奪還編27話 死者は黙して語らず、亡霊となりて祟りを為すのみ



「事後承諾でやむを得なかった者がいる事はわかっている!咎めはせんから武器を捨てろ!」


ケリコフは砂鉄の剣を振るいながら、元部下達に呼びかける。勧告に応じて武器を捨てた者は7名だった。裏切り者軍団は総員42名、その1/6が戦わずして無力化した事になる。刺客のマスカレイダーズは総員70名、元から劣勢だった数の差はさらに開いた。


「そんな言葉を信じるな!処刑人は俺達を皆殺しにするつもりだぞ!」


回避に徹して磁力の刃を躱し続けるエスケバリ。なんとか反撃に転じたいが、そんな隙は元上官にはなかった。もっともエスケバリが狙っていたのは反撃に転じたと見せかけての逃亡だったのだが、そんな思惑はケリコフに見抜かれている。百戦錬磨の凄腕軍人はエスケバリを完全に封殺しながら、磁力の槍と盾で仮面の刺客達を援護する。制裁は完遂するが、仲間は誰も死なせない。それがケリコフがこの任務の前に自らに架したオーダーであった。


「乙村!丙丸のフォローに入れ!ライアンと1対1では危うい!」


ライアン・オコーナーの本職はデータ分析官であったが、剣技とインセクターを交えた闘法の名手でもある。丙丸吉松との一騎打ちならオコーナーにも勝ち目は十分であったが、丙丸と同等の力量を持つ乙村竹山に加勢されては分が悪い。ケリコフは作戦前のブリーフィングで"戦闘における2対1の徹底"をマスカレイダーズに指示しておいた。事後承諾だった者が投降すれば数の差はほぼ2倍、1対1になった者や、危うい局面にある者を磁力で援護すれば、犠牲者を出す事なく完勝出来る。ケリコフの読み通りに事態は推移していた。


「やってられるか!俺は逃げ…ぐはっ!」


やっとの事でバイクに到達した裏切り者の一人が、非情の銃弾に倒れる。三羽ガラスの紅一点、甲田小梅は腕のいい狙撃手なのだ。彼女は戦場から離れた大木の上に陣取り、支援狙撃に徹している。身を隠し易い窪地に陣取って情報解析にあたった事は裏目に出た。狙撃の基本は高い場所から低い場所の獲物を狙う事なのだ。


「甲田!ライアンのインセクターを狙え!」


三羽のカラスは総掛かりで獲物を仕留めにかかる。個人の力量では三羽ガラスの誰よりも上だったオコーナーだったが、息の合った三人に攻め立てられてはいかんともし難い。


「ボス!許してください!俺が悪かった!もう二度と裏切りませんから…」


懸命に慈悲を乞うオコーナーに迫る二本の刃と援護の銃弾。


「もうおまえのボスじゃない。」 「そう、のボスだ!」


甲田小梅の放った銃弾を弾いて生じた僅かな隙を見逃さず、乙村竹山の刀がオコーナーの腕を切り裂いた。トドメを刺そうとする丙丸吉松の刃を止めようとしたオコーナー、通常であれば間一髪で防御に成功していただろう。しかし、耐え難い激痛が反応を一瞬遅れさせた。


首筋を切り裂かれ、膝から倒れるオコーナーが最後に目にしたのは、銀色に輝く目を持つ男の姿だった。


「…狼眼…だと!?……イ、イヤだ……俺はこんなところで……死にたく……ない………」


狼眼を持つもう一人の男は、銀色の目を光らせながら戦闘に参加する。大口径ガトリングガンの腕を持つ相棒と共に。


「ライアン!クソが!切り札を温存してやがったんだな!」


怒鳴るエスケバリに、ケリコフは淡々と応じた。


「悪いニュースはまだあるぞ。昔教えてやっただろう、"切り札は一枚だけとは限らない"とな。」


2対1を徹底させても個々の実力では、元ギロチンカッター隊員が仮面の軍団を上回る。戦い続け、疲労が蓄積すれば刺客側に犠牲者が出てもおかしくはない。しかし新たに戦場に現れた母子は、特に子供の方は常軌を逸していた。


「サイキックキャノン、いっくよー!燃える正義の※テレパスを喰らえっ!」


可愛い声で叫びながら、可愛くない念真砲を乱発する少女。その威力は手練れの兵士が張った念真障壁さえブチ抜いて痛打を与える。同盟最高の念真強度を持つ少女、リリエス・ローエングリンは範囲障壁を得意とする防御型のサイキッカーであるが、アイリーン・O・天掛は攻撃型のサイキッカーなのだ。その念真強度はなんと500万n、これは現役兵士でもトップ3に入る数値であり、アイリの義兄である天掛カナタでさえ、無双の至玉を顕現させなければ超えられない※数値なのである。


「アイリ、それはテレパスではなく※エレパスでしょう。悪の牙を砕くのは構いませんが……」 


景気よく回転するガトリングガンと高速で排出される薬莢。青い目をしたアイリの守護神、バートラム・ビショップは苦笑しながらツッコミを入れた。それを聞いた父親は、妻と並んで刀を振るいながら疑問を口にする。


「おかしいな。アイリはお父さんと"アニメは一日一時間"と約束したはずだ。マシンブ〇スターは未視聴リストにある作品だろう?」


娘に知ったかぶりをしたいが為に、未視聴リストにある作品を先に見ていた光平であった。


「バート、あまりアイリを甘やかさないでね?」


懸命に薙刀を操る風美代だったが、夫の助けを得なければ一流兵士の相手は難しい。苦戦しながらも、苦言は呈するのだが。


御門グループ影の首魁と妻子の会話は、幹部以外の団員には意味不明である。日本の存在を知らないのだから意味がわかる筈もない。日本の存在を知っていても、意味がわかるかは定かではないが……


影の首魁とその家族は謎の人、それが仮面の軍団の共通認識なのであった。


「しかし私の狼眼を上手く防御するものだな。これが本物の精鋭という奴か……」


瞳に念真力を集中させて抵抗したり、ここぞというタイミングで目を切って逃れる手練れ達に、光平は感心したらしい。


「邪眼一つで右往左往ではどうにもならんからな。対策は仕込んであるさ。皆、邪眼対策の対策はレクチャーしてあるだろう。訓練の成果を見せてみろ。」


ケリコフ・クルーガーの新たな生徒達は、教官から学んだ戦法を忠実に実行する。瞳に念真力を集中させて抵抗出来るのは念真強度の高い者だけで、そうでない者は目を切らねばならない。邪眼対策への対策とは"念真強度の高い者は放置し、目を切る者の隙を突く"である。視線を外すタイミングは、影の首魁からのテレパス通信であらかじめ伝達されるので問題ない。念真強度の低い者をまず仕留め、数的優位を作る。念真強度の高い者は数の差で潰す。ケリコフの考案した戦術は、理に適っていた。


「一度でいい!無理をしてでも狼眼に抵抗しろ!それで狙いが絞れなくなる!」


対策の対策への対策を口にしたエスケバリだったが、苦肉の策もケリコフには読まれていた。首魁は予定通りに最大強度の狼眼を使い、一度だけでも抵抗して狙い撃ちを避けようとした者に深刻なダメージを与えた。大ダメージを負わせさえすれば、腕の差も補える。結果とすれば同じ事なのだ。いや、まだしも各個撃破の対象にされた方が善戦出来ただろう。


「おまえの浅知恵など全てお見通しだ。俺に通じる訳がなかろう。」


元上官は元部下を嘲った。仲間を援護しながら戦っても、未だ無傷のケリコフに対し、防戦に徹したはずのエスケバリは満身創痍である。彼我の力量差は絶望的であった。


「寝首を掻かれたマヌケが何を抜かす!」


苦肉の策も無為に終わり、なんとかこの場を逃れようと試みたエスケバリだったが、ケリコフは逃亡だけはさせないように警戒し、徹底的にマークしている。エスケバリの焦燥は募ったが、長く悩む必要はなかった。天掛一家の加勢が、傾きつつあった戦局をダメ押ししたからだ。


……そして最後の時がやって来た。エスケバリを除いた裏切り者達は全滅したのだ。


「皆、よくやったぞ。精鋭部隊と戦い、撃破した経験は今後に活きる。」


ケリコフは最初から制裁よりも育成に主眼を置いていたのだ。エスケバリは体のいい噛ませ犬にされた屈辱に唇を噛み締めたが、最早どうにもならない。


「……お、俺は最後の兵団の機密情報を知っている。生かしておく価値はあると思うが、どうだ?」


取引に生存を賭けるエスケバリに、ケリコフは冷笑で応じた。


「フフッ、新手のジョークか? 新しいボスのダイスカークに二つの心臓がある事すら知らされていなかったおまえが、機密なんぞ知っている訳がなかろう。……死に方を選べ。刺殺か絞殺か斬殺か、どれがいい?」


「畜生めぇぇーーーー!!」


最後の力を振り絞り、最大火力のパイロキネシスを纏わせた剣を手にして特攻を仕掛けるエスケバリ。しかしケリコフの放った2本の磁力槍が盾状に形成した念真障壁を貫通し、エスケバリの体に突き刺さる。


「グヘッ!!」


「死に方を選べと言ったが……あれは嘘だ。」


吐血するエスケバリの首に磁力の縄が巻き付き、引き千切らんばかりに締め上げる。刺殺と絞殺の後に待っていたのは、磁力剣による斬殺。見るも無惨な死体となったエスケバリの顔は苦悶に歪んでいた。


「……任務完了。部隊損失はゼロ。ターゲットの死体を回収し、痕跡の除去作業を開始せよ。」


侍であれば刃の血を払って納刀するところだが、ケリコフの場合はジッパーの付いた袖の中に砂鉄を仕舞う、である。最後のオーダーを下された痕跡除去班が、ここで起こった事を、なかった事にする作業を開始した。


投降し、武装解除された元部下の一人が制裁を執行した処刑人に近付き、敬礼する。


「お見事です、ボス。俺は…」


「6名だ。」


「は? 6名とは……」


「わからんのか? 事後承諾でやむを得なかった者の数だ。」


敬礼したままジリジリと後退る元部下。彼も死んだ者達と同様に、元上官を甘く見ていたのだ。


「ロレンツィオ、リリージェンの別荘は快適か? 中古とはいえ、いい値がしただろう?」


ロレンツィオと呼ばれた兵士の背後は、仮面の刺客達が固めている。どこにも逃げ場はない。


「助けてください、ボス!お願いだ、俺には妹が…」


「知っている。別荘も妹の為に買ったんだろう?」


「そうです!後生ですから命だけは…どうか…一度だけ見逃してください……」


「……おまえはいい兄貴かもしれんが、いい兵士ではないな。見逃してやりたいところだが、おまえは俺が生きている事を知ってしまった。」


再びケリコフの手の中で砂鉄が収斂してゆき、剣と化した。高精製マグナムスチールの砂粒は磁力操作能力によって、稀代の魔剣に変わるのだ。どんな名剣、名刀をもってしても、磁力の剣を受ける事は出来ない。刃をすり抜ける魔剣は、ケリコフ最大の武器なのである。


「誰にも喋りません!信じてください!」


魔剣の威力を知るロレンツィオは、懸命に元上官を説き伏せようとした。……しかし、努力がすべからく報われる訳ではない。


「残念ながら、俺は楽天主義者ではなく、現実主義者だ。おまえには本当に選ばせてやる。……戦って死ぬか、自分の手で人生に終止符を打つかをな。誰か剣を渡してやれ。」


ロレンツィオは背後の刺客から手渡された剣を見つめ、身を震わせながら何度も首を振った。逡巡した末に彼が出した結論は……自害だった。


かつての部下の遺体の前に砂鉄の十字架を置いたケリコフは、残る6名に向き直った。


「おまえ達には二つの道がある。俺と共に来るか、自分で自分の口を封じるか。……どちらを選ぶ?」


6名を代表した兵士、ジノ・テイラー曹長が一歩前に出て敬礼する。


「お許し頂けるのなら、ボスについて行かせてください!今度こそ、地獄の底まで!」


「言っておくが、もう家族には会えん。我々は公式にも非公式にも死人として扱われる。それでもついて来るのか?」


「「「「「「覚悟の上です!!!」」」」」」


不本意な状況に流されていた兵士達は漂流を止めた。難破寸前だった彼らは、元上官の出した助け舟に乗り込んだのだ。


「わかった。……本日この場より、諸君らは死人しびとの兵である!二度目の死に場所は、この俺が決める!」


「「「「「「イエッサー!!!」」」」」」


唱和する6名の兵士に死人の長は敬礼しながら、新たな団員にマスカレイダーズの鉄則を教示した。


亡霊戦団ゴーストナンバーズを率いる死神インテリは"死者は黙して語らず、亡霊となりてたたりを為すのみ"なんて詩文めいた掟を定めたが、学も教養もない俺はシンプルでな。仮面の軍団の鉄則は"沈黙と制裁"だ。」


「ボス以上に教養のない我々には"単純さこそ至高シンプルイズベスト"です。部隊の鉄則は、"何も語らず語らせず、ただ実力を行使する"……了解しました。」


交渉は万能の解決策ではない。決裂する事もあれば、そもそも交渉の余地がない場合もあるのだ。ジノ・テイラー曹長の人生訓は、"愛は世界を救わない"であった。


「ジノもなかなかの詩人じゃないか。おまえが新団員のリーダーをやれ。入隊祝いとして、これを渡しておこう。」


ケリコフはジノに6枚の仮面を手渡す。凄腕である事以外は一切が謎の仮面の軍団に、新たな死人の兵6名が加わった。



……御門グループはマスカレイダーズに関するあらゆる質問に沈黙を貫いており、それは今後も変わる事はない。彼らにあるのは任務と報酬であって、過去ではないからだ。



※カナタの念真強度

兵士の持つ念真強度は成長せず、常に固定の数値なのですが、カナタと風美代だけは例外です。カナタと風美代は念真強度が成長する固有能力タレントスキル、サイキックグロウアップを持っているので、本来固定値のはずの念真強度も上昇します。さらにカナタは無双の至玉を顕現させる事によって、念真強度を飛躍的に跳ね上げられます。念真強度220万n×3(至玉によるブースト)で660万n、これがマックス強度になります。


※エレパス

昭和のロボットアニメ「ブロッカー軍団 マシンブ〇スター」のOP曲に"燃える正義のエレパス込めて、今だアタック円月廻転!砕いてみせるぜ、悪の牙!"という歌詞があります。


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