奪還編21話 黒騎士VS剣狼



「道を空けろ!雑魚どもが!」


群がる敵兵を狼眼で睨み殺しながら、バイクで戦場を駆け抜ける。邪眼対策の出来る奴は刀で斬り捨てる必要があるが、問題ない。夢幻一刀流には馬上技も揃ってるから、繰り出す技には困らないからだ。


1ダースほどの重装歩兵が、盾を構えて前進してきたか。オレが脳波で鋼鉄の馬に命令を下すと、前輪の両サイドに取り付けられたガトリングガンが火を噴き、安物の盾を粉砕する。こういうケースを想定して、徹甲弾を積んできた甲斐があったな。刀を口に咥えてから2丁のグリフィンmkⅡを抜き撃ちし、盾を失った重装歩兵にトドメを刺す。最新鋭の脳波操縦システムを搭載したカブトGXは、ハンドル操作も脳波で出来るのだ。


「龍弟侯!突破を手伝ってくだされ!先行したテムル様が、敵軍と交戦中なのです!」


刺繍の入った帽子を被った騎馬兵は、歩兵を叱咤しながらなんとか血路を開こうと奮戦している。敵の攻勢が長続きしないのは彼もわかっているが、早く主君と合流しなくては危険なのもわかっているのだろう。


数的に劣勢であろうと、後先を考えない全力攻撃を続ければ、多勢を一瞬は押し返せる。だが、燃え尽きる前の蝋燭が見せる輝きが長続きしないように、いずれは潰走に繋がる。命の炎が見せる揺らぎ、その限られた時間で大将首を取るのが黒騎士の狙いだ。マンパワー頼みの戦術だが、それが可能な兵士は存在する。奴もその一人って訳だ。


「オレが総督の援護に行く!攻勢を退け、合流を急げ!」


テムル総督が討ち取られれば、師団は大混乱に陥る。大将首をゲットし、生じた混乱に乗じて撤退。それが黒騎士の描いた絵図だろう。そんな絵は、じきに※画餅にしてやるがな。


「援護!? 敵を退かせずにどうやって…」


「こうやってだ。」


後部シートに載せたジェットパックを背負ってブースターをオン。乱戦が繰り広げられる戦場の空を飛び抜ける。もちろん下からは銃弾の雨が飛んでくるが、磁力操作でお返しし、たまに紛れ込んでくる念真擊は念真重力壁でブロックだ。


やれやれ、これじゃあ黒騎士のコトを笑えない。オレもマンパワー全開の強引突破じゃねえか。


「……やっぱり悪夢の騎士団ナイトメアナイツか!」


テムル総督が率いる親衛騎馬隊と交戦してるのは黒衣の騎士団。騎士団を自称するだけに、連中も騎兵なのか。オレは瞳のズーム機能を目一杯上げて戦場を俯瞰し、友の姿を探す。テムル総督は……あそこだ!アトル中佐と共に黒騎士ボーグナインと戦っている!


蒼狼テムルは中原一の颶風能力の使い手、特に刃に烈風を纏わせる術に長けている。文字通り、風切る刃を操る男なのだ。だが中原の勇者が繰り出す連擊を、黒騎士は流れるような太刀捌きで封じ込める。俺の番だと言わんばかりに逆襲に転じた黒騎士相手に苦戦するテムル総督を、腹心のアトル中佐が懸命に氷槍で援護。しかしアトル中佐が立て続けに放った氷槍は、黒騎士の形成した炎の盾に全て溶かされてしまった。


黒騎士は"炎壁ファイアウォール"と称えられるガード屋、ダニーに匹敵する防御能力を持っているらしいな!


氷槍は通じないと判断したアトル中佐は、愛馬の腹を蹴って距離を詰め、冷気を纏った刃で斬りかかった。


「テムル様!ここは私に任せてお下がりを!」


「馬鹿な事を言うな!二人がかりなら勝てるはずだ!」


氷刃と風刃、息の合った左右からの斬擊を、ものともせずに跳ね上げる黒騎士。大剣が黒い炎を纏っているのも不気味だが、剣の腕そのものも、さっきの女騎士とはレベルが違う。やはりコイツは危険な男だ。ブースター臨界!頼む、間に合ってくれ!


黒馬に騎乗した漆黒の騎士は、嘲るように遊牧民の末裔に囁く。


「……草原の野人に、戦場の掟を教えてやろう。掟とは、"弱い者から死ぬ"だ!」


氷刃をかいくぐった大剣がアトル中佐の太股に刺さり、鮮血と共に落馬させる。


「アトル!!」


「侍従の心配などしている場合か!次は貴様だ!」


テムル総督を襲う黒刃を居合い斬りで跳ね上げ、馬と馬の間に割って入る。……間一髪だが、間に合ったぜ。


「"弱い者から死ぬ"ときたか。……じゃあ死ぬのは"おまえから"だな。」


ジェットパックのベルトを斬り捨て、体を軽くした。このレベルの戦いは、微差が大差になり得る。


「貴様は剣狼!!」


「よう黒騎士。噂にゃ聞いていたが、会うのは初めてだな。」


黒騎士の得物はバカデカい大剣。防具は騎士鎧を模した装甲コートに羽根付き兜みたいなヘルメットか。何より気に入らんのは白目のない真っ黒な目だな。コイツは邪眼能力を持っている可能性が高い。


「カナタ、来てくれたのか!」


「アトル中佐を連れて下がってください。コイツの相手はオレがやる。」


「頼む!アトル、しっかりしろ!」


落馬したアトル中佐を馬上に抱え上げるテムル総督。血流調節機能はオンにしてるだろうけど、大動脈が傷付いているはずだ。でもアトル中佐は5世代型のバイオメタルだから、すぐに手当てすれば致命傷にはならない。大ダメージを受けた直後に、氷結能力で血止めをしていたのも流石だ。


横目で二人の様子を観察していたオレの鼻先に迫る刃。屈んで躱しながらカウンターを入れてやる。大剣の束頭で返しの刃を弾いた黒騎士は、技の源流を見抜いた。


「次元流を囓っているだけあって、カウンターが得意なようだな。」


「得意なのはカウンターだけじゃない。色々と見せてやるつもりでいるが、とりあえず……馬上から見下ろされるのは不愉快だ。」


こっそり這わせておいた砂鉄の刃が黒馬の前足を切断し、三本の足で暴れる馬から黒騎士は飛び降りた。二本の足で大地に立った上官の元に、バイクに乗った兵士が二人、駆け寄ってくる。おっと、そう来るんなら、砂鉄さんにはもう一仕事してもらうかな。


「ボーグナイン、剣狼が相手なら総掛かりで殺ろう。」 「コイツの首なら、テムルの首より価値があるぜ。」


出たな、裏切り者コンビ。殺るのは構わんが、殺しちまったらケリーが怒りそうだな。


「ダムダラス以来だな。確か……グスタフ・エスケバリに、ライアン・オコーナーだったか?」


よし、黒騎士の視線はオレに向いている。エスケバリ、オコーナー、おまえらの処刑はケリーの仕事だ。卑しさに足を掬われて自滅するんだな。


「……グスタフ、ライアン、下がっていろ。貴様らが加勢したところで足しにはならん。却って邪魔だ。」


邪魔と言われた二人は鼻白んだが、黙って引き下がる。オーケーオーケー、期待通りの展開になったぞ。


ま、黒騎士にしてみりゃ当然の選択だろう。なんせアトル中佐を衛生兵に預けたテムル総督が、オレの背後から睨みを利かしているんだからな。一騎打ちなら静観するつもりの総督も、総掛かりとなれば黙っていない。後のコトも考えなきゃならない黒騎士は、乱戦を嫌った。部下を失えば失う程、離脱が困難になるからだ。


それに自分勝手なこの男は、友軍だったらいくらでも使い捨てに出来るが、テメエの子分で、虎の子の騎士団は温存したいと考えるだろう。戦力の低下=発言力の低下、それが軍隊の力学だ。


「では景気よく一騎打ちと洒落込もうか。こいよ、黒騎士。から仕掛けるのが作法だぜ?」


左手で手招きしてやると、無表情だった黒騎士の額に青筋が立った。


「貴様からこい。格下から仕掛けるのが作法だと言うのならな。」


イヤだね。オレは睨み合いを続けても構わないんだ。じきにテムル師団が殺到してくるんだからな。"格下から仕掛けてくるのが作法"と挑発したのは、おまえの方から仕掛けざるを得ないのを知っているからだ。プライドが人一倍高そうなおまえに、理不尽を強いてやりたいんだよ。


「カナタ、気をつけろ!その男は"エナジードレインのような能力"を持っている。」


テムル総督のアドバイスを聞いて、予測は確信に変わった。戦場に転がる遊牧騎兵の戦死者、その幾人かが、ミイラのように干涸らびていたのは、やはり黒騎士の固有能力タレントスキルだったのだ。


「黒い炎がその能力だ。それとは別に、通常の炎も使ってくるぞ。どちらも念真障壁で防御可能だが、黒い炎はガードの上からでも生命力を削ってくる!」


「……チッ!未開地の蛮人は言葉が不自由なものだが、ペラペラとよく喋りおる。」


大剣に黒い炎を纏わせた黒騎士は舌打ちし、ジリジリと間合いを詰めてきた。黒い大剣は金属ではなく、セラミック製のようだな。切れ味の持続力に勝るセラミック製の武器を使う兵士もいるが、切れ味そのものは金属製の方が良いとされている。この男がセラミック製の剣を使う理由はもう一つの長所、"軽さ"だろう。微差が大差になるコトを知っているから、斬擊の速さを少しでも高めたいのだ。切れ味に劣るのは欠点にはならない。黒騎士は固有能力の"黒い炎"を纏わせるコトによって、殺傷力をカバー出来るからだ。


黙って間合いを詰めさせてやる必要はないな。挨拶代わりに狼眼を喰らわしてやるか。


「慌てて目を切るとでも思ったか? 俺の黒眼こくがんは邪眼能力に高い抵抗力を発揮する。貴様の狼眼など俺には通じん。」


その言葉を額面通りにゃ受け取れないな。おまえは少しだけ、歯を食いしばった。高い抵抗力を持っているのは本当みたいだが、ノーダメージではない。邪眼は一切通じない、オレにそう思わせたいんだろ?


「へえ、そうかい。その気味の悪い目玉、ホラー映画の端役に応募する以外の使い道があってよかったな。」


「抜かせ、時代劇の斬られ役が!」


緩やかな足取りから一転、急加速してきた黒騎士は、漆黒の刃を振り抜いてきた。動きの速さはトッドさんと同等、そして刃を受けた感触でパワーを類推。パワーは……イッカクさんに匹敵する。やはりコイツは完全適合者だな!テムル総督とアトル中佐の二人掛かりでも苦戦する訳だ。


「貴様は金属に殺戮の力を付与する事が出来るらしいが、それにはチャージを要する。俺を相手に力を充填している暇などないぞ!」


超硬化セラミック製の大剣を矢継ぎ早に繰り出してくる黒騎士。長大で厚みのある大剣の重さは材質で軽減し、武器の軽さは自前のパワーで相殺。さらにエナジードレイン能力のある黒炎で殺傷力を上乗せか。なかなか合理的な戦法だ。


数十合、打ち合ってみたが均衡は崩れない。傲慢な男だが、傲慢さに見合った剣技と身体能力を持っている。技比べではラチがあかないな。普通だったら大剣よりも刀の方が回転力に勝るんだが、セラミックの軽さのせいか、手数でもそんなに差が出ていない。


「どうした剣狼、少し息が上がってきてるぞ?」


うんざりするほど連打を交換しといて、全く息を切らしてねえとは驚きだぜ。無尽蔵のスタミナ……それとも新型の戦術アプリでも搭載してやがるのか?


「昨晩手に入れたエッチなグラビアが絶品だったんでね。少し思い出しちまってたのさ。」


コイツはとにかく持久力が高い。アプリの助けを借りてるとしても、ここまでラッシュを持続出来るのは異常だ。スタミナにおいてはオレより上だと考えよう。


マリカさんから習った忍者流の体術で距離を取り、磁力の槍で攻撃。躱しにくいように錨型へ形状変化もさせてみたが、黒騎士はその変化も寸差で見切ってのけた。


「バカめが。敗死した負け犬の技で俺を倒せるなどと思うなよ?」


ケリーは生きてるよ。ついでに言えば、ケリーの磁力槍はもっとレベルが高い。


「正直に感想を言わせてもらうが、ケリコフ・クルーガーの方が、おまえよりも強かった。一度最高レベルと戦うと、後は格下ばっかりになるから楽だな。」


「その減らず口を叩けんようにしてやろう。……遊びは終わりだ、本気で行くぞ。」


奴が神威兵装備オーバードライブを使用したのを感知したので、オレも神威兵装を起動させる。これで長期戦はない。捨て駒の壊滅タイムリミットがある黒騎士にしてみれば、当然の選択だな。


さて、黒騎士はハメ手の存在に気付いているのかいないのか? 下手をすりゃ命に関わる選択なんだが……



命が懸かった選択の答えは……気付いていない、だ。セラミック製の武器を使っていたとは、二重の意味でラッキーだったぜ。


※画餅とは

絵に描いた餅の事。物事が実際の役に立たないありさま。


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