奪還編14話 関西訛りの戦術AI
テムル師団が龍の島に上陸、神楼で待機している司令達も出撃準備を終えた。明日の朝にはオレ達も神難から出撃し、照京奪還作戦を開始する。「リキャプチャー・オブ・ドラゴン」と銘打たれた大作戦がいよいよ始まるのだ。
神難最後の滞在日である今日は午前で仕事を切り上げ、午後からは英気を養う。オレは最後の仕事をこなすべく、アレス重工神難ドックに向かった。
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龍の島最大と言われる神難ドック、その最奥にある最重要艦船係留倉庫には二隻の陸上戦艦と、一隻の軽巡洋艦がオレを待っていた。案山子軍団の旗艦"ソードフィッシュ"と、強襲支援艦"ハンマーシャーク"、それに……御門家が保有していた陸上戦艦"
白銀に輝く船体に、紫の龍のエンブレム。戦下手の先代総帥は、一度もこの高性能戦艦に搭乗したコトはない。観艦式に参加する為に首都へ向かう道中でさえ、乗ろうともしなかったのだ。だが、いよいよこの眠れる巨龍が心龍の血族を乗せ、目覚める時が来た。
「煌めく龍よ、オレの姉さんをよろしく頼む。」
マグナムスチールの装甲を纏った巨艦に、オレは話しかけた。この船が機構軍の手に渡らずに済んだのは大師匠のお陰だ。照京動乱の際、都の陥落は不可避と即座に判断した大師匠は、道場の高弟達を引き連れ、煌龍を奪取。神難へ脱出した。初陣が脱出行だった煌龍、だから今度の戦いは雪辱戦だ。その巨体に相応しい巨砲を機構軍にお見舞いしてやんな。
「団長、煌龍には私のような戦術AIは搭載されていません。」
隣に係留されていたソードフィッシュからホログラムを投影させたアルマがオレの隣に現れ、敬礼した。
「アルマのように具現化されていなくても、船には意志が存在するとオレは思っている。きっと煌龍は姉さんを守ってくれるだろう。」
「……非科学的な考えとは思いますが、好ましくも思います。」
科学の申し子は穏やかに微笑んだ。このAI娘は、ずいぶん人間を学習しているようだ。
「ラウラ艦長は、旗艦の艦内にいるのか?」
「はい。艦内で最終確認を行っています。艦内と言っても、"妹の"ですけれど。」
妹? ハンマーシャークのコトか?
「ハンマーシャークは姉じゃないのか? ソードフィッシュより早く竣工された艦だぞ?」
「戦術AIが搭載されたのは私の後です。アンナ、団長にご挨拶なさい。」
ソードフィッシュと煌龍の間に係留されていた軽巡からホログラムが投影され、長身のアルマより頭一つ小っちゃい娘が現れた。
「団長、ウチがハンマーシャークの頭脳、アンナ・イオンミや!アルマ姉ちゃんとは姉妹っちゅー設定なんやで!これからよろしゅうにな!」
アルマ・イオンミとアンナ・イオンミねえ。しかしなんだって関西…神難弁なんだよ。
「アンナ、姉妹という設定ではなく、姉妹そのものでしょう? 私達は、同じ開発チームが作った同型AIなのですから。」
「姉ちゃんは細かいねん。ええやん、別にどっちでも。」
この喋り、それにぞんざいな性格……まさかとは思うがアンナの性格モデルは……
「……アルマ、アンナの性格は誰をベースにした?」
「サクヤさんです。私のパーソナリティプログラムは"慎重で繊細"。アレス重工戦術プログラム開発チームは、新しい戦術AIをプログラミングするにあたって、私とは対極的な"陽気で前向き"なAIもテストしてみたいと考えていました。ですから私が、"それでしたらサクヤさんをベースにしてみては?"と進言したのです。」
「なんて恐ろしいコトを……軽巡は慎重な操船が求められるんだぞ。戦艦みたいに"少々被弾しようが関係あるか"なんて戦術は取れないんだ。」
「ご心配なく、基礎戦術は妹も弁えています。ね、アンナ?」
「あったり前やん!ウチは特に、回避機動に特化した専用プログラムも搭載してんねんで!すっぴん美人のウチは、姉ちゃんみたいに厚化粧ちゃうさかいな!」
アレスの開発チームも、そこはしっかり押さえてんのか。そりゃそうだわな。それにハンマーシャークには慎重屋のロブが搭乗するんだし、問題ないか。
「……誰が厚化粧ですって? ジャミングプログラムでも送り付けられたいのかしら?」
「やめてんか!姉ちゃんが重装甲なんはホンマやんか!」
「追加装甲を装備した状態だからです!装甲を脱ぎ捨てて高機動モードに入ったら、そこらの軽巡に速度でも負けませんから!」
「ウチよりは遅いけどな~。撞木鮫はそこらの軽巡とはちゃうし~。」
「アンナ、あなたには少し教育が必要なようですね。」
……AIの姉妹喧嘩はほっといて、ラウラ艦長と打ち合わせをしとくか。ハンマーシャークをベースに、重砲支援に特化したシュリの専用艦"シケイダ"と、索敵能力に特化したホタルの専用艦"ファイアフライ"が、奪還作戦で運用される。夫妻はもう新鋭艦の性能を把握しているだろうが、オレも頭に入れておいた方がいいからな。
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新鋭艦の性能を把握し、関係各所(といっても極秘作戦だけに、極々一部なのだが)とリキャプチャー・オブ・ドラゴン作戦の最終打ち合わせを済ませたオレは、ドレイクヒルホテルに戻った。
ロイヤルスィートの広間には、案山子軍団の幹部、それにレイブン隊のナンバー1、カレル・ドネとナンバー2の
「侯爵、お招き頂き、ありがとうございます。」 「お館様、いよいよ明日ですな。」
カレルと狼山は生真面目に敬礼するが、他の面子は平常運転。無頼が取り柄のアスラコマンドらしいぜ。
「みな揃っているな。では心おきなく昼酒にしよう。」
さっそく卓上のシャンパンを手に取ろうとしたナツメとリリスの腕をシオンが掴み、制止する。
「カナタは昼酒にするって言ったの……」 「シオン、ちょっとは加減しなさいよ!自分の握力、わかってる?」
「お黙り。未成年の飲酒は認めません!」
「やれやれ、いつもの事ながらよく飽きねえなぁ。んじゃ景気よくいこうや!」
リックがシャンパンの蓋を飛ばし、めいめいのグラスに注いでゆく。部屋置き型のワインセラーを覗いて銘柄を確認したギャバン少尉は、うんうんと頷く。
「ワインのチョイスが絶妙だ。さすがはホテル業界の老舗、ドレイクヒルだね。こう見えて僕は、ソムリエの資格を持っているんだよ。」
出たな。ギャバン少尉の"こう見えて僕は~シリーズ"が。従卒のギデオンがいれば、提灯を持ってくれるんだろうが、あいにく不在だ。
「お気に召したなら何よりだ。ところで金髪巻き毛(兄)、錦城大佐から聞いたんだが、金髪巻き毛(弟)が部隊を引き連れてこの街に来てるらしいじゃないか。もう面倒は起こさないだろうな?」
「僕が呼んだんだよ。弟に名誉挽回のチャンスを与えたくてね。もちろん、作戦の事は話していない。だからピエールはカナタ君に組織戦術を教わるつもりでいるはずだ。」
「ギャバちん、巻き髪マッチョに嘘をついたの?」
巻き髪マッチョ……ナツメ、それだと愛称じゃなくて見たまんまを言ってるだけだぞ?
「嘘はついていないよ。"組織戦術ならカナタ君に教わるといい"と言っただけで、訓練か実地かには言及していないからね。カナタ団長、弟の参戦を認めてくれないか?」
"強堅"ピエールの参戦か……尊大で考え足らずだったアイツも少しは成長しているだろう。元々身体能力は高い男だ。思慮さえ伴えば、貴重な戦力になり得る。
「……わかった。だが条件がある。ギャバン少尉は自分の中隊を連れて、ピエール隊を補佐しろ。ザインジャルガ戦役で盛大に天狗鼻をへし折られてるから、尊大さはナリを潜めているだろうが、思慮は促成栽培出来ない。知恵者の兄貴に指図されたくないってんなら、パパのところへUターンさせる。」
「それで構わない。」
「ギャバンの旦那、大丈夫かい? 人間の根っこってのは、そう簡単にゃあ変わらんもんだぜ?」
苦労人のロブが懸念を口にしたが、ギャバン少尉は笑って答えた。
「弟の根っこは腐っていない。今までが仮の姿、両親の毒気にあてられていただけなんだ。素直ないい子だなんて言わないけど、勇敢さと頑丈さなら誰にも負けない。それにカナタ君の命令であれば、素直に従うはずだ。」
「隊長殿の命令であれば、でありますか?」
質問しながら、そ~っと念真髪で巻き取った缶ビールを手元に引き寄せようとしたビーチャム(未成年)だったが、スナイパーならではの広角視野を持つシオンに阻止された。
「口にはしないが、ピエールはカナタ君に感謝し、尊敬している。ザインジャルガ戦役以降、弟とは何度か話をしているからわかるんだ。ライバルだと思っているリック君に追い着き追い越す為にも、カナタ君に鍛えてもらいたいと考えてるのさ。だから、両親に反対されても神難行きを決めた。」
ピエールもライバルに倣って脱・脳筋宣言か。結構なコトだ。リックやピエールみたいな天然の強者は、セオリーを覚えるだけで大化けする。
「へっ!ピエールごときに抜かれてたまるもんかよ。兄貴、俺の戦術指揮はずいぶん成長してただろ?」
「ああ。マンパワー頼りでも楽勝のヒャッハー相手とはいえ、無傷の完勝を収めるには指揮能力を求められる。アスラ部隊じゃなければ、十分に大隊長が務まるだろう。……成長したな、リック。」
親指で鼻の頭をこすりながらリックは照れ笑いする。
「へへっ。兄貴に褒められんのが、一番嬉しいぜ。」
広く戦場全体を見渡す視野の欠如、目前の敵だけに集中しがちな悪癖は、かなり改善されている。リックを頭に分隊行動させてみた甲斐はあった。"数は多いが、装備は旧式"、諜報部からの事前情報と違って、ヒャッハー達は最新の銃火器で武装していた。だがリックは予想外の事態にも冷静に対処した。頭目を捕らえて武器の入手ルートを突き止めたあたりも、成長を感じさせる。以前のリックなら、何も考えずに皆殺しにしちまっただろう。
まだ完全に独り立ちさせるには不安があるが、目途は見えてきている。リックの目標が、"不屈の闘将"クライド・ヒンクリーでなければ合格点を出せるんだけどな。
「リッキー坊やも成長したか。素質に恵まれるってのはホント羨ましいぜ。凡人の俺にゃあ行けない領域へのパスを持ってやがんだからな。」
無精髭がトレードマークの26才(見た目は三十路)のロブは、ため息をついた。
「ロブ、才能で行ける領域なんてたかが知れている。真に価値ある領域へ踏み込む者は、才能なんかに左右されない。」
凡人を極めたシグレさんが、その道を示してくれた。師の薫陶を受けたオレは、己が天分に左右されない道を歩む。
「そうだといいがねえ。俺の見た感じじゃ、大将こそ"素質の塊"なんけどよ。あ、別に才能だけでやってるって意味じゃねえからな。大将の異才は生まれつきじゃなく、後天的に身に付けたものだ。その異様な思考力が、どういった環境で育まれたのかには、興味があるねえ。たぶん、親が良かったんだろうな。」
「祖父から受け継いだ精神的遺産は莫大だが、親父から受け継いだものなど何もない。」
母さんは……どんな顔かさえ知らない。親父が母さんの映った写真を全部処分してしまっていたからだ。顔を思い出したくもない親父と、顔すら知らない母さん……でも、オレには新しい家族が、姉さんと仲間達がいる。
「そうかねえ? そう言ってる割りに大将は、親父の哲学をよく引用するじゃねえか。
「家族の話はよそう。仕事の話もな。さあ、乾杯前に飲んじまってるが、一応グラスを合わせとこうぜ。都に龍が戻り、戴冠する日に乾杯だ!」
極秘作戦を知る幹部達はグラスを合わせ、大龍君の帰還の前祝いを始めた。明日の朝、陸上戦艦の艦内で一般隊員達は作戦概要を知る事になる。ガラクみたいな粗忽者もいるから、全隊員に作戦を知らせておく訳にはいかないのだ。
だが突然大作戦を知らされたからって、ビビる奴は案山子軍団やレイブン隊にはいない。隊員の個性は様々だが、一流の、本物の兵士ってのは共通事項だ。オレは最強の軍団を率いて、姉さんを戴冠させてみせる!
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