奪還編12話 心の迷宮
少し遅れてやって来た錦城大佐を交えた昼食会という名のビジネス会議は終了し、コーヒーブレイクになった。
「では本社に戻り次第、錦城一威専用※
ペンデ社は脳波誘導兵器の開発に定評があるんだよな。元々は独自の脳波誘導システムを開発した現社長が立ち上げたベンチャー企業だから当然か。"獲物はこの手で殺す主義"を標榜するトゼンさんは拳銃を持ってないけど、怨霊刀・餓鬼丸の鞘に小柄は挟んでる。強力なテレパス能力を持ったトゼンさんに、脳波誘導小柄は最適のチョイスなのだ。
「頼むよ。私の部隊の主力は父の道場の門弟達だから、近距離飛び道具に小柄を使う者が多いんだ。對捨流剣士は小柄の投擲が得意なのでね。」
錦城大佐は
「お任せ下さい。錦城大佐の部下の方々にも、脳波誘導小柄が行き渡るように手配しますので。それでは私はグリフィンカスタムのカスタマイズ計画を見に行きます。」
社畜の鑑はコーヒーを飲み干し、席を立った。軍畜の二人は従卒を呼んで、コーヒーのお代わりを持ってこさせる。コーヒーの湯気を顎にあてながら、錦城大佐と雑談に興じているうちに、話題が對捨流の話に及んだ。
「返し技の次元流、突き技の心貫流、払い技の円流なんて世間では言われているが、對捨流の極意は"身体髪膚、全てが武器"といったところかな。念真髪闘術の第一人者と言えば、アスラの鬼道院大尉だろうが、彼のような天才肌の例外を除けば、念真髪闘術の基礎戦術は對捨流が原型なんだ。戦国時代の對捨流剣士は髷を結わず、皆、長髪だった。言うまでもなく、伸ばした髪を武器に使う為だ。」
解説しながら、伸ばした髪でカップを回す錦城大佐。箒木家の執事と戦った時、伸ばした髪で死角から四肢を絡め取ってたっけ。数本の髪では引きちぎられてしまうけど、錦城大佐ほどの腕があれば、僅かに動きを遅らせられればいいんだ。バクラさんやビーチャムみたいに、主戦武器としての念真髪ではなく、補助武器としての位置付け。野球で言えばバント要員だ。アスラにいるから感覚が狂ってるだけで、むしろ錦城大佐のスタイルが王道なんだよな。
「なるほど。道場剣法とは訳が違いますね。」
「剣拳一合という観点から見ると、對捨流はカナタ君の使う夢幻一刀流に近いのかもしれないね。」
「夢幻一刀流に髪を使った技はありませんよ。徒手空拳技なら結構ありますけど。」
無くてよかった。オレにロン毛は似合わないからな。
「父は文句なく強かったが、自慢の剣術に頼り過ぎて、戦術を軽視してしまった。強い個が集まれば、軍団は総じて強くなる。それは間違いではないが、組織戦術は組織戦術として磨かないと、戦場では不覚を取る。」
普通はそうだよな。まあ、ごく稀に普通じゃない連中もいるけど……
「例外を挙げれば羅候、それにヘルホーンズですかね。まあ、彼らは完全適合者の部隊長を擁し、個の強さも突出しているからそれで通る。」
とはいえ、個人技主体とされる羅候も連携抜群のウロコ隊を抱えてるし、ヘルホーンズに至っては"雑魚は死んでよし"ってスタイルだからな。ヤクザかヤクザまがいのトゼンさん達と違って、ガチ重犯罪者で構成されてるモヒカン&タトゥーどもは、"戦にゃ勝ったが戦死者は自軍の方が多い"なんてのもザラだし。
「いくら父が強かったといっても"人斬り"や"狂犬"ほどの化け物じゃないからね。それでも1対1で、"いざ尋常に勝負"すれば、父は"豪腕"リードに勝てていただろう。だが、山賊上がりとリードを舐めてかかった剣客は、彼の実戦的組織戦術の前に敗れたんだ。」
「やはり戦術的敗北ですか。」
「ああ。リードは父を多対一で討ち取った。それが卑怯だとは思わない。スポーツじゃあるまいし、なんで力量の差がある相手に、わざわざ一騎打ちを挑まねばならないのか、という話だからな。」
「仇をオレとシュリで取っちまって悪かったですね。錦城大佐ならリードに勝てていただろうに。」
「いいんだ。私には強さの誇示よりも大切なモノがあるからね。仇を取ってくれたシュリ君には、お礼の品を贈っておいたよ。……ところでカナタ君、ツバキの事なんだが……キミはどう思ってるんだい?」
「彼女をどう遇するのか、という話ですか?」
バイオセンサーを使ってから、"
「そうだ。傷心が癒えないツバキは、酷く
照京を奪還するまで棚上げにしておきたかった問題だが、こうまで直裁的に問われれば、有耶無耶にする訳にもいかないな。
「彼女を姉さんの親衛隊に戻せという話ならお断りします。理由は二つ、単純に強さが足りない。そしてもっと問題なのは、思慮と大局観に欠けるコトです。」
「両軍に雷名を轟かせる完全適合者、"剣狼"の目から見れば、ツバキには剣腕も思慮も欠けるように見えるだろう。だが、カナタ君と比べるのは酷だ。キミ程の腕と思慮を持つ者は、片手の指で数えられる。」
そこまで自分を過大評価もしちゃいないが、竜胆ツバキの無思慮と感情が先走りする性格は、誰の目にだって明らかなんだ。彼女の評価に関してだけは、錦城大佐の目は曇っている。
「姉さんの警護役をお任せしている大師匠は、彼女にその座を譲る気はありません。"
「カナタ君、俺はトキサダ先生とは父の代から親交がある。だから確信を持って言える、先生は名誉や役職に拘るような方ではないと。キミの意向を汲んで、泥を被ろうとされているんだ。」
「……その通りです。では錦城大佐、正直にお答えください。姉さんの警護任務の最中にある竜胆ツバキに兄の仇、"剣聖"クエスターを討ち取れるかもしれないチャンスが訪れた。彼女はどうすると思いますか?」
「……そ、それは……」
言葉に詰まる錦城大佐に追い打ちをかける。気は進まないが、姉さんの安全は他の何よりも優先されるんだ。
「考えてみてください。もし警護対象が、御門御命ではなく、櫛名多月花だったら? それでも彼女を親衛隊に戻せっていうんですか!」
「……むむ……」
自分に出来ないコトをオレにやれとは言わないよな? 錦城大佐にとって月花総督の安全が最優先であるように、オレには姉さんの安全が最優先なんだ。
「ツバキさんにも面子があるだろうが、姉さんの命よりは軽い。当たり前でしょう!」
「……その通りだ。俺は友への義理を果たそうとするあまり、
「来ちゃいませんね。竜胆ツバキにとってオレは、御門家に弓を引いた一族の惣領で、兄を見殺しにした張本人なんでしょう。」
御門左龍を諫めようとして追放、断絶された八熾家と、その左龍に八熾家放逐の功績で引き立てられた竜胆家、考えてみりゃ最悪の相性だよな。竜胆サナイがその器の大きさで、因縁というハードルを飛び越していただけなんだ。昇り龍の死によって、元からあった確執が再燃した。いや、彼の死が両家の確執を深めたと言ってもいい。
「カナタ君、ツバキの御門家に対する忠誠心は本物だ。幼少の頃から一緒だったミコト様に対しては、とりわけその思いが強い。それは確かな事なんだ。」
「そこは疑っていません。じゃなけりゃ多勢に無勢の状況で、姉さんを守って戦う訳はない。ツバキさんが死を顧みず奮闘したからこそ、オレ達が間に合ったんです。」
「サナイはスケールも器も大きい男だったんだが……俺からもう一度、ツバキに道理を説いてみよう。クソッ、アイツが生きていれば、こんな事態にはならなかったというのに……」
そうなんだよな。竜胆サナイの早すぎる死が、歯車を狂わせた。オマケに、さらに問題をややこしくする火種もある。教授の調査で判明したんだが、竜胆兄妹の父親は生きているらしい。照京を奪還すれば、政治犯収容所に幽閉されている竜胆家先代が解き放たれるコトになる。
暴君左龍のお先棒を担いで八熾一族を放逐し、前総帥の叢雲一族抹殺にも協力したであろう男が自由の身になれば、何を企むかは想像に難くない。ガリュウ総帥の片腕と見做され、暴政に目を瞑っていた雲水代表を新政府の要職に起用する以上、彼にだけ独裁時代の罪を問うのも公平性を欠く……
それに……生前の竜胆少将から"父の命だけは助けて欲しい"と頼まれてもいる。出来るコトなら穏便に済ませたいが、それは相手の出方次第だ。
「あの時のコトを思い返す度に歯噛みしますよ。今の力が照京動乱の時にあれば、"照京の昇り龍"を死なせずに済んでいたかもしれないって……」
アスラ部隊の先輩部隊長はみんな、"おまえは驚くほど早く、恐ろしいぐらい強くなった"って褒めてくれる。でも、竜胆サナイの面影が脳裏をよぎる度に、"どうしてもっと早く、もっと強くなれなかったのか"という後悔が湧き上がってくるんだ。
しかもその憎いはずの仇が、ローゼの家族ときてやがる!……クソッタレが、亡者の渦巻く迷宮の奥底に放り込まれたって、こんな気分にゃならねえぞ!
※小柄とは
刀の鞘に差してある小刀。主に投げ付けるのに使う。
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