奪還編10話 制裁の協奏曲
日付が代わっても学びの場は続き、もう時刻は02:00時だ。
「じゃあ僕達はそろそろお暇するよ。明日……もう今日か、カナタに押し付けられた仕事があるからね。」
夫妻には神難におけるサンブレイズ財団の仕事をブン投げたからな。予定は詰まってるはずだ。
「理事の椅子だけじゃなくて、お仕事まで投げ付ける友達を持った我が身を嘆くしかないわね。じゃあね、カナタ、ケリーさん。あまり深酒しちゃダメよ?」
生真面目夫妻を送り出した不良中年と不良青年は、心置きなく深酒を楽しむ。
「ところでカナタ、まだ未確定情報なんだが……照京に"
悪夢の騎士団と恐怖の曲芸団!兵団の"黒騎士"ダイスカークと"魔術師"アルハンブラが……照京に居るだと!?
「……確かなのか?」
「おそらくな。今、教授が裏を取っている。」
「何が目的だ?……まさか朧月セツナに照京奪還作戦を気取られたのか……」
「俺の読みでは違う。もし朧月セツナが照京奪還作戦を察知したなら、自分が乗り出してくるか、もっと増援を寄越すだろう。黒騎士と魔術師だけじゃあ、おまえさん達の相手はしんどいさ。何か、調べ事でも出来たのかもしれん。暗部上がりのダイスカークと、諜報活動を得意とするアルハンブラの組み合わせだからな。」
裏の組織のトップだった黒騎士と、諜報担当の魔術師……ケリーの読みは当たっていると見る。
「だとすれば昇華計画絡みだろう。奪還作戦が終わってからケリーに頼もうと思っていたんだが、計画の中枢にいた人間が照京にいるんだ。顔も声も変えていたらしいから、照京を制圧した兵団は気付かなかった。だが今になって、キーパーソンの存在を知ったに違いない。」
グラスの中の氷をカラカラと回しながら、ケリーは独りごちた。
「……世界昇華計画か。どうせろくでもない計画なんだろうが……」
「奪還作戦が終わったら、右手首に三つのホクロを持つ男を捜してくれ。ガリュウ前総帥がまだ玉座に座っていた頃に、姉さんが下町に視察に出向いたコトがあってな。その時に、その男に会っている。誰何する前に姿を消したらしいがね。」
「カナタの姉さんは昇華計画に協力していたんだったな。記憶力のいい龍姫は、昇華計画に携わった人間の特徴を覚えていた。キーパーソンとはどんな男なんだ?」
「名前は
「朧月セツナは照京を奪取した際、昇華計画に関わった人間はあらかた拉致ったが、九曜だけは見落としていた、か。そのセンが濃厚だな。」
「人捜しは奪還後にやるとしてだ、黒騎士の麾下にはグスタフ・エスケバリとライアン・オコーナーがいるはずだな。上官を売った落とし前をつけさせる機会が到来したって訳だ。ついでに黒騎士と魔術師も始末出来れば最高なんだが……」
「俺の復讐なんざ、後回しでいいんだぞ?」
「エスケバリやオコーナーみたいな下衆野郎がお天道様の下でのうのうと生きてるなんざ、道理に合わない。教授の裏取りが済み次第、抹殺計画を考える。恩義には結果で、裏切りには報復で応えるのが、オレの主義なんでね。」
「任せよう。だが、グースとライアンに制裁を下すのは、この俺だ。」
「もちろんそのつもりだ。恩人を売った二人を
空のグラスにウィスキーを注ぎ、二人でガラスの奏でる協奏曲を響かせる。この曲は制裁の前祝いだ。
「グスタフ・エスケバリとライアン・オコーナー、裏切り者の両名に確実な死を!」
「フフッ、奴らの地獄行きに乾杯だ。悪魔の策略を見せてもらおうか。」
ああ、見せてやるぜ。オレは相手によっては悪魔……いや、悪魔以上になれる男だ。
──────────────────
二人で明け方まで飲んで、朝の8:00に起床。3時間も眠れば、何も支障は感じない。その気になれば三日三晩眠らずに、臨戦態勢を維持出来るのが零式搭載の完全適合者なのだ。
指定した時間ピッタリにやってきた給仕係は、テーブルの上に4人分の朝食を並べる。仕事を終えて退出するホテルマン達と入れ替わりに入ってきた三人娘と一緒に栄養補給&お仕事の打ち合わせを開始した。
「隊長、やっぱり私かリリスが秘書役として付いていった方がよくないですか?」
5枚目のトーストを食べ終わったシオンは、オレのカップに珈琲のお代わりを注ぎ、砂糖とミルクを入れてかき混ぜてくれた。
「テロ屋のせいで時間をロスしてるから、手分けして取り戻すしかない。シオンはオレの代理として神難御門グループの会合に参加、リリスはクソ面倒な上に手計算でやらなきゃいけないシミュレーションがある。検算はアルマに手伝ってもらうにしても、ビジョンの構築だけは人間じゃないと無理だ。」
「正確に言えば少尉の構築したビジョンを、私が具現化するだけなんだけど。本当にクソ面倒な作業だから、今日はホテルに缶詰になるわね……」
照京奪還作戦における師団級戦術の細部計算は、リリスにやってもらうしかない。検算結果によっては、ビジョンの修正も必要だろう。
「カナタの構想をリリスが具現化、それが案山子軍団の必勝パターンだから頑張って。私は此花で赤石焼きの作り方を教わってくるの!」
てっきり食うだけかと思ってたが、ナツメは"卵料理だけは得意"ってキャラを目指してたんだっけ。
「……本音を言えば、私に隊長の代理が務まるか不安なんです。判断に迷った時は、電話していいですか?」
シオンに務まらないなら、誰にも出来ない。案山子軍団のナンバー2はシオンなんだ。
「構わない。暗号言語はδ-66を使ってくれ。シオン、会合で確認するのは"街の復興に使える資材の保有量"だけだぞ。」
「足りない資材の手配もした方がいいのでは?」
「ダメだ。物流の動きで奪還作戦を察知される恐れがある。会合に出てくる企業幹部は、目的が在庫の確認だと知らない。だから独自の企画案なんかも出してくるはずなんで、適当に話を合わせておくように。在庫の確認が済み次第、ホテルに戻って足りない資材の種類と量の計算を始めてくれ。もちろん、スタンドアローンのコンピューターを使ってな。」
「
「いい案だ。シノノメ……いや、ザラゾフ元帥経由でトガにリストを作成させる。」
大事を控えている時期だ。極力、アスラ閥の影は潜めておいた方がいい。
「ザラゾフ経由で? 少尉、災害閣下にコンタクトなんて取れるの?」
「観艦式が終わった後に礼状を出したら、返信に直通電話の番号が記してあった。」
「あらあら、大物になってきたものね。」
「耄碌の始まったトガには財布以上の価値はないし、カプランは口先だけの風見鶏だ。抱えている勢力がデカいだけの両元帥は信用ならないが、
竜胆、榛少将の置き土産を使う以上、照京の防壁には陸上戦艦が通過出来る程の大穴が空く。機構軍が照京の再奪取を狙ってくるなら、防壁の補修が終わる前だ。展開によっては、東から侵攻してくる軍勢を野戦で撃破する必要がある。もしそうなったら、災害閣下は大戦力だろう。司令はいい顔をしないかもしれないが、布石を打っておく価値はある。
「利権を噛ませてでも、防衛作戦には噛ませたいの?」
ちびっ子参謀も気乗りしなさ気だったが、この話は気乗りする、しないの話じゃないんだ。
「機構軍の出方次第だが、野戦も視野に入れてるからな。籠城戦のデメリットは、敵軍に大ダメージを与えられないコトだ。最高の防衛戦術とは"野戦で勝利して敵軍の勢力を大幅に削ぐ、もしくは壊滅させる"さ。」
野戦で勝利すれば、敵対勢力は陣容を立て直さなければならない。つまり、もう一度侵攻してくるにしても時間が必要、戦国大名で言えば武田式防衛戦術だ。野戦の名手だった信玄は、巨城に頼るコトなく甲斐を守っていた。対極は北条家だな。戦国屈指の巨城、小田原城は謙信でさえ攻略出来なかった。城攻めの名手、秀吉は北条氏を屈服させたが、あれは城攻め云々ではなく、北条氏を取り巻く状況が詰んでいたからなぁ……
新生照京は小田原の鉄壁さと、巨城に頼らない強力な軍団を兼備させる。奪還後は政治的にも軍事的にも忙しくなりそうだな。
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