奪還編25話 もう後ろは振り返らない



軍港での仕事を終え、総督府に戻る前に、少しだけ寄り道をしていくコトにした。時刻も丁度いいし、姉さんから教わった場所に行ってみたかったのだ。


山の手にある市営公園の丘からは街を一望出来る。心憑依の術で姉さんの体に宿った爺ちゃんは、この場所から照京の街並みを眺めたんだ。夕陽に照らされた故郷を目にした爺ちゃん、その胸に去来した想いはどんなものだったのかな……


夕焼け時に二人きり、こういう場合には並んで体育座りをするコトになっている。リリスルールでそう定められているのだから、少々恥ずかしくても仕方がない。


「……少尉、私は大丈夫だからね?」


背丈が違うから肩と肩を寄せ合う風にはならないが、リリスが体を寄せてきた。


「わかってるさ。何も心配しちゃいないよ。」


心配はしちゃいないが、一人にさせたくない。矛盾してるかもしれないけど、そんな気分なんだ。


「ちょっとしたお願いがあるんだけどいい?」


「聞かせて頂きましょう、お嬢さん。」


リリスのお願いは、オレの意表を突くモノだった。


「パパの事なんだけどね。塀に囲まれた別荘で冷飯食いは身から出たサビなんだけど、せめて虐待なしのマトモな収容所に収監されるように手を回して欲しいのよ。爵位も身分も失った挙げ句に慰み者じゃあ悲惨すぎるもの。少尉なら出来るでしょ?」


そりゃ出来るが……以前に"竜巻"ヘルゲンを送った収容所なら、何かやらかさない限り、比較的自由に過ごせる。あそこに収監されているのは帰国の見込みがある者と、同盟への亡命を希望する者がほとんどだからな。それでも冷笑と軽侮の対象にはなるのは避けられないだろう。伯爵家を乗っ取った経緯は、帝国軍人なら誰でも知っているからな。


「……おまえを研究所に売った親父だぞ。そこまでしてやる必要があるか?」


可能と本意はイコールじゃない。ノアベルトに便宜を図るのは甚だしく気乗りしないんだ。


「これは"私の為"なのよ。」


「リリスの為だったら何でもしてやる。でもノアベルトの安全がなんでおまえの為になるのかがわからないね。」


リリスは傍らに咲いていた小さな花をそっと撫でてから、理由を教えてくれた。


「……誰かを恨み続けるってね、とても辛い事なのよ。」


「えっ!?」


「父親の仇を討とうとするシオンの姿がそれを教えてくれた。もちろん、オリガはいずれ殺すわ。姉さんみたいな存在のシオンの為に、私はそうしなきゃならない。だけど、許せる者は許そうと思うの。あんな男だけど、それでも私の父親なのよ。」


「…………」


誰かを恨み続けるのは……辛いコトなんだろうか?……オレは……どうなんだ?


「わかってる、パパはどうしようもない小物で小悪党で、ママを利用してただけだって。でも今の私には少尉がいる。姉さんみたいな家族のシオンとナツメも。パパは確かに私を研究所に売ったけど、だからこそ私達は出逢った。かけがえのない出逢いに免じて、パパを許そうと思うの。これってそんなに変でもないでしょ?」


悪意がもたらした最良の結果か。"自力で幸福を掴み取り、許せる者は許す"、それが爺ちゃんの教えではあるが……オレは未熟者らしいな。


「……リリスは器が大きいな。オレも見習いたいよ。」


「じゃあ見習えば? 少尉はお父さんを嫌ってるみたいだけど、パパみたいに少尉をどこかに売った訳じゃないんでしょ?」


「子を見捨てたって意味ではリリスの親父と同じだ。積極的か消極的かの違いでしかない。」


「いいえ、同じじゃない。少尉は時々、お父さんの哲学を引用するもの。カナタパパは頭はいいけど、冷血な人間だったんでしょう。でもその教えは少なからず、少尉の血肉になってるのよ。反面教師の役割しかなかったパパとは違うわ。"事実は事実として認めなければ、前には進めない"、これは少尉の哲学でしょ?」


「……オレには無理だ。親父を許すだなんて……」


「許すのは無理でも、"憎むのを止める"なら出来るんじゃない? みんな気を遣って口にしないだけで、ホントは父親を憎み続ける少尉の姿に心を痛めてるわ。だいたい似合わないのよ、少尉が呪詛めいた恨み言を吐くだなんて。」


リリスはオレの唇に人差し指をあてて、説教を続ける。


「いい? この口から出てくんのは、つまんないジョークとくだらない下ネタ、どうでもいい蘊蓄と説得力抜群の詭弁、それに真実そっくりのハッタリだけでいいの!私の…いえ、のヒーローに、喜劇はあっても悲劇はいらないわ。」


オレは司令みたいな英雄じゃない。でももし、ヒーローになれるのなら……リリスやみんながオレをヒーローだと信じてくれるのなら……ヒーローを


「……ヒーローか。なれるといいな……本物のヒーローに。」


今のところはヒーロー志願のペテン師トリックスターだ。だけど、トリックスターだってスターはスターさ。


「きっとなれるわ。"伝説レジェンド"と呼ばれる英雄に。だって私達がついてるんだもの!」


頼もしいねえ。"伝説のおっぱいマニア"なら、今すぐにでも襲名出来そうだけど。


「だな!いっちょ目指してみますか!"伝説の兵士"とやらをさ。」


「その意気よ。未来のレジェンド様、少し考えてみて? なぜ自分が嫌いな父親の哲学を引用しているのかを。」


なぜオレは親父の教えを口にするのか。……有用で的確だからさ!だからこそ余計にムカつくんだよ!ノアベルトみたいに取り柄は容姿だけなんて小物だったら、ここまで腹は立たないんだ!


「答えは出たでしょ? かつては父親を尊敬していたし、愛していた。だからこそ、見捨てられて憎悪を抱いた。こんな流れなんじゃない?」


人間って生き物は、自分の心の有り様には、誰にも踏み込ませたくないものだ。だけど、心底大切で、信頼と愛情を持った人間にはそれが許される。言うまでもなく、リリスは有資格者だ。


「……そうだな。きっとそうなんだろう。」


「お父さんは少尉の素質にも、素質を超える美点にも気付けなかった。全く以て、"残念パパ"としか言い様がないわね。でも少尉まで、"死人を憎み続ける残念男"になる必要はないのよ?」


リリス、親父は地球という星で生きているんだ。……この星で生きてゆくオレにとっては死人と同じか。もう二度と、会うコトはないんだから……


「素質ってのは"人殺しの名手"ってコトか? あんまりいい素質でもないだろう。平和になったら用済みだ。」


「武力は絶対悪じゃないわ。乱世を終わらせる役割を果たし、平時には抑止力となる。"世界中の国がいっぺんに武器を捨てるのが真の平和"なんてほざく楽天主義者オプチミストがいるけど、私は1ミリも共感出来ない。叶いもしない理想論を唱え続けるバカは、現実を生きていないんだもの。ま、私にとっては少尉の素質より、美点の方が遙かに価値があって、好ましいものよ。」


リリスに褒め殺しにされるのは、正直気分がいいんだよな。オレはこの小悪魔ちゃんのファン1号だから。


「美点ってのはなんだ?」


「八面六臂の大活躍で都を奪還し、市民からは拍手喝采。千両役者の晴れ舞台、有頂天になるのが普通の場面で、少尉の視線は路傍の血糊に向いていた。名誉や功績を意に介さず、流した血に心を痛める優しさが、少尉の最大の美点よ。私は少尉のそういうところに惹かれたの……」


「多数の命を奪うコトを承知で、兵を伏せたオレは優しくなんかないよ。」


「少尉は取捨選択を迫られる立場だから仕方がないわ。何が自分にとって最も大切かを考え、場合によっては流血も辞さない。抱いた理想を現実にする為には、非情である事も求められる。わかっていても割り切れないのが少尉の性格なんだけど、みんなの為にも行くべき道を行ってもらわなきゃ困るのよ。私はどんな時でも信じてる。少尉の生き方、行く道を!」


ここまで言ってくれる理解者がいるのに、オレはいつまで小さな過去に囚われてるんだ? いくら小市民だからって器が小さすぎだろ!


「リリス、ありがとな。親父への敬意は色褪せたが、もう憎むのは止めにするよ。頭のいい男だったが、オレにとってはあまりいい父親ではなかった。でもその教えは有用で的確だから役立てる。事実を認めてオレは前に進む。後ろはもう振り返らない。」


そう、過去を振り返る必要なんかないんだ。母さんとは物心がつく前に、親父とは中学を卒業した時に道を違えた。両親とは別の道を歩むオレだが一人じゃない。嫁にしたい四人娘カルテットと姉さん、それに頼もしい仲間達がいる。オレの旅路を見守ってくれてる爺ちゃんと婆ちゃんもいる。敵味方の垣根を越えて同じ夢を見ているお姫様ローゼもだ。旅の道連れは十分すぎるだろ。


「よろしい。それでこそ私の少尉よ。」


こういう時のリリスってホントにいい笑顔を浮かべてくれるんだよな。至高の癒しで、最高の活力源だ。マリカさんのおっぱいハグに比肩する……いや、ナツメの貧乳ハグも負けてないし……いやいや、シオンさんの密着マッサージも捨てがたく……優劣がつけらんねえから、全員嫁狙いなんだっけ……


「リリス、親父さんの件は任せとけ。、マトモな収容所へ送致される手筈をつける。軍港で見せた醜態で、ちょっとだけ溜飲も下がったしな。」


他の捕虜達から冷やっこい目で見られながら、冷飯でも食ってればいいさ。暖かい環境までは用意出来ないし、する気もない。


「肉体的な虐待だけ受けなきゃいいわ。後はパパ次第でしょ。あんな醜態を晒してるようじゃあ、収容所カーストの最下層に落ちるのは間違いなさそうだけどね。」


「あの情けない面を、写真に撮っときゃ良かったな。タイトルは…」


「…"無様"か、"羞恥"かしらね。まさに"穴があったら"って感じだったわ。」


だよ!なんでおまえは隙あらば話をエロい方向に持っていこうとするんだよ!」


「うふっ、少尉も好きなクセに♪」


……まあ、好きなんだけどな。


「姉さんが心配するといけないから、そろそろ総督府へ帰ろうか。」


「アイサー、シスコンボス。……あ!少尉、言うまでもないけど、私がシオンやナツメを姉さんみたいに思ってるのは内緒なんだからね!」


それ、意味のない口止めだからな? シオンとナツメも同じように思ってる、"リリスは妹みたいな存在"だって。おまえがそれをわかってるように、あの二人だってリリスの気持ちはわかってるさ。


「はいはい、わかってますとも。ではレディ、お手を拝借。」


オレはマイ・フェア・リトルレディとお手々を繋いで駐輪場までお散歩する。リトルレディが歌うガルム語の民謡が、その美声と抜群のリズム感で足取りと心を軽くしてくれた。




両親への憎悪や悲しみはここに置いていこう。長い旅路だ、要らぬ荷物を背負ってしんどい目に遭うコトもないさ。……オレは古き都と共に、"自分の心"も奪還したんだ。


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