暗躍編12話 ダモクレスの剣



クエスターとギンの事は、ボクの後見人バーンズ御意見番バクスウには教えておいた方がいいだろう。後はアシェス、クリフォード、トーマ少佐までは確定かな。他の幹部に伝えるかどうかは、少佐と相談してから決める。もう!腹が立つなぁ。政敵に攻撃材料に使われる恐れさえなければ、みんなで祝福出来るのに!


グチっても仕方がない。与えられた状況で、最善を尽くす。薔薇十字という船の船長はボクなのだ。熟練水夫の助けを借りなきゃ進路を決める事さえままならない船長でも、その職責を果たさなければならない。なにがあってもこの船ローゼンクロイツを座礁させる訳にはいかないのだから。


薔薇十字本部の敷地内に設えられた辺境伯の私邸には、都合のいい事に老師もいた。ボクは若い二人の慶事を、チェスを指してるお爺ちゃん達に話してみる。


「なんと、クエスターとギンが恋仲になったか。青天の霹靂、というべきかの……」


辺境伯はチェスを指す手を止めて、顎髭をさすり始めた。青天の霹靂、大層な表現をした割りには驚いているように見えない。


「若い者はええのう。枯れるばかりの年寄りには、羨ましい話じゃて。」


碁敵ごがたき、チェス敵というだけあって、辺境伯と老師は毎日のように盤面で競い合っている。半世紀もの付き合いがある二人は、気心を知り尽くした親友同士なのだ。


「剣聖も年貢の納め時か。バクスウ、お主も年貢を納めい。チェックメイトじゃ。」


「……チッ。してやられたわい。」


舌打ちした老師はチェスボードを片付け、碁石と碁盤を持ち出してきた。この老人二人はいつもこれだ。負けた方は得意な遊戯で借りを返そうとする。


「辺境伯、いずれアシュレイと話をつけないといけませんが、その時は弁護をお願いします。」


「うむ。人間そのものを見るのならば、ギンはクエスターに似合いの女じゃろう。ところでローゼ様、もし好きな男が出来たら、儂の前に連れて来るのじゃぞ。この儂がローゼ様に相応しい男かどうか、試してやるからのう。もちろん、試すのは"剣で"じゃがな。」


だ、大丈夫だよね。カナタは兵士の頂点、完全適合者だもん……


「バーンズ、それには及ばん。先に儂が試してくれるわ。もちろん、"この拳で"のう。」


怖い顔になった老師は、親指と人差し指で挟んだ碁石を粉々に粉砕してしまった。辺境伯と老師がボクの事を気に掛けてくれるのは嬉しいんだけど、この件に関してだけは、迷惑なような気もする……


「わかりました。いつの日か、"火山のボルケニック"バーンズ、"鉄拳"バクスウよりも強い男を連れてきますからね。楽しみに待っててください。」


「ほっほ、相手もおらぬのに惚気のろけられたわい。」


老師、相手ならいるんです。遠距離の上に片思いなんだけど……


「フフッ、相手によっては二人がかりじゃな。半世紀に渡って戦い続けた爺ィの狡さと怖さを教えてやるわ。」


「うむ。姫を我が手に掴みたければ、老いぼれ二人の屍を越えていくがよい。」


辺境伯と老師、歴戦の古強者が二人がかりだなんて。いいお年のお爺ちゃんなのに、なんて大人げないんだろ。


────────────────────


トーマ少佐のところへ赴く前に、百目鬼研究所ラボに寄っていこう。ギンはクエスターと水入らずにしてあげたいから、今日の護衛はヘルゲン、ぺぺ、アンドレに頼もっと。


ヘルゲンを伴ったボクは、ぺぺとアンドレがいるトレーニングルームを訪ねた。ぺぺは縄跳び、縄の動きが早すぎて球体の中でステップしてる様に見える。脚力自慢は伊達じゃないのだ。力自慢のアンドレはベンチプレス。片方500キロ、合計1トンもの重さがあるバーベルを軽々と持ち上げるだなんて、アンドレと少佐とイワザルさんにしか出来ない芸当だろう。……こんな荒技が可能なのが三人もいるっていうのが、もうおかしいのかもしれないけど。


「姫様、お出かけですかい?」


縄を投げ捨てながらぺぺは口を開き、投げられた縄は壁のフックに綺麗に巻き付いた。アンドレも床にバーベルを置いてベンチから身を起こす。


「はい。百目鬼研究所に寄ってから、戦団本部に向かいます。二人で護衛をお願いね。」


「了解だ。アンドレ、姫様のお供が汗臭くちゃいけねえ。シャワーを浴びるぜ。」


「……わかった。」


「って事で姫様、暫しお待ちを。チビとデカいのがパパッと身繕いしますんで。俺達ゃ貴人の護衛役~♪ 仇なす輩はぶっ殺す~♪っときたもんだ。」


物騒な歌だなぁ。ご機嫌なのは伝わってくるけど。丸太どころか樹木みたいに太い腕を組んだアンドレは、首を振って嘆息した。


「……ぺぺ、姫様の前で下手くそな歌はよせ。」


身長161センチのぺぺインと、身長244センチのアンドレアスはとても仲がいい。饒舌な小兵と寡黙な巨漢、対照的な二人は幾多の死線を共にした戦友で親友なのだ。


─────────────────────


クエスター&アシェス、辺境伯&老師、ぺぺイン&アンドレアス、薔薇十字には盟友コンビが多いのだけど、亡霊戦団にも気の合うコンビがいる。戦場兵馬いくさばへいま轟弾正とどろきだんじょう、鷺宮家の旧臣二人も親友で、いつも一緒にいる。


「おっ、姫様じゃないの。」


研究机で裁縫をやってる弾正さんが色付きゴーグルを額に上げて、手も上げた。兵馬さんは部屋の片隅に敷かれた畳席に座って刀のお手入れだ。手には綿棒、口には絹布、真剣な眼差しで長刀を眺める姿が実に侍らしい。


「姫様、こんなむさ苦しいところへ来られるのはどうかと思います。」


チン、とカッコよく納刀した兵馬さんは、ボクの方に向き直って丁寧に頭を下げてくれた。


「居候は黙っとけよ。勝手に畳なんぞ敷きやがって!」


「おまえのロクでもない実験が失敗した時に備えているのだ。感謝しろ。」


弾正さんとコヨリさんは、百目鬼研究所に自分の研究室を持っていて、新兵器の開発を"趣味で"やっている。


トーマ少佐が言うには"コヨリは高打率だが、長打は出ないタイプ"で、"弾正は三振ばっかりだが、当たればホームランってタイプ"なのだそうだ。野球のルールを知らなかったので、ルールブックを見てみたところ、少佐の言わんとする事が理解出来た。弾正さんは失敗が多いけど、凄く有用なモノを作れるタイプで、コヨリさんは失敗はしないけど、有用性では弾正さんの成功作には及ばない、という事らしい。


"父は高打率で長打も打てるタイプよ。ただし、だけどね"とはコヨリさんの弁だ。百目鬼博士に独創性がないなんて思わないけど、八岐大蛇やパラス・アテナといった極めて斬新な新兵器の骨子は、少佐の発案だ。少佐の生み出す斬新なアイデアを、百目鬼博士の知識と技術が具現化する。理想的なコンビはここにもいるのだ。


「弾正さん、何を縫っているんですか?」


小さな衣服……いや、装甲服に見えるのだけど。人形細工でもしているのだろうか?


「姫様のちっこいお友達も立派な戦力だからな。おチビちゃん、ちょっと合わせてみてくんな。」


ボクの肩からピョンとジャンプしたタッシェは、研究机に華麗に着地した。そっか、タッシェ用の装備を作ってくれてたんだ。


装甲服を身に纏い、背中にモンキーバズーカを背負ったタッシェは、歯を剥き出しながら親指を立てた。世界最小の兵士が見せる勇姿に、ボク達は拍手で応える。


「我ながらいい出来栄えだぜ。よっしゃ、これで"モンキーバズーカ改"の製作に取り掛かれるな。」


「弾正、その前に"モンキーブレード"を作ってみてくれ。拙者はタッシェ殿に剣術を指南してみたい。」


「タッシェはガタイがポケットサイズだから、得物が長くねえと人間相手にゃ有効打にならねえ。けど長刀使いの兵馬が仕込むってんなら、アリかもな。うっし、タッシェ専用の"物干し竿ランドリーポール"を作ってみっか!」


「キッキキッ!(ミニマム世界の最強を目指すの!)」


タッシェはもうミニマム界最強だと思うよ?


「弾正、入るわよ。ローゼ様が来ているのでしょ?」


ノックもせずに入ってきたコヨリさんは、ボクを見るなり耳打ちしてきた。


「ローゼ様、泡路島が陥落した模様です。」


龍の島の戦略拠点、泡路島が陥落!? となれば、同盟軍は龍足大島に大攻勢をかけてくるだろう。


「そうですか。少佐はなんと?」


「最後の兵団は「オペレーション・エリニュス」を発動させるだろう、と。」


復讐の女神エリニュス作戦か。半年前の大規模戦役でグラドサル地方を失い、さらに龍足大島まで同盟の手に落ちれば、戦争の天秤は同盟側に大きく傾く。あの要衝を電撃戦で陥落させたとなれば、アスラ部隊コマンドが関わっているだろう。だとすれば少なくともエリニュス作戦発動初期に、カナタ達が参戦してくる可能性は低い。


……気は進まないが、朧月少将の作戦に乗るしかないようだ。最後の兵団との協力関係は維持しなくてはいけないし、たとえ薔薇十字が静観を決め込んでも、彼らは独力で作戦を成功させるだけの力をもう持っている。勢力を急拡大させている兵団に、一人勝ちをさせてはならない。


でも、朧月少将の思惑の影で私は暗躍する。復讐の女神作戦に参加し、同盟にもいる数少ない気骨ある軍人を捕虜にするのだ。気骨ある捕虜を以て、和平への使者と成す為に……


でもその人選を誤れば、薔薇十字にとっては致命傷になる。それだけに、細部に渡って綿密な計画を立てなくては。朧月少将の野心の発露、「エリニュス作戦」は、私と少佐の二人だけで練っている「ダモクレス計画」を進める好機と考えよう。


ダモクレスの剣……王者の幸福を称えた家臣ダモクレスに、王は玉座の真上に髪の毛一本で吊した剣で応えた。いつ落ちてくるかわからぬつるぎが吊された玉座に座らされたダモクレスは、王の心境を理解したという。



私は王ではないけれど、剣が峰に立つ覚悟は出来ている。どんなに腐った組織、淀み切った時代にも……"人間"は存在する。私は人間の善性を信じ、己の道を歩む者だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る