南国編43話 出来の悪いミステリー



元帥二人との会見を終えたオレは尾行がいない事を確認してから、司令の屋敷を訪ねた。為政者としては無能でも、邸宅のセンスはいい者もいる。将軍としては最高に無能で無責任だった足利義政は応仁の乱を誘発させてしまったが、慈照寺(銀閣寺)に代表されるように、文化人としては超一流だった。スケールの大小はともかく、そんな輩はどこにでもいるもので、接収した別荘の中で一番センスの良い屋敷が司令の在所になったのだ。


顔見知りの00番隊隊員が衛兵を務める門をくぐり、屋敷に入るとマリーさんが出迎えてくれた。今日も完璧な巻き具合の金髪縦ロールだけど、どのぐらい髪型のセットに時間をかけてんのかね?


「あら、カナタさんじゃありませんの。司令に何か御用なのかしら?」


「ええ。たぶん話を終えた後、司令は機嫌が悪くなるでしょう。」


「……また厄介事?」


「出来の悪い推理小説を読めば、誰でも不機嫌になるもんです。」


そう、今の状況は出来の悪い推理小説みたいだとしか言えない。おそらく……何か材料が欠けているんだ。一つだけ言えるのは、"三人の大将が元帥になりたいが為に共謀し、アスラ元帥を暗殺した"……そんな単純な話じゃなさそうだってコトだ。


「八熾の庄は順調に発展しているみたいだけど、一族の皆さんは早く都に帰りたがっているんじゃありませんの?」


書斎へ案内してもらう道中の世間話、話題は領地運営にも及んだ。


「若い連中は照京で暮らしたコトがないから拘りは強くないみたいですが、年寄り連中はそうでしょうね。だから照京は必ず取り戻します。」


もう少しのとこまで来てる。姉さんと一族、それに照京市民の為にもやらなきゃいけない。


「私も伝来の領地を早く取り戻したいですわ。ついてきてくれた皆の為にも……」


マリーさんは元貴族だったな。先祖伝来の領地を取り戻す誓いを家臣達と一緒に立てていると聞いた。マリーさんにはマリーさんの戦いがあるのだ。


─────────────────────


「トガもカプランも暗殺とは無関係かもしれないだと!? ならば誰が父を殺したというのだ!」


日頃は冷静沈着な司令だが、話題が肉親の暗殺となれば平常運転とはいかない。声は荒ぶり、苛立ちが表情に浮き出る。


「あくまで今の感触では、ですよ。カプランには撒き餌をまいておきました。遠からずオレに接触してくるでしょう。本格的な探りはそこで入れてみます。」


カプランのコトだ、トガには黙ってオレに食料弾薬の破壊工作をさせようと考えるだろう。制圧した領地は切り取り勝手、あの二人が共闘するのは橋頭堡となる都市を奪取するまでで、その後は分捕り合戦を始めるはずだ。どこの兵站施設がどの程度破壊されているのかという情報は、トガに対してアドバンテージになる。


ここのところ、新たな版図を得たのはアスラ閥とザラゾフ閥だけだ。トガ閥とカプラン閥に属してる欲深どもは、利権に飢えているだろう。せいぜい頑張るんだな。


「おまえがまいた撒き餌なら、カプランは食い付いてくるだろう。……なぜ、あの二人が暗殺に関わっていないと思ったのだ?」


「トガに偽の暗殺計画書を掴ませ、ブラフをかましました。アスラ元帥の二の舞を演じないようにってね。耄碌が始まっているトガは何らかの反応を示すかと思ったんですが……」


「もっと詳しく話してみろ。」


オレは胸ポケットに刺していた万年筆型のレコーダーを机の上に置いた。これは市販の万年筆をシュリが改造してくれたものだ。探偵用具屋で売ってるような品を使えば、デキるヤツなら見抜くからな。


「やりとりを録音しておいたのか。本当に抜け目のない奴だな。」


やりとりを聞き終えた司令は、書斎机に足を乗せて煙草を咥えた。この書斎の前の主に喫煙の習慣はなかったらしく、灰皿がない。オレが席を立つ前に司令は手のひらに氷塊を形成し、紅葉型の灰皿を作ってテーブルに置いた。そしてスパスパと煙草を吹かし、吸い殻を氷皿に押し付けて揉み消す。


「……無罪判決を出す訳にはいかんが、被告人に有利な証拠ではあるな。」


司令は自分の意志、意向に反していようと、事実を自分の考えに嵌め込もうとはしない。優れた為政者とはそういうものだ。結論ありきで事実をねじ曲げようとすれば、必ずしっぺ返しを喰らうと知っている。


「罪状が違おうが、どっちみち有罪ですけどね。」


「ほう?」


「アスラ閥が伸長していけば、あの二人は潰しにかかるに決まってますから。時期はどうあれ、いずれオレ達とは敵対します。」


「もう敵対してるみたいなものだがな。一層露骨になるだろうよ。」


機構軍という明確な敵が存在するから、同盟の枠に留まっているだけだ。脅威がなくなれば、同盟内で権力闘争が始まるだろう。司令の言う通りだ。


「ま、トガとカプランはオレ達の敵じゃない。」


「同盟元帥に対して言うではないか。自信の根拠を聞かせてもらおうか。」


「今の戦況が答えですよ。喧嘩に弱い、これは軍人として致命的です。ヤツらが手を組んでアスラ閥を潰しにかかるなら、こっちはザラゾフと組めばいい。二代目軍神と災害を相手に、ヤツらが勝てる目はない。」


「……私にザラゾフと手を組めというのか!奴も被告人の一人なのだぞ!」


「ザラゾフはアスラ元帥暗殺とは無関係です。御門の諜報部を使って色々調べてみたんですが、ザラゾフは年に一回、必ず休日を取ります。最前線に身を置いていても、ある日だけは絶対に休むんですよ。」


「休日? それがどうした!」


「ザラゾフの特別な休日とは、"アスラ元帥の命日"なんです。彼はその日、誰にも会わずに一人で過ごします。一度だけ、敵襲で邪魔をされたようですが、その時の不機嫌さたるや、"大災害"とでもいうべき暴れっぷりだったみたいで……」


あの傲岸不遜な強者が、元帥の命日だけは誰にも会わずに静かに過ごす。この事実と、実際に会った時の印象が、ザラゾフ元帥の無罪を確信させた。ザラゾフ閥の連中も好き勝手をやらかしてるが、もし、総大将のザラゾフ元帥が改革する気になれば、目を瞑れる範囲にまで是正が可能かもしれない。


「カナタ、もう忘れたのか? ザラゾフは複製兵士培養計画の首謀者だぞ。」


「忖度した連中が勝手に進めた計画ですよ。もちろん、ザラゾフが計画を止められる立場にあったのは確かですけどね。」


ザラゾフ閥は、兵の強さだけが拠り所の派閥だ。だからといっても、倫理的に許されない計画だったには違いない。だが、ザラゾフにプロジェクトを再開する気はない。シジマ博士は発狂し、研究所の職員達は全員死んだ。残るのは、計画をスポンサードしたザラゾフ閥の幹部、ヤツらを処断すれば仕舞いにしてやる。人でなしの計画、だがそれがあったからこそ、オレはあるべき場所に、あるべき体を持って帰ってこれたんだからな。教授と教授の家族が助かったってのもあるし、功罪でチャラだ。人としては間違っているのだろうが、オレは正しく生きようなんて思ったコトは、一度もない。


「……権力闘争はさておきだ。父の死の真相に迫るには、少し違ったアプローチが必要なのかもしれんな……」


「どんなアプローチです?」


「世界昇華計画だ。叔父上の話では、父は昇華計画の発案者でスポンサーだった御門儀龍と親しかったらしい。その儀龍は何者かにされた疑いが濃厚だ。機構軍との戦争、同盟軍内の権力闘争とは無関係のところに、真相が隠れているのかもしれない。」


頓挫した世界救済計画のとばっちりを喰らったのかもしれない、か。


「問題は、昇華計画を追おうにも手がかりがまるでないってコトですね。」


世界昇華計画の全貌を知り得る者がいるとすれば、叡智の双璧と呼ばれた鷺宮トワと白鷺ミレイの師である百目鬼カネチカ博士だろうが……


待てよ?……百目鬼博士は難を逃れた死神(叢雲トーマ)の育て親だ。だったらローゼは百目鬼博士ともコネを持っている。


「母の実家にあたってみよう。私の母、白鷺ミレイはエリクサー細胞セルの開発者で、昇華計画に携わっていたようだからな。」


「司令、もう一つ手がかりを増やしましょうか。」


「ああ、うまくトガとカプランの戦略を誘導してのけたな。奴らが持久戦をやってる間に照京奪還計画を進めるとしよう。」


昇華計画発祥の地である照京を奪回出来れば、何か掴めるかもしれない。もう邪魔をする我龍総帥はいないんだからな。たとえ空振りに終わろうと一向に構わない。姉さんと御門グループ、落ち延びた照京兵達の為に、必ず奪回せねばならない街なのだ。


「じゃあ、オレは予定通り神難に飛びます。」


「うむ。私はここで両元帥の奮戦を見物しながら、アスラ部隊の陸上戦艦を神楼に移動させる手筈を整える。ダミー工作の準備も抜かる事なく進めておくから安心するがいい。」


機構軍は神楼に到着した陸上艦隊はフロートシステムを使って泡路島へ向かうと考えるだろう。鳴瀧が陥落したタイミングで陸上戦艦が神楼に来たなら、そう判断するしかない。たとえ照京に電撃戦を仕掛けてきたとしても、龍の島最大の巨大都市がそう簡単に落とされる訳はなく、固く守りながら東部からの援軍を待てばいいのだから。


だがなぁ、世の中ってのは計算通りにいかないから難しいんだよ。クーデターを企てたハシバミ少将は、同盟じゃ裏切り者扱いだ。そして裏切り者を裏切ったからって表返ったりはしない。機構軍も傀儡に仕立てるなら、もっと無能で気概のない人間にしておくべきだったな。少将の置き土産をとくと味わせてやろう。




機構軍はもとより、革命政府を裏切った風見鶏どもにも泣きを見せてやるぜ。


※作者より 外伝&設定資料集に新しいエピソードを追加しました。スレッジハマー大隊副長、ニアム・キーナム中尉が軍に入隊するまでの経緯を書いています。本筋には関係のないお話ですが、興味のある方は読んでみて下さい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る