奪還編7話 ショウダウン



翌日の朝、オレはクシナダ総督と錦城大佐と一緒に高級住宅街に停車する車の中にいた。


「SRVもいいものですわね。黒塗りのダックスフントばかりでは、飽きがきますもの。」


「それはよかった。ここで待機するのに月花様専用車を使うと、ちと目立ちすぎます。……そろそろ銀行が開く時間だ。」


軍用時計に目を落とした錦城大佐は、ダッシュボードの上にハンディコムを置いた。10:15時にハンディコムがアニキングのオープニングテーマを奏で出す。ここにもマニアックアニメのファンがいたらしい。


「……そうか、よくやった。月花様、マハルと箒木元議長の密談記録はメイド部隊が回収しました。」


「そう。メイド長に"ご苦労様"と伝えなさい。」


大任を果たしたメイド部隊を錦城大佐が労う。これで次の行動に移れるな。


「では車を出します。元議長の屋敷は1ブロック先でしたね。」


オレはサイドブレーキを解いてアクセルを踏み込む。元議長さん、覚悟しな。今から引導を渡しに行くからよ。


───────────────────


高級住宅街の中でも一際立派な箒木邸、厳つい門の前に立っていた私兵二人は、後部座席に座るクシナダ総督と錦城大佐の顔を見ると門扉を開け、敬礼した。


男二人を左右に従えた総督閣下を玄関前に出て来た執事が出迎え、邸内に案内する。デカい玄関ホールには階下を見下ろすような吹き抜けになっていて、だだっ広い階段を降りてくる主人の姿が見えた。先代総督の腹心だった男、箒木御法だ。


「これはこれは総督閣下。御用がお有りならば、私が総督公館に赴きますのに。」


「大層な話がある訳ではありません。ちょっとした世間話……いえ、余興ですかしら?」


そう、これは余興だ。下らねえ隠謀を企んだ男に、下らねえ最後をくれてやるショウなのさ。バイオセンサーオン!……やっぱりな、ホールの両隣にある控室に兵隊が集まってきてる。マハルが口を割った可能性を考慮すれば、当然の対応だな。


(錦城大佐、左右の部屋に20名ばかり、計40名が集まってきてます。)


(だろうな。往生際の悪い事だ。)


総督閣下がお出ましだってのに、箒木元議長は踊り場に立ったままだ。近付き過ぎて流れ弾をもらうのが怖いってか。


「それで、余興とはなんでしょうか?」


高い場所から質問する無礼を月花総督は咎めなかった。もう礼節を問う意味がないからだ。


「貴族院を廃止し、上院議会に改める改正案に、貴方が内心では反対なのはわかっていました。」


神難市貴族院の議席は信任投票のみで改選される決まりで、事実上の終身議員みたいなものだった。高齢化した議員が引退し、議席に空きが出来ても、後任を推薦するのは引退する議員。まあ貴族院とはそういうモノだが、本来は名誉職であるべき貴族院が、市政に対して大きな権限を持っているのは大問題だろう。月花総督は旧態依然な貴族院を廃止し、市民も立候補が可能な上院議会を創設するコトに注力していた。改革を志す若き総督は就任してから今日に至るまで、布石を敷いて土台を整えてきたのだ。


「まさかでしょう!反対であれば貴族院議長を辞したりせずに、反対論を唱えております。総督閣下の改革に賛同したからこそ、職を退き…」


「屋敷に隠って反撃の機会を窺っていた。……そうですわね?」


神難の薔薇姫と称される月花総督が、優美な物腰に隠した刺を披露してゆく。


「な、なんの事やら私にはさっぱり……」


「負けを悟って大人しくしてくれれば……そんな私の甘さが11人の市民を死に追いやってしまいました。箒木御法、貴方は名前が御法みのりでありながら、御法ごほうに触れたのです!空港で起きたテロ事件の主犯、マハル・カルークは全てを白状し、物証も既に入手しました。まだ言いたい事があるのなら、法廷でお言いなさい!」


「……ぐぬぬ!我らがどんな苦労をしながら、この街を維持してきたと思っておるのだ……」


「苦労? 特権を守る事に汲々としてきただけでしょう。ですがそれももう終わり。貴方に神難貴族の誇りがあるのなら、潔くお縄につきなさい!」


「世間知らずの小娘が!……ああ、そうだとも!空港の事件は私が指図した!だが勝ちに驕り、たった三人で、ノコノコやってくるとは笑止千万!であえであえ!総督閣下はご乱心だ!」


乱心してんのはおまえだろ。左右に3つ、合計6つのドアを蹴り開けて、私兵達がホールに飛び出してきやがったな。


「錦城大佐は総督を!オレは少し運動させてもらう!」


「心得た。」 「雑兵の分際で御門の狼に刃向かおうとは愚かですわね。」


錦城大佐は愛刀を構え、クシナダ総督はガーターベルトから薔薇の鞭ローズウィップを引き抜く。麗しいおみ足をチラ見してから、殺戮の力が篭もった視線で殺到してくる不埒者どもに天誅を喰らわせた。死なない程度に加減はしてやってるがな。


「箒木御法、貴様の最後を飾る舞台が始まったぜ?……さあ、ショウダウンだ!」


耳から血を噴き出す半死人を踏み付けながら前に出る。


「皆、剣狼と視線を合わせるな!伯爵、早く避難してくだされ!」


主から刀をトスされた執事が錦城大佐と斬り結びながら叫ぶ。その間隙を突いて詰め寄ってくる私兵達を、薔薇姫の鞭が切り裂いてゆく。月花総督は深窓の御令嬢じゃない。相当に使う手練れなのだ。


「確実に始末しろ!総督さえ討ち取ってしまえば、後はどうとでもなる!私が新総督に就任し、神難を統べる王となるのだ!」


威勢のいいコトを言いながら、自分は撤退かよ。みっともねえったらないな。


「乱痴気騒ぎの張本人が逃げんじゃねえ!」


刃を返した刀の一振りで三人の胴をなぎ斬りながら、左手で抜いたグリフィンmkⅡで逃げる箒木のくるぶしを撃ち抜く。階段を転げ落ちた箒木は踊り場の壁にぶつかって停止、悲鳴を上げながら血塗れた足を押さえている。


「伯爵!ご無事ですか!」


「ご主人様の心配をしている場合か?」


錦城大佐が振るう無情の斬擊が執事の利き腕をへし折って刀を落とさせ、返す刀が利き足も叩き折る。執事を無力化した側近は主の元に一足で戻り、その手腕を褒め称えた。


「お見事です。また腕をお上げになられましたね。」


「世界の指南役の教えがよかったからですわ。」


絹のハンカチで傷口を縛った箒木は、手すりに掴まりながらハンディコムを取り出し、大声で喚き散らした。


「私兵どもは何をやっている!早く、早く本邸に駆け付けてこい!」


元議長様は隠謀劇は得意でも、荒事はからっきしだな。オレ達がなんの備えもなく乗り込んできたとでも思っているのか?


「別館にいる連中なら来ないぜ。錦城大佐の部隊とオレの部下達が制圧してるからな。ほら、ヘリのローター音が聞こえるだろ?」


そう教えてやった直後に、お高いステンドグラスをド派手に割って、ナツメがホールに飛び込んできた。


「カナタ、別館の制圧は完了したの。」


挨拶代わりに私兵一人を蹴り伏せたナツメは、月花総督に敬礼した。


「あら、貴方が案山子軍団のアイドル、雪村ナツメ特務曹長ね。私が神難総督、櫛名多月花ですわ。どうぞ"ハナ姉"とお呼びくださいな。」


「お初にお目にかかるの。こんなところで自己紹介もないものだけど。」


ナツメの割ったステンドグラスの窓枠には巨乳スナイパーが陣取り、眼下の敵に狙撃の雨を浴びせてゆく。急所を外しながら戦闘能力を奪う、見事なスナイピング技術だ。


「高い場所から失礼。私は案山子軍団副長、シオン・イグナチェフ少尉です。」


「お気になさらず。狙撃の皇帝と謳われたラブロフ氏の娘さんだけあって、いい腕ですわね。」


玄関を蹴破って突入してきた神難兵が、月花総督の周囲を固めてゲームセットだ。僅かに残った私兵達は、武器を捨てて両手を上げた。予定通りのワンサイドゲームだ。


這いずって逃げようとする箒木の前に飛び石ジャンプで先回りしたオレは、元議長の二重顎を掴んで吹き抜けに吊されたシャンデリアを拝ませる。


「よく見ろ。シャンデリアの上にインセクターが3機、止まってるだろ? たぶん、凄い視聴率になってると思うぜ?」


刀の峰で階段の手すりをコンコンと叩き、切っ先をインセクターに向けてやる。


「ま、まさか……」


やっとわかったか、バカが。そう、これはショウだったんだよ。


「この活劇は市営放送で生中継されている。死人は出していないし、あまりにショッキングな場面は映らないように配慮もした。インセクターを操る兵士の腕がいいんでな、時代劇の殺陣を見てるみたいなもんさ。違いは血糊じゃなく本物の血だってコトぐらいかね。」


別ルートから屋敷に駆け付けた中継車にはホタルとシュリがいる。もちろん市営放送のスタッフもだ。空港で人質にされた彼らには、意趣返しをする権利がある。


「き、貴様……」


「おまえが無罪か有罪かは、神難市民が判断する。陪審員を選出したところで、満場一致で"有罪ギルティ"だろうがね。」


優美に階段を上ってきた月花総督が、権力闘争に敗れ、膝をついた男に通告する。


「箒木御法、貴方の伯爵号を剥奪します。謀議に加わった全員に、内乱罪が適用される事になりますわね。銃殺と電気椅子ホットシート、どちらがお好みかしら?」


他の街なら公開処刑になるところだが、月花総督は"悪趣味な蛮刑"だと言って既に廃止した。だからこの男は、不様な死に様を人目には晒さずに済むって訳だ。


「そ、総督閣下……どうか命だけはお助けを。……後生です、命だけは全うさせて下さい……」


命乞いする元議長を見下ろす月花総督の面持ちは、氷彫刻の薔薇を想起させた。


「……空港で殺された11人も、同じように願っていた事でしょう。善良な市民に理不尽を働いた貴方が、自分だけは命を全うしたいだなんて、ムシがいいにも程があります。」


「……お願いです……お慈悲を……」


「この期に及んでなんと笑止な。減刑も助命もありません。私を恨みながら、死出の道へと旅立ちなさい。一威、手錠を。」


「はい。さあ立て!おまえには色々と聞きたい事がある。重犯罪者収容所まで案内してやろう。」


引き立てられてゆく敗北者の姿を、インセクターの複眼が映す。これにて一件落着だ。


「カナタさん、ささやかですが祝宴を設けました。私の案内するお店までエスコートしてくださいな。」


「ハナ姉、私達も行っていい?」 「もう!ナツメ、馴れ馴れしすぎでしょ!相手は総督閣下なのよ!」


ナツメは誰が相手でも平常運転だな。お目付役のシオンさんも大変だ。


「もちろんですわ。ハナ姉オススメの名店ですから、味は保証しますのよ。」


鷹揚な総督閣下はナツメの手を取って歩き出す。オレはいつものようにビター味のシガレットチョコを取り出し、口に咥えた。……って、ちょっと!


シオンさん、なんでチョコの反対側を咥えるの!そんなにカジカジしたら、唇がくっつき……


唇の接触まであと数センチのところで、シガレットチョコがポキンと折れてしまった。


「あら? 残念でしたね、隊長。」


悪戯っぽく笑うシオン、オレは苦笑するしかない。


「……次からはもっと固いチョコを携帯するコトにするよ。」


シャンデリアからインセクターが1機降りてきて、オレとシオンの目の前で静止した。スピーカーフォンからは、ホタルの冷やかしが聞こえてくる。


「お二人さん、今のも撮ってたけど、放送していいかしら?」


……ダメに決まってるだろ。シオンの指した人差し指に、オレの人差し指を加えて×マークを作っておく。




空港を発端に始まった事件も無事に解決した。月花総督主催の祝宴で、少し羽根を伸ばすとしよう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る