奪還編9話 生真面目夫妻と不真面目狼



祝勝会が終わる間際になって、錦城大佐いっちーが此花に現れた。駆け付け3杯じゃないけど、生ビールで喉を潤したナンバー2は、月花総督に取り調べの顛末を報告し、宴に加わる。


「箒木もあっさりと口を割ったものですわね。貴族としても、男としても情けない事。」


政敵を酷評する月花総督の口調には、憐憫の欠片もない。


「劇毒で服毒死するか、安楽死かを俎上に載せたら、ベラベラと仲間の名を吐きましたよ。しかしながら、裏取りの必要はあります。奴の証言を鵜呑みには出来ません。」


「でしょうね。同じ反総督派でもウマが合わなかった者を道連れにするぐらいの事はしかねません。一威、今回も苦労をかけました。あなたの働きにはいつも感謝していますのよ?」


お酒のせいか、ちょっぴり素直になった総督閣下の言葉に、ナンバー2は頭を垂れる。


「有難きお言葉。無能非才の我が身なれど、この命尽きるまで、月花様にお仕えさせて頂きます。」


「命尽きるなどと縁起でもない事を口にするのはおよしなさい。"麒麟児"一威があってこその、櫛名多月花なのですから……」


(ねえねえ、カナタ。ハナ姉といっちーって関係なのかな?)


ナツメのテレパス通信に、言わずもがなの答えを返す。


(たぶんな。永遠のナンバー2を自称するいっちーは、月花総督にとってはナンバー1ってコトなんだろう。)


……錦城一威は有能で身分もあり、見栄えもする男。なのに彼女が出来ない訳だよ。麒麟児は己の全てを神難の薔薇姫に……ポーカー用語で言えば、全賭けオールインしちまってるんだ。


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祝勝会を終えてドレイクヒルホテルに戻ったオレは、シャワーを浴びてナイトガウンを羽織り、新聞を広げた。新聞と一緒にテーブルの上に置かれていた明日の予定表は、ビッチリと項目が埋まってる。ヒムノン室長の半分以下の勤勉さしか持たないオレとしては、ありがたくない過密日程だ。


げんなりする間もなく、ポケットのハンディコムが鳴る。現在の時刻は23:00ジャストか、一体誰だろう?


「カナタ、少し出てこれないか?」


電話してきたのは親友シュリだった。


「構わないぜ。どこにいるんだ?」


胡蝶菫こちょうすみれだよ。ホタルも一緒にいる。」


胡蝶菫か。大阪と同じで、神難の市花はパンジーなんだよな。市花の名を取ったナイトクラブは、神難御門グループの経営してる店だ。高級クラブだけに一等地にあるから、ドレイクヒルホテルからはそんなに離れていない。


「わかった。すぐに向かうよ。」


ナイトガウンを脱ぎ捨て、ラフな格好に着替える。部屋を出ながら呑む蔵クンを起動、アルコールを抜いてから、地下駐車場に停めてあるオープンカーのハンドルを握ってナイトクラブへ車を走らせる。狼の夜はまだ終わらない。


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特別ゲスト専用口から入店したオレを、装束にも身のこなしにも一分の隙もないサービス係がエスコートしてくれる。


案内された個室の前で、一万クレジット紙幣をチップに手渡したオレは、タキシードマンに訊いてみた。


「……一手、試してもいいかな?」


「ご随意に。」


タキシードマンはオレの繰り出した拳を平手で叩きながら、即座に足を払おうと試みる。しかし、受け流されたはずの拳は肘打ちに変化し、タキシードマンの側頭部にあてられていた。磨き抜かれた革靴で繰り出した足払いは、上げた足でブロックされている。


「……流石です、龍弟侯。」


「いい腕だ。さらに鍛錬に励め。これは妙技の見物料だ。」


一万クレジット紙幣をもう一枚手渡し、一礼したタキシードマンの肩を叩いてから客室に入る。ここの従業員は教授がチョイスしただけあって、なかなかの腕前だ。アクセル全開とまではいかないが、トップギアに入れる必要はあった。これなら十分だろう。


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個室では忍者夫妻が夫婦水入らずで酒を酌み交わしていた。


「フッ、待たせたな。」


カッコを付けてみたオレだったが、夫妻の曰くあり気な視線に当惑させられる。


「……カナタ、まずそこに座ろうか。」 「……色々とお話があるのよ?」


座り心地の良さそうな革張りの椅子が、針のむしろに見えるのは気のせいだろうか?


「な、なんだよ。夫妻揃って怖い目をしちゃってさ。オレが何かやったのか?」


針の筵と化した椅子に腰掛けたオレに、乱暴に差し出されるウィスキーグラス。取り敢えずハイボールでも飲んどくか。


「ええ、盛大にやらかしたのよ。」 「カナタ、マリカ様から"大事なお話"があった。何の話かはわかってるよね?」


……なるほど。そりゃ大事おおごとにもなりますわな。里の一大事なんだから。


「え、え~と。その、なんと言いますか……」


ペテンにハッタリ、大嘘や能書きならナンボでも生み出してくれる納豆菌も、この局面では役には立たない。となれば必然的に、言葉に詰まらざるを得ないのだった。


「カナタ、マリカ様の気性は知ってるだろ!"アタイはカナタの嫁になる!"って断言された以上、カナタを殺してでも嫁入りされるんだぞ!」


言葉としては矛盾してるが、言わんとするコトはよくわかる。……一応、ツッコんでおくか。


「……それ、未亡人って言いませんかね?」


旦那に続いて嫁さんからも追求の刃を向けられる。


「ねえカナタ。……私達、火隠れ衆から"カナタ様"って呼ばれたいのかしら?」


「本気でヤメれ。オレらはずっと友達でしょ!」


「でも、マリカ様を嫁にするってそういう事なのよ?」


そりゃそうかもしんないけどさぁ……


「真面目な話、どうするつもりなの? マリカ様だけじゃなくて、三人娘だっているでしょう!」


ホタルさんは容赦ない。以前から、腹に溜まっていた思いもあったのだろう。


「………あの~、全員嫁とか……ダメですかね?」


恐る恐る切り出してみたけど、帰ってきたのは"諦観の眼差し"だった。


「そんな事だろうと思ってはいたけど……」 「……いざ聞かされると呆れるしかないわね。」


ですよねー。オレだって我がコトじゃなければ呆れ倒してるわ。


「これがカナタじゃなければ縊り殺してお終いなんだけど……」 「……そうなのよねえ。相手がカナタだけに、なんとも言い様がないっていうか……」


女性関係については親友夫妻からも信頼されてないオレだった。いかに残酷であろうと、現実は現実である。こうなれば逆ギレするしかない。


「だってしょうがないじゃん!みんな大好きなんだからさ!誰か一人を選ぶなんて、オレには無~理~!無理ゲーなんですぅ~!」


唇を尖らせて力説するオレ、顔を見合わせた夫婦は同時に深~いため息をつく。


「……はぁ、開き直って逆ギレし始めたよ。」 「……ふぅ、とことんどうしようもないわねえ。」


「そーですぅ~。オレはどうしようもない男なんですぅ~。」


「カナタ……不承不承、やむを得ず、不本意ながら、ただれた夫婦関係を認めよう。法的には複数配偶者を持つ事も認められている訳だからね。悪法も法なりだ。」


爛れた、そこまで言いますか。……まあ、健全健康なキミ達夫婦から見れば爛れてるかもしんないけどさぁ。


「でも、マリカ様との間に出来た子は、いずれ火隠れの里に来て頂くわよ!八熾の次期惣領は他の嫁との間に出来た子にしてもらうわ!これは絶対なんだからね!」


気の早い話だなぁ。シュリとホタルは火隠れ衆の名門出身だから、お家の事も考えなきゃならない立場なんだけど。


「自分がどう生きるかは、自分自身で決めるべきだろう。生まれた時から己の生き方が、自分以外の誰かによって定められてるなんておかしいよ。」


「よ、嫁を4人も貰うつもりの非常識人が……」 「……ぐうの音も出ない正論を吐いたわね。」


ほっとけ。自分のコトを棚に上げるのは得意なんだ。


「でもこれだけは言える。シュリ夫妻が授かった子と、オレの子はきっといい友達になる。」


「……そうだね。」 「なんだかうまく丸め込まれたような気もするけれど、そういう事にしておいてあげる。カナタ、私達が物分かりのいい夫婦でよかったわね?」


「はいはい、感謝してますとも。」


「早く子供が欲しいけど、ホタルが産休を取れるような情勢にないからなぁ。」


シュリはしみじみと嘆息した。ホタルは代替の効かない能力を持っているから、悩みも深刻だ。


「空港の事件が上手く片付いたのも、ホタルの索敵能力があればこそだからな。奪還戦でも頼りにせざるを得ないし……」


空蝉ホタルが世界最強の索敵要員である事実は揺るがない。その離脱はアスラ部隊にとってダメージが大き過ぎるのだ。


「だからこそ、私達の手で"程々に妥協出来る世界"を創るんでしょ。次の世代に平和な世界を贈るのが、今を生きる私達の責務よ。」


ホタルの言う通りだな。オレ達の奪った命、流した血に意味を持たせる為にも、やらなければならない。


「ってな感じで話はまとまった。ケリー、もう入っても大丈夫だぜ?」


オレがドアの外に向かって声をかけると、憮然顔のケリーが部屋に入ってきた。


「……隠密接敵には自信を持ってたんだが、どうやら過信だったらしいな。」


空いた椅子に腰掛けたケリーに、ホタルがヨーグルトリキュールを作って差し出す。


「そんな事はないわ。私もシュリも全然気取れなかったもの。カナタが異常なのよ。」


「カナタが(色んな意味で)異常なのは認めるけど、火隠れの上忍としてドアの外の気配に気付かなかったのは反省すべきだよ。僕もホタルも、もっと研鑽を積まないと!」


友よ、おまえさんはホンットに生真面目だな。色んな意味で異常ってのは、ちょっと引っ掛かるけど……


「なに、若い間は学べばいいのさ。俺みたいなオッサンになっても半人前じゃマズいがな。」


ケリコフ・クルーガー氏(31)は笑ってそう言い、ヨーグルトリキュールを飲み干した。


「そうですね。今夜はいい機会だ。工作兵の大先輩に教えを乞います。」


31歳に教えを乞い始める21歳、オレの親友は鋼の克己心でたゆまぬ努力を続けるナイスガイなのだ。


「そりゃ構わんが、工作兵の先輩なら、それこそ緋眼がいるだろう?」


「僕が目指すべきなのは、マリカ様ではなくケリーさんだと思うんです。」


「……才能型と努力型、おまえさんは明らかに後者だな。だったら俺の経験が役に立つだろう。では、10年前の失敗談など語ってみるが、笑うなよ?」


「はい!」 「夫と一緒に勉強させてもらいます!」


ヤングケリコフの経験談か。面白そうだな。


「ある日、ケリコフ・クルーガー曹長は頭にピーナツバターをしこたま詰め込んだ上官から任務を拝命した。若いと言えばそれまでだが、ケリコフ曹長は見込みが甘かった。脳味噌までは望めないにしても、ピーナツバターぐらいは詰まっているだろうと楽観視していたんだからな。」


「じゃあ、その上官の頭は空っぽだったんですか?」


シュリの質問にケリー先生は笑って答えた。


「任務開始直後はそう思った。だが、事実はもっと酷かった。あのクソ野郎の頭には、ピーナツバターが詰まっていたのさ。」


三人の受講生は失笑した。笑うななんて前置きしといて、ジョークを交えるなよ。


「アホな高官の見抜き方はおまえさん達もマスターしてるだろうから、割愛しよう。俺の置かれた状況は、信頼出来る手練れの部下が一人。敵は3個中隊60人、指揮官の腕は上の上、部下どもの練度は中の上。厄介な事に俺達は戦闘能力皆無の要人を一人、抱えている。砂漠地帯のゴーストタウンに逃げ込んだ時点でボロハンヴィーはオネンネしちまった。生き残る為には敵を殲滅して足を奪う以外にない。そこで俺とマリアンは……」


若き日のケリーが紡ぎ出した逆転劇は、心理的トラップとブービートラップを駆使したものだった。




今宵は楽しき学びの場だな。シュリだけじゃない、オレも歴戦の勇士、ケリコフ・クルーガーから学びたいコトは山ほどあるのだ。


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