奪還戦30話 帝の両輪



「なんと!至魂の勾玉が返って来たのですか!」


議事堂への車中、隣に座っているシズルさんの驚きと感慨に満ちた声。オレは首飾りを外してシズルさんに渡す。黄金の勾玉を目にしたシズルさんは、至宝の輝きに目を細めた。


「これは天命なのか宿命なのか。お館様、平助殿には一族を上げて礼を致さねばなりませぬな。八熾家惣領が伝来の勾玉を提げて戴冠式に出られるよう、早朝に訪ねて来られたのでしょうから。」


ハンドルを握る寂助も驚いたようだな。オレもさっきは吃驚したけどさ。


「ああ。返礼の儀の準備を兄貴と一緒に進めておいてくれ。」


八熾の儀典番は代々、貝ノ音家が務めてきた。儀式となれば、一族でも侘寂兄弟の右に出る者はいない。軍楽、儀典、貴族文化に詳しい双子は、何気に多才な執事なんだよな。


「承知しました。お任せあれ。」


シズルさんが畳み込まれた軍服の上に首飾りを置いて、差し出してきた。


「お館様、この軍服にお召し替えを。」


首飾りを提げ直したオレは、渡された軍服を広げてみる。


「今着ている服と同じ物のようだが? この服もクリーニングはしておいたぞ?」


正確には寂助がクリーニングしておいてくれた、だけどな。


「お召しになればわかります故、どうぞお召し替えを。」


着てみればわかると言われたが、着替えてもサッパリ違いがわからない。生地が違うのかもしれないが、オレは服飾には疎いのだ。自分では、量販店の安物服しか買ったコトがない。


「スマン、違いが全くわかんない……」


「違いがないので当然です。モード1は今までと何も変わりはありません。」


シズルさんは膝の上で戦術タブを操作し始めた。


……ん? テレパス通信が入った。……脳波誘導装置の許諾申請だと……


「脳波誘導装置をオンにして、モード2と念じて見てください。」


許諾申請を受理し、言われた通りにモード2を起動させてみる。


「これは!」


アスラ部隊の軍用コートが、陣羽織風コートに変化してゆく!2秒と立たずに変形を終えたコートの右肩には狼のエンブレム、左肩には案山子のエンブレムが刺繍されていた。


「このコートには、御門グループが新開発した"形状記憶繊維"が使われています。お背中には八熾の巴紋が刺繍されているのですよ?」


二つの勾玉が組み合わさった巴紋が、八熾宗家の家紋だ。形状記憶合金なら聞いたコトがあるが、形状記憶繊維とはな。封建主義的色彩が濃い世界だが、科学技術は地球より進んでるよなぁ……


「モード3もあるようだが……」


「モード3にすると色が薄紫に変わり、背中に日輪を背負う龍が現れます。メルゲンドルファーと一騎打ちを演じられた時と同じですね。もちろん、龍紋の使用については、ミコト様の許諾を得ております。」


命名するなら"名代モード"といったところか。姉さんを戦場に出す訳にはいかない以上、戦地で名代を務める人間は必要だ。であれば、義弟のオレがやるしかないだろう。


「なるほどな。しかしこんなコートが完成していたなら、奪還戦の前に渡してくれればよかっただろうに。」


戦場でお召し替えといっても、コートを羽織り直すだけだったから、楽なもんだけどさ。


「奪還戦で使用された龍紋入り陣羽織は、市営美術館に飾られる予定です。ミコト様が"弟の偉業を後世まで伝えたい。カナタさんは嫌がるかもしれませんけど、絶対に伝えますから!"と、仰っておられますので。」


……姉さんがオレを好き過ぎて怖い。でもオレも同じぐらい姉さんが大好きなんだよなぁ……


「……姉さんにも困ったものだ。戴冠式には八熾の家紋を背負って出る方がいいだろう。」


「はい。セレモニーではお館様が龍冠を、雲水代表が総督杖をお渡しする手筈になっております。」


「御門家の収蔵品が無事だったのは僥倖だった。メルゲンドルファーの良識に感謝しよう。」


莫大な価値のある宝物類が無事だったのは、それが秘蔵品ではなかったからだ。先々代の右龍総督は、長らく大衆の目には触れてこなかった御門家収蔵品を市立美術館に寄贈し、市宝として展示した。帝を襲名する際に使われてきた龍冠を始めとするごく一部の至宝の所有権は御門家に残してあるが、管理は市営美術館が行っている。都に配属された帝国貴族どもは、我先に展示品を我が物にしたがったが、メルゲンドルファーはそれを許さなかった。機を見て皇帝に献上するつもりでいたのかもしれないが、奴が秘宝の流出を防いだコトは事実だ。


……御門家が唯一秘蔵していた"龍石"だけは、動乱直後に持ち去られていたが、誰が奪ったのかはわかっている。真の龍を自称するアイツが犯人に違いない。必ず取り戻すから、待ってろよ?


「お館様、機構軍との折衝にあたっている御堂司令の話では、非公式ながらメルゲンドルファー卿の遺体返還要求があったそうです。どうするかはお館様に任せるとも仰っておられました。」


非公式ねえ。意地でも要請はしたくないってか。おい皇帝さんよ、メルゲンドルファーはアンタに殉じて死を選んだんだぞ。忠臣を弔いたいなら、正式に打診しやがれってんだ!


「市民は彼を恨んでいるだろうが、死人を辱めるコトまでは望んでいない。丁重に送り返せ。」


オレとメルゲンドルファーの一騎打ちは、市営放送と民放でイヤというほど流されている。堂々と戦って敗れ、主君を案じながら事切れた男に、良識ある市民は一定の敬意を払っているはずだ。龍の島には死人に鞭打つ文化はない。そこは日本と同じだ。


「そう仰られるはずだと思い、メルゲンドルファー卿の遺体は、捕虜交換で帰国する者と一緒に返還する手筈を整えておきました。」


「返還される遺体の警護役は、オレに矢を放った男に命じろ。」


「あの卑劣漢にですか!?」


「卑劣漢ではない。あの男は、オレにボウガンなんぞ通じないのは知っていた。あれは、他人の手を借りた殉死だ。主と一緒に討ち死にしたいという願望が、矢となって飛んできた。本当に卑劣な男だと思ったら、あの場で殺している。」


「……それで気絶させるに留めたのですか。遺体の警護をさせる為に……」


殉死は感心しないが、気持ちは理解出来る。オレにも命に代えても守りたい人が、人生全てを共にしたい人がいるからな……


────────────────────


議事堂前に車を止めた寂助は一足先に降車し、後部のドアを開けて一礼した。こういう芝居がかったやり方は好きじゃないが、議事堂には多くの報道陣が詰めかけている。今は天掛カナタではなく、八熾家惣領としての役割を求められているのだ。まさかこのオレが"殿様稼業"をやる羽目になるとは、お釈迦様でもご存知あるまい。……オレの実家は神主でしたね。


牛頭馬頭兄妹が先導する白狼衆が階段上に整列し、報道陣を隔てる壁になった。シャッター音とフラッシュの雨が舞い散る中、シズルを伴ったオレは階段を上る。


「龍弟侯、戴冠式を前に一言お願いします!」


隊列の間からマイクを伸ばしてくる民放のレポーター。ワイドショーでよく見た光景だが、自分がマイクを向けられる対象になるとは思わなかったぜ。


「本日は市民にとってめでたき日であると同時に、始まりの日でもある。戦の傷が癒えぬ照京だが、より強く、より美しく、より暮らしやすい都として再建されるだろう。」


こういう時には長広舌はいけない。シンプルに、力強いメッセージを打ち出すべきだ。


"わかり易さは大衆を熱狂させる。小難しい理屈を求めるのは、一部の知識層だけだ。我々官僚は複雑に、多角的に政策を考え、話す事が得意で、二流の政治家はそれを真似ようとする。だが一流の政治家は、誰にでもわかり易く自分の政策を説明出来る。そして三流の政治家は、物事を深く考える事もなく、風だけを読んで大衆を扇動しようとする"


親父は、ワンイシューを掲げて選挙に大勝した政党の勝因をそう分析していた。オレは一流にはなれないかもしれないが、一流を目指す努力は出来る。"強く、美しく、暮らしやすい都"が、新政権の打ち出すメッセージだ。全ての政策はこの大原則に沿って、策定される。憎むコトを止めたせいか、思い出の中の親父の顔は、少し穏やかになっていたな……


議事堂内の式典会場には、新生市議会の議員と軍人、それに招待された貴族や財界人が集まっていた。市議会議員と言っても選挙で選ばれた訳ではなく、新総督から指名された者達だ。彼らが議席を守れるか否かは、制度が整い、民意の洗礼を受ける次の選挙からになる。


本来なら不完全でも選挙を行うべきなんだが、非常時を乗り切る為にはそうも言っていられない。拙速は巧遅に勝る、急いては事を仕損じる、相反する二つの言葉があるが、今の状況で求められるのは前者だ。だから少しだけ、民主主義の原則には目を瞑ってもらうコトにしよう。今回は選ばれなかったが、市政に携わりたい有志、有力者達は多くいる。彼らは来たるべき選挙に向けて、準備を始めているはずだ。


人の輪の中にいたスーツ姿の雲水代表が、輪をかき割って歩み寄ってきた。


「カナタ君、いよいよ新政権の船出だね。出陣の日だけに陣羽織を着用といったところかな?」


「軍服が一番しっくりくるんですよ。オレにスーツは似合わない。」


「ハハハッ、なるほどね。私も陣羽織を羽織りたいが、あいにく軍服が似合わない。」


ビシッと着込んだグレーの高級スーツ、ネクタイに輝く聖鏡の家紋。これが雲水議長の勝負服なんだろう。


「ままならないものですね。天は二物を与えずと言いますが。」


「御堂司令のように"天才軍人にして敏腕政治家"なんて傑物はそうはいないよ。もっともカナタ君には政治家の素質もありそうだがね。」


過大評価されてるなぁ。オレには実務能力なんて皆無で、おうちのコトはリリス任せ、領地のコトはシズルさんと天羽の爺様任せ、オマケに軍団のコトまで副長のシオン任せなんだぜ?


オレが輪から外れた一団をチラリと見たコトに気付いた雲水議長は、テレパス通信を送ってきた。


(左近と彼の一派を議員団に加えた事が不満かね?)


(まさか。代表の意図はわかってます。)


姉さんが指名した形式は取っているが、実際に人選にあたったのは雲水議長だ。新議長の作成した議員リストに記された名の9割は、教授の作ったリストと被っていた。そして竜胆左近の名は、どちらのリストにも載っていたのだ。代表と教授の食い違いは、左近のシンパである守旧派貴族の名の多寡だった。


"1割は誤差の範囲だ。しかし雲水議長は優しいな。左近一派に名誉挽回の機会を与えるつもりらしい"


雲水代表と直接面識のない教授はそう評したが、オレの考えは違う。代表は守旧派の醜さを市民に見せつけ、頃合いが来たらまとめて処断するつもりなのだ。特権階級が優遇されていた時代を懐かしむ左近一派が、市民を顧みるコトなどないと見切っている。


竜胆左内の面影が見え取れる守旧派のボスと、その傍に寄り添う孫娘。祖父に与するコトは、兄の遺志に背くコトだとわかっているのだろうか……



ツバキさん、祖父とは政治的に距離を取れよ? いくら肉親でも、竜胆左近の政治姿勢は姉さんとは相容れない。オレとは軋轢があるけれど、姉さんは幼い頃から一緒だったアンタを心配してるんだ。


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