南国編41話 丸儲けの構図



大艦隊を率いてやってきたトガとカプランだが、自らは最前線には立たない。つーか、元帥号を持ってる癖にマトモに砲火を交えたコトがないってどういうこったよ。司令曰く、"腰抜けぶりが幸いする事もある。あの二人が陣頭指揮を執ったらもっと悲惨な事態を招くはずだ"だそうだから、元帥といっても指揮能力はお察しだな。


泡路島を陥落させたコトにより同盟軍は龍足大島への攻勢が可能になった。泡路島からもっとも近い龍足大島の機構軍領・鳴瀧の攻略は両元帥が担当する。なんとしてでも龍足大島の利権を得たい欲深コンビは惜しげもなく麾下の兵員を投入しているが、芳しい成果はまだ上がっていない。鳴瀧が陥落すれば龍足大島への橋頭堡になるから、守る機構軍も必死なのだ。


「カナタ君、両元帥は戦上手の司令に泣き付いてくるのじゃないかね?」


雲水代表は情勢のよろしくない盤面を見やりながら、そう訊いてきた。


「司令の援護は欲しいが利権は独り占め、いや、二人占めしたい。トガもカプランも悩んでいるでしょうよ。」


ここは桂打ちかな。玉が逃げる先を潰しておこう。


「……う~む、カナタ君の将棋は人が悪いね。正着の一手ではなく、いやらしい一手を打ってくる。」


「小賢しいのが取り柄なもんで。代表、この島の再開発計画は上手くいきそうですか?」


「ここまでお膳立てされて失敗したら、無能者の烙印を押されてもやむなしだよ。方針としては水産加工工場の開発を最優先させている。大量の買い付け注文がもう入っているからね。」


「景気のいい話ですね。どこに売るんです?」


「ザインジャルガだよ。内陸にある都市だから海産物は珍重されている。カナタ君が信頼関係を築いてくれていたおかげで、テムル総督との商談はスムーズに終わった。この島で生産した海産物を中原に輸送し、帰りにはあの地方の特産品、羊毛と岩塩を積んで戻る。新たな交易船団を守る為に企業傭兵の拡充が必要だね。」


「傭兵拡充はオレがやりましょう。」


「もちろん、そのつもりだよ。傭兵志願の若者達がもうじきこの島にやってくるから、選別と教練をよろしく。それからカナタ君からマリカ君に頼んでもらいたい事がある。」


「斥候兵の教練ですね?」


「ああ、それもあったね。だが私が頼みたいのは"緋水晶"の入手だ。彼女の領地、業炎は緋水晶の産地だから。」


緋水晶は地球にはない鉱石で、炎素エンジンのコア部分になる。地球にも存在したなら原子力は不要だったろうな。クリーンな高出力エネルギーがあるってのに、なんでここまで世界を荒廃させちまったのか……責任者出て来い!


「緋水晶を手に入れて何をするんですか?」


「造船だよ。以前と違って巽重工といい関係になっているのだから、利用しない手はない。巽の造船技術に御門の電装品を組み合わせれば、アレスが寡占している造船業にも食い込める。私の見る限り、巽の造船技術はアレスに負けてはいない。電装品で遅れをとっているのなら、我々が補強してやれば勝負出来る。失脚した巽征士郎は信用ならない人物で手を組む気になれなかったが、新総帥に就任した巽伊織は真っ当な人物だ。彼女とは合弁会社設立の話を進めている。誰が巽征士郎を失脚させたのかは知らないが、いい仕事をしてくれたものだね。」


……失脚させたのはウチなんです。彼に協力していたグラゾフスキーファミリーごと、教授が潰しました……


「合弁会社で作った船で、ザインジャルガと泡路島を結ぶ交易路を構築する。そういう話ですか?」


「うむ、そういう話だ。合弁会社で作った新型船に、御門グループ製のバイオメタルユニットを搭載した企業傭兵が搭乗し、ザインジャルガと泡路島に設立した我が社の現地工場で生産された商品を運ぶ。生産から輸送、販売まで手掛けられる企業資産がウチにはあるのだから、すぐには無理でも、いずれは実現可能だ。」


販路は既にあるが、造船には時間がかかるからな。工場の建設と従業員の確保を最優先で行い、事業を展開しながら、徐々に寡占の態勢を整えるか。実に理に適っている。


「確かに。見事な丸儲けの構図ですね。」


やっぱり雲水代表は有能なCEOなんだな。荒事以外なら頼ってよさそうだ。


────────────────────


雲水代表と話をした後は、負傷兵の様子を伺いに軍病院に赴き、回復具合を確認する。全員が後遺症もなく、無事に軍務に復帰出来そうで安心したが、気の重い仕事がまだ残っている。昨晩、戦死した十郎左の遺体が八熾の庄に到着したはずだ。一夜明けたのだから、母親の熊狼八重に連絡を入れるべきだろう。


総督府の通信室を借りて八熾の庄と通信を開始する。応答したのは、弟の亡骸と共に庄へ帰った兄だった。


「九郎兵衛、八重はさぞ気落ちしているだろう。……そっとしておいた方がよいか?」


「お気遣いなく。母は武門の家に育った女です。母上、お館様から通信が……」


「今、母は見苦しい顔をしています。少しだけお時間を頂けるよう、お館様にお願いしておくれ。」


かすれた涙声が悲しみの深さを伝えてくる。いくら気丈な母であろうと、息子の死に動揺しないはずはない……


「聞こえている。いくらでも待つゆえ、気にするな。」


暫しの時を置いて、九郎兵衛と十郎左の母、熊狼八重の姿が画面に映った。瞼を腫らしたその姿に、胸が締め付けられる。


「……八重、すまぬ。オレの力足らずで十郎左を死なせてしまった……」


「十郎は白狼の一翼として、務めを果たしたまでです。どうかお館様、そのようなお顔はなさらないでくださいませ。」


「シズルから聞いたのだが八重の父親、熊狼七郎は先代を守って討ち死にしたのだそうだな……」


熊狼七郎は八熾羚厳の為に、熊狼十郎左はオレの為に命を散らした。八重は父と我が子を八熾家の為に亡くしてしまったのだ。いくら武門の家といっても、払った犠牲が大き過ぎる……


「我が熊狼家は、八熾宗家が御三家となる以前よりお仕えして参りました。父も十郎も、主家の礎になれた事を喜んでおりましょう。今頃倅は、冥府で祖父と杯を交わしているはずです。」


「八重、オレは至らぬ惣領だが、七郎と十郎左の命を無駄にはせぬ。八重が"主家の礎ではなく、世界の礎になったのだ"と、霊前に報告出来るように励むからな。」


「それでこそ八熾の天狼でございます。九郎、祖父と弟の分までお館様に尽くすのですよ?」 


「はい。霊前にもそう誓いました。」


九郎兵衛まで死なせる訳にはいかない。軍務から外すべきか……だが、八重も九郎兵衛も納得すまい。後で同じような立場のマリカさんに相談してみるか。


「ところで八重、八熾の庄にある羚厳公園なのだが、此度、北側と南側に櫓門やぐらもんが建設されるのは知っているか?」


「もちろん知っておりますとも。先代様の御霊廟でもある公園に相応しい、立派な門構えになるとよろしいですね。」


「その櫓門なのだが、北門を七郎門、南門を十郎門と名付けたい。七郎と十郎左には、先代の霊廟を守る狼になってもらいたいのだ。八重と九郎兵衛がよければ、そうさせてくれ。」


「異存などあろうはずも。父と倅にかような名誉を賜りまして、熊狼家を代表して御礼を申し上げます。」


「霊前によい報告が出来まする。お館様、有難うございます。」


これで熊狼七郎とその孫、十郎左の名は後世に残る。公園で遊ぶ八熾の子らが父母に門の由来を訊ねる時、二人の忠臣の物語を語って聞かせるコトだろう。


─────────────────────


「七郎門に十郎門ねえ。怖いわぁ……」


夕餉の席でリリスがそんなコトを言ったので、釘を刺しておく。いくら毒舌が魅力のちびっ子でも、限度はあるのだ。


「十郎左が化けて出る訳ないだろ。馬鹿を言うのも休み休みにしなさい。」


だいたい、おまえがオバケ幽霊を怖がるタマか。


「そうよ、リリス。仲間を怨霊扱いは許しませんから!」


お説教は自分の仕事だとばかりにシオンもリリスを窘めたが、説教された当人は大袈裟に肩を竦めるだけで反省している風はない。


「怖いのは十郎左じゃなくて少尉よ。八熾一族は大概洗脳されてるってのに、まだダメ押しとか、マジで鬼だわ。」


「歓心を買おうと思ってやってる訳じゃない。」


「だから怖いのよ。計算ずくで歓心も買えれば、ナチュラルに泣かせもする。どんだけ人たらしな訳?」


「リリス、カナタは人たらしというより、女たらしなの……」


「ナツメさん、少しは庇おうって気になりませんか?」


「ナチチ党員の私にとって革新党員は敵だから、仕方がないの。」


ナチチ党? なんだそりゃ?


「なんだよ、そのヤバげな党は?」


最高党、略してナチチ党だよ。」


「まな板最高党とかにしとけよ。誰だよ、党首は。」


こっちの世界にチョビ髭の独裁者はいなかったみたいだが、地球生まれのオレとしては、あまりいい連想は出来ない。


「サクヤが党首で、ビーチャムが幹事長なの。リリスも入党する?」


ビーチャムさん、なにやってんだか。調子ノリのサクヤはさもありなんだが……


「遠慮しとくわ。いずれ巨乳になる私は、入党資格がないように思うし。」


「ナツメ、革新党員は敵じゃないだろ。我が党には貧乳好きもいっぱいいるぞ?」


そもそもナツメ自身が巨乳好きだろうに。マリカさんもシオンも姉さんも巨乳で、全員がナツメにおっぱいを揉まれた経験があるって証言してる。


「でも巨乳派のが多いんでしょ? ナチチ党は巨乳を敵視してるんじゃなく、巨乳好きの男を敵視してるの。"男はすべからく貧乳好きであるべきだ"が、ナチチ党の党是だよ。」


「わかった。確かに敵だな。"おっぱいに貴賎はなく、その力で世界を救済する"が、党是の我が党とは相反する。」


リリスが捨てられた子犬を見るような目でオレとナツメを一瞥した。


「アホな男どもにアホな女達、この世界……もうダメっぽいわね……」


しみじみと嘆息すんじゃねえ!ま、これで凛誠とSS委員会は、おっぱい革新党だけを取り締まってる訳にはいかなくなったな。しかしサクヤだって凛誠の隊士だろうに、いいのか?……考えてみりゃあサクヤがガサ入れに参加してたコトってねえよな。戦闘要員としては主戦力だが、治安維持要員としては戦力外ってコトか。




しかしナチチ党を生活指導SS委員会が取り締まるってのか。なんてカオスな状況なんだ……


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