暗躍編9話 "三面六臂"、地走蟲兵衛
「キカ姉さま~、ローゼさま~!久しぶりなのでつ!」
超速ダッシュで駆け寄ってきたまひるちゃんは、キカちゃんにオデコがごっつんこしそうな勢いで飛び付き、ほっぺにスリスリしてる。
「まひる、まずは皇女様にご挨拶せんかえ。」
「
保護者の作法を見たまひるちゃんも着物の端から覗く膝小僧を芝生につけて、上目遣いにチラチラとボクを見上げてくる。
「まひる、挨拶じゃ。」
「あい!わたちはじばしりにんぐんじょーにん、ひるがみまひるともうちまつ!」
ちびっ子忍者はキカちゃんで見慣れてるけど、まひるちゃんも可愛いなぁ。IQ180の天才キカちゃんとは違って、ホントに"ちっちゃいコ"って感じがするんだよね♪
(太郎だよ!) (花子です。)
まひるちゃんの両肩に乗っかったバイオメタル
「丁寧なご挨拶、痛み入ります。私はリングヴォルト帝国皇女、スティンローゼ・リングヴォルト。どうぞローゼとお呼びください。」
腰を落としたボクは二人の手を取って立ち上がってもらい、会釈する。
「まひる、儂は皇女様とお話があるゆえ、ここらで遊んでおるがええ。太郎、花子、お守りを頼むぞえ。」
「あいでつ!」 (僕に任せて!) (承知いたしました。)
「では蟲兵衛さん、こちらへ。」
「かたじけない。」
「まひるちゃん、何して遊ぼう!」
太刀風をお供に出迎えに随行していたキカちゃんは、久しぶりに再会した妹分を見て、テンションが上がっているみたいだ。
「かくれんぼがちたいのでつ!でもキカ姉たま、ちょーちょーかくは禁止でつよ!」
心音で個人の判別が可能なキカちゃんが超聴覚を使えば、かくれんぼなんて成立しないもんね。
可愛いらしいちびっ子忍者二人が戯れる姿を蟲兵衛さんは横目で眺める。文字通りの横目でだ。頬の横に付いてる目の瞼がうっすらと開いている。
4つの目を持つ異形の忍者、地走蟲兵衛。この人の真贋を確かめるのがボクの仕事だ。蟲兵衛さんの表向きの用向きは朧月少将からの書簡をボクに届ける事なんだけど、その役割はいつもはアマラさんがやっている。何か他の目的があってのマウタウ訪問かもしれない。
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蟲兵衛さんとは早めのお昼を食べながらの会見にしてある。テーブルの上に並んだ数々の肉料理が、蟲兵衛さんの好みに合うといいんだけど。
「このローストビーフは絶品じゃわえ。トーマ少佐が抱えておる土雷衆里長名代殿の料理ですかのう?」
ローストビーフを二枚重ねで食した蟲兵衛さんは、頬を緩めた。
「はい。ミザルさんに頼みました。お口に合ったみたいで何よりです。」
「儂とまひるは肉食主義じゃからのう。なにせ
「蛆と蛭、ですか?」
「左様。姫様、
蠱術、聞いた事がない言葉だ。
「寡聞にして存じ上げません。どのような術か、教えて頂けますか?」
「蠱術、またの名を蠱遁忍術と申しましてな。要するに蟲だの蛇だのの力を借りる術の事を指しまする。我ら地走衆は蠱遁忍術を使う術者の集まりでしてな。"蛇蝎の如く"などの言葉があるように、蟲や爬虫類はとかく嫌われがちなもの。その力を身に宿す儂らも似たような扱いを受けてきたという訳ですわえ。」
「なるほど。しかし蟲兵衛さん、今は超能力を持った超人兵士が闊歩する時代です。地走忍軍の力も超能力の一種と考えれば何ほどの事もありません。アウトサイダーにも似たような方がいらっしゃいますよ?」
「前向きなお方じゃのう。ま、儂らが日陰者なのは構わんのじゃが、これが未来永劫続くのかと思うとしんどうなるわえ……」
小皺の入った目元、その彫りがいっそう深くなる。蟲の力を身に宿そうとも、その心は人間なのだ。蟲兵衛さんは一族の未来を案じたが故に、ボクに会いに来たのではないだろうか……
朧月少将は地走衆を武力、諜報組織として利用はしても、その未来まで考えてあげる人間ではない。
「苦悩をお察しします。蟲兵衛さん、ボクから一つ、お願いがあるのですが……」
あっ!よそ行きスイッチがオフになってた!まあ、いいや。
「お願い?……何かのう?」
「まひるちゃんを薔薇十字で預かりたいのです。マウタウに留学中のマグダレーネ・ベルギウス公女の護衛を探していたのですが、まひるちゃんは女の子で、地走衆の上忍。公女の護衛役にうってつけです。もちろん、立派な淑女になれるように、レーネと一緒に勉強もしてもらいますよ?」
そんな事を言ってるボク自身が、淑女かどうか怪しいものなんだけど……
「まひるが淑女とな!? カッカッカッ、姫様、それはちょっと想像がつかぬのう。じゃがお言葉に甘えさせてもらうわえ。あれはわんぱくな
「はい。どんな方ですか?」
「
鬼女郎……女郎蜘蛛を名に冠しているんだ。
「侍女としてまひるちゃんに付き添えるように手配しておきます。まひるちゃんと鬼女郎さんは正式なスネイルリーチャー大隊の隊員なのですか?」
「いや。まひるも鬼女郎も実戦投入可能なレベルじゃが、正規の隊員にはしておらん。六つの幼子を
まひるちゃんも実戦投入可能なの!? まだ六つなのに?……いや、ああいうコを常識で測ってはいけない。
「正式な隊員ではないのなら朧月少将の
まひるちゃんと鬼女郎さんの身柄引き受けはそう難しい話じゃない。薔薇十字と最後の兵団の間ではギブ&テイクがよく行われているからだ。ベルギウス公復権の口添えのお礼に+αを加えれば、話はつくだろう。口添えのお礼は何がいいかな?
……同盟の御門グループが開発したアニマルエンパシーアプリをスペック社は入手し、百目鬼ラボで解析させた。ラボからの報告では、"同じ性能の戦術アプリを製作可能"とレポートがきている。量産化には少し時間がかかるだろうけど、精鋭部隊に先行配備するだけなら問題ない。クエスターやアシェスが擁するバイオメタル騎馬隊と同等の部隊を、兵団幹部の黒騎士ダイスカークも有していたはず。戦馬と明確な意思疎通が可能になる戦術アプリは喉から手が出るほど欲しいに決まっている。……口添えのお礼として申し分ない。+αは朧月少将と交渉しながら考えればいいかな。
「皇女様は年に似合わず、世知に長けておるようじゃわえ。そういう世渡りを、まひるも学んでくれればよいがのう……」
六つの子供に世渡りはまだ早いと思うんだけど。
大事な話はまとまったので、その後は世間話などに興じ、蟲兵衛さんとの会見は終了した。世間話の合間に、探り針を混ぜてみたのだけど、ボクと蟲兵衛さんの思惑は一致していたみたいだ。蟲兵衛さんはまひるちゃんを薔薇十字に預けたいと思っていたらしく、ボクの提案は渡りに船だったのだ。
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薔薇十字で預かる事になったまひるちゃんは、キカちゃんと一緒におやつを食べていた。
「おにく、おにく、おにくは明日の活力なのでつ♪」
皿いっぱいに盛られたミートパイを前にご機嫌のまひるちゃん。両手持ちで左右のパイを交互に頬張る幼子に、蟲兵衛さんはマウタウ留学の話を伝える。
「ホントでつか!まひるはキカ姉さまやローゼさまと一緒に暮らすのでつか!」
「そうじゃ。色々学ばせてもらうとええわえ。」
「やったのでつ!まひるは頑張るのでつ!……あ!でも蟲兵衛さまはおちごとがあるのでつよね?」
嬉しそうだったまひるちゃんは一転、可愛い顔を曇らせた。蟲兵衛さんはまひるちゃんにスゴく懐かれ、信頼されているみたいだ。
「まあの。まひる、そのような顔をせんでよいわえ。今生の別れにはならん……とは思うがの。」
「蟲兵衛さま、ととさまはまひるに、"儂の亡き後は蟲兵衛を父だと思え"と言い残されまちた!なので絶対にちんではいけないのでつ!まひるは二度もととさまを亡くしたくないのでつ!」
「わかっておるわえ。」
ピアニストのような長い指で、まひるちゃんの紅葉みたいに紅いほっぺを撫でる地走忍軍頭目の眼差しは優しかった。朧月少将よりも先に知り合っていれば、蟲兵衛さんも薔薇十字に引き入れられたのに……
こら!スティンローゼ・リングヴォルト、しっかりしなさい!たられば話に意味はないってカナタが言ってたでしょ。過去はもう変えられないけど、未来は変えられる。全ては自分次第なのだ。
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