奪還編23話 天下無双の狼



メルゲンドルファー師団は噂通りの精強さだったが、今回は相手が悪かった。並の相手であればもっと持ち堪えていたに違いない精鋭達に襲い掛かったのは、同盟最強のアスラ部隊コマンドだったからだ。


右翼からはテムル師団&照京兵。左翼からはアスラ部隊&神難兵。これじゃあどんな精鋭だってどうにも出来ない。乱戦になったのでバイクから降りて刀を振るうオレの周りに、頼もしくもイカレた仲間が集まってきた。


「シャアアアアァーーーーー!こりゃ斬り放題だぜぇ!こいよ、もっときやがれってんだ、オラァ!」


「トゼン君は本当に楽しそうに人を斬り殺すねえ。あ~キミ達、老婆心から忠告しておくが、早めに武器を捨てて投降したまえ。無駄に命を散らすものではないよ。こうやって殺しながら忠告するのもなんだがね。」


隻腕の人斬りが血風を巻き上げ、達人の振るう刃が命を散華させる。大師匠は"手の付けられない怪物を育ててみたかった"なんて酔狂を起こしてトゼンさんに剣を仕込んだが、間近でその兇刃を見てご満悦っぽい。"怪物を育てた、後は知らん"では無責任すぎる、とシグレさんが嘆息していたが、今、嘆息したいのはこんな師弟もどきに殴り込まれた敵兵だろう。


「バックラー如きで俺の槍を防げるかよ、ボケ!」


"獅子髪"の異名を持つアスラ一の傾奇者は、愛用の槍"朱獅子あけじし"の穂先に純白の※槍桜を付けて出陣する。そして純白の槍桜は、戦が終わる頃にはくまなく朱に染まっている。染料は敵兵の血だ。


「バクラさんが貫くバックラー……ふふっ傑作……」


ジョニーさん、脱力するから駄洒落は止めてもらえませんかね……呟いた駄洒落に含み笑いしてる破戒僧に刺し殺される敵兵も哀れでしょ?


「キーナム、足の付いたのは任せたよ!」


「あいよ、姐さん!」


アビー姐さんは片っ端から装甲車をひっくり返してんし、キーナム中尉は渦巻きみたいなジャイアントスイングを披露してるし、やりたい放題だな。


「カナタ、黒騎士とやり合ったらしいが、大丈夫なのか?」


敵兵の頭を踏み台に跳んできたマリカさんが、オレの隣に着地した。もちろん踏み台にされた敵兵は、頭を蹴り砕かれて物言わぬ死体になっている。


神威兵装オーバードライブを一度起動させましたが、体のダメージは大丈夫です。無傷とは言いませんがね。」


「アタイが援護してやっから、堅物敵将の首はカナタが取ンな。今のお前なら、少々ダメージを負った状態でも、メルゲンドルファーには勝てるだろう。」


「ええ。だけど美味しいところを持っていかれた司令に文句を言われそうだな。」


「名誉の代わりに実利を持たせりゃ、嫌味もグチも止まるだろうさ。だがイスカの話じゃメルゲンドルファーはヴァンガード式の剣盾術を使うってよ。気をつけな。」


メルゲンドルファーはヴァンガード家の現当主・スタークスと兄弟弟子だったと聞く。先代当主の育てた直弟子だけに、かなりヴァンガード式に習熟していると見なければならない。


「奴が完全適合者でもない限り、なんとかなるでしょう。じゃあ援護をよろしく。」


「あいよ。ラセン、おまえの業火で道を切り開け!」


「御意。」


印を結んだラセンさんの必殺技、螺旋業炎陣が炸裂し、敵陣に大穴が空いた。盛る業火が消える間もなく、真紅の疾風が戦場を駆けてゆく。


「足も速くなったねえ、今どンくらいなンだい?」


他の部隊長ならともかく、マリカさんの後をついて行くには全速力が必要だな。ホントに速い人だ。


「100mを4,2秒。これが限界ですかね。」


「イスカと並んでナンバー2だな。足が速くなったのはいいが、のは程々にしときな。アタイがいくら寛容な女でも、限度はあンだよ?」


「別に手は早くないですよ。手技のハンドスピードには自信がありますけどね。」


緋眼で朦朧とした敵兵を、トッドさんに次ぐ早撃ちで仕留める。足の速さも早撃ちもアスラ部隊ナンバー2か。ちょっとだけ錦城大佐の気持ちがわかるような気がするな……


「自覚がないのが問題なんだよ、この天然ジゴロめ。」


脳波誘導手裏剣を盾で弾きながら前進してきた一団は、炎を纏ったマリカさんの愛刀"紅一文字"の餌食にされた。ここまで強い相方だと、援護する間も必要もない。


「ジゴロとか止めてくださいよ、人聞きが悪い。」


「人聞きが悪いかは知らんが、人が悪いのは事実だろ。」


軽口を叩きながらデキる敵兵を始末する2トップ、後ろに続くアスラの各部隊が残りを殲滅してゆく。これで中陣もほとんど無力化したな。


ん? 戦場の上空を旋回してるのは修羅丸じゃないか。


「ピィーロロー!ピィー!(敵将見つけた!あそこだよ!)」


完全適合者のオレらはアスラ四天王なんて呼ばれているが、他に三白ってのもいる。白鷹の修羅丸に、白犬の雪風、それに白蛇のハク、アニマルソルジャー三傑のコトだ。三白一の偵察能力を持つ修羅丸は、文字通りの鷹の目で敵将の姿を捉えたらしい。


(サンキュー、修羅丸。)


上空の白鷹に敬礼しながら礼を言っておく。メルゲンドルファーは陸上戦艦から降りて戦っていたようだな。自ら陣頭指揮を執り、なんとか煌龍か瑞雲の元に辿り着こうって訳だ。だがそうはさせん。


「メルゲンドルファーの居所がわかった。行きますか。」


「ああ。アタイらだけで先行しても問題あるまい。じきに後続が追っついてくる。」


剣林弾雨を二人で駆け抜け、敵将の元へ向かう。総大将を討ち取れば、この戦いも終わりだ。


───────────────────────


「思ったよりも早く来たな。」


騎士三人を相手に余裕綽々で応戦していたクランド大佐が、0番隊の隊員を顎でしゃくって下がらせた。メルゲンドルファー直衛部隊は"神兵"の築いた防衛ラインを突破出来ずに往生していたようだ。


「神兵に緋眼、それに剣狼……ワシの武運もこれまでか……」


騎士三人が神兵の刀に斬って捨てられたのを見届けたメルゲンドルファーは、前後から迫る敵を交互に眺めやってから、静かに瞑目した。


「メルゲンドルファー、もう勝ち目などない。部下に投降を命じろ。おまえも投降するのなら、パーム協定に則って処遇する。」


無駄と知りつつ一応降伏勧告してみたが、返答は予想通りだった。


「断る。多数の将兵と任された領地を失い、その上に虜囚の身など、死に勝る恥辱だ。」


捕虜交換で帰国出来ても、皇帝に会わせる顔がない、か。


「そうか。自刃したいなら止めぬ。戦って死にたいなら、オレが相手になろう。」


黙って剣を首筋にあてたメルゲンドルファーだったが、思い直して剣と盾を構えた。


「死に方を定めたぞ。龍の首級を上げるつもりであったが、それが叶わぬのなら、その名代とだ。いざ尋常に勝負せよ!」


いつもだったら"無理だと思うが頑張れ"とでも言ってやるところだが、ここは歴戦の強者に敬意を表してやるか。


「受けて立とう。皆、下がれ。」


敵も味方も最後の一騎打ちを見届けるべく、武器を収めた。血と汗にまみれたギャラリーの見守る中で、この戦いの幕を下ろそう。


「ゆくぞ剣狼!」


構えた大盾で視線を遮りながら、突進してくる"堅将"メルゲンドルファー。シールドチャージは盾の扱いを得意とするヴァンガード式を代表する技だ。この技を見るのは二度目、ザインジャルガで戦った"大盾"ヘインズもヴァンガード式の使い手だった。……だが、大盾より堅将の方が腕は上だな。


闘牛士マタドールのように陣羽織を翻して、シールドチャージを躱す。躱し際に平蜘蛛で脛を払ってやったが、メルゲンドルファーは念真障壁を纏わせた脛当てでガードした。普通の相手であれば、ガードしたって体勢を崩せるのだが、堅将の足は大地に根を張ったようにビクともしない。190センチを超える偉丈夫かつ、重量級なのをさっ引いても、相当なパワーだ。


「軽い剣だな、帝の狼。至宝刀が泣くぞ?」


「今のは挨拶代わりのジャブみたいなものさ。本番はこれからだ。」


おまえは重量級でも屈指のパワーと高い剣技を持っている。だがオレには中軽量級最強のパワーと最速の足、そして夢幻一刀流の技がある。そして、おまえにはない固有能力もな!視線を盾で遮るのはいいが、死角が生じる!生じた死角を突く速さも技も持っているんだぞ?


「小さく細かく刻んできおって!それでも男か!」


苛つきながら怒鳴る敵将。戦闘ってのはな、"相手の最も嫌がるコトをやる"のが鉄則なのさ。オレの底意地の悪さを知らないのか?


「フフッ、盾の陰に隠れてる男に言われたくないぞ。」


大振りを誘いたいならそれらしい動きで誘いでもかけろよ。そんな誘いにゃ乗らないがな。


この男は生きて祖国の土を踏む気はない、典型的な死兵だ。そしてオレとマトモに戦ったら堅守反撃に徹したところで、削り殺されるだけなのはわかったはず。ならば狙ってくるのは致命打の交換、差し違えての死だ。オレなんかと差し違えるのは不本意だろうが、もうメルゲンドルファーには他の選択肢がない。


剣と刀を打ち合わせるコト暫し、メルゲンドルファーの瞳に執念の炎が灯った。


「貴様だけは、貴様だけは討ち取ってみせようぞ!」


「知ってるかい、そういうのを"負け台詞"って言うんだぜ?」


……やっぱりおまえは最後の最後まで、変われなかったな。瞳に宿った執念の炎、その燃料は"願望"だ。"パワーは自分の方が上だ"という願望が、叶わぬ夢を見させている。そう思わせるように、オレが手加減しているとも知らずに……


「なにっ!?」


シールドチャージで押されたオレは、アスファルトの窪みに足を取られる。


「後ろに目はついておらんかったようだな!死ねい!」


勝ち誇ったメルゲンドルファーの渾身の一撃が繰り出される。バカが、地形を把握してない訳ないだろ。崩れたフリを止めて、すぐさま体勢を整える。騙し技フェイントは、剣技体技だけでやるもんじゃないのさ。剛の太刀、第二の犠牲者になりやがれ!


「夢幻一刀流奥義・剛擊夢幻刃、追閃ついせん!」


両手持ちの長剣を右手の刀で跳ね上げ、逆手で居合い抜きした脇差しがメルゲンドルファーの首筋を斬り裂く。オレは防御と身を捨てての一撃を待っていたんだ。


「……捨て身の一撃さえ……通用せん……のか……」


鮮血の首飾りを巻いたメルゲンドルファーの膝が折れ、ドシャリとうつ伏せに倒れた。


願望にすがって戦術的敗北を喫し、願望にすがって一騎打ちにも敗れる。高い所からしか世界を見たコトがない、世襲貴族の限界を露呈したな。司令みたいに民間のビジネスにも携わっていれば、希望的観測の危険性を知り得ていたかもしれんが……


実体経済を理解出来なかったこの男には無理か。私有企業を持つ世襲貴族は結構いるが、そのほとんどは権力を背景にした"殿様商売"なのだ。


「敵将よ、"身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ"とは言うが、それは"捨て方による"のだ。自尊心を守りたいが為の捨て身では、狼は倒せん。だが堅将の名に恥じぬ腕前だったぞ。」


伍子胥ごししょじゃあるまいし、死にゆく者に鞭は打たない。剣盾技の腕前は素直に称えよう。もっとも外道が相手の場合は、容赦なく鞭を打つがな。オレは人獣に尽くす礼儀は持たない主義だ。


「……て、帝国万歳!!……スタークス……アシュレイ……皇帝陛下を……頼んだ……ぞ……………」


断ち切られた頸動脈から大量に出血しながらも、メルゲンドルファーは人生最後の願いを叫び終えた。


刀と脇差しの血を払ってから納刀し、目を見開いたまま絶命した敵将の傍らに膝を着いて、まぶたを閉じてやる。仮に味方であったとしても、気は合わないし好きにもなれない男だっただろうが、忠節を全うした将への礼節は守る。オレは片膝を着いたまま、瞑目して手を合わせた。


合わせた両手はすぐに役に立った。オレに向かってボウガンの矢が飛んできたからだ。風切り音を察知したオレは閉じた手のひらを少し開けて、飛来した矢を挟み取る。真剣白羽取りならぬ、真弓白羽取りってところか。


「おのれ卑怯な!正々堂々の一騎打ちの結果であろう!」


腰の刀を抜いたシズルが、矢を放った帝国騎士に向かおうとするのを手で制する。


「待て!そこの男、騎士らしからぬ振る舞いだが、どういう了見なんだ?」


制止しようと肩を掴む僚友を突き飛ばした騎士は、目に涙を浮かべて叫んだ。


「黙れ!騎士道などクソ喰らえだ!伯爵の仇は俺が取る!」


白刃を閃かせながら駆け寄ってくる騎士の足首を砂鉄で引っ掛け、転倒する前にうなじに手刀を振り下ろして昏倒させる。粗忽者を無力化したオレは、黄金の目で居並ぶ騎士達を睨みつけながら、意志を確認した。


「……他にも復讐戦を挑みたい者はいるか?」


警告はしてやった。それでも来るなら容赦はしない。


「皆、武器を捨てろ。無念極まりないが、勝敗は決した。……我々の負けだ。」


大佐の階級章を付けた男が敗北宣言を口にし、照京奪還戦は終結した。友軍兵士の隊列が割れ、姉さんと東雲中将が決戦場に姿を見せる。オレは一礼してから光輪天舞を清酒で清め、本来の持ち主にお返しした。


「弟が見事に敵軍総大将を討ち取りました。この戦、私達の完全勝利です!」


輝く宝刀を天にかざした姉さんを中心に照京兵が大きな人の輪を作り、勝ちどきを上げた。


「「「「「えいえいおー!!!えいえいおー!!!」」」」」


思い切り勝ち鬨を上げた後、ある者は手を叩き、ある者は戦友と抱き合い、ある者は万歳を繰り返す。照京兵の悲願、都の奪還が成就したのだ。嬉しさもひとしおだろう。


……ん? なんで兵士の中にビジネススーツが混じってるんだ? おいおい、あれは……


「雲水代表!戦地に来てはダメでしょう!」


輪の外に佇んでいたもう一人の人器に駆け寄る。高そうなスーツが抱き合った兵士の血と汗で汚れちまってんじゃんか。


「流石は"戦上手の龍弟侯"だね。見事な戦いぶりだったよ。」


「神難で待機する予定はどうな…」


「大龍君が命を賭けて戦場にお出になるのに、安全な場所で見ていられるものかね。私が来たところで何の役にも立たないが、せめてミコト様のお傍にはいないと。」


御鏡雲水は本当に生まれ変わったらしいな。自尊心の為ではなく、都と姉さんの為に命を捧げる覚悟なんだ。メルゲンドルファーの覚悟とは質が違う。これが、"好ましい捨て身"だ。


「雲水代表の戦いはこれからです。照京の復興という大戦おおいくさが始まったのですから。」


「カナタさん、その大戦は雲水一人の戦いではありません。私達が中心になって、都に住まう者みんなで成し遂げる仕事なのです。」


鯉沼、犬飼の両将を引き連れて歩み寄ってきた姉さんに、そう諭される。


「任せてくださいと言いたいところですが、オレは内政は苦手なんですよねえ……」


「ハハハッ、天下無双の龍弟侯にも苦手なモノがあったとはな!」


心底愉しそうに笑う鯉沼大佐に、犬飼少佐が追随する。


「鯉沼大佐、俺が思うに龍弟侯の一番の苦手は"女"じゃないですかねえ。」


……好き勝手言ってくれるじゃないの。


「カナタの苦手は"とびきりイイ女"さ。だからアタイが一番、だろ?」


マリカさんってホントに忍者らしく、神出鬼没ですね。一体どこから現れたんだよ。そんでしなだれかからないでください。嬉しいけど、姉さんが怖い顔をしてます……


「カナタさんの一番は姉である私です!家族でもない他人様は遠慮してください!」


ひったくるようにオレの腕を取った姉さんに抱きすくめられ、板挟みタイムが始まってしまった。


「ちょっと!少尉は私のなんだからね!」 「……隊長、戦闘時の凜々しさはどこへ行ったのですか?」 「私もハグハグする~♪」


三人娘まで来ちまったか。何枚板があるんだよ……とりあえずだな。


「チッチ少尉!もう撮影はいいだろ!カメラを止めろよ!」


「いやいや、これはこれでいいですよ。後で録画を送りますから。」


やれやれ。チッチ少尉はパパラッチにでも転職すりゃいいんだ。


弟の所有権を主張する姉に背後から抱き締められ、豊かな胸が背中に当たる。姉さん、オレを姉に懸想する不心得者にする気ですか……


「カナタさん、ありがとう。……無事でよかった……」


お胸の感触を忘れる一言が背後から囁かれ、オレは目を瞑って口元だけで笑った。




地位でも名誉でも金銭でもない。オレへの報酬はこの一言で十分だ。


※槍桜とは

槍の穂先に付ける飾り物。鬼道院馬鞍は白毛の槍桜を愛用しています。


※伍子胥とは

屍に鞭打つの語源になった古代中国の政治家で軍人。


あけましておめでとうございます。本年もよろしく<(_ _)>



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