奪還編20話 魅惑の勝利報酬



オレが30ばかりの装甲車をひっくり返し、10数台の戦車がシオン隊の対戦車ライフルで破壊されると、機構軍はまた歩兵部隊を繰り出してきた。左右から同時に攻撃されているのに、まだ総崩れに至らないのは、メルゲンドルファーの指揮能力の高さと、兵質の高さを表している。レオナ(と死んだ上官)の率いる連隊も、案山子軍団やレイブン隊に比べれば弱いというだけで、平均的な同盟兵士よりは上だった。皇帝が本国から送り出してきた軍団だけのコトはある。


完全勝利寸前の優位な状況だが、死兵には要注意だ。死に物狂いの敵軍に、ただ力押しするのは賢くない。いったん戦線を下げて新手の歩兵隊を引き込み、包囲殲滅するべきだ。引き裂かれつつある戦線、枯渇してゆく兵員。なのにまた連隊級の数を出してきたあたり、メルゲンドルファーにも案山子軍団が戦域中央に到達したらお終いという認識があるようだな。


ハウリングウルフを除装したオレは、タブレットの戦術情報を確認しながら迎撃ラインを考える。


「いったん戦線を下げる。ガード屋が前に出て攻勢を支えながら…」


「そいつは俺らに任せてもらうぜ!まだ仕事らしい仕事をしちゃいないんでな!」


大戦斧を携えた金髪巻き毛と、彼の率いるビロン家私兵団が戦線に現れ、布陣を開始する。


「ピエールか、久しいな。少しは戦術脳も進化してるんだろうな?」


「あんだけ痛い目を見りゃ、どんな馬鹿でも学習するさ。」


そうらしいな。連れてる部下どもの面構えが全滅しちまった連中とは違う。ちっとはマシな布陣と、家柄よりも能力を重視して選抜された兵隊。脱・脳筋宣言は本気のようだ。兵隊の選抜はともかく布陣の方は、頭のいい兄貴のアドバイスあってのモノだろうが、以前のピエールなら誰かの助言を聞き入れたりはしなかった。


「なかなかいい兵隊を揃えたな。たぶんビロン少将のお気には召さない連中だろうが……」


「親父がどう思おうが関係あるかよ。戦場では家柄や血筋は何の役にも立たねえ。命を張るのに相応しい待遇を提示し、"強者求む!"の募集に応じてきた連中を、自分でテストし選抜した。だから生まれ育ちに品はねえが、強さは折り紙付きよ。……もう二度と、テメエ一人が生き残るなんて不様は晒したくねえ。」


ザインジャルガの苦い経験が、傲岸不遜な若僧に戦場いくさばことわりを悟らせたか。オレが若僧扱いするのもなんだな。ピエールはリックと同い年、オレより一つ年少なだけだ。


「由緒は正しくないが、異名兵士に食い下がれるだけの腕は持ってる兵隊か。名門貴族の御曹司が、えらい方針転換をしたもんだな。」


「種明かしすりゃ、兄貴のアドバイス通りにしただけなのさ。俺に知恵が足りねえなら、誰かに足してもらうっきゃねえんだ。」


何かが欠けた人間でも、功を為し得た事例は枚挙に暇がない。欠陥人間が成功する秘訣、それは一つの例外もなく、欠けた何かを補ってくれる人材を得た場合だ。知が足りぬ猛将は知謀の士を、徳に欠ける知恵者は仁愛の士を求め、大業を成してきた。もちろん大前提として自分に欠損があるコトを認め、助言をくれる人間の言葉に耳を傾ける度量を必要とするのだが……


その点に関しては、オレには自信がある。なんせリリスがいなけりゃ自動洗濯機を使うどころか、自分の総資産がいくらあるかもわからない。投げっぱにしていいコトは遠慮なくブン投げる、それがオレの流儀だ。


「では強堅マイティガード、成長ぶりを見せてもらおう。新手の攻勢を受け止めながら後退し、左右から攻撃が始まったら反撃開始だ。」


「おう!まあ見てな!俺達の戦いはこれからだぜ!行くぞ、野郎ども!」


少年誌の打ち切りマンガみたいな台詞を吐いたピエールは、部隊の先頭に立って新調したらしいグレートアックスを構えた。以前より活き活きして見えるのは気のせいじゃないな。上流階級で育ったギャバン少尉と違って、下町育ちのピエールはお上品ではない連中と組む方が性に合ってるんだろう。


"恵まれない環境で育った母親が名門貴族の地位に拘っているから、望みを叶えてやりたいだけで、ピエール自身は爵位にさほど関心はないんだ。そんな事よりも、を世間に認めさせたいという気持ちの方が強いんだと思う"とギャバン少尉が言っていた。


……ピエール、頑張れよ。世間は知らんが、オレは見ているぞ。


────────────────────


武力担当ピエール、頭脳担当ギャバンの兄弟タッグは上手く防御しながら後退し、敵軍の攻勢を縦に引き延ばした。兄弟の奮闘に応えるべく、オレが右翼、シズルが左翼に回って敵中に斬り込み、楔を打ち込む。打ち込んだ楔に案山子軍団とレイブン隊を引き入れて包囲殲滅陣形の完成だ。取り囲まれた敵軍は崩れ出しているし、ここらで全体の戦況を確認しておくか。リックとビーチャムに直接戦闘を任せてから、戦術タブの情報を見てみる。


対面側を攻撃している司令と錦城大佐は順調に戦線を押し出している。こちら側のテムル総督も前へ前へと進軍してるな。騎馬隊が中核だけに一番早く攻勢面を広げ……何だ!? この悪寒は……


探せ、このイヤな気分を醸し出させる何かが、戦術タブに映っているはずだ!


……これか!この位置にいる敵軍の動き…いや、動きがないのが不自然なんだ。半孤立の状態にありながら、引く素振りを見せない。理由はなんだ? ここに踏みとどまる狙いは……


味方の戦死者を度外視すれば、テムル師団の縦の連携を阻害するコトが可能。だが、よほどの精鋭でなければ半包囲された状況から敵中を突破し、戦線を離脱するコトなんて出来ない。それが出来る自信があるってのか。……じゃあ狙いはなんだ?


……!!……狙いは勇猛であるが故に最前線で指揮を執る蒼狼の首か!そんな的確かつ人でなしの戦術を弄するとすれば、兵団の誰かだ。魔術師アルハンブラに剛性の突破力はない。だが完全適合者と噂される、黒騎士ボーグナインならば!


負け戦に参加させられたが、その引き換えに有力な将帥の首を持ち帰る。兵団だったら味方の兵士を生贄に、自分だけ戦果を上げるコトぐらいは平気でやる。左翼に展開するアスラコマンドに遭遇するコトなく、価値ある指揮官の首を持ち帰るには、右翼に回るのが合理的。もしアスラコマンドが右翼にいたのなら、左翼の錦城大佐を狙っていたのだろう。


(整備班!カブトGXの後部シートにジェットパックを載せて発進させろ!急げ!)


テレパス通信でソードフィッシュに連絡を入れ、言葉でシオンに指示を出す。


「シオン、シズルと協力してここの指揮を執れ!リリスは二人をサポート、ナツメは自己判断で必要局面に入るんだ!いいな!」


頷く三人娘。ここでの勝ちはほぼ確定した。勝ち固めは任せて問題ない。不測の事態が生じた場合は、ロブが撤退支援をする手筈になってるしな。


「少尉、何かあったの?」


限定解除したラバニウムコーティングを腕に巻きつけたリリスが、得意武器の死の大鎌デスサイズを形成しつつ訊いてきた。


「たぶんだが、黒騎士がテムル総督の首を狙っている。手ぶらで白夜城に帰りたくないんだろう。」


「イケメン遊牧民の首を手土産になんて、図々しいにも程があるわね。少尉、黒助に"身の程"を教えてやんなさい。」


「そうするつもりだ。」


オレの脳波を探知し、傍らまで走ってきたカブトGXに跨がりながら敬礼する。


「隊長、気をつけてください。黒騎士は完全適合者だという噂です。」


狙撃を部下に任せたシオンは排撃拳を装備し、白兵戦の準備か。うん、それでいい。


「心配するな。オレを殺せる奴なんかいない。」


「カナタ、頑張ってね!」


天使ナツメの口吻を頬に貰って、必勝祈願も万全だな。


「ちょっとナツメ!ドサクサに紛れて抜け駆けしないでよ!少尉、私もちゅ~するから…」


「小悪魔の口吻は勝利の報酬だ。シオンとダブルで頼むぜ。」


アクセルを吹かして急発進だ。麾下のエスケバリとオコーナーはケリーの獲物だが、黒騎士はオレが始末しても問題ない。


「もう、仕方ないわね!」 「考えておきましょう。」


小娘リリス巨娘シオンから前向きなお返事を頂いたコトだし、ダブルなちゅ~を頂く為にも勝たなきゃな。考えてみりゃ奴がノコノコ出張ってきてくれたのは、むしろ好都合だ。捜索してから追い回す手間が省けたんだからな。


奴の能力が不明な点が問題だが、黒騎士にしたってケリーみたいに対策万全って訳にはいくまい。この奇襲を予期していなかった以上、そんな時間はなかったはずだ。逆にオレには、奴との戦いを準備する時間があった。



時間があったからには、備えは怠らない。そしてその備えとは、得意のハメ手だ。奴の勉強量が、策の成否を分けるだろう。ま、見抜かれたら実力で始末するまでだがな。


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