奪還編13話 冥土ヶ原さんのメイド道
深夜のナイトクラブ、"胡蝶菫"の超VIPルームで、箒木の供述によって炙り出された不穏分子、早い話が裏取りの済んだ叛乱予備軍の名簿を前に、月花総督と密談する。ここ数日は昼は公務、夜は密談のオンパレードだな。初日に尾行してきた諜報員をとっ捕まえてやったから、機構軍も追尾は不可能だとわかったらしいが……
「ふふっ、なかなか豪華なメンバーですわね。」
リストにある名をざっと確認したが、悪い意味で多士済々だぜ、まったく。
「貴族に豪商、名士にヤクザ、レパートリーも豊富だ。潰し甲斐がある。」
護衛役のメイド長、冥土ヶ原さんの注いだワインを口にする月花総督はとっても悪い顔をしている。司令の見せる顔に似てるな。謀略家の悪党笑いってヤツだ。まあ、悪い顔をしてんのはオレもだろうけど。
「龍弟侯もワインをどうぞ。」
「どうも。ところで冥土ヶ原さんには姉妹がいますか?」
めちゃくちゃ珍しい苗字だよな、冥土ヶ原って。確か、大師匠の高弟にも同じ苗字の人がいたはずだ。
「はい。私は對捨流の剣士ですが、妹は次元流を修めております。妹はトキサダ先生から皆伝位を頂いている腕利きなのですよ。」
次元流に門弟は多いが、皆伝を許された者となれば両手の指で数えられる。次元流剣士が中核の凛誠でも皆伝位を有するのはアブミさんとヒサメさんだけだ。ってコトはメイド長の妹さんは、凛誠幹部やセイウンさんと同等の腕前なのか。皆伝位より上の継承位を持つシグレさんが次元流の頂点、継承者に次ぐ地位って訳だ。
「妹も、でしょう。カナタさん、この冥土ヶ原霊は對捨流の皆伝、妹の冥は次元流の皆伝、姉妹揃って剣の達人ですのよ。なんでも冥さんは、照京でレジスタンス活動(エンジョイ勢)をやっておられるそうから、奪還作戦が上手くいけば会えるかもしれませんわね。いえ、きっと上手くいくはずです。」
冥土ヶ原霊と冥土ヶ原冥……姉も妹も、二回ぐらい化けて出そうな名前だ。しかし"就活やってま~す"ってなノリで、地下活動やってますとか言われてもな。なんだよ、レジスタンス活動(エンジョイ勢)って……ガチ勢もいるってのか?
「照京でレジスタンスをやってるのは確かなんですか?」
「間違いありません。妹から"しばらく地下に潜って来るべき日に備えますわ。姉さんもメイドのお仕事頑張って"と手紙が参りました。残念ながら、住所不定無職の妹に返事は書けません。一方的に生存確認の手紙が来るだけです。……まあ、元気にしているのだと思います。手紙の内容が、"仲間が増えた♪"とか、"潜伏活動楽しい♪"とかですもの。」
潜伏活動をエンジョイしてるとは、ヤベえ妹さんだな。……待てよ?
「冥土ヶ原さん、時間を作ってメイド業の心得なんかを書き記してもらえると有難いんですが…」
頼み事を言い終える前に、冥土ヶ原さんはそっと小さな手帳を差し出してきた。
「"メイ道の全て、作者:冥土ヶ原霊"……既に著述してたんですか……」
「メイ道とは、メイドの道を極めんとする者が規範と為べき理念ですの。私のメイド部隊は、全員この手帳を携帯していますのよ♪」
愉しげに笑う月花総督の後ろに立つメイド長が、完璧な所作で一礼する。
「妹が住所不定無職では困ります。照京にもメイド部隊を創設されるのならば、冥も入れてやってください。出張料金を頂けるのなら、私が指導に参りましょう。」
「ミコト様とはお友達ですから、友達価格で指導員を派遣致しますわよ?」
この主にして、このメイドあり。ちゃっかりしてますね。ラセンさんの従兄弟かよ。
───────────────────
月花総督御一行がお帰りになった後は、教授と密談だ。ホント、忙しいったらないな。
用心棒のケリー先生を伴って胡蝶菫に現れた教授と酒を酌み交わしながら、密談第二章を開演する。密談する同じ顔二つを横目に仰向けにソファーに寝っ転がったケリーは、テトリスなんか始めやがった。教授がこの世界に持ち込んだんだろう。最高の落ち物パズルは図形の組み合わせが絶妙ってだけで、プログラムとしちゃ簡素なもんだから、作らせるのは簡単だ。
「なるほど。叛乱予備軍を利用して、暴動を演出するのか。狙いは暴徒鎮圧を名目にテムル総督と彼の師団を神難方面に呼び寄せる事だな?」
教授はオレの策をあっさり見抜いた。御門グループの影を取り仕切る男の面目躍如だな。
「ああ。チェスなら死んだ駒は死んだままだが、ここは神難、賭け将棋の本場だ。将棋では取った駒は利用するものだからな。テムル師団は神難へ向かうと見せかけ、途中で進路を変更して照京へ進軍する。もちろん神楼に滞在中の東雲、御堂師団もテムル師団に呼応。泡路島に向けて偽装の渡海準備を進めている東雲、御堂師団、それに常駐軍であるはずの神難防衛師団が陸路を進発すれば、バター脳の進駐軍でも狙いが照京だと気付くだろう。」
「進駐軍を自称する照京派遣師団の馬鹿さ加減に期待したいところだが、泡路島攻略の為と称して召集をかけていた阿南、神楼、神難の衛星都市からの援軍や、企業・民間傭兵団も大挙して馳せ参じてくる。進駐軍司令、メルゲンドルファー中将は、
「その前提で動いている。4つの師団を中核に据えた、8万を越える混成軍だ。これだけの規模の大軍で不意打ちなんて不可能だから、正攻法でいくさ。奇をてらう必要のない数を揃えたし、問題ない。」
メルゲンドルファーは
「カナタ……メルゲンドルファーが、
「ない。奴は30余年の軍歴において、基本の忠実に、手堅く戦って結果を出してきた。人間は成功体験を忘れられないものだ。特に、
オレみたいな捻くれ者が、龍足大島の趨勢が決する前に奪還戦を仕掛けてきたのだから、裏に何かあるのかも、なんて考える頭は奴にはない。オレは水面下活動に徹してきたし、そもそも、"尉官ごときが序列をすっ飛ばして、
奴の目には、"トガとカプランは龍足大島、東雲と御堂は照京を攻略するという談合が成立したか。いつもの派閥争いだな。だが、ザラゾフが照京攻略に乗ってきたら面倒な事になる"としか映っていまい。
「手堅く有能な男だからこそ、逆に安心、か。有能さが仇になるとは、軍事とは恐ろしい世界だな。私は政治畑の住人で良かったよ。政治の世界ならば、手堅い実務家は重宝されるからな。」
「政治の世界だけじゃない。手堅い実務家は、どんな世界、業種でも重宝される。軍事の世界だけが例外なんだ。東郷平八郎はT字戦法を以てバルチック艦隊を撃破してのけたが、あれって恐ろしくリスキーで難易度の高い戦型だったろ?」
「うむ。T字戦法は砲台全部を敵艦に向けられるから火力は最大限に発揮出来る。だがそれは、敵艦隊に土手っ腹を晒す事にもなる。側面射撃の有用性に気付いている者は彼以外にもいただろうが、アドミラル・東郷ほど大胆に運用した者はいなかった。常識ある提督なら、被弾面積が最小になるように艦首を相手に向けるものだよ。」
「騎馬での崖下りを敢行した義経もそうだが、著名な戦術家は、
「国際政治学が専攻だった私の意見を言わせてもらえば、論外だ。進駐軍司令殿は、金糸がふんだんに使われた軍帽を愛用しているらしいが、帽子を載っける頭の中身は穴あきチーズに等しい。彼は実体経済をまるで理解していない。経済行為には清廉潔白さと相反する側面もあるんだ。カナタはキャバクラに行った事があるかね?」
「……夜の街の風紀状況を偵察しようと思ってるけど、計画段階で阻止されてる。命懸けの任務は仕事でやってるから、プライベートでやろうとは思わない。」
悪友ダニーが行こう行こうと誘ってくれるんだが、三人娘か姉さん、もしくはマリカさんか師匠に阻止されるんだよな。……ひょっとして、裏で協定でも結んでるんじゃないだろうな?
「それはお気の毒だな。まあ、あの手の店やギャンブル系の商売は、道徳的に褒められるものではないが、だからって全廃していいものでもない。法の縛りは必須だが、ああいう娯楽だって社会には必要なのだよ。規律や道徳に絶対的価値を置くメルゲンドルファーには理解出来なかったらしいがね。」
「"ボクの考えた美しい社会"ってか。清く美しいのがお好きらしいが、オレはコンビニでエロ本が売ってない社会で暮らしたくねえ。」
ピルグリム・ファーザーズと気の合いそうな男だな。つまり、オレとは気が合わない。
「ハハハッ、カナタらしいな。だが、日本でもコンビニの成人本コーナーは規制される流れだぞ。」
そういやそうだっけ。もう日本のコンビニに行くコトはないが、行けてもエロ本はなくなってるかも。ま、オレは極力際どいのが欲しいから、エロ本は本屋さんで買う主義だ。モザイクのかけ具合が違うからな。
「コンビニにはちっちゃいコも行くから仕方ないっちゃ仕方ないのか。公共料金の支払いや、宅配の窓口にもなってるし……」
「そう、もはやコンビニはただの小売店ではなく、
嘲笑する教授は、指先に灯した炎で煙草に火を点けた。
「メルゲンドルファーは酒も煙草もやらない。まさかとは思うが、撤廃したのか?」
「禁酒法まではやってない。そのうちやるかもしれんがね。惑星テラでは禁酒法が施行された事はないが、やれば"愚かな事例"として歴史に名を残すだろう。」
禁酒法なんて、密造酒で大儲けしたマフィアが喜んだだけだもんな。市民は何も得してない。
「メルゲンドルファーも、そこまでアホじゃなかったか。」
「いやいや、なかなかのアホだよ。酒も煙草も大幅に値上げされた。増税分は全て、保護料の名目で機構軍が吸い上げる。一部でいいから照京の社会資本に回せばいいものを、もれなく搾取だからな。市民感情なんて、これっぽっちも斟酌してない。」
搾取の度が過ぎれば本国の皇帝が口出しするかもしれんが、まだ静観してるらしい。メルゲンドルファーの弾圧政策が今のところは機能しているからだろう。毟れるところからは毟り取る、それがゴッドハルトの基本方針だ。あんな親からローゼみたいな娘が生まれたのは奇跡だな。きっと母親が良かったんだろう。
「メルゲンドルファーが経済音痴なのはわかった。教授、黒騎士と魔術師の動向は掴めたか?」
「うむ。彼らが照京に滞在しているのは間違いない。目的はカナタが推察した通り、九曜公丈の身柄確保だと思われる。黒騎士と魔術師は基地ではなく、接収したドレイクヒルを宿舎に使っているようだ。」
「だと思ったよ。ケリー、制裁は予定通りに執行する。」
ケリーは高速で落下するブロックを消しながら応えた。
「了解だ。このパズルを考えた奴は天才だな。よく出来てる。」
「だろうな。ソイツは世界中で大ヒットした名作なんだぜ。」
「始末しようにも、奴らは曲射砲の仕掛けが発動した時点で、逃げにかかるかもしれんぞ? 俺ならそうするからな。」
「そうさせないように手を打つ。
さて、どうしたものか? 奴らが危険を承知で街に残る餌があればいいんだが……
「……足止め、か。カナタ、それに関しては私が手を打とう。彼らがヨダレを垂らしそうな餌があればいいのだろう?」
「何かいい餌があるのか、教授? 生半な餌じゃあ、黒騎士や魔術師は食い付かないぜ?」
「とびきりの餌ある。
短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、教授は悪い顔で餌の正体を明かした。
「……ここに来る前に、照京で調査にあたっていた諜報組織から連絡が入ったのだ。"九曜公丈を発見した"とね。」
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