奪還編29話 爺ちゃんの形見



総督府の客間で行われたささやかな祝宴には、マリカさんとシグレさんも参加してきた。年上美女4人と相伴する栄誉を賜ったオレは、ささやかではない量の酒を飲み、目覚めたのは八熾屋敷のベッドの上でだった。蟒蛇ウワバミレベルの酒豪であるマリカさんが寝室まで送ってくれたのだろう。


八熾屋敷と言っても、機構軍になびいた貴族の邸宅を接収したものだ。伝来の館は半世紀前の"八熾の変"で焼け落ちてしまっている。一族は館の再建を望むだろうが、それは街の復興とのバランスを考えなければならない。不要不急の造営は、市民の反感を招く。現状では後回しにせざるを得ないだろう。左龍総帥が変えてしまった町の名前はすぐに元に戻させるがな。改名、いや本来の名称に戻すだけなら大したコストは掛からないから。どっちみち、街の再建を兼ねて、各エリアの区割り変更もされるんだから、ついでだ。


爺ちゃんの屋敷があった一帯は、御門家が帝を称して以来、"八八羽ややばね町"と呼ばれていた。八熾、八乙女、天羽の上屋敷があったから八八羽なのだろう。そういや千代田区の紀尾井町も、州徳川、張徳川、彦根伊の頭文字を取ったんだっけな……


そうだ!一緒に我龍総帥が廃止させた虎神こがみ町も復活させよう。ネーミングの由来は八八羽と同じなんだろうな。あのあたりには"帝の虎"と称された叢雲家と、筆頭家人頭だった多神家の屋敷があった。抹消された町名の復活は、"ミコト政権は叢雲一族と敵対するつもりはない"というメッセージにもなる。聡い死神なら必ずこういう点にも着目し、意図に気付くはずだ。


オレの目論見通りにいけば、同盟軍と機構軍は停戦協定を結ぶだろう。停戦協定が和平条約に発展すれば、叢雲一族だって照京に帰参してくれるかもしれない。姉さんは想い人と再会し、もしかしたら……


叢雲討魔が姉さんを娶れば、オレの兄貴ってコトになんのか? なるよな、オレは御門命龍の義弟なんだから、当然そうなる。……む~……あの男が兄貴かぁ……強さと聡明さを兼ね備えているっちゃいるんだが……な~んかこう、モヤっとするものが……


まあ、叢雲討魔がどうしても姉さんを娶りたいってんなら、考えてやらんでもない。もちろん、姉さんを泣かせたりしたら鉄拳制裁だ。兵士ピラミッドの頂点を見上げていたあの頃とは違う。今のオレなら死神が相手だろうと勝て……勝てるかなぁ。……あの男が人外中の人外なのは明らかだし……


ご先祖様もよくあんな人外の王を相手に鎬を削ってたもんぜ。偉大な祖先の名を汚さないように、さらなる高みを目指して修練に励もう。人外に対抗しうるは、人を極めし者だ。戦国時代を代表するライバル、上杉謙信と武田信玄のように、叢雲豪魔と八熾牙ノ助の武名は称えられている。天狼の目を受け継ぐ男として、神虎の目を持つ男に遅れは取れない!


考え事をしてたら眠気も覚めたな。そろそろ目を開けてみますか。惨状を受け入れる覚悟も出来たし……


「起きたかい、寝坊助狼?」 「……うにゃ……おはようなの……」


まず目に飛び込んできたのはルビーの瞳。そのマリカさんの背中には、蝉みたいにナツメがしがみついてる。


「隊長、おはようございます。」 「む~、あと5分だけ寝かせなさいよ……」


背後からオレを抱きすくめるのは豊満おっぱいのシオンさん。そしてオレの横っ腹の上には低血圧で朝に弱いリリスが乗っかっている。


「……あの~……シオンさんも、結構大胆なんですね?」


いつもはマグナムスチール製フライパンを持って乱入してくるのに、今朝は同衾ですか。嬉しいんだけどね。


「た、隊長を守ろうと思って……そう!これは警護なんです!みんなが不埒な行為に及ばないように、私が守っていたんです!」


キングサイズのベッドの上にアヒル座りして、真っ赤な顔で強弁する姿が超ラブリー。……ホントに可愛いなぁ、嫁にしたいよ。いや、するかんね!


「じゃーん!手ブラ髪ブラ姉妹見参!どうどう、興奮する?」


マリカさんのロケットおっぱいを手のひらで包むナツメ、そんでマリカさんの長い黒髪はナツメの貧乳に艶っぽく巻き付いている。なにこの桃源郷!


「サイッコー!モロ見えしてるよりセクシーッスよ!」


この光景を写真に撮れば、革新党のコレクションランキングに新たなレアリティが生まれるだろう。そう、SSレアを超えるレジェンドレアだ!


「もう!二人ともまたノーブラで!火隠れのくノ一にはブラ禁止の掟でもあるんですか!」


サイドテーブルの上に置いてあったルージュ色のブラと水色スポーツブラを二人に押し付けるパジャマ姿のシオンさん。同衾しててもガードは固いな。着崩れの一つもねえとは……


「ナツメはともかく、デカパイのマリカはノーブラだとそのうち垂れてくるわよ? もう25なん…」


禁句を口にしたリリスさんの唇をお指でチャックしたマリカさんは、空いた手の指を立てる。


「シッ!……正門前に誰か来てる。」


本館の寝室から正門前の音を拾えんのかよ!別館と広い中庭を挟んでんだぞ。どんな耳してんだ。


ガウンを纏ってバルコニーに出たマリカさんの唇の動きを、読唇術が出来る室内のリリスが音訳してくれる。


「え~と。正門警護はガラクとトシ。訪ねてきたのはお爺ちゃんみたいね。以下がそのやりとりよ。


ガラク 「爺さん、この屋敷に何の用だ?」

爺   「ここに八熾のお殿様がいらっしゃると聞き及びまして、訪ねて参りました。是非ともお殿様にお渡ししたい物がございます。」

ガラク 「どこの誰とも知れねえ者を屋敷に入れられる訳ねえだろ。家に帰んな。」

トシ  「ガラク、ご老体にそんな口の利き方をしちゃ駄目だ。お館様の下知を忘れたのか?」

ガラク 「……そうだったな。爺さ…ご老人。渡したい物とは何か教えて頂けるだろうか?」

トシ  「僕達は門番なので、職務上必要な事なんです。ご協力を。」


やっぱガラクにはトシがついてないとダメねえ。」


ああ、やはりトシゾーあってのガラクだな。だがトシゾーも、ガラクの負けん気と行動力は見習うべきだ。互いに学び合い、高め合え。オレとシュリがそうしているように。


……オレを訪ねてきた爺様か。ここは自分の直感を信じよう。テレパス通信で二人に指示を飛ばす。


(ガラクは正門警護を継続。トシゾーは爺様を本館の客間へ案内しろ。オレが会ってみる。)


(うえっ!聞いてたんですか!) (はい。では本館に案内します。)


素早く身繕いを済ませたオレに、シオンが軍用コートを羽織らせてくれる。


「みんなは先に市議会議事堂へ向かってくれ。爺さんの話を聞いてからオレも行く。」


今日は市議会議事堂で姉さんの戴冠式がある。手練れの4人には早めに合流してもらった方がいい。


────────────────────


客間で待っていた爺様は、どこか落ち着きなさげで、ソワソワしている風に見えた。オレは司令や災害ザラゾフみたいに普段から威厳オーラは出しちゃいないはずなんだが……


「待たせたね。オレが八熾一族惣領、八熾彼方だ。」


「存じ上げておりますとも。おお!やはり天狼のお血筋、羚厳様の面影がありありと……」


羚厳様の面影……という事は八熾一族惣領時代の爺ちゃんと面識があるのか。


「爺様は先代を見知っているのか?」


「はい。私は庭丸平助と申します。私の実家は代々、旧八熾屋敷に出入りさせて頂いていた庭師でした。半世紀前、まだ見習い庭師だった私も父の仕事を手伝っておりまして、亡きご先代には大層お世話になっておりまする。」


平助老人は客間に飾ってある八熾羚厳の肖像画に向かって両手を合わせた。


「そうであったか。知己が訪ねて来てくれた事を、おじじも喜んでいるだろう。」


八熾一族にまつわる人々は時代がかった言い回しを好む。アニメと時代劇が好きでよかったぜ。どっちも爺ちゃんの影響だけどな。特にお気に召りの名作、"隠密同心捜査網"をもっかい見たいなぁ……


"死して屍、拾う者なし"とか滅茶苦茶カッコいい。まあ最近の風潮じゃあ、死した屍が動いてゾンビになるケースが多いんだが……


おっと、目の端に涙を浮かべて手を合わせる老人の前で、つまらんコトを考えるのは失礼だ。オレも爺ちゃんとの思い出を思い起こしながら、肖像画に向かって手を合わせよう。


「私如きに知己などとは、余りに勿体ないお言葉。彼方様、どうかこの品をお受け取りくだされ。」


祈りを終えた爺様が、懐から取り出したのは桐の小箱だった。


……なんだろう、この不思議な感覚は……それに、この小箱からは神秘的な波動のようなモノを感じる……


……懐かしい……そう、神秘的だがどこか懐かしさも覚える……これはまさか!?


震える指先で桐の小箱を開ける。姿を現したのは真綿で包まれ、眩い輝きを放つ珠玉。予想通り、桐箱の中にあったのは黄金の勾玉だった。


「平助殿、これはまさか先代の!」


「はい。これこそ八熾の至宝、"至魂の勾玉"にございまする。八熾の変の翌日に、焼け落ちたお屋敷跡で見つけ、隠し持っておりました。先代様の血脈とご意志を受け継ぐ彼方様が薔薇園で健在である事を聞き、すぐにでもお届けするべきかと思いましたが、彼方様はきっとこの地にお帰りになるに違いないと信じて、お待ちしておりました……」


オレは姉さんから、御門家にのみ伝わる極秘の口伝を聞かされている。口伝によれば八熾家に伝わる至宝は本来、"雌雄の勾玉"だった。二つの勾玉の存在を窺い知れる文献もあるにはあるが、確定するには至っていない。歴史家の間でも神器は一つで、もう一つの勾玉は予備だろうとする説が主流だ。だが、事実は口伝にある通り、雌雄二つの勾玉が神器だった。


至魂の勾玉を目にして確信した。やっぱりオレが地球にいた頃に身に付けていた勾玉は、天継姫と共に行方知れずになったとされる"夢見の勾玉"だったんだ。至魂の勾玉の力を借りて転移した爺ちゃんの魂は、夢見の勾玉に導かれて天掛翔平の体に宿ったのだろう。平助老人の周辺に脳死状態の体があれば、オレは照京に転移していたかもしれないな……


……いや、やはり転移するのは、爺ちゃんの血を引くこの体だ。オレは運命なんて信じない。どんなに運命的に見えようが、それは人間の為したわざであり、歩んだ道だ。道とは人の手で切り開かれるからこそ、道と呼ばれる。


運命は信じないオレも、天命は信じている。為せるか否かは定かではないが、世界は天翔ける狼に、"歪みを正せ"と言っている。"人事を尽くして天命を待つ"のではなく、"天命を受けて人事を尽くす"だな。きっかけは天佑でも、世界の行く末を定めるのは天ではなく、地に生きる人だ。


「ありがとう。この恩は決して忘れぬ。礼は後日に改めてさせてくれ。一族を上げて返礼の儀を執り行うから。」


「礼など無用にございまする。一家離散の危機を救ってくださった羚厳様のご厚恩に、報いたかっただけなのですから。」


「それはそれ、これはこれだ。平助殿、恩に着る。」


平助老人に頭を下げてから、真綿に包まれた勾玉を取り出し、身に付けていた首飾りに通す。




ローゼに貰った剣のレリーフを二つの勾玉が挟む形になったな。同じ夢を見ているお姫様からの贈り物、親友から貰った真紅の勾玉、爺ちゃんが身に付けていた形見の勾玉、これがオレの"三種の神器"だ。


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