第七章 奪還編 狼と龍は古都の奪還を目指す

奪還編1話 はるばる来たぜ、神難



専用ヘリで神難に到着したオレと三人娘は、御門グループ神難支社で歓待された後に、用意された要人専用車で宿に向かう。


お宿から少し離れたところで車を降りたオレ達は、散策がてら街を歩いてみる。


「はいっ!タマネギ二つで百万クレジット!」


「八百徳さん、もうちょっとまからないのかい?」


このやりとり、大阪……もとい、神難ならではだねえ。買い物袋を下げたオバちゃんも、ヒョウ柄のスカートを履いてるし。


「お嬢さん、こいつは入荷してきたばっかの"泡路島産のタマネギ"なんだよ。まける訳にゃあいかないねえ。このお値段も今だけなんだぜ? 泡路の農家が同盟市民に特産品の旨さを知ってもらいたいって特別サービスしてくれてんだからさ。」


そうそう、オバちゃんをお嬢さんと呼んでこその商人あきんどですな。さすが商人の本場、わかってらっしゃる。でもこのお嬢さんは濃い目の化粧に派手目のファッションがよく似合ってる。買い物籠からネギが飛び出てるのもポイントが高い。薬味のネギはスーパーで、ブランド野菜は八百屋で買う、主婦の鑑だな。


日本にいた頃は関西の大学に通っていたオレだけど、遊びに行くのはもっぱら神戸で、大阪にはあまり行った事がない。だから大阪のご婦人方が本当にヒョウ柄好きかは知らないのだが、少なくとも神難マダムがヒョウ柄好きなのは確かみたいだ。街ゆく人々に結構な数のヒョウ柄さんを見かけるし、衣料品店にもヒョウ柄服が必ずあったから。


一緒に歩く三人娘、誰が一番ヒョウ柄が似合うだろう?


「言っとくけど、私にヒョウ柄は似合わないわよ?」


「リリスは豹は豹でも、黒豹だもんね。私は結構イケるんじゃない?」


ナツメは行動様式がモロにネコ科だもんな。ヒョウ柄は似合うかも。


「活気のある街ですね。クシナダ総督がいい統治を行っておられるのがわかります。"治の良し悪しは、市場を見よ"と言いますから。」


含蓄のある事を言ってるシオンの目は、タコ焼きの屋台に向いているけどな。確かに治の良し悪しは市場を見ればわかる。活況を呈しているか、商品が並ぶ棚に彩りがあるか、値段は適正なのか。これらは治世の良し悪しを示すバロメーターだ。悪い統治をしていると庶民向けの市場には商品がなく、富裕層が出向く高級店にだけ商品があるなんて事になるんだから。そういう意味ではガリュウ総帥の統治時代の照京はまだマシだったんだろう。実体経済を理解している雲水代表が経済政策を任されていただけ、な。


教授のレポートでは、今の照京は以前より悪くなっている。司令みたいな例外を除けば、軍人に経済政策は難しい。縦社会の悪癖と言ったら語弊があるかもしれないが、往々にして経済統制に走りがちなのだ。"経済は生き物で、官が統制出来るものではない。出来るのは為替対策や財政出動などの景気対策のみで、それも民業を圧迫しないように注意しなくてはならない"とは、財務官僚だった親父の持論だ。オレにとっては最悪の父親だったが、官僚としては優れていたのだろう。ま、勝手に日本で頑張ってくれりゃいいさ。もうオレには関係のない人間だ。


親父と違って照京に対しては他人ヅラを決め込む訳にゃあいかない。命と引き換えにオレをこの世界に送り出してくれた爺ちゃんと、大切な姉さんの故郷なんだから。家族の故郷が圧政に苦しめられている姿を指を咥えて見ている時間は終わりだ。この手で都を奪還してみせる。


時満ちる 花の都に 降る火花 戦の果てに 龍よ輝け……流血は避けられないがやってやるぜ。


爺ちゃん、見ててくれよ。狼の血族が、都を取り戻す勇姿をな。


──────────────────────


例によって、神難での常宿は神難ドレイクヒルホテルだ。支配人直々に部屋に案内されたオレは、カードキーと龍紋入りの封書を手渡された。神難総督である姉さんの友人、クシナダ姫宛ての親書だ。


「ねえねえカナタ。私とシオンは街に出掛けてもいい?」


シオンの腕をしっかり握ったナツメは、お出かけする気満々だ。


「ナツメ、私は隊長と一緒に総督府へ参内するつもりよ。」


リリスがタブレットのデータを確認しながら口を開いた。


「少尉の秘書役は私がやるわ。シオンはナツメのお守りをお願い。一人で出歩かせると、ロクな事になんない気がするの。」


オレもそんな気がする。正義感の強いナツメは、チンピラにでも出くわせば"やり過ぎる"かもしれない。


パニャートナ了解よ、隊長の補佐は任せるわね。軍事の話だけなら私でいいけど、経済協力の話も出そうだもの。」


奪還作戦を打ち合わせた後は、防衛計画と復興支援の話になるだろう。奪還後の話を詰めておくのは、捕らぬ狸の皮算用ではない。大規模な軍事作戦は政治と密接に絡み合い、政治には長期的展望がなくてはならないのだ。


「難しい話はカナタに任せといて、カニでも食べに行こうよ!神難には"カニ天国"って専門店があるんだよ!」


その店、絶対にバカでかいカニの看板があるだろ。


「シオン、あんまりナツメを甘やかしちゃダメよ?」


リリスはそう言ったが、言うだけ無駄なのは承知の上だ。ナツメはシオンのほじくったカニが大好きで、シオンはナツメを甘やかすのが大好きだからな。お姉さんっぽく小言は言ってるが、行動が内心を現している。


「リリス、礼装の準備をしてくれ。」


ヤヴォール了解、私もしっかりおめかししないとね。」


外国の言葉を覚えたければ、その国で恋人をつくれ、なんて話があったねえ。リリスやシオンが母国語を使っても、翻訳アプリに頼る必要はなくなってきた。大事に思ってる人間が、自分のわからない言葉で話しているのは気になるものだ。いくら勉強嫌いのオレでも、必要に駆られれば本気にならざるを得ないって事だな。


ま、シオンもリリスも普段はオレの母国語で話してくれてんだけど。


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オレ達に先んじて神難入りしていた牛頭馬頭兄妹が、総督府へのお供だ。妹がハンドルを握り、兄は助手席。オレとリリスは広い後部座席に設置されてるテーブルの上に、立体映像で表示された御門グループ関連会社のデータを閲覧する。


「神難にもかなりの関連会社があるな。」


「そりゃそうでしょ。神難は照京から一番近い巨大都市な訳だし。」


大株主オレの百倍、いや千倍は御門グループに詳しいリリスは、神難における我が社の概要を要約しながら説明してくれる。"枝葉を払って根幹だけを露出させる手腕において、悪魔チビを越える者などいない"と司令が評するだけあって、すごくわかりやすく要点が頭に入る。


「やれやれ。リリスの才能を、半分でいいから欲しいもんだぜ。」


リリスに教授、ヒムノン室長に雲水代表、優れた実務家の仕事ぶりは、オレに自分の実務処理能力の凡庸さを悟らせてくれる。


「少尉、みきと書いて根幹と呼ぶでしょ。株主や領主って人種は、組織や事象の根幹部分だけ抑えてればいいの。指導者が枝葉にまで口を出し始めたら、ロクな事にはならない。世の中には"悪い意味での現場主義者"が多すぎるわ。」


「確かにな。とにかく現場に行って怒鳴り散らすのが指導力だと勘違いしている輩がいて、そういう勘違い野郎は現場を混乱させて、事態を余計にややこしくする。」


「その通り。補足しておくとそういう勘違い野郎ほど、"現場の事をわかってない"わ。本人はお仕事した気になって満足でしょうけど、周りはいい迷惑ね。」


オレはそうならないように気をつけよう。


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神難総督府の客間には、うら若き総督閣下と錦城大佐がオレを待っていた。泡路島攻略戦で敵軍副総督を討ち取るという大功を立てた錦城一威は、また昇進したのだ。


オレは席から立った総督閣下の前までゆっくり歩き、三元帥にやった儀礼的な敬礼ではない、本物の敬礼をさせて頂く。


「同盟軍特務少尉、天掛カナタと申します。この少女はリリエス・ローエングリン、私の秘書を務めております。クシナダ総督におかれましては、照京亡命政府、及び御門グループに数々のご厚情を賜り、まことにありがとうございます。亡命政府議員、御門グループ一同を代表して、厚く御礼申し上げます。」


クシナダ総督の視線を受けたリリスは優雅に一礼した。この小悪魔は容姿も礼法も完璧で、黙っていれば完全無欠の御令嬢なのだ。


「丁寧なご挨拶、痛み入ります。私が神難総督、櫛名多月花くしなだげっかです。龍弟侯、神難へよく参られました。お会い出来るのを楽しみにしておりましたのよ。」


会釈する美しき総督には華があった。大輪の薔薇が咲いたように優雅な物腰。姉さんとは違った"けれん味ある貴人"といったところか。


以前に錦城大佐から聞いた話では、月花という名は月季花、別名・庚申薔薇コウシンバラが由来らしい。


"俺の主君は庚申薔薇のように美しいが、薔薇だけに鋭い刺もお持ちだ。その刺が市民に向けられる事はないがな"、神難の麒麟児と称えられる男の言葉に嘘がなければ、この方は姉さんの盟友足り得る。


「私もクシナダ総督とお会い出来るのを心待ちにしておりました。庚申薔薇のように美しい、錦城大佐の言葉に偽りなしです。大龍君から親書を預かってきました。どうぞお受け取りください。」


完璧にお手入れが行き届いた指先でクシナダ総督は親書を受け取り、懐中に仕舞い込む。


「あら、お上手ね。ですが一威は、"刺も鋭い"と囁いたのでしょう?」


妖艶なのか蠱惑的なのか、とにかくそんな流し目に晒された麒麟児は、目を逸らしながら咳払いした。


「ゴホン!月花様、立ち話もなんですから、席にお座り下さい。龍弟侯も可愛いお嬢さんもどうぞお席に。」


カナタ君、でいいのになあ。4人だけの会談とはいえ、公の場だからか。年も階級も錦城大佐のが上なんだけど、爵位だけならオレが上。政治の世界はめんどくさ過ぎるぜ。


重厚なチーク材に艶のある黒革が張られた椅子に着座したオレ達、間を挟むウォルナットのテーブルの上には、紅茶が置かれる。訓練されたメイド軍団が、着座と同時に入室して来たのだ。


……でもこのメイドさん達のユニフォーム、ちょっと胸元が開きすぎじゃないか?


メイドさんからハンディコムを受け取ったクシナダ総督は、ピッポッパっとダイアルを始める。


「もしもし、ミコト様? 弟君はやっぱりメイド部隊のお胸にご執心のようですわよ?」


ちょっ!? 


「……ええ、それはもう。いやらしい目で私のメイド達を眺めておいでに…」


「クシナダ総督!」


「はい、伝えておきますわ。龍弟侯、ミコト様が"後でお話があります、覚悟しておきなさい"と仰っていますわよ?」


「……クシナダ総督と大龍君が、とても仲が良い事は理解しました。」


「もちろんですわ。プライベートでは"ミコちゃん"、"ハナちゃん"と呼び合う仲ですのよ?」


ぜってー嘘だ。


「そうなのですか……」


チラっと隣に座ってる美少女リリスの様子を窺ってみると、うずうずしてるっぽかった。リリスはボケも出来るが、根はツッコミ体質なのだ。相手が友好関係にあるお偉いさんじゃなけりゃあ、とっくに毒を吐いていただろう。でも、まだ毒を吐いていい相手かどうかを見定めようとしているみたいだ。


「うふふ、それから私の事は"月花"とお呼びくださいね。クシナダ総督、では固すぎますでしょう?」


「いや、そういう訳には……」


「私も遠慮なく"カナタさん"と呼ばせて頂きますので、おあいこですわ。」


「……は、はぁ……」


なんだかこの人のペースに乗っかってる気がするな……


「ところでカナタさん、先程は"天掛カナタ"と名乗られましたが、"八熾カナタ"の間違いではありませんか? 貴族名鑑には"同盟侯爵・八熾家惣領、八熾彼方"と記されていますが……」


「公式書類では八熾を使っていますが、普段は天掛で通しているんです。うっかりしていましたね。」


八熾への改名は、シズルさんを筆頭に、一族みんなが切望している。"御門を支える狼になれ"、それは爺ちゃん…八熾羚厳から託された使命。ならば"八熾彼方"に改名するべきなのはオレもわかっている。でも、オレは天掛という姓への拘りを捨てられない。なんでなのかは、自分でもわからないが……




オレはこの世界で自分を取り戻し、あるべき姿になった。でも、自分のルーツが地球にあるって事を忘れない為に、天掛の名を捨てないでおこう。今思い付いた考えだけど、十分な理由だろう。


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