暗躍編7話 カメレオンと呼ばれる兵士
※今話からローゼ編です。
「キキッ♪キキッ♪(スモモ♪スモモ♪)」
小皿に盛られたドライフルーツの前で、幸せダンスを踊るタッシェの可愛らしい姿が、執務に疲れた心を癒してくれる。小さな家族と引き合わせてくれた運命の悪戯に、心から感謝しよう。
「ふふっ。姫姉様、タッシェちゃんは本当にスモモが大好きなのですね。」
同じ卓に座るベルギウス公の一人娘は、マウタウに来てまだ1週間ほどだけど、もうタッシェとは仲良しになった。午前の間、ボクは執務に励み、彼女はクリフォード先生から経済学の授業を受けていた。今は休憩がてらのティータイムだ。
「ええ。フルーツだったら何でも好きなんだけど、特にスモモが好物みたい。」
ボクより5つ年少のマグダレーネ・ベルギウスを、マウタウに呼び寄せたのには訳がある。レーネが父親であるヴァレンガルト・ベルギウス公に毒される前に、手元に置いておきたかったのだ。リングヴォルト王家には外戚にあたる家がいくつかあるが、外戚貴族の子弟の中でも、このコには飛び抜けた聡明さがある。野心家の実父を復権させるリスクを負ってでも、養育する価値がある逸材だ。
それにベルギウス公が宮廷に戻っても、その野心を掣肘するのはボクではなく父上だから、薔薇十字に害はない。ベルギウス公復権の口添え人は、朧月少将と辺境伯に頼んだ。もちろんベルギウス派の貴族達もこぞって皇帝陛下に言上したけれど、有象無象と見做している者達の言葉を聞き入れる父ではない。滅多な事では政治に口を挟まない辺境伯と、父の
"おまえも少しは政界の駆け引きを覚えたようだな。ベルギウスの復権か……よかろう。そろそろ犬を躾ける時期にきておるしな"、父からはそう言われた。帝国に君臨する父にとっては、かつて皇帝の座を争った政敵の復権を歓迎は出来ないはずなのだが、それだけ自信があるのだろう。ベルギウス公がいくら失地回復を図ろうとも、寄せ付けない自信が……
宮廷に戻ったベルギウス公には悪いけれど、それは事実だ。ベルギウス公は器量において、父には遥かに及ばない。さらに皇帝の座を争った時には拮抗していた帝国内の勢力図においても、現在は大きく遅れを取っている。皇帝に即位した父はしっかりと地盤を固め、今や物申せる大貴族といえば、辺境伯ぐらいだ。いくらベルギウス公が躍起になろうと、父の牙城は揺るがない。
「姫姉様、何か考え事ですか?」
「うん。ちょっとね……」
"犬を躾ける時期にきておる"……あの言葉はどういう意味だったのか。こういう時に頼りになるのはカナタ語録だ。さあ、魔女の森で聞いた天狼の哲学を思い出すの。
あやや!裸を見られた時の事を思い出しちゃったよ!違う違う!ええと……そうだ。
"権力者にとっては一強状態が理想なんだが、一強にも弊害がある。慢心した味方のタガがどうしたって緩むのさ。逆に言えば、敵の存在は味方を結束させるって事だな"……これだ。長く続いた皇帝一強の治世は宮廷の空気を弛緩させた。父上はベルギウス公を当て馬に使って、宮廷の引き締めを図る算段なのだ。
よし。考えはまとまった。少佐に会いに行こう。
「レーネ、少しタッシェと遊んでて。ボクは少佐の元へ赴きます。」
「はい。姫姉様のお帰りまで、タッシェちゃんとお留守番をしています。」 「キキッ!(待ってるの!)」
ドアの外にいたギンに目配せしてレーネの護衛を頼み、ハンディコムでアシェスを呼び出す。姉的騎士の恋のお相手で、ボクの指南役のトーマ少佐は、危急の際を除けば、考えのない相談者の話は聞いてくれない。事象に対する自分なりの考えを話して、初めてアドバイスをしてくれるのだ。
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「ローゼ様、何度も申し上げておりますが、トーマの元へ赴くのではなく、彼を本部に呼ぶべきです。ローゼ様は帝国皇女にして、薔薇十字の総帥なのですよ?」
亡霊戦団の駐屯地に向かう車中、"守護神"の異名を持つ真銀の騎士は、苦言を呈してくる。
「アシェスこそ、ボクに同じ事を何度も言わせないで。どこの世界に、"指南役を呼びつける生徒"がいるの?」
「エックハルト、執事として"主の威厳を守らねば"とは思わないのか?」
搦め手から攻める事にしたらしいアシェスは、ハンドルを握るエックハルトに援護を求めたが、ボクの執事はすげなかった。
「アシェス様とローゼ様の考える威厳には、解釈の違いがお有りのようですな。私はローゼ様の執事ですので、主の側に立たせて頂きます。」
亡霊戦団駐屯地のゲートをくぐった3台の車は、司令所の玄関前で停車する。前の車両からはヘルゲン、後ろの車両からはぺぺが降車し、配下の兵士達に隊列を組ませた。
エックハルトの開けてくれたドアからアシェスと一緒に降車したボクは、敬礼するヘルゲンとぺぺ、兵士達に手を上げて応える。
「ヘルゲン、ぺぺ、ご苦労様でした。基地の休憩所で休んでいてください。話が終わったらエックハルトが連絡を入れます。」
「ハッ!」 「姫様、俺、おっと自分は、イワザルのとこに行っていいですか…じゃねえ。行ってよろしいでしょうか?」
「固い物言いは必要ありません。私達は"仲間"なのですから。」
"
「………」
「ぺぺ、どうかしたのですか?」
「いや、ありがてえ話だって思ってよ。"化外のミュータント"なんて蔑まれる俺がさ、帝国の皇女様に"仲間だ"なんて言ってもらえるたぁよ。」
「仲間を仲間と呼ぶのは当然の事です。戦術アプリに頼る事なく、鏡面迷彩の能力を持っているだなんてスゴいじゃないですか。アウトサイダーは"進化した人間"なのかもしれませんよ?」
「だといいがな。姫様、俺みたいなのを護衛役に抜擢してくれた恩義にゃあ必ず応えてみせる。どんなピンチになっても俺が姫様を抱えて逃げまくるぜ。避けんのは得意なんでね。」
タフで五感が鋭く、回避能力が極めて高い兵士は胸を張った。ギンが諜報活動などで不在の時があるから、護衛役が複数必要になり、マリアンに人選を頼んだ。そのマリアンが"ギロチンカッター随一の生存能力があり、機転も利きます"と推薦してくれたのがぺぺなのだ。
「期待しています。さあ、大きなお友達にところへ行ってください。」
「巨人症のアンドレも、同じ図体の友達が出来てよかったよ。図体が似通ってるだけじゃなく、二人とも極端に無口ときてやがるがな。」
うん。イワザルさんもアンドレもホントに無口だよね。二人で筋トレしているのを見た事があるけど、終始無言で喧嘩してるのかと思っちゃったよ。トレーニングが終わった後は笑顔でグータッチしてたけど。
「じゃあ後でね。ぺぺ、今夜はギロチンカッター大隊の幹部をボクの屋敷に連れてきて。一緒に夕食を摂りましょう。」
「アイアイ。飯は多目に頼みます。アンドレが10人前は食うんで。」
ヘルゲンとぺぺに見送られながら、ボクはアシェスと一緒に髑髏のエンブレムが輝く入り口に向かった。
……外部領域、か。中心領域の戦争を止めたら、外にも目を向けないといけない。過酷な環境と中心領域からの差別に苦しめられている人達に、手を差し伸べる必要があるのだ。
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