奪還編24話 父と娘



いくさに生きる者は、いや、今を生きている者全ては、選択と決断を迫られる。そして下した決断が正解であったのか不正解だったのかは、結果でしか判断出来ない。正解であれば余裕と称えられ、不正解であれば油断とそしられる。それだけのコトだ。


今回、オレが下した決断には、正解という判定が下された。あえて市街戦には参加させなかった二つの別働隊、ヒンクリー師団とオプケクル師団が、市外に脱出した機構軍を散々に叩きのめしたからだ。大規模な戦争においては敗北した側といえど、参戦兵数の半分どころか1/4の戦死者を出すコトさえ稀だ。通常は、せいぜい1/5が痛撃を喰らった段階で総崩れとなる。つまり逃亡兵が出たとしても、4/5近い戦力は撤退し、再戦を挑んでくるのだ。


街を守る防壁に大穴が空いた状態で、早期の再侵攻を受けるコトは避けたい。照京の奪還だけを考えるなら別働隊など編成せず、市内の戦闘に参戦してもらうべきではあったのだが、オレはリスクを取ってでも伏兵を潜ませる策を講じた。


龍の島にいる敵戦力は削げるだけ削いでおく。都の奪還だけがオレ達の目的ではない。奪還した都の安全を保ち、遠くない未来には龍の島全てを同盟領とする。戦争は先の先まで読んでやるものだ。


「流石は闘将と猛将のコンビね。市外に逃れた4万余りの敗残兵、その1/4を殲滅or捕虜にしたみたいよ。機構軍も、まさか伏兵まで配置してあるとは思わなかったんでしょう。"同盟軍は照京奪還戦に総力を投じたはず"、誰だってそう思うもの。」


ソードフィッシュの作戦室で、両師団から送られてきた戦闘記録を確認中のリリスが感想を述べる。


「だからこそ伏兵を潜ませた。削げるだけの戦力を削ぎ、撤退に成功した連中の闘争心をへし折っておく為にな。」


「私が言うのもなんだけど、思考が悪魔じみてるわね。奇襲を受けて惨敗を喫し、命からがらの敗走中に、さらに伏兵に追い打ちされる。普通は心が折れるでしょう。生きて帰れた兵士も、しばらくは使い物にならないんじゃない?」


だといいがな。でなきゃあリスクを取った意味がない。


「リリス、どの位の駐屯兵が敵性都市へ撤退した? 概算でいい。」


「え~っと。……照京駐留兵6万のうち、撤退に成功したと思われる部隊は……全部で3万強ってところだと思うわ。」


よしよし。ゲリラ戦の名手であるオプケクル准将と、奇襲が得意なヒンクリー少将に伏兵をやってもらった甲斐があったな。戦争という事業においては、売り上げ予定と実際の売り上げには差があるもんだが、ベテラン二人は見事に目標を達成してくれた。


「事前の計算とほぼ同じだな。細かい数字を出すのは明日以降でいい。市内に潜伏している敵兵の捜索を開始する。行くぞ。」


「アイサー、ボス。」


リリスを伴って作戦室を出たオレは、市内で掃討戦をやってる案山子軍団に指示を出しながら、現場へ向かった。


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掃討戦が一区切りついた頃に、鹵獲した艦船を曳航した別働隊が照京の軍港に到着したので、姉さんに祝電を打ってもらう。


「カナタさん、私の名代としてお二人の出迎えに行ってください。リリスさん、エマーソン中佐が捕虜の身元確認を手伝って欲しいそうです。」


「はい。モテモテだな、リリス。」 「自分の博覧強記が恨めしいわねえ。」


小悪魔型のコンピューターは、姓名の判明してる敵兵全てを諳んじてる。顔認証ソフトより正確、確実だ。才児しか認めなかったクソ親父も、天才リリスが我が子だったら溺愛していただろう。数学文学を始めとする学問一般は当然として、辞書の存在する言語全てをマスターし、さらに音楽や絵画といった芸術分野にも明るい。オマケに料理までプロ級ときてるんだからな。敏腕官僚で鳴らした親父さえ超える知識チートだろう。


総督府を出たオレは、サイドカーを取り付けたカムイGXに天才少女を乗っけて軍港までツーリングする。


「シオンも連れて行った方がいいんじゃない?」


「そうしたいが、副長殿は狙撃班を連れて市議会議事堂付近を調査してる。既に市営放送で解放宣言は出されているが、明日の朝に姉さんが議事堂のテラスで演説をする予定だ。それまでに狙撃手が潜めるポイント全てに、アスラから選抜した警護兵を張り付かせないとな。」


「なる。じゃあ捕虜の確認は私だけでやるわ。あら!ヒーローさん、手でも振ってあげたら?」


戒厳令が発令されているから、まだ市民は外に出るコトは出来ない。だけど大通りを走るオレ達に向かって、マンションのバルコニーから市旗を振り、拍手を送ってくれてる市民の姿が見える。


「ありがとう、龍弟侯!」 「八熾の殿様、お帰りなさい!」 「大龍君の御世が到来したぞ!照京万歳!」


歓声の中、バイクを止めて敬礼したオレは、龍の帰還を市民に告げる。


「照京市民の皆さん、あなた達はもう自由です!この自由を守り通す為に、オレ達と一緒に戦ってください!市民の戦いとは、モノを作り、モノを売り、サービスを提供するコトです。学生は未来の為に学び、幼子は健やかに育つ。みんなの力で、この照京を輝ける都にしよう!」


街頭に立つ兵士達が空に向かって空砲を撃ち、バルコニーに立った市民達が万歳を繰り返す。祝砲と拍手の織り成す協奏曲コンチェルトか。


……いい光景だ。街路に滲む血の跡さえなければ、言うコトはないんだけどな……


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多くの命を代償に解放した街だ、多くの命を守れる街にしないとな。その為の具体案を考えながらバイクを走らせるうちに、いつの間にか軍港に到着していた。


軍港の中ではエマーソン中佐と陸の海賊の幹部達が、何列かに並ばせられた捕虜の身元確認を行っている。


「来てくれたか。さっそくだがこの列を任せたい。戦場に出ない技術士官や軍事官僚は面が割れていない者が多いので、難儀しているのだよ。」


兵士にしちゃあ華奢な連中だと思っていたが、虜囚になったインテリどもだったか。慌てて逃げ出したのはいいが、見事にとっ捕まったって訳だ。まあ実戦慣れしてない連中が、実戦経験豊富な猛将と闘将から逃れられるはずもない。


「だとさ。リリス、よろ。」


「はいはい。じゃあ捕虜の人達、まずは自己申告をして頂戴な。警告しておくけど嘘をついたら死ぬし、嘘がバレても死ぬわよ。もちろん、妙な真似をしたら…」


「即座にオレの刀のサビだ。死ぬのがイヤなら正直に所属と姓名、階級を吐け。」


陸の海賊がいるから問題ないとは思うが、将官二人への挨拶は、リリスの安全が確保出来てからでいいだろう。それこそリリスみたいに華奢な強者が混じっている可能性もあるからな。


……ん? オレ達の姿を見た途端に顔を伏せた奴がいるな。あからさまに怪しい野郎だ。顔を拝んでおかないと。


「おい!そこのおまえ!なぜオレを見て顔を隠した!」


顔を隠した男の傍に駆け寄り、顎に手をかけて上を向かせる。!!……確かコイツは!


「ノアベルト・ローエングリンだな!テメエだけは許さん!」


いくらオレの記憶力が凡庸でも、テメエの面だけは覚えてるぞ!我が子を売った卑劣漢の顔だけはな!


「ヒイィィ!い、命だけは助けてくれ!」


腰を抜かして尻餅をつき、後退る男。振り上げた腕に絡みついた銀色の髪が、狼の制裁を止める。


「止めるな、リリス!コイツはおまえを研究所に売ったクソ野郎だぞ!一発殴らなきゃ、気が収まらん!」


「少尉、捕虜の虐待はパーム協定違反よ。……久しぶりね、パパ。」


銀髪を戻したリリスは、ツカツカと父親に歩み寄る。


「わ、私が悪かった!そんなつもりじゃなかったんだ!」


膝を突いて少女に詫びる大の大人の見苦しい姿に、胸クソが悪くなる。冷静かつ冷ややかな口調で、娘は父を問い質した。


「あら、じゃあどんなつもりだったの?」


「そ、それは……」


言葉に詰まる父親をリリスは冷然と見下ろし、胸に光る階級章を見て嘆息した。


「娘を研究所に売り飛ばして伯爵家を乗っ取り、金とコネを総動員した挙げ句に、まだ中佐止まりな訳? 将官ぐらいにはなってくれないと、売られた身として切ないわね。まあルックスだけが取り柄のパパにしては、よくやった方なのかもしれないけど……」


娘からは辛辣な評価を下された父親だったが、唯一褒められた外見は、確かに相当なものだ。中年ではあるが、ダミアンと勝負出来そうな男前と言っていい。リリスの祖父で世界的数学者だったカールハインツ・ローエングリン伯爵もえらいダンディーな爺様だったし、祖父と父親がこれなら、リリスが絶世の美少女に生まれたのも頷ける。


「八熾侯爵、身代金ならいくらでも積む。私を国に帰してくれ……」


おまえなあ。殴りたいのを我慢してんのに、どうでもオレに殴らせたいのか?


「いくらでも積むとは言うが、おまえにその価値があるのか?」


「……え!?」


「ローエングリン伯爵家の家系図ぐらいは見てんだよ。直系の血筋にあたるのはリリスだけで、後は100年以上遡らないと伯爵家の血を引く者はいない。つまり、おまえが戻らなければ伯爵家は断絶するか、遠縁の子弟が継ぐコトになる。身代金ってのはな、家族か近しい縁戚にある者が用立てるもんだろうが。オレが皇帝だったら伯爵家は断絶させて領地は没収するね。権力者にとって、功臣に与える領地はあればあるほどいいからな。」


「パパの真価が問われる時ね。能力を評価されているか、伯爵家の家臣団が皇帝に強く言上でもしない限り、国には帰れないわ。」


リリスの爺様は変わり者だったらしいが、家臣には公正だった。"数学界の巨星"と称され、高名を博す前当主は、家臣達にしても誇りだっただろう。公正で高名な巨星の孫娘を売ったノアベルトを恨みこそすれ、恩義を感じる者などいない。そもそもこの男は婿養子で、伯爵家の血なんか引いちゃいないんだ。暴君やバカ殿を支える原動力、"血統の重み"さえ持ち合わせてない。


「私が戻らなければ、家臣どもだって路頭に迷う!すぐに身代金を用立てるはずだ!」


家臣ねえ。おまえがどういう当主だったか、その一言で丸わかりだな。


「おまえは本当にリリスの親父か?」


「な、何が言いたい!…のです?」


言葉を言い繕うなよ、みっともねえ。度胸といい頭脳といい、リリスの足元にも及ばねえオッサンだぜ。


「リリスの親父とは思えんほどバカだって言いたいんだ。いいか? お家が断絶されても領地を統治する者は要る。皇帝がおまえみたいなバカじゃなければ家臣団の身分は安堵するだろう。家臣団はよそから新しい当主を迎えるか、皇帝の直轄領になるかを選ぶに決まってらあ。尽くしてくれる者達を"家臣ども"なんて呼ぶおまえが帰ってくるよりマシな選択だからな。」


「そ、そんな……」


「パパが今まで何人の高官の妻子と寝たかは知らないけどね、唯一の取り柄だった容貌も収容所送りになったらマイナスに働くわよ?」


「な、なぜだ?」


寝たのは否定しないんだな。まあ容貌を活かして高官の妻や娘に取り入り、出世したんだろうなとは思ってたが。


「収容所はだからよ。小馬鹿にしていた前線勤務の兵士達、その性欲のはけ口として余生を全うしたら? 括約筋が活躍……ふふっ、傑作。」


お下品だぞ、リリス。容貌抜群で腕っぷしが弱く、帰国の見込みもないとなりゃあ、そうなる可能性は高そうだが……


「頼む!助けてくれリリス!私は兵卒の慰み者になどなりたくない!」


おいおい、いくらなんでもムシが良すぎだろ。どの口がそんなコトを言うんだ?


「エマーソン中佐、コイツはノアベルト・ローエングリン中佐で間違いないわ。サッサと連行して、目障りよ。」


当たり前だがリリスは父親の懇願を意にも介さなかった。温情をかける代わりに冷たい一瞥をくれてやり、連行を促す。


「聞いたかね? お嬢様は貴様が目障りだそうだ。私と一緒にこい!」


即座に事情を理解したエマーソン中佐がノアベルトの腕を掴み、引き摺るように引っ立ててゆく。




泣き叫びながら連行される父親を、リリスは一顧だにしなかった。オレは華奢で小さな肩に手を回し、そっと抱き寄せる。……その体は少しだけ、震えていた。


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