うのは初めてだね、龍弟侯。招待状はないが、参列してもいいかな?」


「もちろんです、ザラゾフ。大龍君も歓迎されるでしょう。」


"災害ディザスター"ザラゾフことルスラーノヴィチ・ザラゾフ元帥の息子、アレクサンドルヴィチ・ザラゾフ。異名兵士名鑑に記された名は"烈震アースクェイク"アレックス。大陸にいる災害ザラゾフも祝電ぐらいは寄越すだろうと思っていたが、まさか息子を送ってくるとはな。


極めて恵まれた体格を有した災害閣下ザラゾフは、睥睨へいげいするように他者を見下ろすのが常、だが息子の方にそんな尊大さはない。……とはいえ、眼光の鋭さは親父と同じだ。たぶん、オレの値踏みでもやってるんだろう。こっちもやってるからおあいこだけどな。


「……なるほど。キミは強いな。父が気に入る訳だ。」


アンタもな。"烈震は親父の余禄で大佐の地位を得た訳じゃない。完全適合者の親父には及ばないにせよ、同盟でも指折りの強者だ。烈震ではなく"小災害"とでも呼ぶ方が適切だろうよ"とマリカさんが言っていたが、確かに相当な強者のようだ。父親譲りの重量操作能力を持ち、大地を鳴動させる本物の兵士、か。


「それはどうも。大佐の考案した戦術は将校カリキュラムで習いました。素晴らしい戦術理論をお持ちですね。」


「父が好き勝手に暴れ回るのでね、私が指揮を代行する場面が多い。教科書に載った戦術はその副産物さ。」


幅広の肩をすくめて笑う大佐。"烈震"アレックスは強者だが、災害親父みたいに威厳オーラを全開にして他者を威嚇するタイプではないらしい。偉丈夫ではあるけれど、どこか人懐っこさも感じさせる。


「……なんとなく、いえ、とてもよくわかります。」


「ハハハッ、良くも悪くも風評通りの父だろう。ここだけの話、孫の前でだけは災害も収まるんだけどね。あの顔は兵士に見せられないな、威厳が暴落する。」


「え!? 元帥ってお孫さんがいたんですか?」


息子がいるのは知ってたけど、孫は初耳だぞ!


「私が結婚してたら変なのかい? 先月ね、娘が産まれたんだ。見たいかい? 見たいよね!」


身を乗り出してくる大佐と、エビみたいに背をらせるオレ。グイグイ来すぎだってば!


「別に見たくはないような……」


元の世界の死の遊戯、ロシアンルーレットみたいなもんだからな。髪の色以外は親父に似てないハンサムな息子に似ていたらいいが、もし"同盟軍いかつい顔ランキング"でトップ3に入り続ける強面こわもての祖父に似ていたら、お世辞にも可愛いなんて言えない……


赤ちゃんのパパはハンサム確定、たぶん祖母とママも美人のはずだ。だけど祖父ザラゾフという実弾が込められている以上、元帥一家のルシアンルーレットは危険過ぎる。


余談だが、"上官にしたい将官ランキング"では東雲中将が例年トップだ。次回の投票には将官になった司令が参戦するから一波乱あるだろう。姪っ子的女傑が叔父的人格者の牙城を崩せるかが見物みものだな。非公式投票とはいえ、さぞ盛り上がるだろう。


「……ほう、娘の顔を見たくないと。……見たいだろう?……見たいと言え……」


大きな声でもないのに、このドスの効き方よ。強面を受け継いでないだけで、中身の方はあの暴勇爺ィの血筋だったらしい。


「見たいです!是非見たい!」


嘘じゃない。見たい理由が"怖い物見たさ"ってだけだ。ザラゾフ爺そっくりだったら笑ってやろう。


「うむ。ウチの娘は可愛いんだ。世界一可愛い娘と言っても過言ではない。」


誰だって自分の子供が世界一可愛いんですよ。でも自分の子や孫が世界一可愛いと思ってるのは身内だけだって覚えておいてくださいね? ルシアに年賀状の文化があったら、烈震パパは娘の写真をプリントして出しまくるに違いない。ウチの爺ちゃんも初孫の写真をプリントした年賀状を刷ろうとしたらしいけど、婆ちゃんに阻止されたらしいからな。


"年賀状が永久保存される訳ないでしょう? あなたは孫の写真がシュレッダーにかけられたり、可燃ゴミに出されてもいいのかしら?"


……爺ちゃんと親父は婆ちゃんを"天然キャラ"だと認識していたけど、実は天掛家一の賢者だったのかもしれない。長く神主をやってた爺ちゃんや、将来を嘱望される官僚の親父は、毎年大量の年賀状をもらってたのに、処分にまで頭が回らなかったんだからな。


おい、大佐。あんだけ見せたがったんだから勿体つけてねえでサッサと見せろ。子供の写真入り年賀状の是非なんて今考えるコトじゃねえんだからよ!……つーか、紙の年賀状の存続問題の方が深刻だよな。旅行鳩みたいにドンドン減ってる……


「フッフッフッ……これが私の娘だ!」


「あれっ!? 本当に可愛い!」


さんざん勿体ぶって取り出されたハンディコムの待ち受け画面には、天使みたいな赤ちゃんの姿が鎮座していた。2メートル超の体躯を持つ祖父と、2メートルに迫る長身の父親の影響からか、生後一ヶ月とは思えないほど大っきな体をしてるな。……しかしこのコは、ガチで可愛い。親の贔屓目で見なくても、赤ちゃんモデルがやれそうな愛らしさだ。


「だから言ったじゃないか。私の娘は世界一可愛いって。サンドラは将来、絶世の美女になる。女優かモデルになったら売れっ子間違いナシだ。」


分厚い胸を張る烈震さん。世界一かどうかはわからんけど、確かにサンドラちゃんは可愛い。こりゃ美人に育ちそうだな。ファッションモデルは長身の女性が多いから、親譲りの背丈は好都合だろう。


「可愛い赤ちゃんの名前は、サンドラ・ザラゾフですか。」


「正式にはアレクサンドラ・ザラゾフだよ。サンドラは愛称さ。」


「なるほど。このコが災害閣下の孫娘かぁ。機構軍が恐れをなす"災害"を骨抜きにしちゃう可愛さだなぁ。」


「だろう? ベビーベッドが役に立たないのが悩みのタネなんだけどね。」


「やっぱり重量操作能力を受け継いでるんですか?」


「しっかりとね。乳児離れした怪力の上に、夜泣きしながらおしゃぶりやミルク瓶を飛ばしまくるから、妻も大変みたいだ。生後一ヶ月の赤ちゃんに希少能力が発現するのは極めて稀らしいから、サンドラは完全適合者になれる器を持っているのかもしれないな。だけど才能は可愛さだけで十分だ。……娘の為にも機構軍を打ち負かし、この戦争を終わらせてみせる。」


なんとなく、烈震アレックスとは仲良く出来そうな気がしてきたな。別に機構軍を撃滅しなくても平和にする方法はあると思うけど。


「戦いに生きる元帥閣下は、戦争が終わったらヒマを持て余すでしょうけどね。」


「屋敷のサンルームで孫の頭でも撫でてればいいんだよ。それが本来、爺婆のあるべき姿だ。ハルバードを振り回しながら戦場を闊歩かっぽする方がどうかしてる。」


同感だな。災害ザラゾフの斧槍が錆び付くぐらいの穏やかな日々を民衆は望んでいる。少し離れた場所で来賓と歓談していた遊牧民の長が話を切り上げ、こちらに寄って来た。


「おい、アレックス。そこらで剣狼を解放してやれ。来賓への挨拶がまだ残ってる。」


「テムル、久しぶりだな。アトルから聞いたが、黒騎士に殺されかけたらしいじゃないか? しっかりしろよ、いくら士官学校時代から、私の後塵を拝してきたにしてもね。」


「問題ない。この通り、足は付いてるからな。アレックス、おまえは事あるごとに士官学校の成績を持ち出してくるが、なんでそんなに威張れるのか理解不能だ。可能な限り教官連中に忖度された元帥閣下のご令息の癖に、最終成績は首席どころか真ん中よりはちょっと上なだけだっただろうが!」


このお二人は士官学校の同期生らしい。でも真ん中よりはちょっと上の烈震さんより下だったってコトは、テムル総督は真ん中かそれ以下だったんだな。


「同期の同類で噛み合うのはそれ位にしたらどうかね? テムル君もアレックス君も、実技が並外れて良かっただけで、座学は落第スレスレだったろう?」


司令に抜かれるまではリグリット士官学校最高成績の保持者だった東雲中将のお言葉に、二人は黙ってそっぽを向いた。ちなみに歴代3位は竜胆左内、座学科目に限ればヒムノン室長は満点だったそうだ。室長は実技全てが落第スレスレだったから、首席どころかトップ10にも入れてないけど……


「なんだ、二人とも座学が苦手なんじゃないですか。同類だから仲が良いんですね?」


「そう言うカナタ君も同類だろう? 将校カリキュラムでの成績は、イスカから聞いて知っているのだよ。」


司令もいらんコトを東雲中将の耳に入れんな!オレの座学嫌いは軍事機密なんだぞ!


「確かに座学は苦手ですけど、リックほどじゃないです。」


「アホの倅は、全ての座学科目で落第ギリギリという奇跡を成し遂げた男だからな。落第生と1ミクロンしか差が無い逆ファンタジスタを比較の対象にする方が間違ってる。」


息子を庇う気ゼロの親父が慨嘆する。リックもいい親父を持ったな……


「ヒンクリー少将、私は士官候補生だったクライド・ヒンクリー曹長の成績も記憶しているのだが、ここで開陳してもよいかね?」


「……中将、それは軍事機密ですから他言無用に願います。」


同盟軍の良心と呼ばれる男には誰も逆らえないと判明したので、挨拶回りに戻る。




良人の胸に貴族の証である盾の徽章を付けてあげてるドネ夫人と目が合ったので、軽く会釈する。実力で爵位を得た男の顔は誇らしげだ。よかったな、カレル。書類上では第二夫でも、カレルがドネ夫人の一番、最愛の夫なんだ。


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