奪還編2話 鯉と犬
教授の立てた経済協力プランはオレの口を経由して、頭脳明晰のちびっ子参謀の脳内に収まっている。天才少女はプランの大枠を月花総督に説明するお仕事を、過不足なく果たし終えた。
「大枠はこんなものかしらね。ハナ
月花総督がざっくばらんに話が出来る相手だと判断したリリスは、"ハナ姉"なんて馴れ馴れしい呼称を使い始めた。本人も側近の錦城大佐も気にしてないようだから、まあいいだろう。
「了解ですわ。"数学界の巨星"と謳われたローエングリン伯爵のお孫さんだけあって、リリスさんは本当に賢いですわね。ギブ&テイクのバランスがしっかり取れた提案といい、ハナ姉は感心しました。」
儀礼上、甚だしい問題があるはずだが、どうやら月花総督は"ハナ姉"という呼び名が気に入ったらしい。
「経済協力の話は一段落したようですね。カナタ君、そろそろ軍事の話を始めようか。」
龍弟侯からカナタ君に戻ったか。ハナ姉なんて呼称が飛び交ってるのに、オレらだけよそ行きの言葉使いをしてても意味ないもんな。
「ですね。経済協力の話は、照京を奪還出来なきゃ画餅に帰する。」
「軍事の話となると、私はお手上げですわね。一威がカナタさんのカウンターパートを務めなさい。」
「はい、お任せください。カナタ君、少し待っていてくれ。」
応接室を出た錦城大佐は、二人の軍人を連れて戻ってきた。神難軍ではなく、照京軍の軍服を纏った男二人は、月花総督とオレに向かって敬礼する。
「お久しぶりです、龍弟侯。」 「いよいよ時が参ったのですな。」
照京軍の幹部だった
照京の陥落によって、神難は最前線の街となった。色気を出した機構軍は(組織だったものではないとはいえ)、何度か神難に属する
「鯉沼大佐、犬飼少佐、以前から言っていますが、軍における階級もキャリアもお二人が上なんです。ですから…」
ついでに年も一回りは上なんだよ。頼むから下からモノを言わないでくれ。
「亡命政府首班の大龍君が"実弟以上の家族"と仰られる龍弟侯は、我らの指導的地位にあらせられます。階級など関係ありません。なあ、グンタよ。」
「左様で。機構軍ほど顕著ではありませんが、同盟軍でも階級より爵位を重んじるのはよくある事です。」
ったく。このお二方は有為な人材なんだけど、封建主義の度が過ぎるのが玉に瑕なんだよな。やり辛いったらねえぜ。
「爵位を重んじ過ぎる風潮が、世界に歪みをもたらして…」
「意地でも改めませぬ。」 「文句は大龍君に仰ってくだされ。」
皆まで言わせず断言しやがった。こりゃ説得は無理っぽいな。
「わかったわかった。とにかくそのあたりは都を奪還してからじっくり話そう。ところで鯉沼大佐と犬飼少佐に大龍君から…」
「トウリュウ、グンタ、そして姉さん、です。我らに対してよそ行きの言葉使いは無用に願いますれば。」
この忠誠モンスターめ!犬飼少佐もウンウン頷いてるんじゃない!
「……トウリュウとグンタに姉さんからの言伝がある。」
「「ハハッ!」」
片膝を着く二人。時代錯誤人ってどこにでもいるんだなぁ。シズルさんの又従兄弟かよ。
「正式な手続きは奪還後になるが、鯉沼登隆は名を"登竜"と改めよ。」
「私に"竜"の尊号など勿体ない!」
照京においては
「御門家からの賜り物を突き返す訳にもいくまい。遠慮せずに受け取っておけ。」
これで"竜もどき"という異名も、正式に
「……大龍君のお心遣いを有難く受け取らせて頂きます。鯉沼登竜、身命を賭して大龍君にお仕えするとお伝え下さい。」
それでいい。アンタは次期防衛司令の最有力候補なんだからな。元から評価の高い男だったが、神難での戦働きで実戦での強さも証明された。鯉沼家は御門家譜代の家臣で伯爵号も有し、率いる精鋭部隊・鯉幟軍団も名家の子弟で構成されている。新生照京の
「犬飼群太夫……グンタには準男爵号と領地が与えられる。所領とは、
「俺……いや私に爵位を!私はストリートで育った孤児なのですが……」
「知っている。だが、生まれが何だというのだ? そんなもの、人間の本質には無関係だろう。犬飼群太夫は優れた能力と人格を証明した。それが全てだ。」
グンタは元の名を犬丸といい、ストリートの孤児だった。そこらの孤児と違っていたのは、"野良犬を友"としたコトだ。この男には天性の訓練士の素質があったらしく、ストリートを徘徊する野良犬達を、統率された軍団に育て上げた。犬の群れを引き連れてストリートを闊歩する犬丸少年は、愛犬家だった富豪・犬飼群志郎の目に留まり、養子に招き入れられたという次第だ。
一代で富を成し、愛国者でもあった犬飼群志郎は、ストリートの孤児達を雇って私兵とし、その指揮官に養子の群太夫を充てた。軍用犬と
照京が他の大都市に比べて麻薬犯罪が少なかったのは、ストレイドッグスの働きが大きい。ストレイドッグス隊員の四つ足の相棒達は、軍用犬にして麻薬捜査犬でもあったからだ。
「親父殿と母上様、それに兄さん達が生きていれば、どれほど喜んでくれた事か……」
グンタの養父、犬飼群志郎とその家族は、照京動乱の際に落命している。群志郎は貴族ではなかったが、物申す硬骨漢として知られていた。そんな彼はクーデターを非難し、協力を拒んだ。屋敷にやってきた青年将校達を相手に丸腰で、"機構軍の手を借りた武力蜂起など、頓挫するに決まっておろう!痴れ者どもが!"と喝破し、蜂の巣にされたのだ。
……惜しい人を亡くしてしまったものだ。生きていれば新生照京に大きく貢献出来る逸材だったろうに……
「犬飼群志郎とその家族の志は死んでいない。息子である犬飼群太夫の心の中に生きているからだ。」
ガリュウ総帥が群志郎のような耳に痛いコトを言う国士を重用していれば、玉座から転がり落ちずに済んでいた。どんな体制、どんな時代にも、"人間"は存在する。姉さんを戴く新生照京は、身分慣例に囚われずに、優れた人材を登用しなくてはならない。
「グンタ、よかったな。後は我らの故郷を奪還し、墓前に報告するだけだ。」
「はい。亡き父母兄弟の仇を討ち、都を取り戻す。御門の番犬たる事こそ、我が家の使命だ。」
前の総帥は仕え甲斐のない主だったが、姉さんは尽くすに値する主君だ。二人で力を合わせて頑張ってくれ。
「二人とも席に座ってくれ。これから作戦概要を説明する。」
榛少将の遺言を発見してから、作戦計画を練りに練ってきた。
着座した二人と、神難のナンバー1、2に、オレは作戦の手順とその狙いを解説する。
冷静に概要を説明すべきなのに、声に熱がこもるのを止められない。やれやれ、オレもガラにもなく昂ぶっているらしい。
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