奪還編11話 模範的社畜



ホテルに居残ったリリスは早速仕事を開始し、地下駐車場に降りたオレ達は二台の車とバイクに分乗してそれぞれの仕事場に向かう。


シオンの乗ったスポーツカーを見送ったナツメは、ヘルメットのフェイスシールドを上げて、オープンカーの運転席でナビを操作するオレに話しかけてきた。


「……ゴメンね、カナタ。」


「何がだ?」


「カナタの役に立ちたいけど、私にシオンやリリスみたいな才能はないの。」


「相変わらず、書類を見ると紙飛行機か折り鶴にしちまいたくなる衝動に悩まされてるのか?」


「かなり重症。颶風能力の精度が上がってるから、そのうち"呼吸するシュレッダー"になるかも。」


ナツメの希少能力をラーニングしたら、オレもシュレッダーマンになるかもな。膨大な数の書類をリリスが圧縮してくれてっから、なんとかなってるだけの話で、書類嫌いを克服した訳じゃない。


「工具箱には色んな道具が詰まってる。ハンマーは叩く、ニッパーは切る、レンチは回す。工具の役割はそれぞれで違うものだ。ナツメ、オレ達は案山子軍団という名の工具箱なんだ。違う個性を持った個人が、一つの集団システムとして機能する。目的は、この狂った機械せかいを直すコトだ。」


「うん!私には私の、私にしか出来ない役割がある。今は私の出番じゃないって事だよね?」


フェイスシールドを下ろしたナツメの声は弾んでいた。ミラーシェードで見えないけれど、天使みたいな笑顔を浮かべているだろう。


「赤石焼きの作り方をマスターするのも必要な仕事だ。旨いメシは部隊の潤滑油だからな。」


「任せて♪ 卵料理だけは得意なんだから!」


天使を乗せて走り出すバイク。おいおい、駐車場でウィリーすんな。危ないだろ。


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照京亡命政府派遣部隊の駐屯基地に到着したオレを、鯉沼大佐と犬飼少佐が出迎えてくれた。大尉待遇の尉官を佐官二人で出迎えるってのもなんだかなぁ……


「鯉沼大佐、犬飼少佐、少しは階級を踏まえた行動をしてくれませんか?」


「トウリュウにグンタ、ですぞ?」 「龍弟侯こそ、同じ事を何度も言わせないでもらいたいものです。」


こりゃダメっぽい。シズルさんの又従兄弟どころか、精神的兄弟だわ。もう諦めよう、こんな調子で姉さんにも忠誠を誓ってくれるんなら、悪い話じゃないさ。


「トウリュウ、グンタ、ペンデュラム社のモモチは到着してるか?」


グンタが屋内射撃場を指差しながら答えた。


「ハッ!カープストリーマーズ、ストレイドッグス、両部隊の隊員に支給装備の説明を行っておられます。」


「そうか。様子を見に行こう。」


屋内射撃場に向かう尉官オレの後ろに付き従う佐官二人。軍隊の序列とか、完全無視だな。


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「ア・テンション!皆、龍弟侯が到着されたぞ!」


射撃場に入ったグンタが声を張り上げると、鯉&犬のエンブレムが入った照京軍軍服を纏った隊員達は、射撃の手を止めて最敬礼してきた。


「龍弟侯は階級こそ特務少尉だが、我らの指導的立場にある!総員、そのつもりで接するように!」 「猛犬ども、大佐のお言葉を聞いたな? 龍弟侯への無礼は帝への無礼、躾の悪い犬は俺が処断する!」


あの~……トウリュウさん、グンタさん、勝手に"指導的立場"にしないでください……


「「「「「イエッサー!!!」」」」」


銃声よりも大きな声で唱和する鯉幟軍団&猛犬軍団。軍団長の薫陶が行き届ちまってんなぁ。


……はぁ、この封建主義的時代錯誤人の意識誤認問題は先送りするか。照京奪還までの時限的措置だと割り切ろう。至尊の座に座った姉さんに、序列を正してもらうっきゃねえ。


「お久しぶりです、龍弟侯。この度は弊社のハンドガン、グリフィンカスタムを正式採用して頂き、ありがとうございます。社長から、礼状を預かって参りました。」


スーツの内ポケットから取り出した手紙をうやうやしく差し出してくるビジネススーツの中年。モモチ部長まで悪ノリすんなや。ナツメみたいに"モッチー"って呼ぶぞ。


「グリフィンカスタムが、照京亡命政府直属部隊が求める性能を備えていただけだ。」


これは社交辞令ではなく事実だ。有翼獅子のエンブレムが刻まれたグリフィンカスタムは、同盟軍正式採用銃"マンイーター"をあらゆる面で凌駕する。コスト面でも凌駕してるってのが難点だが、そこはお友達価格ってヤツだ。


同盟側軍需産業の最大手、アレス重工の牙城に食い込みたいペンデ社としては、正式採用銃として実戦配備された実績が欲しい。照京亡命政府としては、高性能拳銃を直属部隊に配備したい。両者の思惑が合致してるんだから、交渉をまとめるのは簡単だった。ペンデ社の交渉窓口を努めたのは、もちろんモッチーだ。大口契約を勝ち取った彼は、部長の椅子も勝ち取ったって訳だ。


射撃ブースに入ったオレは、55口径拳銃の進化を終わらせた愛銃をホルスターから引き抜いた。


「オレの専用銃、グリフィンmkⅡはグリフィンカスタムをベースに開発されたものだ。」


進化の最終形態を片手で構え、人型のターゲットに向けて発砲した。連射された15発の弾丸がターゲットの胸に綺麗な十字架を描き、隊員達は拍手する。リグリットでモモチ部長に会った頃は、下から数えた方が早かった銃の腕も、今では射撃術の師である金髪先生トッドさんに、"俺の次ぐらいには早撃ちで精度も高い"と言ってもらえるまでに上達した。もう※FCSは必要ないかもな。


「皆、グリフィンシリーズ最大の特徴は、カスタマイズ性の高さにある。今日はグリフィンカスタム開発チームに来てもらってるから、目一杯射撃演習を行って、自分に適したカスタマイズを行ってもらえ。オレの印象では、照京兵は刀剣にばかり目が向いているように見受けられる。確かに刀は戦場における主力武器だが、補助武器を疎かにしてはならない。最高の※ツヤヒカリを茶碗に盛っても、漬物がマズいんじゃ台無しだ。」


「「「「「イエッサー!!!」」」」」


「射撃演習を再開しろ。滝を登る鯉と帝の番犬の腕前を見せてもらおう。」


敬礼してから演習を再開した兵士達の後ろに立って、矯正が必要な者には適宜、アドバイスを行う。鯉幟軍団、猛犬軍団隊員は、アスラ部隊に匹敵するとまでは言えないが、かなりの精鋭部隊だ。その真価が問われる戦は、もうすぐ始まる。


─────────────────


昼前には視察を切り上げ、モモチ部長と一緒に基地司令室で昼食を摂るコトにする。案内された司令室のテーブルの上には昼食のトレイが三つ、置かれていた。


「龍弟侯が二人前、召し上がるのですかな?」


向かい合わせに座ったモモチ部長に、肩を竦めながら答える。


「この山盛りの米と、三段重ねのステーキが見えないかな? それとモモチ部長、龍弟侯はヤメてくれ。オレが半人前だった頃からの付き合いでしょ、カナタでいいよ。」


出会った頃のオレはまだ半人前の兵士だったけど、モモチさんはもう一流のビジネスマンだった。戦争の達人名人揃いのアスラ部隊長連だけじゃない。非戦闘員でも、食材や香辛料のもたらす心理的影響をレクチャーしてくれた料理人の磯吉さん、武器の目利きや商売の心得を説いてくれた武器商人のおマチさん、洋の東西を問わずあらゆる武器刀剣の特徴を伝授してくれた鍛冶屋の鍛冶山さん、法律とその活用法、悪用法まで入れ知恵してくれたヒムノン室長、それに兵器開発のエキスパートであるモモチ部長みたいな一流の人間が、オレを育ててくれたんだ。


「カナタさんは本当に……成長されましたね。自分の眼力を褒めたいところですが、ここまでの傑物だとは思ってもみませんでした。」


「瓢箪から駒ってトコかな?」


瓢箪をかたどった保温水筒を傾けて湯呑みに茶を注ぎながら、サイコキネシスで袖口のジッパーを開け、砂鉄で作った馬を卓上で走らせる。……ケリーだったら鬣をなびかせながら走らせられるんだが、オレはまだその域には届いてない。


「ご冗談を。では空いた席に座る誰かが来られるのですね? 馬の額から角が……なるほど、麒麟ですか。」


「ああ。忙しい身の錦城大佐にご足労願ったのさ。ビジネスチャンス到来だぜ、モッチー。」


「雪村ナツメ特務曹長専用、脳波誘導装置付き飛び苦内クナイ"紅雪べにゆき"を開発した時に頂戴した愛称ですね。実は結構気に入ってたりします。」


「え!? 気に入ってたの?」


「そりゃもう。あんな可愛いお嬢さんに"モッチー"と呼ばれるのなら本望ですよ。ウチの娘なんか中学に入った途端に"お父さんと私の洗濯物は別々に洗うからね!"なんて言い出す始末でして……」


「……洗ってくれるだけマシ、と慰めておくよ。」


妻に先立たれたモモチ部長は、娘さんと二人暮らしだと聞いてはいたが……


「まあ父子家庭のご多分に漏れず、娘には苦労をかけています。こんな風に世界中を飛び回っていますし、首都にいても帰りは遅いし……私みたいな社畜を親に持つと、子供は大変でしょう。」


「モモチ部長、"忙しい"は娘との時間を取れない理由にはならない。親子喧嘩しても"誰の為に働いてると思ってるんだ!"は禁句だ。」


「……それ、先月言ってしまったのですが……」


モモチ部長って、ビジネスマンとしては一流でも、家庭人としてはダメなのでは……


「あのな、モモチ部長。子供は大人になったコトがないから、大人の気持ちなんてわからない。でも大人は、んだから、子供の気持ちに寄り添える。オレは何かおかしなコトを言ってるかい?」


「……言葉もない。」


「娘さんの休みに合わせて龍球ドレイクヒルに予約を入れておく。仕事も大事だろうけど、娘さんも大事にしないとダメだ。ペンデの社長にはモモチ部長に休暇を出すようにオレから頼んでおくから。娘さん、好きなタレントかスポーツ選手はいる? 御門グループは芸能プロダクションも経営してるから、所属タレントなら融通が利くぜ。」


「芸能人ではないのですが、ダミアンさんの大ファンです。"アスラ部隊とお仕事してるんならサインをもらって!"なんてせがまれました。」


「それで……なんて答えた?」


見えてる地雷だが、踏んでみよう。どうか不発弾でありますように。


「"公私混同はビジネス倫理に反する"と説教しました……」


案の定、大爆発かよ。こ、この三流パパめ!家庭にまでビジネス倫理を持ち込まなくていいんだよ!


「魚心あれば水心って言葉もあるでしょうが!モモチ家には本格的に水が不足してるぞ!」


「!?……水道料金は払ってますよ。滞納する訳ないでしょう。」


「親子水入らずになってねえって話をしてんだよ!もう直筆サインぐらいじゃダメだ!オレが色男に頼んで、もっと強烈なアイテムを準備する。それを材料に、娘さんと和平交渉に臨みなさい!」


「は、はい。……我が家は戦争状態なんですかね?」


「娘さんが未だに宣戦布告を出してないのが奇跡だよ。※足元に白い手袋を投げ付けられてからじゃ遅いんだぜ?」


「……投げられた手袋に気付いてないだけだったりしませよね?」


何か思い当たるフシでもあんのかよ。……あるんだろうな、やっぱり。


「知るか!もしそうだったら、和平交渉の前に停戦交渉から始めるだけでしょ。」


オレも大概お節介だな。でもモモチ父娘には、親との関係が破綻しちまったオレみたいになって欲しくないんだ。



交渉材料は、ダミアンボイスの目覚まし時計がいいかな。小っ恥ずかしい台詞をダミアンに言わせる為には……ナツメに一肌脱いでもらおう。宴会で披露する小芝居の練習とでも言って、ダミアンを騙くらかして甘ったるい台詞を録音する。我らながら、こすい知恵だけはすぐに思い付くもんだぜ。



※FCS

ファイアコントロールシステムの略。バイオメタル兵は火器管制機能を持った戦術アプリをインストールしているケースが多い。戦術アプリによる射撃は、達人ほどの射撃精度は望めないが、未熟な新兵や、射撃センスのない兵士にも一定の命中レベルを付与してくれます。


※ツヤヒカリ

龍の島産のブランド米。早い話がコシ〇カリみたいなものです。


※白い手袋を投げ付ける

中世ヨーロッパにおける決闘の合図。決闘を挑む側が相手の足元に白手袋を投げ、挑まれた側が拾えば成立する。


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