奪還編28話 軍神と天狼は酒を酌み交わす



「そうか。エスケバリとオコーナーの始末はついたんだな。しかしなんだってまた山岳地帯まで泳がせたんだ? 発信機を付けといたんだから、市内でカタを付けるコトも出来ただろうに。」


市営公園から総督府に戻る途中でケリーに呼ばれたので、オレはリリスと一緒にドレイクヒルホテルに立ち寄った。ドレイクヒルは最高級ホテルだけに、誰にも出入りを見られず、秘密の会合を行える部屋がいくつかあるのだ。


「市内で片付けておく仕事を優先させた。それにあの二人が山岳地帯に潜むのはわかっていたからな。」


そりゃそうか。ケリーはあの二人の教官でもある。やるコトは全てお見通しだろう。


「ケリりん、市内のお仕事ってなんなのよ?」


ケリりんと呼ばれた凄腕軍人は苦笑した。錦城大佐いっちー百道部長モッチーと違って、ナツメさん謹製の愛称はケリーのお気に召さなかったらしい。


「仇討ちの代行さ。暴君のお先棒を担いだ挙げ句、機構軍の走狗に成り果てた連中なんぞ生かしておく価値がない。政治犯収容所に収監されていた連中は殺さずにおいてやったがな。一応、革命政府や機構軍には盾突いてみせたんだから。」


やっぱりケリーの仕業だったのか。八熾宗家の抹殺と一族の追放に加わった連中が軒並み死んでるのは変だと思ってたんだ。


「なる、八熾一族のアリバイは完璧だもんね。一族全員、戦場にいた訳だから。」


そこのちびっ子、暗殺をしれっと肯定すんなよ。いくら相手が外道でも、決して褒められた手段じゃないんだぞ。ま、オレもマフィアの軍事顧問だったロッシと後任のカニンガムは暗殺している。暗殺や謀殺は極力やらないと決めてはいるが、絶対にやらない訳じゃない。法の裁きが最優先だが、法で裁けない者や裁く価値のない者には、オレが(独断と偏見の混じった)正義を執行する。


咎めるつもりはないが、今後のコトを考えて苦言を呈しておこう。


「ケリー、やっちまったもんは仕方がないが、彼らは裁判にかけるべきだった。機構軍に積極的に協力した時点で、厳罰が下るのは間違いなかったんだから。」


「闇から闇に葬った方がいい事もある。奴らはどっちみち国家反逆罪で死刑だろう。裁判にかける手間を省いただけだ。"連中の財産は早急に没収する必要がある"と、教授も言っていたぞ?」


財産隠しをさせない為の処断だったのか。八熾家とは無関係の教授には、復讐の動機がない。……いや、オレの気持ちを慮った可能性はあるな……


八熾、叢雲一族の迫害に加担した上に、機構軍の走狗になった連中にかける情けはない。奴らが暗殺されていなければ、オレは可能な限りの罰を与えていただろう。


「強硬手段は感心しないが、実際のところ奴らの財産は街の再建費用に充てるつもりでいたから、早い方がありがたい。……収容所から解放された竜胆左近やその取り巻きがどう出るかが問題だな。」


竜胆ツバキの祖父、竜胆左近の元の名は鈴堂宗近りんどうむねちかだった。右龍総督の御世に右近と名乗り、後に弟の左龍が総督になるや否や、左近に改名した。一貫して提灯持ちに励んで御門家に取り入り、左龍の覚えめでたきを得て、竜胆の家名を下賜された男。……やれやれ、ご機嫌取りで名前をコロコロ変えんなよ。


リリスは脳内の要注意人物リストから左近の項目を閲覧し、眉をひそめた。


「竜胆左近……出世魚を気取る小判鮫ね。ちょっと前までの雲水のご同類ってところかしら……」


照京の昇り竜が"左内"という名であったのは、当主の左近が子々孫々に渡るまで、左の字を名に入れるという誓いを立てていたからだ。もちろん、その誓いは左龍総督の目の前で言上された。鳶が鷹を生むという言葉があるが、竜胆家がまさにそれだ。風見鶏が当主を務めていた家から、昇竜が誕生したんだからな。


生前の竜胆少将は姉さんを頂点に照京を改革する志を持っていたが、"新体制が発足しても、祖父や取り巻きの命だけは助けてやって欲しい"とも言っていた。英明だった竜胆左内は、祖父とそのシンパを新体制の要職に就ける気はなかったんだ。つまり、役には立たない、もしくは有害な人材だってコトだな。


「代表を左近と一緒にするな。本音では左龍、我龍の圧政には反対で、暴君と市民の間に立つ緩衝材をやっていた雲水代表は、我が家の繁栄だけを考えていた左近とはモノが違う。」


以前のオレは、雲水代表とサイラスの交換は分の悪い取引だと思っていたが、今は違う。浅慮な上に我慢を知らない暴君が街のトップだったのに、この都を経済的に繁栄させてきた手腕を、オレは過小評価していた。雲水代表は戦働きは出来ないが、代わりに宰相としての天分があるんだ。


「そうかもね。竜胆左内の抜擢と当主就任は、雲水の入れ知恵だったみたいだし。」


「ああ。雲水代表には明確なビジョンがある。そのビジョンは然るべき人間の下にいれば、さらに発揮されるだろう。」


竜胆少将の父は、当主に就くコトなく死んだ。竜胆兄妹が幼い頃に夭折したのが最大の要因ではある。しかし祖父の竜胆左近は死ぬまで当主稼業をやるつもりだったから、生きている間に息子に家督を譲る気などなかった。当主の座に固執する竜胆左近を無理矢理引退させて、家督を孫に譲らせたのは雲水代表だった。都と御門家の将来を考えた御鏡家の惣領は、言葉巧みに我龍総帥を説得し、若き英才を抜擢させたんだ。そしてその英才を御門グループの重役にも任命した。照京が陥落しても御門グループが壊滅的なダメージを受けずに済んだのは、竜胆左内が本社機能をリグリットに移していたからだ。


"照京奪還の功労者にして真の忠臣だった孫を失った悲劇の先代、左近はそういう役を演じるだろう。風見鶏だけに風を読む術には長けているからね。単に榛少将と気が合わなかっただけだとしても、革命政府に反抗して投獄されていた左近を閑職に追いやる訳にもいかない。まあ、彼の事は私に任せておきたまえ"


どうやら雲水代表には何か考えがあるようだ。教授も"今の御鏡雲水と竜胆左近とでは、政治家としての格が違う。曇りの晴れた聖鏡のお手並みを拝見しようじゃないか"と言っていたし、左近のコトは代表に任せよう。オレが動くとただでさえ微妙なツバキさんとの関係が、決定的におかしくなる。


「カナタ、今後の事を考えれば、そろそろ俺や教授の存在を雲水代表にも明かしておくべきじゃないか?」


ケリーの提案に頷いてから答える。


「そうするつもりだ。雲水代表は照京市議会の議長に就任するコトになっている。就任式典が終わったら、パーティーが開かれるだろう。そこで話をしておくよ。」


ケリーといくつか打ち合わせをしてから、今度こそ総督府への帰路についた。しばらくは今日みたいに慌ただしい日々になるだろう。


──────────────────


「お待ちしておりました、侯爵!…いや、リリスさん!」


「ちょっ!少女誘拐は立派な犯罪よ!」


総督府に戻るやいなや、リリスはカレルに連れていかれた。都を逃れた照京兵が中核であるレイブン隊は大再編が不可避であり、天才少女の手を借りたいのだろう。ボッチになったオレは、姉さんのいる総督室に向かう。総督室に付随した客間では、姉さんと司令が談笑していた。


「おや、私の胸ぐらを掴んだ男が帰ってきたか。」


ワイングラスを片手に、皮肉たっぷりの挨拶をされる。あの件を、司令は根に持っているらしい。


「はいはい、オレが悪うございました。でも司令ならやりかねないと思ったんですよ。」


司令の胸ぐらを掴んだのには訳がある。奪還戦の最終局面、挟撃態勢が整うまでは攻勢の矢面に立たされる煌龍から、姉さんは退避している予定だった。しかし姉さんは戦の最初から最後まで、旗艦の艦橋に鎮座していたのだ。その事実を知ったオレは、戦の終わった戦場にやってきた司令の胸ぐらを掴んで、"どういうコトだ!姉さんは退避している筈だろうが!"と、怒鳴りつけてしまったのだ。


てっきり司令の差し金だと思っていたのだが、それは邪推だった。司令はオレとの約束通り、仲居竹極バイトマスターを影武者に立てて、姉さんを煌龍から退避させるつもりだった。だけど旗艦からの退避を打診された姉さんは"弟達が命懸けで戦っているのに、私一人が安全な場所に逃げるなど出来ません!"と拒否した。やむなく司令は煌龍の前に陣を張り、自ら陣頭指揮を執って姉さんを守ってくれていたのだ。……つまりオレは、恩人の胸ぐらを掴んでしまったコトになる。


「まったく、恩を仇で返されるとはこの事だな。クランドも大層憤慨していたぞ?」


チクチク突いてくる司令を、微笑を浮かべた姉さんが取りなしてくれる。


「御堂司令、カナタさんを責めないでください。それだけ私を大切に思っているという事なのです。」


二度目の仲裁役を演じる姉さん。オレが司令の胸ぐらを掴んだ時は、血相を変えて飛んで来たよな……


しかし短気な司令が、胸ぐらを掴まれて激怒しなかったのは不思議だ。大物の余裕なんだろうか?


「やれやれ、ロリコンにシスコンも追加だな。盛り沢山で結構な事だ。」


司令は大物らしく、ソファーにふんぞり返って煙草に火を点け、プカリと紫煙を吐き出した。


「司令、オレは断じてロリコンではありません!」


オレは幼女が好きな訳ではない。リリスさんが大好きなだけである。


「などと、容疑者は供述しており…」


「犯罪者にしないでください!まったくもう!」


「ハハハッ!立件されなければ、犯罪は成立しないか。」


「いえ。違法行為に及んだ時点で、犯罪は成立します。立件されなきゃ刑罰が下されないだけで……」


「ほう、ヒムノンに法のイロハを教えてもらったようだな。明日は就任式典やその他諸々で忙しくなる。今夜ぐらいは龍姫のお酌でゆっくり飲もう。カナタと飲むのは久しぶりだしな。」


司令のこんな笑顔を見るのはいつ以来だろう? ここんとこ隠謀や戦略の話ばっかりで、翳りと緊迫感のある顔しか見ていなかった。


「いいですね。お~い、侘助。酒とツマミを持ってきてくれ。」 「では私もお相伴に預かりますね。」


1分と待たせず、控えの間にいる敏腕執事の侘助が、ワゴンを押して現れるだろう。


「うむ。しかしカナタ、おまえは本当に成長したな。……もしかするとこの私さえも超え、世界最強の男になるのかもしれん。」


「うえっ!?」


司令から思いもよらないお褒めの言葉をかけられて、驚きの声が漏れ、当惑が顔に出てしまった。


「フフッ、しかし腹芸はまだまだのようだな。」


「からかわないでくださいよ。ビックリするじゃないですか。」


「お待たせしました。お酒とオードブルでございます。」


酒瓶と皿を手際よく並べた侘助は、一礼してから控えの間に戻った。


「さあ、飲もう。カナタ、私をおびやかす程の力を身に付けたのはいいが、本当に脅かすなよ?」


冗談めかして揶揄してくる司令。言われるまでもなく、司令の脅威になるつもりなんかない。政治的立場からくる意見の相違はあるかもしれないが、立脚点は同じだ。この歪んだ世界を変える、その想いは共有しているはずだから。


「ンな訳ないでしょ。司令の方こそ無茶振りは程々にしてください。」


「御堂司令、カナタさん、グラスをどうぞ。今宵は良き夜ですね。」


姉さんにお酌をしてもらって、司令と酒を酌み交わす。今夜は雲もなく、いい月も出ている。




……姉さんには権威を、司令には権力を、オレの描いた未来図に間違いはないはずだ。


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