奪還編8話 祝勝会にはソースの香り
月花総督が祝宴の会場に選んだ名店とはサクヤの実家、"此花"だった。"本日貸し切り"の札が掛けられた片引き戸を開くと、香ばしいソースと青海苔の匂いが漂ってくる。
「らっしゃい!おっ、エッチさんじゃねえか!久しぶりだねえ。」
「案山子軍団の結成式以来ですか。ご無沙汰してます。」
「お母ちゃん、エッチさんと月花総督がお見えやでぇ!」
タコさん柄のバンダナを巻いたサクヤパパ(此花
"オトンはタコ焼きに全てを捧げた求道者やさかいな、剣術が本業のウチはあの域まではいけんのちゃうか。タコ焼きばっか焼いとって、お好み焼きの腕を錆び付かせたら、オカンが怖いし"とはサクヤの弁だ。ガーデンで支店を出してるレンゲさんも2本差し二刀流は使ってないから、たぶんマスター出来ていないのだろう。
月花総督はいい感じで齢を経た店内に入るなり、相好を崩した。
「突然、貸し切り予約を入れて迷惑ではなかったかしら?」
白い割烹着、頭には牡丹柄のバンダナを巻いたサクヤママ(此花牡丹っていうらしい)が店の奥から出て来て、座敷席へと
「いえいえ、ようこそ月花様。エッチさんとお嬢はん方もよう来やはったねえ。せやけどせっかく祝宴を開くなら、ウチみたいな小汚いトコやのうて、もっと相応しい店があったんやないですの?」
もう諦めてるけど、此花一家にとってオレは"エッチさん"なんだな……
「お母ちゃん、小汚いトコは余計やろ!」
「謙遜しとんのや!アンタは機微がわからんアカンタレなんやさかい、黙ってタコでも焼いとったらええねん!」
サクヤママは、ウン十年後のサクヤの姿を体現してるな。サクヤが誰と所帯を持つかは知らんけど……
「私は此花の粉ものが大好きなので、ここを選んだのですわ。畏まった宴はカナタさんも苦手そうですし。」
案内された座敷席へ優雅に着座した月花総督は、向かいの席をオレに勧める。オレが座布団に腰を落とすと同時に後続部隊、案山子軍団とメイド部隊が到着した。これで全員集合だな。主役の一人である
「カナタの隣はもらったの!」 「ナツメ、店の中では跳ねない、走らない!」 「ったくもう!ガキなんだから!」
軽く跳躍しながら空中で軍靴を脱ぎ捨て、隣に着地するナツメ。残った席を見たシオンとリリスが牽制し合ってる様子を見た月花総督は、ナツメを手招きした。
「ナッちゃん、今宵はハナ姉の隣にお座りなさいまし。」
……ナッちゃんですか。月花総督も大概フレンドリーだな。
「そうしよっと。カナタの隣なんていつでも座れるもんね!」
はいはい、どうせ安い席っすよ。右隣に座ったリリスはメニューを開いて暗記を開始、シオンはおしぼりの袋を開けてオレに差し出してくる。
メイド部隊やロブの率いる案山子軍団先遣隊も気に入った席に陣取り、店内は満席になった。マリカさんとシュリ夫妻がいないのは寂しいが、何か用があるみたいだから仕方ない。小粋な和装姿の店員さん達が皆の前に唐煎りコンニャクの小鉢と生ビールを素早く配膳し、乾杯の音頭を待つばかりになった。
「ではカナタさん、乾杯の音頭をお願いしますわね。」
……オレが音頭を取るのか。まあいいけど。
「ガーデン式でよろしいですか?」
「ええ、是非。」
「では、まず亡くなった11人の為に黙祷を。」
案山子軍団とメイド部隊は瞑目し、ある者は神に、ある者は死者の魂に向かって祈りを捧げる。祈りが済んだら、口上の時間だ。
「既得権益にしがみつく権力亡者も、小銭欲しさにその走狗となった者も、もれなく一網打尽にした。だからって犠牲者が帰ってくる訳じゃない。とはいえ、やらかしたコトへの落とし前だきゃつけなきゃ、始まらねえんだ。奴らの
「「「「乾杯!」」」」
ビールジョッキが奏でる音色は、鎮魂と勝利の
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「これが当店自慢のスペシャルミックスや。月花様もお気に入りの逸品なんやで。」
サクヤママの口振りからして月花総督は、此花の常連客らしい。お好みソースとマヨネーズで描かれた薔薇が映える逸品は、皆の味蕾を満足させた。……実はお好み焼きが苦手なオレだったりするんだが。
……ん? メニューに"赤石市名物、赤石焼き"とあるな。
「サクヤパパ、この赤石焼きってのは、玉子焼きのコトかな?」
「おう!神楼に店を出してる長男、
神楼と赤石は、日本でいうところの神戸と明石の関係だ。んで、神楼に支店を出してる此花家長男の名は粉一郎さんっていうのか。次男は絶対、粉二郎か、粉次郎だな。そして三男は粉三郎に違いない。
「へえ、じゃあその赤石焼きを二人前頂戴。」
粉一郎さんは"ぼっかけ"をメニューに加えて家庭内戦争を引き起こした御仁、芸の幅を広げるのに熱心なんだろう。だったら、タコ焼きの原型と言われる赤石焼きに目を付けないはずはない。
「へい、お待ち!赤石焼き二人前だ。」
縦長の赤い板皿に載っけられた赤石焼きは、期待通りに明石焼きにクリソツだった。
「隊長、赤石焼きとタコ焼きはどう違うのですか?」
ルシア人(四分の一は覇人)のシオンには、違いがわかんないよな。
「赤石焼きは卵の配分が多いから、タコ焼きよりもフワッとしてるんだ。んで、ソースじゃなくてダシ汁で食べる。」
細かい違いは他にもあるけど、概ねそんなもんだ。
「あら、美味しい!私は赤石焼きの方が好みに合います。」
「良さはそれぞれにあるんだけど、オレも赤石焼きの方が好きかな。半分はダシ汁で、邪道ではあるんだけど、残りはソース+ダシ汁で食べるのがオレ流さ。」
明石…赤石焼きを食べてると、日本で大学生やってた頃を思い出すな。もっとも、あの頃のオレは"ボッチの独り飯"だったけど……
「シオンと市内観光した時に、おっきなタコ焼き用の鉄板を買っといたの!ガーデンに帰ったら、タコ焼きパーティーをやろうね!」
ナツメは絶対に食べる役しかやんないだろうけどな。でも、楽しみだ。
「……ええ。没収した箒木の資産から、遺族全員に一億クレジットの見舞金を供出しなさい。それに私が出す一億を足して二億クレジット、それで生活は成り立つでしょう。遺族の気持ちが落ち着かれたら、慰霊式典を行います。空港のロビーに飾る慰霊碑の発注は済ませましたね?」
片手にハンディコム、残った片手に握ったコテでお好み焼きを切り分けながら、為政者としての仕事もこなす月花総督。巨大都市の指導者も大変だな。
「……ふう。箒木のせいで大変ですわ。」
電話を終えた月花総督は大好物のお好み焼きをご賞味する。青海苔をたっぷり振りかけてるのに、唇にまったく付かないあたりがスゲえな。
「バカの後始末は賢者がやる。ハナ姉も大変なの……」
一方のナツメは、ほっぺたにまで青海苔がくっ付いてる。そんな姿も可愛いけど。
「まるきり馬鹿とは言えません。箒木の企みは二段構え、あわよくば私の殺害が可能で、そうでなくとも"市民を見殺しにした総督"というイメージを流布出来ますわ。」
「その通り。おそらくイメージの流布が本命の目的だった。交渉会場に訪れない月花総督、時間を過ぎればマハルは容赦なく市民を公開処刑していっただろう。賢い市民は"テロ屋との交渉など論外"だとわかっているが、感情に重きを置く市民だっている。月花総督は自分の施政に対する報道に寛容だから、"何か他に手がなかったのか?"なんて無責任に非難する輩が出てくるだろう。そしてそういった輩は、"ではどうすればよかったのか?"には決して言及しない。」
結果だけを見て、無責任に論評する評論家気取りはどこの世界にもいる。オレの大嫌いな人種だ。
「龍姫の弟君はこのソースよりも辛口ですわね。ですがカナタさん、"為政者が批判されない体制"は健常とは言えません。」
月花総督は辛党みたいで、お好み焼きには特製激辛ソースを使っている。激辛好きのナツメとは、食性もマッチしてるな。
「無責任に批判だけする体制も健常ではないですけどね。ま、禍を転じて福となすだ。箒木の末路をショウアップしてやったから、奴の精神的イトコやハトコは戦々恐々でしょうよ。」
「事件を素早く収束させ、衆人環視の中、元凶を私の手で処断させた。反体制派のイメージを失墜させつつ、私の指導力と行動力を目に映るようにアピールする、カナタさんは"政治"を理解されていますわね。」
「"軍事とは政治である"、"政治とは中身の伴うショウである"、どっちもウチの司令の名言です。職人の世界ならただ実直に、磨いた技術を披露してれば評価されますが、政治の世界はそうはいかない。」
「ええ。寡黙な仕事人はトップには立てない。仮に立てたとしても長持ちはしない。政治家にはまず指導力と決断力、次いで行動力と発信力が必要なのです。」
姉さんが尊敬する政治家、月花総督はそう宣った。
姉さんに月花総督のような果断さ……敵対者に対する苛烈さはあるだろうか?……それは望めない。でも、それでいいんだ。新生照京では、大統領制の持つ即断性と、議会制民主主義の持つ熟議の政策の両立を考えている。その新システムの鍵は、"市民の過半数が支持する頂点が存在するコト"だ。
慈愛と人望の仁君、御門ミコトこそ、その頂点に相応しい。人格、能力、家柄の全てにおいて、姉さんを凌ぐ者など、龍の島には存在しないのだ。世界的規模で見たところで、対抗馬はローゼぐらいなものさ。
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