奪還編18話 過去の栄光は、未来の成功を約束しない



重装甲モードの眼旗魚は右翼に空いた大穴を抜けて、市内への突入に成功した。シティセントラルへの進軍を開始したってのに敵兵の攻撃は極めて散発的で、最新鋭陸上戦艦の脅威にはならない。外部区画で息を潜めていたレジスタンスがいい働きをしてるのもあるだろうが、これは奴にとって予定通りの行動でもあるはず……


「お館様、機構軍は市外へ出撃もしてきませんでしたし、今も散発的な攻撃しかしてきません。迎撃なしの撤退行動、ひょっとしてもう戦意を喪失したのでしょうか?」


出撃ハッチの中で襷を締め直したシズルさんに、オレは首を振った。


「違う。曲射砲がこちらの手にあるコトを悟ったメルゲンドルファーは、戦力リソースを消耗させないように内部防壁まで下がらせたいんだ。偵察部隊からの報告がまだだが、機構軍は内部区画の市街地に部隊を集結させているだろう。そうすればカグヅチからの砲撃は飛んでこない。」


メルゲンドルファーは長い戦歴を誇る男なだけあって、予想外の事態にも冷静に対処した。闇雲に迎撃しようとはせず、内部区画での決戦を選択したのだ。勝つつもりなら、それで正解だ。市外での迎撃を試みていたならカグヅチの砲火に晒されながら、数と質に勝る奪還軍と戦う羽目になる。万が一にも勝ち目はない。


「団長、2ブロック先にまとまった数の装甲擲弾兵がいます。」


アルマのホログラムが現れ、戦術情報を壁のスクリーンに映した。


「内部に部隊を集結させる為の時間稼ぎだ。重火器を使って足留めを食わせる気だな。」


陸上戦艦のキャタピラは歩兵の携行可能な火器ではそうそう壊せないが、奪還軍も戦艦ばかりで編成されてはいない。歩兵を搭載した輸送トラックでも狙われたら面倒だ。


「隊長、どうされます?」


「出撃だ。10分で奴らを撃滅し、すぐに帰艦する。アルマ、ハッチを開け!」


「はい!案山子軍団、出るわよ!」


肩に担いだ狙撃銃を手に取ったシオンは軍団に命令を下し、安全装置を解除した。


─────────────────────


7分50秒で装甲擲弾部隊を殲滅した案山子軍団は、市内の大通りを進軍する。左右の高層ビルの窓には太陽を模った旗がいくつも掲げられていた。照京の市旗を飾ってくれるのだから、奪還軍は歓迎されていると思いたいな。ま、今は歓迎されていなくとも、ちゃんと市民の為の施政を行えば、いずれは歓迎されるようになるはずだ。


「団長、司令から通信が入っています!」


ノゾミはビーチャム隊の副長だが、軍学校はオペレーター科を出ている。多芸多才がモットーの仲居竹家の次女は、剣術にも射撃にも秀でているだけなのだ。


「繋げ。」


メインスクリーンに、腕組みがサマになる女傑の姿が映った。やや不機嫌そうな面持ちなのは、メルゲンドルファーが思ったよりも賢明な戦術を弄してきたからだろう。


「カナタ、右翼の状況はどんなだ?」


「時間稼ぎ以外の抵抗はしてきませんね。そちらは?」


「同じだ。奴は総督府に立て篭もりはしない。内部区画で決戦を挑んでくるぞ。」


「でしょうね。いくつかは破壊に成功したみたいですが、カグヅチの大半は健在です。総督府に立て篭もったところで、負けは目に見えている。ここからは小細工抜きの殺し合いになりそうだ。」


「ああ。4年前は取り逃がしたが、この都で奴に"身の程"を教えてやろう。右翼は任せたぞ。」


「了解。左右から楔を打ち込み、中軍のテムル総督と錦城大佐を迎え入れる。それで勝ちです。」


奴の指揮能力と師団の練度を考えれば、それなりの犠牲は覚悟しなきゃならないがな。


メルゲンドルファーは無能な将帥ではない。窮地の中で最善手は打ってみたが、敗色が濃厚なのは悟っているはずだ。捨て身の古強者は、誰を狙ってくるだろうか? 一番狙いたいのは姉さんだろうが、縦深陣の最奥に陣取る煌龍まで到達するのは至難の技だ。いや……だからこそ、狙わせるべきなんだ。本来やるべきではないコトをやらせる。正統派の指揮官を崩す早道だ。


「……カナタ、前言撤回か?」


念の為だろう。司令が暗号言語を使って確認を取ってきたので、オレも暗号言語で答えを返す。


「はい。小細工の殺し合いに変更しましょう。人間にとっての誘蛾灯は、絶望ではなく、希望です。」


「人間は希望に誘引される生き物、か。若年寄だけあって、なかなか含蓄のある事を言うな。奴にどんな希望を見せてやるのだ?」


オレの語録じゃない。爺ちゃんと商店街の夜店に出掛けた時に、誘蛾灯に焼き殺される羽虫を見た。その時に教えてもらった言葉だ。


"波平、人間は夢や希望によって殺される事もあるのじゃ。人として見るべき理想と、見てはならぬ願望の分別はしっかりつけるのじゃぞ。理想と願望は蝶と蛾のように、よう似ておるでの……"


理想を追い求め、願望は抱くな。オレの辿る数奇な運命を予期していた爺ちゃんは、戦乱の世を生き抜く心得を教えてくれていたんだ。爺ちゃん……黄金の狼、八熾羚厳に成り代わり、オレが都に光を取り戻す!


「メルゲンドルファーは、命よりも名誉を重んじる男だ。最高に上手くいけば一発逆転、力及ばず敗れたとしても武人の名誉は保てる餌をチラつかせれば、乗ってくるに違いない。……設樂ヶ原だな。」


「設樂ヶ原……なるほど、言わんとする事はわかった。しかしカナタ、私には不愉快な例えだぞ。おまえは私が誰の子孫か知っているだろう。」


「そうでした。いやはや、面目ない。」


龍の島での天下分け目、設樂ヶ原の合戦で御堂阿門は敗死している。西軍の総大将・御門聖龍は、搾取が当然であった戦国のことわりを変革し、共助の概念を確立させた。身分制度を維持しつつ、富の再分配を進めたのだ。


"愛国心は植え付けるものではなく、芽生えるもの。よき国であれば、民は自然に愛するようになろう。我らの持つ刀は、よき国への道を切り開く為にある"、これは初代帝の残した名言の一つだ。


そんな仁君を慕う民衆はこぞって槍を取って設樂ヶ原へと駆け付け、命を惜しまず戦った。朧京の龍と恐れられた朧月刹舟も、列島一の知恵者と称えられた阿門入道も、士(侍)と民が団結した西軍相手に苦戦を余儀なくされた。


"この上は、御門聖龍を討ち取る以外に勝機なし"と覚悟を定め、総力を投じた大攻勢に出た阿門入道の奮闘と武勇は後世の語り草となっている。彼らは御鏡家が幾重にも敷いた縦深陣を全て打ち破り、龍旗の翻る本陣まで、あと半里(2キロ)にまで迫ったのだ。残っているのは帝を守る最後の壁、御鏡翔鷹。彼女さえ破れば東軍の勝ちだった。


誤算は八熾牙ノ助の武勇が、阿門入道の想定を超えていたコトだ。牙ノ助と八熾家人衆をおびき寄せる為に用意していた影武者と偽の本陣は瞬く間に撃破され、謀られたコトに気付いた狼達は、龍の元へとって返した。疾風のように決戦場を駆け抜けた戦国の狼は、阿門入道が率いる決死隊の横腹を食い破ったのだ。


"流石は出覇一の知恵者と称えられた阿門入道よ。まんまと一杯食わされたわ"


"まさかかように早くとって返してくるとはのう。狼の名に恥じぬツワモノじゃ"


互いを称え合った両者は、"戦国屈指の名勝負"と伝えられる一騎打ちを演じ、敗れた阿門入道は設樂ヶ原に散った。領国の寺に篭もって東軍の勝利を祈っていた幼孫は、祖父の戦死を家人から聞かされると数珠を床に叩き付けて慟哭したと伝えられている。戦後、神楼の近くに転封された孫と家人団はアミタラへの帰依を捨て、雷神ナルカミの信徒になった。司令が一応、(限りなく無神論者に近いとはいえ)ナルカミ信徒なのはその名残だ。


「しかし……シスコンの口から姉をオトリに使う策が出てくるとは思わなかったぞ。本当にいいのか?」


「いい訳ないでしょう。煌龍には影武者を乗せるに決まってます。」


ノゾミの姉さん、百変化のバイトマスターが極秘に戦地入りしてんだからな。


「なるほど。機構軍に気取られずに入れ替わる必要があるな。そっちは任せておけ。」


知謀を武器に貧乏寺の小僧から守護大名に成り上がった英雄の子孫は、大きな胸を張った。戦国一の知恵者と謳われた怪僧の知略と手腕は、司令にも受け継がれている。任せておいてよさそうだ。


─────────────────────


内部区画に奪還軍を引き込み、各個撃破を図る。メルゲンドルファーは巧みに戦線を下げながら、奪還軍を疲弊、消耗させようとしていやがる。そして、今のところは奴の思惑通りにコトは進んでいる。この調子で十分に疲弊させてから、最後の大攻勢に打って出るつもりだろう。戦術指揮能力という点で見れば、メルゲンドルファーはサイラスに次ぐ名手。オレが今まで戦ってきた指揮官の中でも、最上位に位置する。


指揮能力に自信があるおまえは、質の差を戦術で埋められると考えているようだが、左翼の御堂師団と、右翼の照京軍は、戦術においてもおまえより上だ。少なくともおまえは、オレや司令以上ではない。今はまだ、加減してやってるだけなんだぞ?


「そろそろ中軍が"勝ちに驕った演技"を始める。出撃要員はハッチに移動しろ。戦術指揮を終えたらオレも行く。」


先に軍団を出撃ハッチに移動させ、メインスクリーンに点在する敵味方を示すマーカーに集中する。さあ、中軍の戦線が間延びしたぞ。どうする、メルゲンドルファー? あくまで堅守し、今を堪えて先で勝負か。それとも千載一遇の好機と見て賭けに出るか……


よしっ!やっぱり逆撃に出たな。錦城大佐、テムル総督、演技のしどころだぜ!


中軍が算を乱して左右に散れば、当然、後詰めの東雲師団の姿が見えるはず。間延びした戦線に引っ張られるように前に出ていた瑞雲と煌龍を視界に収めたメルゲンドルファーは、旗艦を先頭に反転し、大攻勢に転じてきた。


「やはり希望にすがったか。……愚かな。」


奴にとってあまりにも理想的な状況が現出したから、ついついすがってしまった。もし、メルゲンドルファー自身が当事者でなければ、罠の存在に気付いていただろう。テムル総督と錦城大佐は、勝ちに驕って算を乱すような凡将ではない、と見抜けていたはずだ。


だが、重要拠点を失う一歩手前の大ピンチ、築き上げた名声と信頼の全てを失いかけているプレッシャーが、名将を凡将に変えた。絶体絶命の窮地が、メルゲンドルファーのメッキを剥いだのだ。確信を持って言えるが、サイラスならこんな手には引っ掛からなかった。そもそも市街戦にもなってない。奴ならカグヅチのコントロールを失った時点で損切りし、総員に撤退を命じていただろう。


「カナタの予測通りに動いたな。お得意の心理学か?」


ボルテ・チノに搭乗するテムル総督からの通信に、予測の根拠を解説する。


「分のいい賭けだと思っていました。成功体験を忘れられないのがメルゲンドルファーの弱点ですから。奴は過去に似たような状況から奇跡の逆転劇を演出したコトがある。数の多さに驕り、左右に広く展開した同盟軍の中央を一気に突破し、鮮やかな背面展開からの挟撃で、同盟軍の指揮官・スピアネル少将を討ち取りました。過去最大の成功、その果実の甘味が、奴の頭をよぎったでしょうね。」


「カナタ語録、"過去の栄光は、未来の成功を約束しない"だな。心しておこう。」


「ぱっと見の戦況だけ見れば、奴の判断は間違っていない。それが、でなければ、ね。」


中央突破、背面展開に失敗しても、姉さんさえ捕虜に出来れば、同盟軍と交渉出来る。交渉が出来ずとも、姉さんなり東雲中将を討ち取れば、武人としての名誉は保てる。奴はそう考えたのだろう。名を惜しんだばかりに、全てを失うとも知らずに……


敵軍が引き返せない地点まで踏み込んだ時には、演技を止めたテムル総督と錦城大佐は左右の軍に合流し、陣容を整え直していた。予定していた行動を、予定通りに取るだけだから、手練れの二人には容易いコトだ。


瑞雲に搭乗している東雲中将には、短期間とはいえ猛攻を支えるリスクを取ってもらった。その返礼に、完全なる勝利を献上しよう。中央突破戦術の欠点は、突破し損ねれば左右から挟撃されるコトだ。指揮シートから立ち上がったオレは、自軍と友軍に命令を下した。




「全軍に告ぐ。反撃の時間が到来した。一斉攻撃を開始せよ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る