南国編42話 二人の元帥



「ふん、確かに氷狼そっくりだな。最近戦功を上げているようだが、あまり調子にのらん事だ。費用対効果から言えばトントンといったところなのだぞ?」


"米蔵に棲まう鼠"と司令が酷評していたが、トガ元帥は本当に鼠ヅラをしていた。灰色の頭巾でも被せてやれば、セコい上にトラブルメーカーのネズミ男さんにクリソツだろう。だが、彼と違って愛嬌はない。


「まあまあトガ元帥、我が軍期待の新鋭なんだから手柔らかにね。目覚ましい戦果を上げる兵士には、コストがかかるものだよ。」


軍服よりもビジネススーツが似合いそうなフラム貴族のカプラン元帥が、同じ元帥の階級を持つ小男をなだめた。"締まり屋"トガと"日和見"カプラン、これが同盟元帥だってんだから、頭が痛くなる。この二人に比べれば、ザラゾフなんて立派な元帥様だぜ。


「トガ元帥のお言葉、胸に染み入りました。」


「御堂少将の部下にしては、身の程を弁えているようだな。殊勝である。」


尊大な顔で椅子にそっくり返ったネズミ元帥に、オレに殊勝さなんてないコトを教えてやるか。


「ありがとうございます。重巡二隻と軽巡四隻を失いながら鳴瀧を落とせない元帥閣下のお言葉は重みが違いますね。」


「き、貴様!」 


腰に提げてる無闇矢鱈に豪華な軍刀に手をかけたトガ元帥を、カプラン元帥が諫めた。


「トガ元帥、落ち着きたまえ。天掛侯爵、"売られた喧嘩は店ごと買う"のがアスラ部隊の流儀なのだろうが、同盟元帥にはそれなりの礼節を守るべきだ。そうだろう?」


「仰る通りです。ではカプラン元帥、オレを呼び出した理由を聞かせて頂きましょうか。」


「椅子に掛けてくれたまえ。」


作戦室の椅子に腰を落とすと、目の前の戦術机に地図が表示される。やはり鳴瀧の近郊図か。


「これが現在の戦況だ。侯爵はどう見る?」


「一言で言えば、"絶賛苦戦中"といったところですかね。」


「君なら、この状況をどう打開する?」


なるほど、カプラン元帥はオレに知恵を出させようってのか。


「司令かザラゾフ元帥に助力を要請しますね。」


「それが出来ないから貴様を呼んだのだ!そんな事もわからんのか!」


うるせえ、小鼠。わかってて言ってんだよ。算盤をはじく以外に能がないのか?


「天掛侯爵、龍足大島を制すれば、イズルハ列島の西部地域全てが同盟の支配下になる。ミコト姫の母都市、照京を奪還する事だけに注力可能な状況が生まれるのだ。それは君にもわかっているのだろう?」


交渉能力で立身出世してきただけあって、カプラン元帥は駆け引きを心得ているな。だが戦略家としては二流だ。龍足大島を制圧した後、照京を奪還する。そんな戦略は阿呆でも考えつくんだ。今でも最前線に位置する照京に機構軍は十分な備えをしているが、龍足大島が同盟領となれば、さらに防備を増強するに決まってる。


だから照京奪還のベストタイミングは鳴瀧を陥落させ、"いよいよ同盟軍は龍足大島制圧に向け、大攻勢を仕掛けてくるに違いない"と機構軍が考えた時さ。兵法は詭道、"まさかこんなところで!"と思わせてこそだ。


「そうですね。カタチはどうあれ、鳴瀧を陥落させればいい訳ですから……」


考えろ。オレにとって都合のいい状況を構築するにはどうすればいい? 裏の意図を隠しつつ、この二人を踊らせる策が必要だ。


「司令やザラゾフ元帥の手を借りないという前提なら、持久戦が最適でしょう。もとより機構軍が龍足大島へ補給を行うルートは、威伊半島からの海上ルートだけです。ですが泡路島を失い、内海の制海権を喪失した今の状況ならば、我々はその海上ルートを封鎖が可能。両元帥の保有する艦隊の主力は補給ルートの封鎖に向かわせ、能力の高い艦船と人員だけで牽制攻撃をかけ続ければいい。龍尾大島北部の沿岸都市と、阿南あたりからも遊撃艦隊を出撃させ、敵性沿岸都市全てに嫌がらせの攻勢を仕掛けるとなお効果的でしょう。」


攻める側の強味がこれだ。守る側は常に臨戦態勢を整えておかなければならないが、攻める側は襲撃時にリソースを集中すればいい。今の戦況なら、龍足大島からの逆襲はあまり考慮する必要はない。例え逆擊に成功し、本島西部か龍尾大島北部の沿岸都市を制圧したところで、威紀半島からの補給路が断たれていれば兵站が持たない。


「なるほど。"急がば回れ"という戦略か。メリットとデメリットを聞かせてもらいたいね。」


一見、良さげに聞こえる戦略だけに、カプランは乗ってきたな。


「デメリットは言わずもがなでしょう。」


「悠長に構えている間に、別方面で機構軍の攻勢が始まるかもしれん。そうなったらどうするのだ?」


猜疑心の強いトガは、やはり疑うコトに意識が向いたか。ま、そうだろうと思っていた。


「シノノメ、もしくはザラゾフ師団で対応すればいいだけです。」


陸戦となればアンタらの師団よりよっぽど強いんだからな。司令が龍足大島での序盤戦をアンタらに任せていいと判断した理由は、兵の優劣が出にくく、物量がモノをいう艦隊戦が主体だからだ。


「メリットは何かね?」


トガよりカプランを説得すべきだ。この男は持久戦に前のめりになってきている。


「二つの利点があります。艦船と兵員の損耗を抑えられる点と、鳴瀧を占領した後に龍足大島全土で展開される陸戦をも優位に進められる点ですね。特に後者が重要でしょう。兵站の途絶えた軍勢を撃破するのは難しくない。この戦略のキーポイントは、"同盟軍は鳴瀧の攻略を諦めた"と思わせるコトです。」


「……なるほど。どの沿岸都市を橋頭堡にしようとしているかを読ませなければ、機構軍は戦力を各都市に分散させなければならない、という事だね。」


トガ元帥よりは戦略がわかっているな。その通りだ。


「はい。牽制だとわかっていようが、攻撃されれば応戦しない訳にはいかない。艦船、砲台を動かしているのは炎素エンジンですから無限の動力を持っていますが、砲弾は有限です。弾薬の消費を抑え、反撃の力が削がれているようなら牽制ではなく、本格的な攻勢をかけてもいい。一、二度、そんな動きを見せてやれば、手前勝手な機構軍の高官連中は、"砲弾の消費を抑えるのは他の都市がやればいい"と、自分の街の防衛だけに躍起になるでしょう。」


東の海から来る補給船さえ完全にブロックすれば、いや、少々抜けられようとも消費が供給を上回る。神楼、神難からの艦隊を掣肘出来る要衝、泡路島を失ったコトは龍足大島にとっては致命的なんだ。


「……悪くないね。兵糧弾薬の枯渇が近いとなれば、交渉で都市を明け渡させる事が可能かもしれない。」


そうそう。それがアンタの最も得意とする手法だよな。兵力を用いず、交渉力で有力都市を同盟に引き入れてきたからこそ、元帥杖を手にしたんだろ? 日和見が仇名のアンタは今回はトガと組んでるが、別に盟友って訳じゃない。出来うる事ならトガすら出し抜き、多くの利権を手にしたいって思ってるはずだ。


「なんならオレが、枯渇を早める手を打ってもいいですが。食料生産プラントと、武器弾薬の備蓄庫を破壊してね。もちろん、タダという訳にはいきませんよ?」


「儂が命ずれば動かねばなるまい。貴様は軍人なのだぞ?」


交渉はカプランにやらせとけばいいものを。アンタと違って、オレが唯々諾々と命令に従うタマじゃないコトは即座に理解したようだからな。


「オレが特務少尉だというコトをお忘れですか? 動かしたければ司令の許可が要る。そこをクリアしたとしても不十分ですがね。工作には御門の企業傭兵が必要なので。」


アンタらが命令権を持ってんのは軍人に対してのみだ。私企業の保有する企業傭兵に対しては、協力要請しか出来ない。もちろんオレは企業傭兵の指揮官として、無償労働にはノーと言う。


「逆に言えば御堂少将の許可は必要ないのだね? ビッグオニオンの攻略を担当したのは御門の企業傭兵だと聞いた。君は相当に優秀な強襲、工作部隊を抱えているという訳だ。」


カプランの言う通り、オレはその気になれば連隊級の戦力を自分の意志で動かせる。階級こそ少尉だが、持ってる権限はそこらの佐官より上なんだ。


「理屈ではそうなりますが、司令の内諾は得ておかないと立場的にマズいのですよ。カプラン元帥ならお分かりでしょう?」


アンタらだって自派閥の有力者に勝手な真似をされちゃあ、面白くあるまい?


「なるほど。確かにそうだ。しかし君ほど力があるのなら、もっと上を目指してはどうかな? 氷狼と違って目先の欲で身を滅ぼす事もなさそうだし、助力は惜しまないよ?」


アスラ部隊から放逐されたアギトを即座に拾ったのはカプランだったな。二匹目のドジョウを狙いにきたか。いいぞ、それでいい。


「魅力的な提案ではありますが、遠慮しておきましょう。育ててもらった恩義を返していませんからね。それでは失礼します。」


いったん退室しておいて、と。即座に戻るとしようか。ヨレヨレのレインコートを着た名警部が使ってた手だが、実際に有効なんだよな。会見であれ戦闘であれ、"終わった"と思った時は、誰でも気持ちが弛緩する。


「そうそう、大事なコトを言い忘れていました。機構軍はトガ元帥の暗殺を目論んでいたようです。」


気持ちの緩みに言葉のくさびを打ち込む!本番はここからなんだ。


「なんじゃと!」 「それは本当かね!」


いんや、大嘘。もっとも偽の暗殺計画書を作製したのは、こないだまで機構軍工作部隊のエースだったケリーだ。だから中身は嘘っぱちでも書式は本物、データはやるからいくらでも分析してくれ。


「本当ですとも。これがそのデータです。」


ポケットから取り出したメモリーチップを指先で弾いてトガにパスしてやったが、ノロマな老人はキャッチし損ね、床に落としてしまった。


「そんな重要な話は真っ先に言わんか!我々がこの島に到着してから二週間は経っておるのだぞ!」


自分の命が懸かった(と思っている)データを拾い上げたトガがヒステリックに怒鳴り散らす。我が身の安全に汲々とするその姿に、アスラ元帥の快進撃を陰で支えた敏腕軍事官僚の面影はない。……老いたな、トガ。


「解析に時間を食っていたんですよ。お二方から呼び出しを受ける直前に、解析が完了したんです。」


「私の暗殺計画はなかったのかね?」


カプランはもう落ち着きを取り戻している。老いたトガと違って、コイツはまだだ。アスラ元帥とザラゾフ大将が武力行使の両翼で、その兵站を支えるのがトガ。そして軍神と災害に恐れをなした敵性都市を同盟に引き入れる交渉役がカプランだった。確かに三元帥は、同盟躍進の功労者ではあるのだ。


「目論んでいるかもしれませんが、発見出来たのはトガ元帥の暗殺計画書だけでした。」


さて、爆弾を投げつけてやるか。集中しろ。顔と態度にはおくびにも出さず、全神経を観察力に注力するんだ。


「それでは本当に失礼しますね。……両元帥、身辺には十分用心されて、を演じないでください。」


「……二の舞じゃと?」 「……君はアスラ元帥は暗殺されたというのかね!」


二人の元帥に、期待していた変化はない。交渉力で出世したカプランなら腹芸は得意だろうが、トガは威圧的で高圧的、感情の制御は下手なタイプと踏んだんだが……


「そんな噂を聞いたもので。」


「天掛侯爵、噂話を真に受けるものではないよ。」 「まったくじゃ!」


「そうですねえ。では失礼。」


敬礼してから作戦室を出たオレは、総督府の廊下を歩きながら考えを巡らす。


……手持ちのカードを切ってみたが反応ナシか。あの二人が共闘してアスラ元帥を暗殺したのなら、少しは反応してもよさそうなものだが……上手く動揺を抑え込んだのだろうか?


いや、壮年のカプランはともかく、御年80になるトガには衰えが見える。ヤツが隠忍自重をモットーとする切れ者だったのは元帥になる前の話だ。辣腕家だった過去と現在のトガに乖離がありすぎるから、色々と調べはしていた。そして会見してみて確信した。トガは晩年の秀吉と同じく権力者としての栄華に酔いしれ、驕りを抑え切れなくなっている。


……親父が言っていた。"英才のまま終われる英才もいれば、英才から老害に変貌して朽ちる者もいる"と。トガは明らかに後者だ。昔から小心者ではあったのだろうが、細心さと忍耐力も持っていた。何より、自分は黒子だという自覚があった。老いは辣腕家から長所を剥ぎ取り、短所を剥き出しにしたのだ。そして出来上がったのが、驕り高ぶったヒステリカルな老人。今のトガにすっとぼける腹芸は出来ない……


"……二の舞じゃと?"……あれが演技じゃなかったなら、トガはアスラ元帥が暗殺されたとは思っていなかったってコトになる。カプランの驚愕は演技である可能性はあるが、どっちかに賭けろと言われたら、素で驚いたに賭けるな。



しかし……あの二人がアスラ元帥の暗殺と無関係だとしたら、いったい誰が……


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