奪還編16話 龍姫は煌刀を手に、宣戦を布告する



オレの船、ソードフィッシュは月花総督の旗艦「ロサ・アルバ」と並んで艦隊の中核を航行している。司令の白蓮も純白の船だが、月花総督のロサ・アルバも同じようなカラーリングだ。ローゼのパラス・アテナも、姉さんの煌龍も純白、貴人は白を好むものらしい。艦隊は北北東に進路を取っているから、もう皆は目的地が神楼(日本で言えば神戸)ではないコトに気付いているだろう。そろそろ頃合いだな。


「アルマ、全艦に通信を開け。戦艦だけではなく、車両ビーグルで進軍している連中にもだ。」


「はい、団長。艦外用スピーカー、オン。通信も繋がりました。」


オレは指揮シートにふんぞり返って、不遜な表情を作ってみる。別に演技の必要もない、ガーデンマフィアお得意の顔だ。


メインスクリーンが細かく分割され、指揮官達の顔が表示された。いよいよ奪還軍に号令をかける時が来たのだ。


「諸君、もう気付いているとは思うが、我々の目的地は神楼ではない。我が軍はこのまま北北東に進路を取り、途中で東雲、御堂、テムル師団と合流する!4つの師団と衛星都市からの増援から成る8万8千の混成軍の目的地、それは照京だ!」


おおっという歓声が各艦から上がる。特に、照京兵が中核の鯉沼大佐、犬飼少佐の連隊と、カレルが率いるレイブン隊からは一際大きな歓声が上がった。故郷を奪還せんが為、艱難辛苦、臥薪嘗胆の日々を送ってきた彼らが、その鬱積したエネルギーを爆発させる時が来た。勇躍せねば嘘だろう。


「照京兵の諸君、言うまでもないが、祖国の興亡はこの一戦に懸かっている!神難を始めとする友軍の将兵達よ、どうか我々の戦いに力を貸して欲しい!これより照京奪還作戦、"リキャプチャー・オブ・ドラゴン"を開始する。これまで同様、勝てる計算はしてあるから心配は無用だ。諸君らに奮戦に期待する!」


オレはロサ・アルバの月花総督に合図を送って、演説のバトンを手渡した。


「龍弟侯は機構軍の名将、アリングハム公サイラスを完封してのけた天才。その侯爵が勝てると断言された以上、この戦は…」


大仰な身振りを交えた演説を終えたオレは、胸ポケットから出したシガレットチョコを咥えて頭を掻いた。必要だからやるだけで、あまり演説は好きじゃない。おっと、ハンディコムを指揮シートの通信ソケットに繋いで、用意しておいた電文をに送信しておこう。


「見事な扇動演説だったわね。少尉は演説が嫌いみたいだけど、アジテーターの才能もあるんじゃない?」


パチパチと手を叩きながら、リリスは革張りの補助シートの上で含み笑いを漏らした。


「別に扇動しちゃいない。勝てる計算が立っているのは本当だ。羊の率いる獅子の群れと、獅子の率いる羊の群れなら、後者が勝つ。それがこの星の戦争だ。だから必要とあらば、獅子の仮面を被るまでさ。」


この星で行われている戦争は、近代戦のようでそうではない。呑まれた側、ビビった方が負ける中世の戦争に近いんだ。


「意気を上げるのも勝利への布石って事ね。」


「そういうコトだ。司令達と合流し、全将兵が出揃ったら、煌龍に搭乗した姉さんにも演説してもらう。シオン、しばらく艦を頼む。シズル、指揮官をロサ・アルバの作戦室に集めろ。市街戦の作戦行動を指示する。」


「ダー。」 「ハッ!」


シオンに指揮シートを譲り、軍用コートの上からたすきをかけたシズルを連れて接舷通路に向かう。秘中の秘である曲射砲の無力化方法を知るのはオレと司令だけだ。神難軍のトップ、月花総督にさえ、"曲射砲カグヅチを気にする必要はありません"としか伝えていない。秘密を守る最良の方法は教えないコト、司令の哲学の根底には、徹底したリアリズムが流れている。……リアリズムだといいんだが。


現実主義リアリズムとは仲良くすべきだが、人間不信とはお近づきにならない方がいい。指導者になるつもりなら、なおのコトな。楚の名門に生まれ、武の才能にこれ以上ないほど恵まれた項羽は、田舎街の亭長で、さほど強くもない劉邦に敗れた。人を遠ざけた項羽は、人を招き入れた劉邦に、王としての器が及ばなかったのだ。その劉邦にしても覇権を握った後は、人間不信と仲良しになり、功臣を次々と誅殺していった。そしてそのツケはやはり自分自身に回ってきた。楚漢戦争の功労者、鯨布(英布)との戦いで受けた矢傷が悪化し、風雲児の命運は尽きたのだ。劉邦の死後は、皇后の呂氏が劉氏に代わって、権力を欲しいままにした。陳平、周勃といった国士が健在でなければ、劉氏の天下は一代限りだっただろう。呂氏側に陳平、周勃に対抗出来るような知恵者も武人もいなかったから、内乱を制するコトが出来たのだ。


司令はアスラ部隊と東雲中将以外には、信頼を置いていないように感じる。テムル総督や月花総督のような人物とは、もう少し胸襟を開いて接した方がいいと、忠告すべきだろうか?


……"さかしい事をほざくな、小僧!"と一喝されるのがオチか。ただでさえ、司令との間には妙な風が吹き始めてるのに、これ以上波風を立てるべきじゃない……


───────────────────


テムル師団、続いて東雲、御堂師団と合流し、8万を越える大軍の陣容は整った。索敵部隊はホタルが見つけて潰したが、もう機構軍もオレ達の目的が照京であるコトには気付いてるだろう。


煌龍の作戦室に集結した奪還軍首脳陣で、最後の作戦会議を始める。上座には姉さん、その対面には東雲中将、左右にテムル総督と月花総督という席順。姉さんの隣にはオレが座り、司令は東雲中将の隣、もちろん月花総督の隣には錦城大佐、テムル総督の隣にはアトル中佐が座っている。


(姉さん、始めてください。)


オレがテレパス通信で促すと、奪還軍の旗印を務める龍姫は口を開いた。


「東雲中将、御堂司令、テムル総督、月花総督、この度は照京奪還作戦に参戦して頂き、ありがとうございます。」


丁寧に頭を下げた姉さんだったが、せっかちな司令は早速本題に入ろうとする。


「我らの間で社交辞令をやりとりしても仕方あるまい。カナタ、曲射砲をどう無力化するか、説明を始めろ。」


「はい。竜胆少将はこの日を予見し、カグヅチにある仕掛けを施しておいたのです。梯子を外された榛少将は機構軍に一矢を報いるべく、竜胆少将から聞かされていた仕掛けを仕上げてくれました。その仕掛けというのは…」


オレから説明を受けた中将と二人の総督、その右腕達は、みな得心した顔になった。


「なるほど、そんな仕掛けがあったのか。照京に駐屯している機構軍は6万余り、メルゲンドルファーの性格を考えれば、数的に劣勢の状態で野戦を挑んでくる事はあるまい。街の防衛設備を活かしての籠城策を選ぶはずだ。罠の存在に気付きもせずにな。」


テムル総督の言葉に、月花総督が頷く。


「野戦に滅法強いテムル総督、二代目軍神やアスラ元帥の腹心、それに戦術無敗の剣狼カナタまでいる訳ですものね。きっと亀の子みたいに防備を固めて援軍を待つでしょう。一威はどう思いますか?」


「野戦を挑んでくる事はあり得ません。となれば、サナイの残した秘策が、我らを勝利に導くでしょう。先々の事まで考え、策を講じておく。言葉にするのは容易いが、実践するのは至難な事を、よくぞやってのけたものだ。我が友ながら、大した男だよ……」


綺羅星のように輝いていた友の死を惜しむ錦城大佐。同盟軍の良心と謳われる初代軍神の右腕が、場をまとめにかかる。


「竜胆サナイの意志に報いる為にも、都に光を取り戻す為にも、この戦いは負けられぬ、という事じゃな。そして市民の犠牲は一人でも少なくせねばならん。市内に突入した後にどう戦うかが、極めて重要になる。イスカ、叩き台になるプランは既にあるのじゃろう?」


「もちろんです、叔父上。」


戦術机に照京の市街図を表示した司令は、南側防壁の部分にタッチし、6つの穴を空けてみせた。


「これがカグヅチ開発チームが算定した破壊予測地点だ。多少の誤差はあるだろうが、概ねこの近辺に大穴が空くと見ていい。まず、私がアスラ部隊を率いてこの穴から突入し、他隊を援護する。騎馬隊が主力のテムル総督は、ここだ。市内でもこの辺りは開けた通りが多く、騎兵が戦い易い。錦城大佐はここ、それから……」


司令の話した戦術プランを全員で検討し、意見を出し合う。市街地が主戦場になる以上、市民に犠牲は出てしまうだろう。メルゲンドルファーが早い段階で逃亡、もしくは降伏してくれればいいのだが、それはないと全員の意見が一致した。任された重要拠点を失い、おめおめと本国に逃げ帰るぐらいならば死を選ぶ。メルゲンドルファーはそういう男だと今までの戦歴が証明しているからだ。


四年前にメルゲンドルファーは司令と野戦で戦い、善戦したが敗北している。敗れたとはいえ被害を最小限に抑え、整然と退却してみせた。軍神と謳われた父・アスラ元帥に恥じぬ才気よと、両軍に勇名を馳せていた司令を相手に惜敗なら、誰も咎めなかっただろう。だが、帰国したメルゲンドルファーは敗北を恥じて降格を申し出、処罰が下る前に謹慎した。そのあまりの堅物ぶりに、皇帝ゴッドハルトも閉口したらしい。皇帝はメルゲンドルファーを降格どころか、謹慎させるつもりもなかったからだ。


"あれは私欲や融通を、母親の胎内に置き忘れてきたらしい。ああいう忠義な男ばかりだと余も楽が出来るのだが、あいにく王宮でも少数派だ。絶滅危惧種は保護せぬとな"、側近のヴァンガード伯爵を相手に苦笑いした皇帝は、謹慎しているメルゲンドルファーに、昇格命令書と休暇受理通知書を持たせた使いを出した。


奴は執政官としては無能だが、軍人としては有能で、なにより忠誠心に篤い。皇帝が奴を重用してきたのは、自分に絶対の忠誠を誓う男だからだ。そんな男が惨敗を喫すれば、撤退ではなく……死を選ぶだろう。


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会議を終えてソードフィッシュに戻ったオレは、艦長室から黒幕稼業に精を出す男に連絡を入れた。戦の前哨戦は宣伝戦から始まる。言葉の戦いは、教授が担当しているのだ。


「教授、本当に3分、確保出来るんだな?」


「上手くいけば3分以上稼げるだろうが、まあ3分と見ておかねばなるまい。」


「わかった。陸上戦艦の通信可能範囲に入った時点で、煌龍から合図する。頼んだぜ、Mr黒幕。」


「うむ。私に任せておけ。」


少しの間、艦長室でくつろぎ、通信可能範囲に入る前に煌龍に移乗する。姉さんには演説で先制攻撃をしてもらわねばならない。


「総帥、龍弟侯、本艦は通信可能範囲に入りました。」


オペレーターから報告を受けたオレは、ポケットのハンディコムを操作して、ソードフィッシュの艦長室から黒幕に合図を送る。


「姉さん、後10秒です。」


「はい。カナタさん、雲水、私の左右に立ってください。」


八熾と御鏡の当主を左右に従えた帝は、スクリーンに映し出された照京の街、そこに住まう市民と、奪還軍の全将兵に向かって演説を始める。透明感があってよく通る美声は、こういう場面で都合がいい。


「照京市民の皆さん、私は御門ミコト。これから、都を奪還する作戦を開始します。私は取り戻した都で、祖父や父のようなまつりごとは決して行いません。機構軍を追い払った後は、市民の声を真摯に聞き、実りも痛みも分かち合いながら、手を携えて歩む施政を実現させる事を誓います。私が理想に掲げる指導者とは大叔父、御門右龍なのです。」


演説に御門右龍を盛り込む事を進言したのは教授だ。同盟軍の創設者は司令の父、御堂アスラだが、物心両面でアスラ元帥をサポートし、世界に君臨する巨大組織、世界統一機構軍に反旗の狼煙を上げた最初の都市総督は、御門右龍その人なのだ。機構軍のやり方に不満を持っていた世界中の都市が照京に続き、自由都市同盟軍を形成した。同盟憲章の草稿作りにも携わった右龍総督は稀代の名君として、今も照京市民の敬慕と尊敬を集めている。過ぎ去りし良き日々を知り、懐かしむ市民は多い。年長者のほとんどがそうだろう。そして左龍、我龍の圧政に苦しめられていた祖父母達は、在りし日の照京の姿を、子や孫に語っているに違いない。


「大叔父の仁政を父と祖父が台無しにしてしまいました。私は子として、孫として父と祖父の不行状をお詫びし、償おうと思っています。私の元へと帰ってきてくれた八熾家、私と共に罪を償おうと誓った御鏡家が、照京の新たな力となるでしょう。市民の皆さん、もう少しの辛抱です!門を閉じ、扉に鍵をかけて、家から出ないでください!解放の時が、すぐにやってきますから!奪還軍の勇士達よ、私と共に戦いましょう!」


御門家伝来の宝刀、光輪天舞を抜き放った姉さんは、刃を天に掲げて演説を締めくくった。玄武鉄、現在でいう高精製マグナムスチールで鋳造された至宝刀が眩い光を放ち、心龍の威厳を上乗せしてくれる。先代総督の"剣術など、下賎の輩がやればよい"というポリシーも役に立つもんだな。お陰で至宝刀を取り戻す手間が省けた。刀身のきらめきから"煌刀こうとう"とも称される至宝刀は、姉さんが管理していたのだ。


戦の大義を宣言した姉さんに、スクリーン一杯に映った将兵が得物を振りかざし、雄叫びを上げながら応える姿。この映像は国営放送で流されたはずだ。しかし教授も3分とはいえ国営放送を乗っ取るとは、大した手際だぜ。これで姉さんを支持する市民も支持しない市民も、家からは出ないだろう。地下室なり屋根裏なりに隠って、砲火が止むのを待つはずだ。


「姉さん、オレはソードフィッシュに戻ります。艦長には指示してありますが、後陣に構えて前には出ないでくださいよ!」


「はい。カナタさん、ご武運を!」


両手を組んで祈る姉さん。最高の祭司である巫女王に祈ってもらえば、勝利は確実だな。


「カナタ君、気をつけてくれたまえよ。キミは死んではならんのだ。」


「オレを殺せる者などいない。代表、これを。予定通りに頼む。」


「心得た。すぐに細工し、届けさせる。」


心配性の雲水代表に宝刀斬舞を渡してから、艦橋を後にした。


────────────────────


急いでソードフィッシュに舞い戻ったオレに、ラウラ艦長が戦況を告げる。


「団長、後2分で先遣部隊がカグヅチの射程に入ります!」


2分もあれば十分だ。ポケットから取り出したハンディコムから、光通信で特殊波長のプログラムをアルマに転送する。


「アルマ、最大出力でこの波長をカグヅチに送信しろ!ブロックはされん!」


「はい、団長!……送信を開始します。」


特殊波長の電波を受信したカグヅチの砲塔が旋回し、防壁を砲撃し始めた。竜胆少将と榛少将の遺した秘策に、メルゲンドルファーは大慌てだろう。


「ソードフィッシュ、最大戦速!先陣をきって市内に突入するぞ!」


「ヨーソロー!機関全開、最大戦速!」


「カグヅチ以外の旧式砲台からは砲弾が飛んでくるぞ!ラウラ艦長、腕の見せ所だぜ!」


「お任せあれ!回避機動でこの私より上の操舵手なんていませんから!」


砲火の上げる土煙を突っ切って軍の先頭に躍り出たソードフィッシュは、都を目指して驀進する。


「さあ、ドンパチのお時間だ。野郎ども、出撃ハッチに移動するぞ!」


「「「「「サー、イエッサー!!!」」」」」


白装束のゴロツキどもを従えて、出撃ハッチへ移動を開始する。腰に刀がないとどうにも落ち着かないが、じきに煌龍の無人機が届けてくれるはずだ。……ハッチ上部の偵察機発出口が開き、刀を格納した無人機が待機所の床に着陸する。届けられた得物を腰に提げて準備完了、と。




機構軍ども、花の都でやりたい放題やってくれたなぁ。動乱の時の借りもまとめて、ここで返させてもらうぜ。覚悟しな!!


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